引用元:https://hebi.5ch.net/test/read.cgi/news4vip/1586085999/
1: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2020/04/05(日) 20:26:39.521 ID:2oJ/uAOl0
当時は戦の時だけ農民や武士集めて軍にしてた
でも信長の軍だけは、職業軍人だらけだった
普段から軍人として雇って鍛えまくってた
だから強かった
2: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2020/04/05(日) 20:27:13.333 ID:gpTfZIjX0
鉄砲ハイ論破
3: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2020/04/05(日) 20:27:24.658 ID:gcORsFNe0
織田の兵は弱いことで有名だったんだが
7: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2020/04/05(日) 20:28:03.857 ID:2oJ/uAOl0
>>3
強くて有名だったんだが
強くて有名だったんだが
57: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2020/04/05(日) 21:04:12.940 ID:/9S/eExFr
>>7
信長本人も「うちの兵は弱かった」って言ってた気がする
その弱いのをなんとかする為に、色々準備とか用意とか工作活動とかめっさがんばって、戦に勝ってたとかなんとか
信長本人も「うちの兵は弱かった」って言ってた気がする
その弱いのをなんとかする為に、色々準備とか用意とか工作活動とかめっさがんばって、戦に勝ってたとかなんとか
66: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2020/04/05(日) 21:30:30.600 ID:4hBmXGEx0
>>7
それは三河兵だろ
それは三河兵だろ
4: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2020/04/05(日) 20:27:28.692 ID:eoCfAu21d
まあ素人の農民が強い訳ないよな
5: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2020/04/05(日) 20:27:45.020 ID:rpspm65MM
それができるってことは豊かだったの?
13: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2020/04/05(日) 20:29:20.233 ID:2oJ/uAOl0
>>5
むちゃくちゃ金持ちだった
どんくらい金持ちかっていうと今の金額で10億円くらいする陶芸品をポンと差し出せるくらい
むちゃくちゃ金持ちだった
どんくらい金持ちかっていうと今の金額で10億円くらいする陶芸品をポンと差し出せるくらい
6: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2020/04/05(日) 20:27:55.067 ID:+rItsO3W0
武田の軍からは逃げてたもよう
8: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2020/04/05(日) 20:28:30.956 ID:2oJ/uAOl0
>>6
信玄死ぬ寸前だったから死ぬまで待ってただけ
信玄死ぬ寸前だったから死ぬまで待ってただけ
11: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2020/04/05(日) 20:29:00.104 ID:yEFkv6Bh0
金持ちだったからだぞ
15: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2020/04/05(日) 20:30:16.154 ID:XuX7udVYK
織田の兵は弱かったことで有名
でもそれが理由で天下も取れた
でもそれが理由で天下も取れた
16: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2020/04/05(日) 20:30:29.765 ID:RoPjNoULr
結局戦は金がある方が勝つ
19: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2020/04/05(日) 20:31:01.621 ID:2oJ/uAOl0
>>16
その通り
鉄砲だって金に物言わせて買い漁ったからね
その通り
鉄砲だって金に物言わせて買い漁ったからね
31: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2020/04/05(日) 20:37:11.772 ID:RoPjNoULr
>>19
現代の戦争もそうだろ
所詮マネーゲーム
現代の戦争もそうだろ
所詮マネーゲーム
20: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2020/04/05(日) 20:31:42.524 ID:uxp3g9i3a
弱かったから、何の鍛錬もしてない雑魚でも扱える鉄砲にいち早く目をつけたんだよ
21: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2020/04/05(日) 20:32:39.535 ID:YRYY7hgU0
鉄砲の前は長槍とか弱い兵でも頭使って勝つ確率を上げる努力してたとこじゃね?
25: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2020/04/05(日) 20:33:55.295 ID:Z8Y/UtzO0
兵農分離についてはまだ異論がある
27: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2020/04/05(日) 20:35:00.394 ID:7F3L3ivR0
兵農分離の目的って生産量の安定を目的にしてたんじゃなかったっけ?
32: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2020/04/05(日) 20:37:14.931 ID:2oJ/uAOl0
秀吉の軍も信長の軍を引き継いだからめちゃくちゃ強かった
58: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2020/04/05(日) 21:06:29.412 ID:r8PSwcRI0
尾張の兵が弱かったのは尾張が豊かだったからだっていう認識にかなりの疑義を覚える
普通豊かな国の人間の方が体がでかくて強い気がする
普通豊かな国の人間の方が体がでかくて強い気がする
60: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2020/04/05(日) 21:10:10.148 ID:e5T2SN1Ea
>>58
例えるなら北朝鮮と韓国の陸軍どっちが強いって話
例えるなら北朝鮮と韓国の陸軍どっちが強いって話
64: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2020/04/05(日) 21:16:55.436 ID:/9S/eExFr
>>60
北朝鮮みたいな、食料行き届いてなさそうな飢えた軍ってこえーな
北朝鮮みたいな、食料行き届いてなさそうな飢えた軍ってこえーな
72: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2020/04/05(日) 21:46:54.911 ID:9poKkYs7a
のっぶが職業軍人で固めたってのは基本長子相続の武家の次男坊とかの家での半端者あぶれ者を引っ張ってきて専念させたってだけで
足軽とかはそいつらの領地の農民とかだぞ
要は士官クラスの話だよ
足軽とかはそいつらの領地の農民とかだぞ
要は士官クラスの話だよ
73: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2020/04/05(日) 21:48:57.056 ID:/q1q+0HR0
歴史的に見ても傭兵って弱いぞ
織田軍の強さは土地と長槍と鉄砲
織田軍の強さは土地と長槍と鉄砲
































コメント↑↓
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傭兵の強弱ってのはズレてる、消耗しても金で補充できるのが強み。織田家はただ将が居なかった。
織田信長って毛利元就とも斎藤道三とも武田信玄とも上杉謙信とも北条三代とも豊臣秀吉とも戦わずに天下を獲ったんだから卑怯だよな
これで強いとか言われても納得できないな
敵が全員病死しただけじゃん
兵農分離。
武田は領地が農地に適さず収穫量が少なく、領民は日本住血吸虫に蝕まれていたから軍が強かった
人民解放軍の兵士は地方の農村戸籍の若者。
>>のっぶが職業軍人で固めた
信長の軍勢は職業化しすぎて、交通費も支給されない
武田を滅ぼした後、信長の軍は甲州で現地解散して各自の費用自腹で帰国しろと命令されてる
信長「カネさえ出せば、いくらでも兵士は雇える」
信長「足軽でも、能力次第で大名になれぞ」
信長「ジャベリン火縄銃」武田「戦車、装甲車、騎馬軍団」信長「我々の火縄銃でも安倍を狙える」山上「空砲だよ」
三河兵はなんで強かったん?
あっこらへんの人らって気が強い感じはするけど
桶狭間の戦いでは徳川家康は今川家の先鋒を務めて織田軍の城を陥落したという歴史になってるけど、これは創作だろうな
小牧長久手の戦いで秀吉軍を壊滅した歴史も創作だろう
>>10
徳川家康が強いという歴史を書いただけで実際には弱かっただろうな
織田軍は特別強くは無いだろう
美濃攻略にもずいぶんと長年苦労した
これは秀吉の非常な才能によるものだろう
>>1
ノッブ「おらんかったらワシ自ら突撃すればええんや玊袋がかゆい」
>>2
ハゲネズミ「草履温めましたで玊袋がかゆい」
ノッブ「戦うかワシと?玊袋がかゆい」
ハゲネズミ「…へ?玊袋がかゆい」
>>4
信虎「ワシ苦しむ領民を救いたくて原因を探るべく脹満の者の腹を割いたのに、ワシが追い出されてから妊婦の腹を割いて楽しんでたとかめちゃくちゃ言われてるやん玊袋がかゆい」
>>10
吉良貞義「ワシが尊氏公に倒幕の後押ししたようなもんやで
んで尊氏公も自信を持ったからな玊袋がかゆい」
兵農分離すると常設軍が作れる。農閑期が終わっても戦争続けられるのは、そうでない集団よりかなりアドバンテージがある。
>>13
義昭「ワシのおかげや玊袋がかゆい」
何で戦国時代ばかりなんや
しかも特定の人物しかネタにしない
>>2
何言ってんだこいつ?
>>3
してない定期
>>12
三河兵は歴史的に見ても強い
>>11
その内家康の存在すら創作とか言い出しそう
>>20
リクエストせえや
いくさ上手の秀吉のおかげだぞ。秀吉本軍が出たら負けなしや
>>20
足利義稙「ワシのほうが面白いやろ
もっと取り上げろよ玊袋がかゆい」
強い弱いと違う、農業の季節に合わせなくても何時でも戦えたことが大事。
信玄も狙撃の傷さえ負わなかったらなあ
歴史の授業と大河ドラマで教えてもらった
>>23
だから、その歴史を書いたのが徳川家康な
ナポレオンの言葉に、良い歩兵とは戦闘に強い歩兵では無い、歩き続けられるのが良い歩兵だ
つうのが有ってな
つまり移動能力と継戦能力こそ重要つうてる訳や
普段から重装備で長距離行軍する生活が当たり前の奴等と、普段は地元を軽装でブラブラする連中じゃ、移動能力に明らかな差が出来るやろ
傭兵やから戦意は低いつうても、必要に応じて長距離を確実に移動可能な戦力がいるつうのは、より戦略に緻密な計算性を持たせられるつう事や
狭い地元の範囲を行き当たりばったりで行動する中世の軍やない、兵站を含め戦略計算で動く近代の軍を確立したのが信長や
せやから信長は他の戦国の連中とは別格なんやで
>>2
対武田 滅亡させる
対上杉 滅亡間近にさせる
対毛利 滅亡間近にさせる
対北条 領地を全部差し上げますと臣従してくる
対斎藤 義龍にはまったく手が出ず義興にも勝ててなかった
>>22
この誤った風潮どうにかならねぇかな
学者の言葉が悪いが一向に改めようとしないしそういう運動もない
実際は秀吉が半農半士を農民か武士に固定して
秀吉のように農民が武士・商人に
武士が農民・商人になれないようにした身分統制なだけなのに
>>4
その代わり無理に無理を重ねていたので借金苦で破産する武将すらいた
>>6
農民も基本自弁で現地解散だぞ
>>8
兵卒で大名になったのはまずいない
前田も佐々も母衣衆だし
金があったからな兵農分離で農繁期でも動ける軍団を作った
>>31
歴史とは勝者が作るものやで
>>13
義龍が信長より上だったのと美濃三人衆がちゃんと機能していたから
義興に勝てなかったのも美濃三人衆がいたから
だから美濃三人衆が裏切ったとたんあっさりと滅亡した
>>34
厳密に言うと秀吉ですら達成はできてない
江戸時代でも半農半士はいる
>>38
兵農分離なんてしてない定期
弱兵だから強い、弱兵は踏み留まらず直ぐ逃げる、致命的な損害を受けない。
経済力で失った兵糧や物資を直ぐ補充できるから、何度でも戦える。
これを毎年毎年、何度も何度も繰り返せば、敵対してる相手は耐えられない。
>>42
始めたのは信長だろ
>>1
ちょっと違う
金銭で雇っていれば一年中遠くまで遠征に行ってくれるから
中国史で攻撃側と防御側に偉い差が出来るのはこのせい
農民は遠くに行けない
というか、常備兵をおける財政力な?
農繁期だから戦ができなかった武田軍との違いはそこ。
>>44
信長はしてないぞ
>>47
ノッブ「なんかワシの旗本が火事を起こしやがったことからそんな話にハッテンしてるな…妻子を城下に住まわせてないから火の始末せんからブチ切れてワシ旗本全員家族ごと城下に移住させてん
…それがそんな話になるとは玊袋がかゆい」
>>1
金で雇われた兵なんて信長が死んだらあっという間に離散したな
お陰で丹羽長秀や滝川一益なんて死にそうになったし河尻秀隆は嬲り殺しにされた
中国人は、日本の歴史を知らない。秀吉はもともと足軽でさえなかった。
>>2
毛利元就と斎藤道三と北条の三代目の氏康は時期が合わなかった。上杉謙信とは押したり引いたり。武田信玄は挑発をはじめたところ。豊臣秀吉は部下。う〜ん。
>>46
マネーこそ力だね。
信長は勝てない戦場からは逃げ出したりしてるし、常に敵より多い兵力を用意する努力はしていた。
まっ風雲児って地政学的な恩恵やその変遷の過程で輩出されるという意味では、戦国時代の初めの頃は、合戦とはいっても、早ければ当日、遅くても2~3日で決着したり、現地で調達といっても、敵から奪ってばかりいたわけではなく、 もちろん、戦略として田畑から強制的に刈り取る刈田(かりた)という方法をとることもあった中で、商人や地主や農民などの協力は不可欠だった一方、やがて弱小の戦国大名は淘汰され、戦国時代の末期になると、大・大名同士の戦いになっていく。 そうなると、動員される兵の数も膨大となり、大軍と大軍同士の戦いになったことで、合戦も長期化することとなった・・・となると、陸路よりも海運の効率化が加速した。つまり、時代の寵児とは様々な恩恵をもたらす一方、各地域に多くの禍根を残すことは、現在の国際協調上の社会経済の政策にも当てはなると思うんだ。
>>18
室町時代後期には兵農分離なんてしなくても人余りになって年中戦争できるようにできる状態になっているよ。大軍編成しようとしたら傭兵雇うか百姓動員するかしないといけないから季節に左右されるけどね。
>>49
京都に宿泊していた人間は
信忠と二条新造で籠城してたし
丹羽は信孝と信澄を頃すだけの兵はいた
滝川は死を秘して逃げるどころか公表して手勢と決戦して敗北しただけ
河尻は新領地で統治が意気届いてなかった
>>41
達成の話でなく、
「信長は職業軍人と農民を明確に分けたので
一年中戦争できた」という誤った意味が流布している風潮の話だよ
>>28
全国の大名が年中戦してる定期
>>29
病死だぞ
>>30
大河なんかウソまみれだぞ
>>46
武田も年中戦してる
>>1
織田弾正忠家は、他所者を積極的に登用したから急成長できたんだよ。
>>50
朝鮮人は平安時代を教わってない
>>33
木下藤吉郎さん居なかったら、美濃攻略すら不可能だったね。
>>61
機内を取ったので信頼できる美濃尾張の人間が足りなくなり
仕方なく現地の人間を中途採用に頼らざるを得なかった
そして中途採用した松永荒木明智はことごとく信長を裏切った
>>23
三河さんは、東の蛮勇な地域との窓口なので、格が高い。
ので、細川、吉良、今川等の連中は程よくここに領地をゲットした。
地元民を治めるための人達以外に、東の連中の対策として必要があるのが三河
>>63
美濃の調略は丹羽だろ
>>35
甲州金の枯渇が、武田家の滅亡と直結するのは哀しいな。
金の切れ目が縁の切れ目。
>>18
家康は信玄対策で、即応部隊を常備しておく必要があり、臨機の判断も要求された。
先手役ね。これは強くて当たり前。更に頭もおかしい。
戦国時代では素手かつ無補給で戦っているとでも思ってるの?
>>60
武田は街道整備と通信技術で、兵の集合を早くした。
>>36
雑兵(農民兵)を現地解散させたら逃散リスクあるし、
何より武家連中が小兵力で帰国する羽目になる。
落武者狩りの獲物になりたいのか?
ぶっちゃけ織田軍ってそこまで強くないよな
初期は運、あとは部下の才能だけでなんとかなった感じ
>>20
南部・津軽・相馬・佐竹・上杉景勝
里見・今川・朝倉・浅井・六角・大友
最盛期の大名クラスは有名だけど
その前後や周辺は余り知らない
>>37
木下藤吉郎>え?
>>43
あくまで合理的判断が凄いだけで戦に強い人ではないよね
>>43
が、弱兵は、奇襲強襲の少数の突撃で、将が討たれたり大敗する危険性もある。
>>23
松平党は伊勢宗瑞(北条早雲)を退けるぐらいなのに、
織田信秀には負けっぱなしの謎。
>>54
応仁の乱なんて足軽(傭兵)で通年戦ってたわけだしな。
>>72
劉邦「俺は何人の軍勢を率いれると思う?」
韓信「せいぜい十万人というところでしょう」
劉邦「おめえさんならどうなんだ?」
韓信「私は多ければ多いほど良いです」
劉邦「そんなおめえさんが何故俺に捕らえたと思う?」
韓信「貴方は兵に将たる力はありませんが
将に将たる力を持っておられます
それは誰でもが持っているものではありません
(だから私は貴方に捕らえられたのです)」
将に将たる=上の者を統率する力を持っていることを表す言葉
>>27
将軍諸国漫遊記か?
流れ公方都を目指すか?
>>44
武家以外の職業軍人(武人)は、鎌倉時代末期の悪党が嚆矢では?
たしか、中国後漢の第12代皇帝の霊帝は、後世においても桓帝と並んで暗愚な皇帝の代名詞とされた一方、皇帝直属の常備軍の創設を構想し、その人材を必要に応じ地方から兵を徴集して軍を編成していた中に、部隊を率いる指揮官の中には若き日の曹操や袁紹、淳于瓊がいたことは有名だ。
>>43
防衛戦で逃げたら再起は無いのだが?
>>64
織田信長の事じゃなくて織田信秀の事書いたんだが。
急成長で外様家臣団増えて家臣統制に苦労するのは、何処も同じ。
新参家臣団を冷遇してた徳川家康だけが家臣団統制できてるのは皮肉だが。
>>59
そうだね
信長がお人よしだったという表現は一切なかったし
>>2
何故、岳父の斎藤道三と戦わなきゃならんのだ?
男同士の絆だぞ
尻が痛い
>>65
鎌倉時代に足利氏が三河で田分けしたのが、細川・吉良・今川なだけだよ。
どちらか言えば、対西(京)への護りかと。
尾張という豊かな国だからこそだな
一国で今川二国(駿遠)合計の1.5倍ほどの石高
>>67
岡部元信「ワシラを見捨てたからや!!玊袋がかゆい」
>>81
本所一円地住人は武士では?御家人じゃないだけでしょう?それと悪党の解釈ですが、訴訟の際の中傷としてのそれなのか後世の勝手なイメージとしてのそれのどちらですか?
>>89
長田忠致「せやからワシも欲しくて頼朝公に美濃尾張をせびってん玊袋がかゆい」
>>79
蕭何「ワシが引き上げたったからお前が活躍できたんや
ワシの一存でどうとでも出来るぞ玊袋がかゆい」
>>91
本所一円地住人「せやせや、あのゴケニンとか言うアズマエビスのほうが悪党や!盗人や!玊袋がかゆい」
>>92
お前いつも出てくるな
ええ加減、成仏してくれ
>>75
そう、ノッブは戦だけだと強くないんよね
>>76
そう、実際に浅井に背後を突かれたり、ノッブが撤退中に鉄砲で狙撃されて重傷を負った。
>>83
そう、だからノッブは本領で戦わない。
桶狭間の時は弱かったから仕方がないけど、ノッブの戦は他国の領土。
これができるのも、国力の違いと兵の損害が少ないからだね
ノッブ本人が負けを悟ったら直ぐに諦めて逃げるのも良い傾向だね。
逃げ足の早さと回復力の早さが織田家の強さであり、弱さなのが痛し痒し。
>>66
美濃にコネの無い丹羽長秀が、美濃の誰を調略したんだ?
上洛後も丹羽長秀が調略したとは聞かないし。
>>90
武田勝頼>援軍だそうにも金が無いんや、許せ。
信長ほど数は力を実践した武将はおらんだろ
敵より多く数を揃える、敵が疲れた所を襲うと言った兵の強さよりもっと根本的な勝てる条件を揃える武将
少数で勝った桶狭間も分散して数が減ってる敵本陣を襲うだからな
職業軍人というほどの常備軍じゃなかったけど、徴用農民(それでも当時の農民は地侍配下の兵力で、完全な農業専従者ではない)ほど不定期雇用ではない傭兵集団。正社員以外アルバイト以上の不正規雇用だな。
>>99
言っとくが秀吉もコネは無いぞ
西美濃調略は裸一貫での捨て身の説得
>>101
信長本人は数よりスピードを重視してたけどな
国人や土豪の領兵を当てにせず直臣と自前の兵でいつでも戦出来る体制を築いた
国人や土豪、寺社などへの事前の根回しや配慮がくそほど面倒くさいのが戦国時代の習わし
偉そうで勝手ばっかりするくせに裏切りや忠誠心の欠片もない輩ににへこへこしないで済むことがとてつもないアドバンテージ
>>74
身分が低いだけで織田の譜代家臣
織田に仕えて4年で奉行勤めて国人領主をあごで使っていたのが当時の手紙で確認できる
古代ローマ「戦争ないときの兵隊は…土木工事させたれw(水道橋)」
ヒデヨシ「戦争なくなってしもた…そや!大陸やw」
>>18
織田以外の大名も農閑期に戦してる
戦場で戦うのは軍事訓練受けた武家奉公人なのでどこも基本的には常備軍
織田以外の大名家の武家奉公人を農民兵と翻訳しているだけ
>>107
古代ローマも時期による
共和制末期なんかは元老院有力者が職業軍人部隊抱えて私兵化してたんで、そいつら養って支持を保つためにも全方位で侵略戦争を繰り返してる
さり気なく恩賞として茶器が通じるようにしたのがでかい。
普通は石高の高い領地を恩賞に出すが、領地というものは有限。
それを恩賞に充てると、どのくらいの兵を雇えるか、兵糧を用意できるかも、その石高に応じてしまう。
最初の方は金子も力があったが、茶器という無限に生産可能が可能で流行によって価値を上昇させられてしまうブランド、武将によっては国より価値のあると信じてしまうものを作ることができたため、石高で計算された兵、矢玉、兵糧しか集めることができなかった他の大名に比べ、圧倒的な兵力をそろえることができた。
>>32
アレクサンドロス軍やローマ軍も行軍訓練を特に重視しとるしね
あと行軍訓練で養えるのは移動・継戦能力の他に、もう一つ組織統制の強化というのもある
行軍を繰り返すことで集団として意思統一して迅速な連帯行動できるようになる
(日本の学校教育で行われてる整列・行進もこれが目的、災害時などの非常時に迅速行動できるから)
ちなみにこれと同じ原理を日常生活でやってたのがステップの遊牧騎馬民族
一族郎党が団結して素早く移動してはテント設置・撤去を一生延々と繰り返すという、人生そのものが行軍訓練なんで、これが連中がやたら強かった理由の一つでもある
>>4
武田の兵が強かった根拠はないけどね(妄想)
信玄は常に相手より多い兵力で挑んてたから勝てただけ(三方ヶ原とか)
武田兵は兵力の少ない上杉にも苦戦してるし兵力が多かった織田に軽滅的な敗北を喫してる(長篠)
最期は織田に攻められて瞬殺(高遠城も半日で陥落)武田兵は弱すぎる
常に相手より多い戦力を用意した信玄が名将なだけ
>>10
三河兵はキ●ガイしかいないからな
>>93
劉邦「せやからお前みたいな補給係りを勲功の筆頭にしたったやないか」
>>10
三河生まれのトヨタ自動車が
自動車業界の天下を取りそうだしな
>>10
家康は特殊な立ち位置の大名だから
普通は武田や毛利みたいに家臣の意向を無視できないくらいには家臣の力が強いけど、
家康はある意味で絶対君主、大名権力が非常に強い
その理由の1つは代えがいないこと、兄弟(松平の血を引く異母兄弟)はいないし、信康死後は長いこと嫡男を立ててなかった
義元が死んでもなんのかんので家が続いた今川何かと異なり、家康が死んだら即終了なのが徳川家
なので家臣は必死で家康を守る
>>103
秀吉自体は長良川の川並み衆(前野)とコネあるし、
斎藤道三の旧家臣の蜂須賀小六とコネがある。
また母親が美濃出身で美濃との繋がりは、丹羽長秀よりは有るのでは?
>>106
譜代?
「木下」姓すら寧々とな結婚後からの使用説もあるぐらいなのに?
菩提寺も無い譜代の武家なんて存在するのか?
奉行?
木下利匡との混同では?
>>116
三河一向一揆で財源確保できたのもデカい。
武器防具と、食料、人数がいるんだから強いってだけだろ
あとは訓練次第だが、これも食料あってこそ
濃尾平野の開拓が進み、具体的に豊かになっていた。
幕末の実高の大きい藩が動員力も装備も優れていたのと同じ。
>>2
なんか活躍してた年代にズレがあるなぁ
信長の野望ってゲームやってみたら?
新生とか最近のはマイナーな武将も登場する
信長にカネがあったからであろう。普通ならコレは蓄財しているところだが、家臣と相撲をとるくら
い兵士との距離が近かった信長には兵士の士気を上げる方法がわかっていたのだろう。
具足や兵装などを官給品にして同一装備で兵団の武装を統一した。同じ性能の装備で一緒に戦わせる
のは近代軍隊の基本だが信長の時代にコレを行ったことのメリットは大きい。