引用元:普通の日本人「会社は給料のためではなく「居場所」があるから行っている」←これwwww
https://mi.5ch.net/test/read.cgi/news4vip/1685339013/
つらいこともあるけど、帰属意識があるからこそ理不尽も克服でき、悔しいときは飲みに出かける。休日はみんなでBBQをしたりゴルフしに行く
ようは「疑似共同体」に近いものが会社の中に形成されている
ここに帰属し、通うことが人生の最大目標になってしまっていて
それゆえにリストラされたり定年退職すると人生の居場所を失って詰んでしまう人が多いことが日本の社会問題になっている
・・・・・それが普通の日本人だということに30年ちょっと生きて転職を繰り返したりして気づいたんだけど
これ世界常識と乖離しすぎじゃね???大の大人が中学の部活じゃねーんだぞ
経営者(とくに中小企業)はもちろん、労働者にも大勢いることが
日本の長時間労働の原因であり
日本の労働生産性の低さの原因であり
ブラック、過労死の多さの原因であり
失われた34年間をもたらした諸悪の根源ではないかと
俺は「そういうのは親の世代のバブル時代の風潮」だと思ってたし
平成も終わったらさすがに死ぬと思ってた
社会人になったら、自分のちょい上の年齢が「ああ」で
しまいに三十路すぎたら年齢10個下のZ世代のつい最近まで学生だった子すら順応してることに気づいて
この国はもう一回進駐軍に統治されないとダメなんじゃないかと気づいた
ただカネをもらうための場で、カネのために仕方なく働く場で
勤務が終わったら自分の人生の貴重な時間を貰ったカネで充実させるべきだ
そういう世界人類の市場経済の当たり前の感覚が
日本人には昭和の老害はもちろん残念ながら若い世代にすらほとんどないと思う
漏れも仕事は食うための手段で会社はそのために行くだけでそれ以外は無関係だものwwwwwwwwwwww
俺と一緒だな
俺は過去10年で経営者も正社員もフリーランスも契約社員も日雇いもやたことあるけど
ぜんぶ「いかに苦労せずに食うか」でしか考えなかった
本来お客様や取引先向けの広報の場である企業アカウントなのに
事務所内で内輪ノリのアットホームな「新人社員いじり」を撮って全世界にさらしてたり
ゴルフして温泉でコンパニオン読んでる昭和のダメな社員旅行のスライドショーとかアップしてて
高度成長期のブラック会社感丸出しだから
あの角に内向きで、部外者そっちのけな感覚が
日本経済をダメにしている戦犯だと一瞬で気づけるし
おそらくこの国の9割くらいの企業は、世界に名の知れた大企業を含めて外面はともかく実態は「このノリ」で働いていると思われる
会社に帰属意識とか勘弁
学校じゃないんだぞ
ところが厳密には
「そういうものを求める回路」が大多数の日本人にあって
どんなにコンプラ的なものを法的にも(いんちき経営コンサルの受け売りだとしても)経営陣が自発的にでも取り入れようと試みても
「現場」は変わらないんだよね
それに30すぎたらやっと気づいた。必死に英語覚えてアメリカでハンバーガー屋でもやってたほうが余生はマシに生きられると思うわ
若い人多いし
結局は金もらえるかもらえないかだけでコミュニティに属してるっていうのは変わらんからね
学校だって本来は「勉学の場」であり
共同体なんかないはずなんだけどね
海外は飛び級とか当たり前だし
学校行事も日本ほどムダに多くない。その代わり卒業式は盛大にやる。拘束からの解放の場だからね
お前も大人になればわかる
俺は33歳だ
2012年にリーマンショックのさなか無職で大学を出て、色々経験して今まで生きている
十分大人だろ
それについては
学生の頃にやってたフルキャストの派遣バイト(事務職)で経験済みだ
数か月の事務作業だったが
リーマンショックで首切られたおっさんたちが現場に大勢いて
ある日みんなニコニコした顔で楽しそうに働いている日があった
なんでかって聞いたら、どうやら飲みに行く様子だった
最低時給の派遣で
1回飲み言ったらその日のバイト代吹っ飛ぶだろ?
何でそんな無意味なことをするんだと思った
でもそれは俺がガキだから間違ってた
あのおっさんたちはリストラされてカネがないから働いているんではなく(もちろんカネがないのは確かだろうが)
それよりも会社と言う「居場所」がなくなったから、こういう同じ顔を付け合わせる日雇いではない仕事を選んできたんだと気づいた瞬間だった
つまりはたとえその日の給料全部パーにしてでも、同じ職場で顔を付け合わせるおっさん同士で飲みに行くことが人生のアイデンティティーなのである
いまは社員はただのコマで、どれだけ安く使えるかだから、時代に合ってない
俺は33歳だから平成生まれの最初の世代で
「社員はただのコマで、どれだけ安く使えるかだから、時代に合ってない」なんてことは子どもの頃に言われだして
日産のリストラで同級生がみんな転校しまくった時とかにそうなんだろうなと思ったりしたよ
だけどね、その俺が社会人になった2012年でも、それから11年経った今でも
実際はほとんどの会社がこのままなんだよ
これでいいのか日本
俺35だけど俺や俺より若い世代で会社を家のように思ってる人なんてほぼゼロに近いくらい見たことないよ
50歳弱くらいから上にはそういう人けっこういる印象
生産性が下がると思う
個々人の能力が低いわけじゃない
優秀な奴が順当に出世すると立場上いままでのなじみの同僚との関係性が壊れてしまう
場合によっては生殺与奪権も握るようになるし、昨日まで仲間だった奴に首を切られる側はもちろんたまらんけど、それを行使することだってストレスになるだろう
なので出世したがらなくなる。あるいは上司にも部下にも都合がいいようななんでも押し付けられるヒラメみたいな奴が出世するようになる
かくして同じ横並びに甘んじる社員たちは、自身の担当業務の進捗や結果の良しあしを問わず、会社に居残ってダラダラとどうでもいい残業をし、
一番仕事が遅い奴が切り上げるタイミングに合わせて一緒にあがってサビ残からの飲み屋に繰り出すようになる
その間無駄にオフィスの光熱費だって浪費していて、誰も得しない構造になっている
サービス残業の元凶って部活でしょ
俺部活なんてやったことないけど、あんなの人生の時間の無駄だと思ってた
給料も大事だけど
仕事がつまんないからこそ
痛苦を共同体験する「疑似共同体」の依存性が高まるということ
公務員組織のセクショナリズム(縦割りとか)もそうやってできあがるんだよ
事実、日本社会の「重苦しさ」の理由ってこれだと思う
ようはブラック企業がダメとか、残業がダメとか
スーツ着るのがダメOLに制服ハイヒールがあるのがダメとか
テレワークしようとか社内英語化しようとか細切れに個別な要所要所ばかりをあげつらって小手先で改革しようとしても
根本土台が「疑似共同体」のゆるぎない基盤がある限りは何も変わらないと思うの
そしてこの疑似共同体みたいなのを完璧に駆逐することができれば
顕在化した個別の諸課題も自然日生に消滅すると思うわけ
つまりはほうぼうに延焼した火の先っぽばかりをみつけてでたらめに放水しても山火事は終わらない。火種を消せと
グループ内の別の事業所の人事の噂話したがる人が多いことにも気づいた
異動してきた人、管理職、いろんな情報が入ってくる総務のお姉さんとかが雁首揃えて
「〇〇事業所の××サンがどうのこうの」とか「今××サンは〇〇事業所に行ってて~」みたいな
自分の今の職場のメンツには関係ない話を延々こすって盛り上がっててびっくりした
これってまさに赤の他人のプライベート筒抜けで相互監視に明け暮れる
田舎の山奥村のムラ社会そのものじゃないかと
「擬似共同体」ってどういう意味で使ってるんだろう?
何が疑似なの?
普通に人が一つの目的の元に集まればそこに共同体とか社会が形成されるのは当たり前じゃね?
凄い頭悪そうなんだけど
運命共同体との区別な
つまりは田舎だ
平成生まれの俺やお前でも
遠くの田舎に爺ちゃん婆ちゃんの家がある(あった)だろう
そこにいけば近所は同じ苗字の表札だらけ。先祖代々の地縁・血縁社会があって
プライバシーやプライベートが確立されておらず、公私混同がまかり通っているんだよ
良く言えば相互互助(実際はこれは縁故採用での就職あっせんなど「無敵の人」対策には効果的)が盛んで安定社会だが
悪く言えば自分の秘密や尊厳を守れない、自由がどこにもない地獄の環境だ
そういう田舎を不便だと毛嫌いして「オラこんな村いやだ」で都会に出たのが昭和の大人たち(つまり俺やお前の親世代)なのだが
彼らもしょせん田舎者なので、共同体のプラスの面への終着意識を捨てきれず
新卒一括採用制度のもとで田舎出身の就職者が集まりやすい東京の会社で疑似共同体が形成されやすい
会社のみんなともう会えなくなるんだな、と思うと
寂しかった
これがわからないんだよ
俺恵比寿のベンチャーで働いてた時は
殆どスラックとかヤマーとかFacebookメッセンジャーとか使ってリモートワーク(※約10年前)だったから
そもそも会うこと自体なかったし
そのリモート環境で「今日から○○さんジョインします。なんとあの××商社出身です」「突然ですが××さんは今日で退職です」みたいなやりとりが誇張なしにほぼ毎日のようにあって
仮にフェイストゥフェイスで会う必要のある場面でも、会うたびに創業社長とコアメンバー以外の顔ぶれは入れ替わっていたから
会社って本来そういうもんが普通だしみんなそうなんなきゃだめだと思ってたけど
金もらえなかったら絶対やらん
それが普通だよ
だけどその感覚があると「薄情でヤバイやつ」みたいなサイコ扱いされるらしい
自分はこの世でただ一人孤独な存在になってしまう
それが怖いから必死に「簡単に首が切れない正社員になるため」に就職活動するし
そのまま40年ばかし定年まで居座るし、還暦すぎても給料半減しても延長するし、65で関連会社に出向してかつての上司と再会して死ぬまで会社に人生をささげる
自分の父親とか周りの大人見ているとみんなこんな感じだけど
これどう考えてもおかしいよね。「自分の人生」はいったいどこにあるんだ?見返りは疑似共同体に属するだけの永遠なる「組織の奴隷」じゃねえか
組織への帰属意識は本能にる欲求なので別に間違いでもない
1990年代の俺はそう思ってた
職場の仲間とよくバスケやフットサルしに行ってるわ
昼休みの雑談も楽しいし































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