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戦国時代「3万人の兵が侵攻」←これほんまなん?


引用元:戦国時代「3万人の兵が侵攻」←これほんまなん?

https://nova.5ch.io/test/read.cgi/livegalileo/1782837292/

1: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 01:34:52.60 ID:36MmMUqn0

よく◯◯の戦いとかで何万人vs何万人とかあるけど大昔にほんまにそんな人数動かせたんか?
そもそもその時代そんなに人っておったんやなw

2: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 01:36:01.02 ID:AXAgMQRI0

周りでわーわー言ってただけの人とかも入ってそう
8: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 01:40:17.29 ID:36MmMUqn0

>>2
ワイやんw
3: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 01:37:31.09 ID:YAZnQz9Nd

ほとんどが農民やぞ
15: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 01:42:54.56 ID:36MmMUqn0

>>3
はえーやっぱそうなんか
昔は農業も手作業やから3万人の兵を食わすってなると何十倍もの農民が必要になるから
一つの藩にそんなに人おらんやろwって思ったんや
25: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 01:46:03.26 ID:1HUjeAHS0

>>15
まあ軍人さんではないよ
合戦になったら呼び集められる
50: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 01:58:25.29 ID:36MmMUqn0

>>25
当時の農民はほんま可哀想やな
90: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 03:14:41.55 ID:YAZnQz9Nd

>>50
臨時ボーナス稼げるからウッキウキで行っとったぞ
4: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 01:38:18.23 ID:PVb2dLcJM

今有力になってるのは実際に本気で戦ってたのは1割程度
残り9割は物資運んだり戦地で土木工事をやったりのアルバイトがメイン
11: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 01:40:50.93 ID:w0paKvoX0

>>4
これ
兵站輸送や文官合わせて数万人
19: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 01:44:20.93 ID:36MmMUqn0

>>4
なるほど
馬車もなかったらしいし食料なんかも人力で運んでたんだもんなぁ
実際に戦う兵は1割くらいだと思ってええんかな?
5: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 01:38:38.42 ID:h20eZUsC0

当時は共同体に紐付いてないと生きていけない環境だから割と脱走せんらしい
20: ◆65537PNPSA 2026/07/01(水) 01:45:17.70 ID:Hub/TMow0

>>5
逆に金で雇われた尾張兵はすぐに逃げ出したから弱兵と言われてた
28: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 01:47:26.04 ID:36MmMUqn0

>>5
農民やったら土地取られたら生きてけんもんな
農民兵の方が本気だったかもしれんよな
6: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 01:38:39.61 ID:wwUB3Gdw0

>>1
イエズス会の記録でも、沖田畷の龍造寺軍は2万と記録されてるし
本能寺の変の際、早朝ミサの準備をしていた京都のイエズス会宣教師達の記録でも明智軍の数は1万と書かれてるからわりと信用できるよ
33: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 01:48:45.31 ID:36MmMUqn0

>>6
たしかに外人さんの記録やったら信用できるな
盛ってた訳やないんやなw
7: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 01:38:49.35 ID:1HUjeAHS0

ワイらみたいなひやかしもおったやろな
36: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 01:51:07.50 ID:36MmMUqn0

>>7
だよなw
9: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 01:40:20.63 ID:64vG5+2Z0

加賀一向一揆が越前に攻め込んだ時は30万やぞ
42: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 01:53:33.18 ID:36MmMUqn0

>>9
ひぇ…
マジで想像つかんわ
そんな人数が狭い街道を列になって歩いたんやろ?
10: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 01:40:43.30 ID:hiCH7vGq0

赤壁の戦いは古戦場がほぼ特定されて言われてた規模では無いのが分かってる
両軍合わせて2万弱の小規模な小競り合いだった可能性が高い
12: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 01:41:59.23 ID:F+fNKPs40

ほとんどが
今合戦中って事に気付いてなさそう
13: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 01:41:59.33 ID:NfkXVqTN0

そもそも数万の武器とかあの時代に用意できんよな
メインウェポンか農具や竹槍になってまうやん
26: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 01:46:04.79 ID:wwUB3Gdw0

>>13
因みに文禄・慶長の役での豊臣軍の鉄砲兵は4万人
48: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 01:56:03.14 ID:36MmMUqn0

>>13
昔って鉄時代が貴重なのに装備用意できたんか疑問やわ
農民はペラッペラの鎧もどきみたいの着せられて戦わせられたんかな
61: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 02:11:31.86 ID:5t5ie0bF0

>>13
自前やで
長宗我部の一領具足は本来義務の予備の装備なくても来てええでって制度や
領地与えてるんだからちゃんと馬や装備人員揃えて来いよってのが普通
14: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 01:42:40.35 ID:yi91GU8K0

確かにその時代にそんなに人口おらへんかったやろなあ
ましてや戦える年齢の男の数なんか少ないはず
16: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 01:44:02.68 ID:jzlaRNmX0

当時の娯楽は戦見物だろ

どこどこで合戦始まるらしいぞ!
見に行くべー
って感じで

17: ◆65537PNPSA 2026/07/01(水) 01:44:10.69 ID:Hub/TMow0

牛とか馬で食い物運んでた奴らとか込みやで
21: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 01:45:19.82 ID:QhFiVO620

強い勢力って農民の参加率高かったとかなんかな
いかに訓練積んでて軍団としての統制取れてるかとかもありそうだけど
35: ◆65537PNPSA 2026/07/01(水) 01:50:48.20 ID:Hub/TMow0

>>21
武田が強かったのは貧しかったんで、戦で勝って食料とか物資とか分捕って帰らないとどうにもならんってのがあって、農民兵ですらガチだったってのもある
27: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 01:46:09.83 ID:8Vjq6Ixo0

どうやって数えてたんや
29: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 01:47:37.54 ID:jzlaRNmX0

>>27
手で四角作ってその中の人数を数える(もしくは20人単位の四角を手で作る)
後はその四角が何個あるか数える
32: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 01:48:43.49 ID:64vG5+2Z0

>>27
割と自己申告
なので自分の配下の軍ですら把握してる人数と実際の数が違うとかザラだった
まあ大きく違うとさすがにバレて担当者が怒られたりするが
37: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 01:51:12.99 ID:FM/y609z0

城攻めがよう分からんわお城ってけっこう広いし何したら勝ちなんや
43: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 01:53:45.83 ID:vxI+ot9M0

>>37
大体一番上に旗立てて獲ったどーってやれば勝ちや
今でもロシアウクライナあたりはそれやってるから面白い
44: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 01:54:58.49 ID:yeD0skQNM

>>37
一番は城内に侵攻できるかどうかやね
普通は攻めてるほうが数多いから城門開けて突入できればほぼ勝利
それができなきゃ兵糧攻めで相手のやる気失わせくしかない
38: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 01:52:06.24 ID:vxI+ot9M0

まあでも野球場の観客のうち1~2割が戦闘してたって言えばそんなもんかなって感じやろ
45: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 01:55:16.45 ID:SYNXQrGQ0

道もろくに整備されてない時代に数万人単位の移動って大変やな
53: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 02:03:16.21 ID:ECGs1iud0

敵将討ち取ったり!とか言って無双はできんのかな
57: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 02:06:27.77 ID:vxI+ot9M0

現代の軍隊も直接戦闘員は1割ぐらいしか居ないから意外とあんまり変わってないよな
58: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 02:07:40.92 ID:36MmMUqn0

どうやってたんやろ?って想像するの楽しいわ
当時のレーション飯とか面白いし
戦国時代とかにハマる人の気持ちわかる
60: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 02:10:59.17 ID:rE4ew2FT0

ほんとは50人くらい何だけど盛ってるんやで
63: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 02:11:51.52 ID:V/ifKgC/0

日本全体でも人口1000万ちょっとの時代やからな
軍隊なんて総人口1~2%でも財政破綻するレベルの金喰い虫やし(一次産業への比率が高い国や時代ほど限界値は低い)
万単位の軍勢を動員する事は出来ても、それを維持できるのは極めて短期間
70: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 02:16:34.50 ID:36MmMUqn0

>>63
はえー当時って大体人口くらい1/10なんやね
一県くらいの結構狭い範囲から万単位でそんなに兵隊出して大丈夫なのかと疑問やったんや
しかもみんな働き盛りの男やし
74: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 02:20:02.29 ID:64vG5+2Z0

>>70
ある種の公共事業みたいなもんや
農閑期の出稼ぎ感覚
77: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 02:21:19.45 ID:36MmMUqn0

>>74
なるほどな
休む暇もなくキツかったやろなぁ…
80: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 02:23:51.24 ID:vxI+ot9M0

>>77
武田辺りやと略奪戦争に行かないと反乱起こされる感じだったらしいし半農の連中も中々のもんやで
64: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 02:14:19.77 ID:SYNXQrGQ0

賢い武将は道すがらに補給できる村の目星を付けて用意してたとは聞くけどホンマかね
65: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 02:14:23.71 ID:5t5ie0bF0

謙信なんて実際維持できないからすぐ帰るやん
67: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 02:14:32.46 ID:jzlaRNmX0

やから下っ端の専業軍人制度は信長くらいしかやってなくて
基本は半農半武士みたいな奴引き連れて合戦やろ?
71: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 02:17:01.54 ID:5t5ie0bF0

>>67
領地の庄屋に活きのいい次男三男集めさすとかやろなあ
そいつらにとっては独立や取り立てのチャンス
72: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 02:18:46.14 ID:1R9mnAj/0

だいたい一万石で三百人の兵を動員出来る計算だっけ?
十万石で三千人加賀百万石で三万人
78: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 02:21:53.68 ID:64vG5+2Z0

>>72
状況によって変わる
豊臣政権での遠征時の動員定数が1万石につき250人くらいだった
自国領での防衛戦ならその倍以上は集められたらしい
89: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 03:12:10.99 ID:veDKMFbq0

>>72
一石1人の人口とすると動員率3%
妥当というか少ないくらいやね
76: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 02:20:59.72 ID:k7KfVzlq0

「ワイらは〇万の大軍なんやで!」って喧伝しながら侵攻すれば戦う前に相手がビビッて降参するし
もし少数サイドが勝った場合も相手が多ければ多いほど箔が付くのでこれまた数を盛る
ってことで史料の数字は基本盛り盛り
82: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 02:27:34.75 ID:n7gZzy/i0

太平洋戦争でも農家の男が徴兵で取られて
農村部の人員不足が1944年には危険視されとったな
83: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 02:36:34.91 ID:Ib+zpolTa

>>82
4年で800万人動員だっけ?
86: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 02:56:17.43 ID:vxI+ot9M0

>>82
45年のコメの作況指数は67の大凶作やからね
ヤバすぎて占領した連合軍が慌ててアメリカとかから小麦大量輸入してしのいだしほんまもんのアホやで
91: それでも動く名無し 2026/07/01(水) 03:22:03.71 ID:cnIbS+5o0

どうせバレないしそれぞれの隊長はちょっと盛って報告したろう
打ちの部隊は100人集まりました!っていって本当は50人くらいしか来てなくてもバレないし
それの積み重なった合計だから

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  1. 1. 名無しさん ID: E4E0242B05

    戦国時代の日本の人口は1000万人未満だな

  2. 2. 名無しさん ID: CF93410437

    信長の野望では数百人からスタートだよね

  3. 3. 名無しさん ID: E4E0242B05

    日本は1500年代になってもまだ地元の豪族が人を集めてくる徴兵システムで全く中央政権になっていなかった

  4. 4. 名無しさん ID: EEED6AE3A2

    >日本全体でも人口1000万ちょっとの時代やからな
    >軍隊なんて総人口1~2%でも財政破綻するレベルの金喰い虫やし(一次産業への比率が高い国や時代ほど限界値は低い)
    動員率2%程度なら納得いくよね
    遊牧騎馬民族だともっと多いと思うが、それ以外だとだいたいその程度なんじゃないかと思う

  5. 5. 名無しさん ID: E4E0242B05

    豊臣秀吉も農民だったがクワやカマで戦功を挙げ続けてついには関白にまで出世した

  6. 6. 名無しさん ID: 0699836A08

    「3万人の兵が侵攻」←これほんやでw

  7. 7. 名無しさん ID: E4E0242B05

    超大国であるローマや漢は農民が枯渇すると異民族を徴兵する事が出来たけど日本には無理だな

  8. 8. 名無しさん ID: AD1F36B98F

    1560年に上杉謙信が10万の大軍で北条氏康領に攻め込んだって話はさすがに信用できない
    (わが殿は〇〇〇人の兵で上杉様に加勢仕りました!)みたいな自己申告を上杉方が鵜呑みにして
    その上での10万なんじゃね

  9. 9. 名無しさん ID: CF93410437

    煬帝「100万の軍で出陣するアル」

  10. 10. 名無しさん ID: E4E0242B05

    中華では紀元前の春秋戦国時代には数十万の兵が侵攻していた

  11. 11. 名無しさん ID: CF93410437

    >>1
    人類は増えすぎたね

  12. 12. 名無しさん ID: E4E0242B05

    >>9
    隋の煬帝は100万の兵で朝鮮半島の高句麗に侵攻した
    陸路では兵站が尽き、海路では戦力不足で敗退した
    何度も侵攻を繰り返すほどに民は重税と労役に苦しみ、ついには兵站部隊までもが反乱に参加し滅亡した

  13. 13. 名無しさん ID: CE863A848B

    三国志の100万人よりは信憑性あるやろ

  14. 14. 名無しさん ID: CE863A848B

    >>8
    そこで事故申告で嘘の報告とかするものなのかな
    本気にされてできない仕事割り当てられたら目も当てられないんだが

  15. 15. 名無しさん ID: 58D9A76F4B

    元寇で元は15万人前後の兵力を渡海させたし、文禄・慶長の役で秀吉は15万人前後の兵力を朝鮮に派兵した。
    中央集権体制の国家なら地方の兵力も動員することができる。

  16. 16. 名無しさん ID: E4E0242B05

    >>13
    100万とか言ってるのは小説の演義の方だけで歴史書である正史では言ってないからセーフ

  17. 17. 名無しさん ID: 390A35C4F3

    嘘だと思うだろ?
    だからこそ最終的には十万を超える豊臣軍の腹を満たした石田三成らの五奉行ってすごかったんだよ

  18. 18. 名無しさん ID: 0DB89CA378

    >>8
    関東の覇権をかけた戦いで総勢そのくらいになるってのは短期間なら結構ありうるよ
    40年後の太閤検地でだが関東の石高300万石で、1万石300人動員できるとすると9万人になる
    ~石あたり動員数の可変も期間や報酬によって変わるだろうし

  19. 19. 名無しさん ID: A05B1D2199

    歴史を見ると19世紀より前だとだいたい総勢20万人がせいぜいなんだよね
    中国とか、太平記あたりは盛りまくってるのもわかると思う

  20. 20. 名無しさん ID: 2875F86318

    石高(こくだか)とは、近世の日本において土地の生産性を石という単位で表したもの。太閤検地以降、地租改正まで約300年間、大名・旗本の収入および知行や軍役など諸役負担の基準とされ、所領の規模は面積ではなく石高で表記された。また農民に対する年貢も石高を元にして徴収された。

  21. 21. 名無しさん ID: 390A35C4F3

    >>17
    前漢の蕭何か

  22. 22. 名無しさん ID: 7E10DAF5FE

    >>7
    で、そに

  23. 23. 名無しさん ID: E4E0242B05

    日本の戦国時代は牧歌的だ
    中華では功績を挙げられなければ処刑されたため徴兵された兵も必死に戦った

  24. 24. 名無しさん ID: 7E10DAF5FE

    >>22
    修正
    で、その異民族が造反して乗っ取られるまでがオチ

  25. 25. 名無しさん ID: 390A35C4F3

    >>20
    地元の殿様がいきがって実際の石高より高く申請してその結果、納税する民が困窮するとか当初はあったらしいね。

    それの大きい話が島原の乱やろ?

  26. 26. 名無しさん ID: 2875F86318

    >>20
    織田信長の最盛期の石高は、当時の日本全国の総石高 (約1800万〜2000万石)の約4割に相当します。 わずか30年で6万石程度から700万石超まで急成長を遂げた信長は、まさに空前絶後の勢いでした。 秀吉の場合、直轄領 (自分で直接支配する領地)は200万石程度でしたが、豊臣政権全体としては全国統一により1800万石を超える規模になりました。 武田信玄と上杉謙信は、5度にわたる「川中島の戦い」で激突した宿命のライバルです。 ただし、上杉謙信の石高については、越後単独で35万石とする説から、領土拡大後の145万〜170万石とする説まで幅があります。 毛利元就は、中国地方のほぼ全域を支配下に置き、一時は織田信長に次ぐ勢力を誇りました。

  27. 27. 名無しさん ID: 0699836A08

    秀吉軍の侵攻で一番多い軍勢の数は、約20万以上w
    秀吉の小田原北条攻めの人数は、約21万の軍勢w
    因みに秀吉の「中国攻め」は2万5000人の軍勢w
    秀吉の朝鮮出兵では、1597年に14万人の軍勢w

  28. 28. 名無しさん ID: 2875F86318

    >>26
    織田信長の石高は約700万〜800万石に達し、これは当時の日本全体の約3〜4割に相当します。この石高から計算すると、織田軍の最大動員兵力は約20万人規模になるとされています。一般的には、1万石あたり約250人の兵力を動員できるとされており、織田信長の石高から推測される兵力は、実際の動員兵力よりも多いと考えられています。

  29. 29. 名無しさん ID: 58D9A76F4B

    元寇で元は15万人前後の兵力を渡海させたし、文禄・慶長の役で秀吉は15万人前後の兵力を朝鮮に派兵した。
    中央集権体制の国家なら地方の兵力も動員することができる。

  30. 30. 名無しさん ID: E4E0242B05

    >>24
    残念だったな
    政権は漢民族官僚が握り続けた
    たしかに異民族軍人は強かったが、漢民族官僚は圧倒的な兵力を集められた
    よって政治を漢民族、軍事を五胡が担当した国が最強になり天下を統一した

  31. 31. 名無しさんす ID: FCFF396B20

    当時は道なんかも狭い。4列縦隊組んで1万人が長さが2.5キロ。先頭が出発しても最後尾が出発するころにはすぐ休憩になりそう。休憩するにしても通りすがり普通の村に1万人押しかけても井戸の水に長蛇の列さらに座る場所すらなさそう。大混乱不可避だが本当に当時どうやって運営したんだろ?

  32. 32. 名無しさん ID: 6E3F80B285

    古代中国はヒスイの戦いがおそらく最大動員じゃないかと思う
    あまりに大軍すぎて自滅するんだけど、実数は30万くらいだろう

  33. 33. 名無しさん ID: 827298CA8E

    言うて、100人でも刀持った輩が集まってたら脅威やろ
    それが50も100もおるんや、ヤバいやろ

  34. 34. 名無しさん ID: 2875F86318

    >>20
    太閤検地は、1582年に豊臣秀吉によって始まりました。 この検地は、全国規模で行われ、1598年まで続きました。九州においてもこの検地が実施され、土地の面積や収穫量を測定し、年貢の徴収を円滑にすることを目的としていました。

  35. 35. 名無しさん ID: CE863A848B

    >>26
    信長の場合、イメージ的に石高よりゼニって感じなんだよね
    それに信長のように遠征する事が多くなれば石高と兵の比率も変わってくるんじゃないかと

  36. 36. 名無しさん ID: AC6DD01F11

    >>3
    1500年代で日本の規模で中央集権てどのくらいの数でやってたんよ。

  37. 37. 名無しさん ID: AC6DD01F11

    >>15
    船を用意したのはどっちも倭寇に繋がる勢力なんだよなあ。

  38. 38. 名無しさん ID: AFDE470D2C

    本スレ>>78の言う通り
    戦国時代は外征は1万石250人程度、防衛戦争はその倍ぐらい動員できた
    (どちらも余力があって、土豪の協力が不可欠)

    ただし文禄慶長の役では
    九州勢は1万石につき600名、中国500人、畿内400人
    中部350~300人、それ以東は200人と割り当てられてる
    実際に動員率は諸藩事情があり、それを相当下回ってたが計算上は無理すればそのぐらいの動員は可能なんだろうな

  39. 39. 名無しさん ID: E4E0242B05

    >>32
    前秦の符堅が五胡と漢民族の共栄の理想を目指し華北を統一し、ついに漢民族国家である東晋に侵攻した戦いだ
    しかし、中華の人民は漢民族優位の中華思想を望んでいたため、東晋の寡兵は奮起し、前秦の部隊はみな蜂起した
    前秦はこの一戦で各地の五胡が独立し崩壊した
    その望みは叶い、漢化政策を実施した隋により中華文明と中華王朝は守られた

  40. 40. 名無しさん ID: E4E0242B05

    >>33
    大半はクワやカマだろ

  41. 41. 名無しさん ID: 09FE50351A

    江戸期が終わるまで日本の軍勢は軍役に基づき編成されるもの、軍役とは要するに領主の納税であり封土を安堵する見返りとして負う義務で一万石につき250~300名程度で兵糧、武装は自弁であり武装には一定の基準がありそれを満たす義務があった、馬揃えとは指定された武装を用意して参上しましたよって確認の儀式、何万石に付き×250~300にすれば動員兵力は出て来るがこれは大体の基準であってお家存亡の危機ともなれば変動はあった

  42. 42. 名無しさん ID: 7A1BEEC311

    高知県だけで合計一万人以上動員した長曾我部元親の戦いだけは盛ってると思う

  43. 43. 名無しさん ID: 6BC8FF52E3

    >>11
    宇宙に移民させないと。

  44. 44. 名無しさん ID: CF93410437

    >>13
    漢末期に1億人だった中国の人口が三国志の時代の終わったころに1千万ににまで減ったそうだ

  45. 45. 名無しさん ID: 09FE50351A

    >>3
    1500年代に中央政権が徴兵システムを確立してた国ってあるの?古代的な兵狩りはともかく徴兵システムはフランス革命以後だよ

  46. 46. 名無しさん ID: 6BC8FF52E3

    輜重兵も軍の数に入れるとか
    蝶とか蜻蛉を鳥とカウントするか?

  47. 47. 名無しさん ID: CF93410437

    >>33
    仲間同士でケンカしそう

  48. 48. 名無しさん ID: 09FE50351A

    >>42
    一領具足制度を知らんのか

  49. 49. 名無しさん ID: E4E0242B05

    >>39
    この前秦の符堅はチベット系てい族だ
    日本ではチベットが非武装でおとなしいみたいな印象が持たれているがとんでもない間違いだろう
    戦乱の時代に華北を統一したようなやつらだぞ
    同じくチベット系の羌族などは春秋戦国時代から中華で暴れまわってきた
    董卓などはこの羌族の風習になじんでいたし、馬超は血筋だ

  50. 50. 名無しさん ID: AFDE470D2C

    >>23
    荻生徂徠も似たようなことを言って軍制改革を主張してたな
    中央集権国家と封建国家の違いでもある
    しかし中国兵は極一部の北辺を守ってる部隊以外は雑魚なので
    倭寇の如き、農民兵と大差無い相手に南京が籠城戦を強いられてる

    秀吉の勘違いも倭寇や宣教師から情報収集を行った結果であった
    ただし破竹の日本軍も李如松のような万里以北遼陽に陣取り
    騎馬民族と戦い続けた最精鋭部隊が朝鮮に来ると戦線が膠着することになる
    小西が平壌で破れ、碧蹄館で逆に叩き潰し、しかし兵糧が焼かれ両軍意気消沈、そっからは文禄の役はグダグダ
    両軍意気消沈したまま講和の流れ

  51. 51. 名無しさん ID: E4E0242B05

    >>46
    おまえそれ日本軍の大本営みたいな態度だからな

  52. 52. 名無しさん ID: 09FE50351A

    >>5
    秀吉の時代に農民と兵が違う存在として分離してたとでも?

  53. 53. 名無しさん ID: 2875F86318

    >>34
    さらに寛文11年(1671年)、天草はそもそも私領に適さないとして幕府直轄領となった。

  54. 54. 名無しさん ID: E4E0242B05

    >>50
    たしかに兵と言っても仕事はおまわりさん程度の時代もあった

  55. 55. 名無しさん ID: 21170FAC35

    >>1
    2000万人くらいだろ、江戸時代を経て末期には3000万人くらいに増えた

  56. 56. 名無しさん ID: 2875F86318

    >>25
    まっ当時の背景としては、特に取次役とは、政権と諸大名との間の交渉役を指します。 具体的には、取次役は交渉の過程で権限を持ち、さまざまな役割を果たします。取次役は、交渉の中で「指南」「取次」「奏者」といった役割に分類されることもあります 。これがいわゆる、豊臣方恩顧や東軍恩顧とも言われ、後の世まで通用したとされるみたよ

  57. 57. 名無しさん ID: AD28D3D287

    そりゃあなあ。現代の通信や輸送技術があっても数万の兵動かすのでさえ大変だからな

  58. 58. 名無しさん ID: 21170FAC35

    >>2
    戦国時代中期までは、守護クラスでも数千人くらいしか動員できない。
    守護大名と言っても、独立気質の高い国人や、幕府直属の奉公人の領地もあって、
    国中の全ての兵を動員できた訳じゃない。

  59. 59. 名無しさん ID: E4E0242B05

    >>55
    明朝鮮で戦乱が起き続けたために多くの流民が日本列島に渡来し人口が増えたのである

  60. 60. 名無しさん ID: 840490A47B

    >>1
    平安時代で1000万くらいだろう。

  61. 61. 名無しさん ID: 840490A47B

    >>59
    違う。

  62. 62. 名無しさん ID: 09FE50351A

    >>1
    明朝が6000万程度、大陸が1億を超えたのは清朝になってから、イギリスが300万くらいで戦国期の日本は1000万~1600万くらいで欧州最大の人口大国だったフランスとほぼ同程度、但し江戸末期には3000万に達していてかなりの人口大国だったが隣の清朝は4億を越えていた、ちな半島は李朝初期が150万くらいでその後750万まで増やすが日韓併合期は600万くらいしかし1925年調査で1900万になり1944年に2500万になった

  63. 63. 名無しさん ID: 840490A47B

    >>12
    満州の平原と北朝鮮の山脈があると二種類の戦いを強いられる。

  64. 64. 名無しさん ID: 50794A979A

    戦国時代の「3万人の兵が侵攻」っていうのは、ガチで本当やで!大昔やけど、そんな人数動かせてたし、そもそも人口もちゃんといたんや。
    「大昔=人が少ない」って思いがちやけど、戦国時代(15世紀後半〜16世紀)の日本の総人口は、推定で1,000万人〜1,200万人くらいいたって言われてるんや。今の日本の人口の約10分の1やけど、当時は農業の技術も上がってて、それなりに人がおったんやな。
    で、なんで3万人とか動かせたか?って話やけど、実は「農民を無理やり兵士にした」からなんよ。
    戦国時代の中盤までは、戦いは「武士(プロの兵士)」だけのもので、数千人規模やった。でも、戦いが激化して「もっと兵が欲しい!」ってなった大名たちが考えたのが、「農繁期は畑を耕し、戦の時期だけ槍を持たせて戦場に出す」っていうシステム。これを「農兵(のうへい)」って呼ぶんや。
    つまり、3万人の軍勢のうち、ガチガチの武士は数千人で、残りの2万人以上は「普段は農家のオッサンやで」って人たちが大半やったんよ。大名は「戦に出たら年貢を安くしたるからな!」とか言って、農民を大量に動員してたわけや。
    だから、あの時代の戦の記録を見ると、「〇〇の戦い、兵力3万、うち農兵2万」みたいな内訳がちゃんと残ってるんや。
    ただ、3万人を1箇所に集めるのはめちゃくちゃ大変で、「兵糧(食い物)」の確保が命やから、実際には「3万人集めたけど、食い物が尽きて戦えんかった…」とか、「3万人って言ったけど、実際は2万人くらいやった」っていう水増しやウソも結構あったみたいやで。
    まとめると、
    ・戦国時代の日本には約1,000万人の人口がいた
    ・3万人の軍勢は「農民を大量に動員した」から実現できた
    ・でも、兵糧の問題や水増しで、実態はもう少し少なかったケースも多い
    って感じや!ロマンあるけど、裏には「畑を荒らされる農民の悲劇」もあったんやな〜って思うと、ちょっと複雑な気持ちになるよねw

  65. 65. 名無しさん ID: 2875F86318

    >>56
    なんか、九州大学さんの附属図書館のデジタル版の史料では、天正十五年、九州平定の段階で、豊臣秀吉は「九州之儀者五畿内同前」と意識しなが九州における天領の成立は、文禄二年、大友吉統が朝鮮出兵中改易となり、その領国豊後が大量に太閤蔵入地に編入したその経緯や変遷を各次元から押し並べて記載されているけどね。

  66. 66. 名無しさん ID: E4E0242B05

    洪武帝が反乱を起こすと、新の王莽は100万の兵を動員した
    中華では紀元前の出来事です

  67. 67. 名無しさん ID: 039046480E

    >>42

    太閤検地の数字が過少申告なんだよなあ。
    山内氏が入国してから二十万石に修正されたけど長宗我部時代も同じ石高あったでしょ。

  68. 68. 名無しさん ID: 21170FAC35

    >>44
    あれは戸籍に登録している人間だから、戦乱を避けて逃散して減った分も
    含んでいるから、それ程大幅な減少では無かったらしい。

  69. 69. 名無しさん ID: 2875F86318

    人口動態は指数関数的か幾何学級数的かどっちがシックリくるの?

  70. 70. 名無しさん ID: 840490A47B

    >>15
    総数 140,000〜156,989人
    東路軍 蒙古・漢軍 30,000人、高麗軍 9,960人
    江南軍 100,000人

  71. 71. 名無しさん ID: 2875F86318

    >>69
    指数関数的増加モデルを用いることで、既に存在する個体群に対し、任意の与えられた個体群に関する変動率を求めることが可能となる。いわゆる、個体群動態論はマルサスモデルが先駆とされるます。

  72. 72. 名無しさん ID: D8DF9DC2F1

    万石って概念知ってる?

  73. 73. 名無しさん ID: D6645E7518

    東京ドームの観客席が対決するような規模だよね。まぁ、ありそう。

  74. 74. 名無しさん ID: 2875F86318

    >>71
    つまり、ロジスティックじゃん(方程式)

  75. 75. 名無しさん ID: EEC5BA1D33

    >>4
    BTSほどの世界的アーティストであるならば、26万人を動員しました。
    しかしながら私たち日本の田舎の武人が、そのような数を動員する事は難しいとの指摘が一般的です。
    なぜならば、歴史を修正するのは一般的なためです。

  76. 76. 名無しさん ID: 840490A47B

    >>66
    洪武帝(朱元璋)?

  77. 77. 名無しさん ID: AFDE470D2C

    >>49
    チベット族はこの頃までがピークだからな、散々ボコられて後世勃興できず
    あとは傍目には仏教を奉る大人しい民族のイメージになってしまう

    そもそも秦がチベット系ぽいし、崑崙山が泰山と同格の中国の聖地なのもチベット族の影響だろう
    羌族と中国始祖の一人の炎帝の子孫、周王朝もチベット系
    中国最初の神話の時代から周、そして中華統一した秦までは
    中国史の初期の主人公は漢民族ではなくてチベット族
    その後は漢民族、蒙古族、満州族の持ち回りになるけど

  78. 78. 名無しさん ID: 840490A47B

    >>37
    南宋の水夫がそのまま日本に居残ったの?

  79. 79. 名無しさん ID: 09FE50351A

    江戸初期の鎖国令とキリシタン禁止の際ポルトガルが兵300を軍船にのせ長崎にやってきた、俺たちに敵対するとは良い度胸だ、我々がどんな強国が知らんのかぁ、と脅しに来たが幕府は自ら動く必要もなく九州の2~3の大名に命じて出させた兵が完全武装の5万、その5万でグルリと囲み、”来るなって言ってんだろゴラァ”と脅すと”失礼しましたぁ”と帰って行った、この時期の欧州勢力なぞ地方大名だけで対処できる程度のものだった、この脅しがその後250年間は有効だった、抑止力こそ平和を守るという実例だし日本国は人口的にも征服するのはかなり難しい規模だった

  80. 80. 名無しさん ID: AFDE470D2C

    >>39
    随も唐も漢化はしてたけどモンゴル人なんだよな
    在華モンゴル3世とか4世の連中
    宋も趙匡胤はグレーだし(ティルク系説が有力)
    純粋に漢民族の王朝って漢、晋、明ぐらいかもしれん
    殷王朝すら支配層は遊牧民族だと言われてる

    中国の連中が殊更に漢と三国志、明を特別視するのはそれなりの理由がある

  81. 81. 名無しさん ID: 840490A47B

    >>75
    病院にGO

  82. 82. 名無しさん ID: D33B956F8C

    >>75
    それは知らないが現代だと通信と交通利便性がすごいし食料だって短期間ならなんとかなるからな
    昔とは違うのはそういう理由じゃないだろ

  83. 83. 名無しさん ID: AFDE470D2C

    >>66
    白髪三千丈
    実際に古代の戦争は輸送能力と戦場の食料生産高の問題で
    20万の軍勢ですら動員するのは大変
    100万居たら戦場がどれだけ肥沃でも1か月で5割餓死して壊滅する
    仮に総兵数が200万とか居ても一つの戦場に割り振れる数には限りがある

    明国の興亡に関わるサフルの戦いでも動員兵数は15万程度なのが現実

  84. 84. 名無しさん ID: D4440F1A9C

    こういうのは多めに見積もるってのはどこの国も一緒だからいいんだけど
    気になるのは映画とかで出る何万人何十万人の兵が映像的に多すぎるってことだよ
    野球とかサッカーをスタジアム観戦した人ならわかると思うけど5万人ですら見た目的には大したことないよ
    地面を埋め尽くすような映像演出は数百万人いないと無理

  85. 85. 名無しさん ID: AFC2E7F33E

    >>79
    嘘大袈裟紛らわしいは日本人の特徴の一つだよね🤗

  86. 86. 名無しさん ID: AFDE470D2C

    >>72
    1石で米150キロだが
    人一人の年間消費量がざっくり1石として計算される
    勿論常に余剰は必要なので
    加賀100万石と言っても実際の人口は60~70万人程度
    1万石で250人動員計算だけど
    そうなると総人口の4%
    男性の1割弱が戦場に駆り出されてる計算になる

  87. 87. 名無しさん ID: 2EF501BBD6

    >>75
    何言ってんだコイツ

  88. 88. 名無しさん ID: 4723158EBA

    >>8
    戦国時代は各武将が石高に合わせて徴兵する義務を負ってて正確に申告しないと処分喰らうからある程度正確だよ

  89. 89. 名無しさん ID: E4E0242B05

    >>80
    漢化してモンゴルの風習も制度も捨て中華の風習や制度を受け入れたのにモンゴル人は無理があるわ
    北周の政権争いでモンゴルの風習や制度にこだわる勢力は滅ぼされたし
    煬帝も李世民も漢の時代から続く漢民族の名家の出身でもある
    たしかに人種が漢人では無いというのはその通りだが、民族は漢民族なのはまごう事が無い

  90. 90. 名無しさん ID: 4165EEA62B

    共産党の主催による会の参加者集計よりは正確だろ

  91. 91. 名無しさん ID: 45C4938304

    日本はもう終わりだな

  92. 92. 名無しさん ID: 73508FE294

    当時のおまえら、どっちの軍勢が勝つかでレスバしてそう

  93. 93. 名無しさん ID: 52FA33883E

    当時は敵も味方も正確な兵士の数なんて誰も数えてなかった
    記録にある数字は大抵めっちゃ盛られてる
    兵力三万人って数字が出てきたら多く見積もっても三千人と見とけばいい

  94. 94. 名無しさん ID: AFDE470D2C

    >>79
    江戸初期までは連中が東東南アジアで支配出来たのは
    台湾やフィリピン北部みたいな縄文~弥生時代ぐらいの文明レベルの地域だけ(フィリピン南部はイスラム化で文明的だった)
    マラッカ王国はポルトガルとの戦争に負けてマラッカ(シンガポールに近い)を手放したが
    直ぐに包囲網を敷かれてポルトガルは占領地を放棄せざる得なくなった

    欧州文明が本格的に世界の脅威になるのは蒸気機関の活用によって
    輸送能力が格段に上がってから

    江戸中期までは時代に適応した文明を擁してる国は占領出来てない
    その他の国すら無理なのに、弓箭厳しき国、ゴリゴリの軍事国家の日本を当時の西洋列強に支配できるはずない

  95. 95. 名無しさん ID: 031269A8D1

    非戦闘員も含まれてるやろ

  96. 96. 名無しさん ID: 031269A8D1

    当たり前だけど戦争って補給部隊やらなんやらで戦闘要員の方が遥かに少ないんやで

  97. 97. 名無しさん ID: 031269A8D1

    >>91
    中露はガチで終わり始めてる

  98. 98. 名無しさん ID: F291728FC6

    >今有力になってるのは実際に本気で戦ってたのは1割程度
    >残り9割は物資運んだり戦地で土木工事をやったりのアルバイトがメイン

    現代の軍隊以上に兵站重視じゃないか
    そんな訳ないでしょ

    昔は足りない食料は現地調達(略奪)が常識でしたぞ

  99. 99. 名無しさん ID: D38EAFC93B

    >>45
    例外だが中国の秦がある
    前提として戸籍制度が必要だから近代化が必須
    日本は秀吉の刀狩りと太閤検地で国策として初めて行った

  100. 100. 名無しさん ID: D38EAFC93B

    >>45
    欧州では教会が戸籍っぽい事をやってた
    国がやったのは18世紀以降

  101. 101. 名無しさん ID: D38EAFC93B

    >>2
    史実ではむしろそれ位の時が一番面白い合戦だったんだけど
    信長の野望だと1ターンで終わってつまんない

  102. 102. 名無しさん ID: 852B91E5E5

    >>75
    お粗末な日本語駄文やな

  103. 103. 名無しさん ID: F291728FC6

    大阪の陣では、約10万もの兵士や浪人が豊臣方に加担したのは事実だぞ
    つまり、浪人だけでも万単位であぶれてたということ

  104. 104. 名無しさん ID: D2A28225FE

    米が強すぎるんだよ
    麦とは収穫率が段違いで養える人口もそれに比例する
    しかも麦だと挽いてパンにするからその分目減りしてさらに差が開く

  105. 105. 名無しさん ID: AFDE470D2C

    >>89
    何百年と漢民族と溶け合ってたって言うのならともかく

    >煬帝も李世民も漢の時代から続く漢民族の名家の出身でもある
    これが眉唾、両者とも武川鎮出身ってのが定説だから
    100年ほど前に、中国側に組したモンゴル人故にそこに住まわされて北の防衛を担わされていた連中
    冷や飯食わされて怒り爆発で反乱(六鎮の乱)
    結果、西魏、北周、隋、唐は支配層を武川出身の連中で固めてたから
    漢化はしてたのは間違いないがどの程度、自分達は漢族だって意識があったか

  106. 106. 名無しさん ID: 840490A47B

    >>62
    日韓併合後に調査したらすぐ増えたらしいのだが、奴婢とかの戸籍抜けとかを
    キチンと数えたら1000万人超えてたという話もある。

  107. 107. 名無しさん ID: CBF334028E

    >>4
    そこらは時代で変わりそう

  108. 108. 名無しさん ID: C6FD356965

    >>98
    輸送手段の大部分が人足による徒歩移動だから、そら輸送隊が大勢になるんよ
    輸送隊いうても武装してるから、状況によっては予備戦力として使われる、言うて攻撃する程の武力は無いから肉盾やが
    現地調達が前提はヨーロッパ中世の小規模な戦くらいや
    ろくに知りもせんで常識を語るか、まぁ中高生ならバカだから仕方ないか

  109. 109. 名無しさん ID: CBF334028E

    >>96
    そこらも時代で変わる

  110. 110. 名無しさん ID: CBF334028E

    >>108
    それも時と場合によりけりじゃね
    現代の軍隊であるロシア連邦軍が現地調達してたしな・・・・
    スペツナズがスーパーで万引きしてる姿は見とうなかった

  111. 111. 名無しさん ID: CBF334028E

    >>104
    ただ麦は作付けできるところが多いから一長一短だな

  112. 112. 名無しさん ID: 0EA81E1F07

    >>75
    TBSって、26万人(予定)→実働1万人の朝鮮ゲイドルかw

  113. 113. 名無しさん ID: 07481BE9DE

    戦国時代に他国に侵攻する際に動員できる兵力の目安は
    100万石で約2万人程度。これより多い場合もあれば少ない場合もある

  114. 114. 名無しさん ID: 7F4575FFD9

    >>113
    ざっくり1万石で150人って言われてますね
    百万石で現代風に言って1個師団

  115. 115. 名無しさん ID: EF6F8A0844

    >>17
    当時の貧弱な輸送技術で1~2万の補給賄うだけでも凄いと思うわ

  116. 116. 名無しさん ID: E4E0242B05

    >>105
    たしかにその通りだな そこは認めるしかない
    しかし、重要なのは漢の知識階級や官僚を納得させるほどの漢化政策を実施して中華王朝を復権したことだろう
    隋唐でも官僚は完全に漢民族ばかりだったのは事実
    政治は漢民族のモノだった
    それに隋唐では後宮が漢民族ばかりだったから、三代目には漢民族の方の血筋が濃くなっていたことも事実

  117. 117. 名無しさん ID: 0BCDA8986B

    >>88
    それは1番上の寄親から3番手4番手くらいから下の武将の話で後の大名クラスの寄親は動員数を要求するほう。

  118. 118. 名無しさん ID: 0BCDA8986B

    >>10
    それ桁が2つくらい盛ってるんじゃないかと言われてる。

  119. 119. 名無しさん ID: 0BCDA8986B

    >>44
    一億もいたの?

  120. 120. 名無しさん ID: 0BCDA8986B

    >>78
    まるきり日本の勢力じゃなく日本の海賊武将に通じる大陸沿岸の勢力で元が弱り目になったら中国系のなんちゃって倭寇にジョブチェンした連中かいたかと。

  121. 121. 名無しさん ID: 0BCDA8986B

    >>23
    ウソ言え、功績を上げると足を引っ張られて殺されるから功績を上げたらデッドオアアライブで皇帝まで上り詰められなかったら後の世で逆賊扱いだからなお過酷やん。

  122. 122. 名無しさん ID: FA113A89D0

    現代に置き換えたら自衛隊員100人で赤紙で集めた一般人3000人を指揮してるようなもん

  123. 123. 名無しさん ID: 7C55F50C82

    1万石で大体300人の兵が動員できたらしいから、
    3万の軍を出せるのは100万石レベルの大大名やな

  124. 124. 名無しさん ID: 1470A892E4

    海外の話だが紀元前の古代ギリシアとペルシアの戦いで
    両軍合わせて20万近い大軍が戦っているけどこれはどこまで信ぴょう性があるんだ?

  125. 125. 名無しさん ID: 902992206A

    古代中国だと十万単位の話が簡単に出て来て
    そんなん嘘だろと思ってたら
    秦の白起が何万人と皆殺しにした証拠が出て来たそうだよ
    近い時代で当時でさえ皆殺しし過ぎて悪名高かった項羽とかどんだけ殺してたんやろな

  126. 126. ななし ID: 0D83B3EF62

    >>70
    江南軍10万は、宋が滅んで職にあぶれた者たち。
    東路軍はモンゴル侵攻時の徴収兵だけど、侵攻前に降伏したことでやることが無くなった者たち。どちらも潜在的な反乱因子だから、雇用対策の公共事業として元寇が企画されただけ。

  127. 127. 名無しさん ID: 196130BBCB

    むろん嘘w

  128. 128. 名無しさん ID: 196130BBCB

    >>62
    16世紀だとしてもイギリスの人口少なくね?

  129. 129. 名無しさん ID: 196130BBCB

    >>119
    いたらしいな

  130. 130. 名無しさん ID: 196130BBCB

    なろう軍師「100人の組を300組集めると何人になるでしょう」
    戦国武将「わかりません」

  131. 131. 名無しさん ID: 93855EFF51

    大戦乱は本来は飢餓とセットだけど、応仁の乱で経済と戦の融合ができすぎたのがね。
    そっから先は戦争経済と戦争させないようにねじ伏せるまでの争い。

  132. 132. 名無しさん ID: A8CF808A29

    >>60
    平安は6~7百万人程度、鎌倉・室町で8~9百万人
    1千万を超えたのは戦国中期(16世紀半ば)
    ただしこの頃から江戸中期(元禄あたり)までの増え方が凄まじく約3倍になってる
    その後江戸後半~明治維新まで3千万前後を行ったり来たりで維持

  133. 133. 名無しさん ID: A8CF808A29

    >>31
    小荷駄隊と呼ばれる補給部隊があった
    自衛隊でいうところの業務隊

  134. 134. 名無しさん ID: 2825A80187

    戦国時代の始まりで800万人だった日本人口が
    戦国時代が終わる頃は1200万人まで増えた(150年間で)

    「人口は戦力」という旗のもとに、
    それぞれの武将が人口増加に必死だったというのがよくわかる

  135. 135. 名無しさん ID: 8C7C16D947

    なんか左のデモで集まったのが自称3万人だっけ?
    東京ドームで野球したら4万人

  136. 136. 名無しさん ID: AB823ADC29

    >>125
    当の中国人ですら長年盛りすぎやろwと思ってたのに
    ガチで大量の白骨出てきてドン引きした話
    笑えないけど面白い

  137. 137. 名無しさん ID: B44AF35E07

    「兵」たって、満足に動ける領民のおとこ全部だけどね。
    統計では老若男女ふくめた領民総数の2.6%は兵に出せるらしい。
    なので3万出せるってことは、加賀100万石が無理してやっとやっとひねり出せる人数。
    (加賀に100万の領民がいたというわけではないけどね、85万くらいだったらしい)

  138. 138. 名無しさん ID: 4BF20FB9F3

    関ヶ原の兵動員数はだいぶ誇張されていると思う

  139. 139. 名無しさん ID: 22BCFFE60C

    鎌倉末期の時点で出来るだけ数を集めてこれでは勝てないと敵に思わせるということになってるからね。で、やりだすと悲惨なことになる。

  140. 140. 名無しさん ID: E4242F3FDA

    >>125
    白起のやつはたいした人数でてこなかったんだよ
    だから実際に動かせた軍勢数も誇張だろう
    捕虜40万→4万程度がせいぜい
    それでも大虐殺ともいえるが
    南京事件30万も3万くらいだろう

  141. 141. 名無しさん ID: D3652C765B

    秀吉の身分統制令が浸透するまでは、軍の召集って領内の豪族や地侍が自分の郎党連れて参加する形やで
    平安時代の末期から戦国時代まではだいたい同じ
    郎党も誰でもいい訳じゃなく主人と従軍契約結んだ本業兵士の兼業農家みたいな連中
    だから兵士=農民は近いっちゃ近いけど、俺はあんまり同意できないな
    一生軍事に関わらず過ごす農民の方が多かったから

  142. 142. 名無しさん ID: 6BE1A31477

    日本の戦国時代は領民への縛りが強まって農民含めて動員率高まったんだよ
    戦闘員としての立場が比較的固定化された江戸時代になってまた動員率は低くなったと言われてる

  143. 143. 名無しさん ID: 4D15166E88

    >>77
    いや吐蕃はモンゴルにボコされるまで唐の首都の長安を占拠したり北宋相手にブイブイ言わせたりして中々の精強っぷりを発揮してるぞ

  144. 144. 名無しさん ID: 4D15166E88

    >>46
    頭大本営かな?

  145. 145. 名無しさん ID: 1D58C80E1D

    江戸時代の下級武士の平均年収が三十俵二人扶 これは武士1人に2人従者を連れるから
    戦場で闘うのは武士のみで従者は雑用係 一万の兵といっても実際の戦力は3000人程

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