引用元:豊臣秀吉ってなんで晩年老害化したんや?
https://swallow.5ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1545440969/
1: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:09:29.36 ID:e7533tb8M
朝鮮に2回も兵出したり秀次殺したりなんやねん
2: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:09:56.18 ID:kuuxJKTt0
老けたから
8: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:10:24.26 ID:e7533tb8M
家康に敵わんと思って政権移譲が円滑に進むようにしたんか?
13: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:11:37.88 ID:cRRkUA00d
農民出身だから本当に信用できる側近がいなかったからとか
15: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:12:12.35 ID:e7533tb8M
>>13
人間不信やったんか
人間不信やったんか
14: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:12:03.57 ID:we+cFD+a0
ボケたんだろ
30: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:17:58.07 ID:vV/bXca3d
秀頼可愛さに秀次殺した結果www
41: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:19:45.60 ID:5qcwYcfO0
秀長が死んじゃうが悪い
62: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:24:49.99 ID:qKw1esYMa
>>41
秀長晩年には既に秀吉との関係が悪化してた定期
秀長晩年には既に秀吉との関係が悪化してた定期
47: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:20:26.45 ID:Hrlbaljdd
成り上がりの権力者は周囲を恐れる
49: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:20:56.20 ID:ZvvK0M8j0
石田三成「この政権も形になって来たな!」秀吉「んほぉ~秀頼たまんねえ~」
秀吉「茶々の子最高だわぁ…」
三成(うわぁ来たよ…)
秀吉「唐入りの進行はどうだい?」
三成「現在ここまで進んでいます」
秀吉「秀家を総大将としてまず名護屋から朝鮮を攻め、国内は関白を中心とした政権によって統治する…ふんふん…」
秀吉「この関白って誰?」
三成「秀次殿ですね」
秀吉(そっかぁ…)
秀吉「この体制なんか違うんだよね…王道すぎるというか…ひねりがないよねぇ…」
三成「うわぁ…」(そうですか…)
秀吉「そうだ!秀次を途中で離脱させて別の真後継者をカッコよく登場させようよ!」
秀吉「後継者は秀頼ちゃんね!これは面白くなるぞ!」
52: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:22:12.97 ID:csQ96E7D0
>>49
やめぃwwww
やめぃwwww
53: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:22:21.00 ID:ZBJqzUQ40
>>49
大体あってる
大体あってる
50: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:21:50.41 ID:vV/bXca3d
弟もすぐ死んだし
子飼いは子飼いで争ってる馬鹿どもだし
家康怖くてしゃーなかったろうな最後は
子飼いは子飼いで争ってる馬鹿どもだし
家康怖くてしゃーなかったろうな最後は
58: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:23:49.24 ID:6RMRplt6M
昔とはいえ50代そこらで認知症なるもんやろか
61: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:24:35.09 ID:mMjTksw10
家康に権力を乗っ取られたのだって元はと言えば秀次を殺したからだろ
秀吉は本当にバカや
秀吉は本当にバカや
64: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:25:22.73 ID:gzoT+YGW0
老害化した一番の要因は秀長の死と鶴松の早世やろ
で、次に生まれた秀頼に豊臣家を継がせたい一心で秀次を排除した時から全てが狂った
で、次に生まれた秀頼に豊臣家を継がせたい一心で秀次を排除した時から全てが狂った
70: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:25:53.38 ID:r5IKB8iha
大陸進出は信長の構想引き継いだとも聞くんやけど
信長やったらどうなってたんやろ
信長やったらどうなってたんやろ
77: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:26:54.91 ID:CCq6mWpX0
大体、当時の大名が40~50くらいで家督を譲るんは老化対策って説あるらしいで
ホンマにやばそうな事言ったら、後継者と幹部が揉み潰すんやと
秀吉にはその補佐役がおらんかった
ホンマにやばそうな事言ったら、後継者と幹部が揉み潰すんやと
秀吉にはその補佐役がおらんかった
90: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:30:00.64 ID:Hrlbaljdd
>>77
補佐役が先に亡くなったからな
補佐役が先に亡くなったからな
85: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:29:15.61 ID:e7533tb8M
秀長は有能だったんか?
100: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:31:05.69 ID:Hrlbaljdd
>>85
補佐役として有能でしょ
島津攻めの大将だし
補佐役として有能でしょ
島津攻めの大将だし
86: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:29:24.79 ID:2nJKb1m20
ノブは息子もろとも殺されちゃうし
武田は勝頼が家臣に嫌われてるし
世継ぎ問題クリアするの結構厳しいな
武田は勝頼が家臣に嫌われてるし
世継ぎ問題クリアするの結構厳しいな
93: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:30:31.97 ID:wsMjNx1Za
>>86
やっぱり徳川三代ってすげえわ
やっぱり徳川三代ってすげえわ
105: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:32:10.28 ID:tY3xIv190
>>86
秀忠も消化試合だったからうまく行っただけで
家康死んだ状態で有力大名が何人も居たら終了やったやろな
秀忠も消化試合だったからうまく行っただけで
家康死んだ状態で有力大名が何人も居たら終了やったやろな
88: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:29:34.81 ID:+TOvzUEW0
秀次が生きていれば豊臣は滅ぶことはなかったんやで
109: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:32:49.59 ID:cqTg0faK0
>>88
絶対秀頼派と内紛起きてボロボロになってたわ
絶対秀頼派と内紛起きてボロボロになってたわ
134: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:37:43.62 ID:e7533tb8M
家康が鯛の天ぷらで死んだ説ってガチなん?
137: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:38:42.63 ID:Ms+RwNrNa
>>134
胃がんちゃうかとは言われてるな
胃がんちゃうかとは言われてるな
338: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 11:07:54.12 ID:iZ7+kkGOM
>>134
当時の医師が書き残した病状の記録などから胃がんでほぼ確定。
鯛の天ぷら云々は明治政府のネガキャン
当時の医師が書き残した病状の記録などから胃がんでほぼ確定。
鯛の天ぷら云々は明治政府のネガキャン
136: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:38:32.85 ID:604RQ8C0d
やっぱボケてたとしか思えんな
209: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:50:34.72 ID:aeRJCXtqM
ナンバー2と利休が居なくなったからな
213: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:50:51.43 ID:DJmK5Ez5M
最上の絶対豊臣許さない感ほんと好きやわ
220: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:51:40.43 ID:CCq6mWpX0
当時の武家で兄弟殺しまくる奴ほど息子達には仲良くせーよって言ってるの笑える
説得力皆無やろ
説得力皆無やろ
227: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:52:58.90 ID:zP53IVrE0
>>220
自分と同じ道を歩んで欲しくないという気持ちでしょ(はなほじ)
自分と同じ道を歩んで欲しくないという気持ちでしょ(はなほじ)
231: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:53:25.28 ID:DJmK5Ez5M
>>220
殺しあって痛感したんやろ
殺しあって痛感したんやろ
225: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:52:51.92 ID:aNMCxuBl0
朝鮮出兵は世界的に大航海時代の情報入ってたんちゃうか
後々の事を考えると東南アジアに向かう方が良かったけれども
後々の事を考えると東南アジアに向かう方が良かったけれども
240: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:54:32.49 ID:JcZDh0mI0
お世継ぎが生まれなかったら良かったのに、晩年で生まれてしまったからさらにおかしくなった
275: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 10:59:09.38 ID:oiTt5jcX0
家康もなんで頑張らなかったんだ
上手く立ち回れば天下は20年早く取れたろ
なんで秀吉に先回りされるんだよ
上手く立ち回れば天下は20年早く取れたろ
なんで秀吉に先回りされるんだよ
287: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 11:00:02.99 ID:Hrlbaljdd
>>275
天下を取ろうと思ってなかったし
天下を取ろうと思ってなかったし
290: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 11:00:17.50 ID:CCq6mWpX0
>>275
それこそ全盛期の秀吉が天才やったからやろ
それこそ全盛期の秀吉が天才やったからやろ
299: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 11:02:22.98 ID:SGlIdBit0
統一した後、外に攻め込むのは常道だぞ
327: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 11:05:26.78 ID:SGlIdBit0
豊臣支配が続いていたら徳川はいずれ潰されただろうな
334: 風吹けば名無し 2018/12/22(土) 11:07:12.26 ID:BJsrjh2v0
戦国の世の中しか知らないから平和なときに何をしていいか分からなかったんじゃね?































コメント↑↓
※誹謗中傷や相手を傷つける投稿はご遠慮ください。お互いを尊重し合った、思いやりのある投稿をお願いいたします。
日本人は歳をとれば老いてみんなこうなる
半島に関わってエラが張り出したから
秀吉が即死したのは61歳。まだまだヤれたのにどうして・・・・・・
秀吉は元々ああいう性格
上に誰もいなくなったから箍が外れた。
玉袋が小さくなったから
明の洪武帝と日本の秀吉で農民対決だったねw
秀吉の朝鮮出兵で痩せた土地の朝鮮では餓死者が続出(推定100万人とあるが正確にはわからない)したが、
大日本帝国初期に1300万人だった朝鮮人は2500万人まで増えている。
文字通り10倍返し。
腹黒の家康が無言の圧力をかけたから
明智光秀のタタリ
老害化というか淀公のおかげでノムリッシュ化したというか
秀吉は中国からもっと学ぶべきだったな
清では門下省が設立されて皇帝の命令でもおかしすぎたら却下できた
老害化したから周りから有能がいなくなったのか
有能がいなくなったから老害化したのか
どっちにしろ結末は変わらんけどね
>>3
多指症とかヒゲが生えず付け髭だだったとか、女好きの割に余り子宝に恵まれなかったとか
どうも遺伝子異常を抱えていたのも原因ではないか、死因もはっきりしてないし。
家康は待ちに待って天下を狙っていたというか
このやべー戦国時代を生き残らねばと耐えに耐えていたら
秀吉没後やべぇのが石田三成だけになった時点で「あっこれいけるわ」ってなった感じがある
後継者を息子とか親戚に限定するのが間違いだ
もっと幅広く適任者を選ぶべき
さらに有力者が投票選挙するべきだ
有力者の多くが不満を持つから謀叛が起きる
有力者の大半が納得すれば謀叛は起きない
>>15
歴史というのをちゃんと理解しろ、一足飛びに民主化なんてできるわけないだろ、
それに投票結果に例えば最大勢力の家康が不満だったら結局は戦乱になる。
牟田口廉也も終戦後殆どの期間は隠遁生活を送り、遺族が訪れれば謝罪し、自身を批判する元陸軍幹部に反論もしなかった。だが74歳の時に元英軍将校から手紙を受け取ったことを契機に態度を一変した。
脳が老化すると、他者の感情に無頓着になり、周囲からどう見られているのか第三者的な視点が欠落するという。秀吉は機転を武器に成り上がったが、その機転とは信長や他の幹部の感情や思慮を察知するのが巧かったからだと思うが、秀吉の最大の長所も老化によって失われたのである。
>>12
有能は相変わらずいたやろ
むしろだからこそ秀吉の暴走をある程度叶えられてしまったんやろ
>>14
何か最近の説では秀吉没後に家康も含めた各々が勝手に行動していたら
結果的に関ケ原になってしまって、家康ももっと長期的に穏便な手段で
簒奪するつもりだったという説もある。
野心家石田三成の 日本兵削減計画だろ
石田三成ぁ 自分が官僚統治の頂点に立とうとな
官僚が決めたこたぁ 絶対 だと ミセシメ
にしたのが 秀次 最上 宇都宮 とかの粛清だ
豊臣秀吉 石田三成 らは 藤原家系のマッサツ
を狙ってたからな・・だから 近衛前久もヤバイ
とこだった
>>16
民主化なんかしないぞ
有力者というのは政権の中の有力者ということだ
家康と言えども多数の大名や朝廷や官僚がみな賛同しているならば遠慮するだろう
天下取っちゃってやることなくなって、息子のこととか心配になっちゃったんじゃないの?
んで、朝鮮出兵とか無茶苦茶なこと始めちゃって、周りの意見聞かなくなって、
疑心暗鬼になっちゃったとか、歳も歳だし、そりゃあね。
>>16
返信する前にまず人の言うことをちゃんと理解してからにするべきじゃないか?
秀吉が天下取ったと思われる年から死ぬまで…たった12、3年しか無い事に驚く
これ考えたら老害化もあるけど普通に時間が足りなくてが原因じゃないかな
周りの人とのスピード感や焦りが違いすぎる
世界征服は織田信長が居た頃からの野望だろうけど時間が足りなすぎる
逆らう、いや止めましょうとか言うヤツを殺しまくるのもわかる気がする
そんな悠長にしてられないんだよって感じ
その2年後に関ヶ原
大阪冬の陣、夏の陣が関ヶ原から14年後
これ考えると家康は優しい、じっくり考える人なんだと思うわ
さっさと豊臣潰してしまえばよいのに何度も最後通牒して滅ぼした感じだし
>>20
豊臣秀吉 石田三成 の 藤原家系マッサツ
狙いのターゲットにされ 宇都宮家ぁ 九州
宇都宮家の 城井長房 城井鎮房 親子を
サツガイしちまって 関東宇都宮家を断絶
させちまった この両宇都宮家ぁ 藤原家系だ
伊達政宗も 藤原家系だから 豊臣秀吉に
狙われたが 京都民に 大人気だから コロす
のを 諦めたのさ 秀吉ぁ京都に住むからだ
昔日の
自慢ばかりを
繰り返し
今の流れに
気づかぬ哀れ
朝鮮役の時に視察に来た名護屋城で秀頼を仕込むことができて
おつむがハイになっちゃったんだろうな
世の中全部自分の思う通りに逆転し始めたと
>>25
俺らぁ 中臣 藤原家系だから
裏で ナニガあったのか? 教えられてるぜ
豊臣秀吉政権が 倒された 理由もな
>>15
まあ、現代の民主主義っぽく聞こえるけど、昔の家制度って血筋が超重要だったわけで。
単に能力があるやつ選べばいいってもんじゃないんすよ。
家臣団とかも血縁で繋がってたりするし、外から来た人がいきなりトップになっても、そりゃ反発するやつ出てくるでしょ。
選挙なんてやったところで、結局力持ってるやつが自分の都合のいいようにするだけだし。
昔は「家」っていうブランドが全てだったから、血筋を重んじるのは当然だったんじゃないすかね。
優れた独裁者だったから。
徳川家康にはオーベルシュタイン(本多正信)が居たから、暴走しなかった。
豊臣秀長が生きていれば、唐入りはまだしも秀次事件は起きなかったな。
>>28
この時代の天皇皇統危機・朝廷危機はあったのよね…この時代も藤原氏・近衛家は皇統継続に働き日本全国を歩き渡り、皇統の為に命を賭けていた。
>>28
江戸時代以降に系図作成が盛んになった際に、
家格を上げるためや権威付けのために、実際とは異なる系譜が作られたり、
都合の良いように解釈されたりしたんですよ
特に藤原家系は
>>3
即死では無いのだが?
>>3
木下藤吉郎時代に堺でパツキンのねーちゃん抱いて梅毒に罹患してたのだよ。
>>11
清の制度なら太子密建も採用していたら秀次の粛清はなかったかもしれない。
まあ中央集権制ではなく封建制を取っていた日本では無理か。
>>4
長生きしてたら、足利義満みたいに皇位簒奪したかもね。
秀吉には、日本の伝統を尊重する気がないんだし。
(有職故実も権力掌握の為の手段)
祟りと言うなら浅井久政、長政、千寿丸、万福丸と柴田勝家、お市の方と神戸信孝と千利休と豊臣秀次の呪い。
>>7
唐入りでは支援に来た明軍の腹に収まったんだから、
隷属国民としては本望だろう。
>>29
家督は重要だが戦国時代こそ養子が多かった
血縁者が必ず家を継ぐとは限らなかった
血縁がいいと皆が思うならばみなが血縁者に投票するだろう
それでいいじゃないか
能力で選べなんて誰も言ってない
今の政治だってそうだよ
はっきり言って茂木と比べたら岸田さんも石破もみんな無能だよ
でも、総裁選では圧倒的に茂木よりも岸田さんや石破が勝った
徳川三代の野望を阻んでたし
やっぱり秀吉ってすげーや
>>32
一昨日 久しぶりに外出してな
同じ藤原家系の人に 会いに行って
俺らぁの 家系を明かしたんだが
お互い 顔が似てる のにゃ 驚いてたぜ
藤原男系子孫は 顔が めっちゃ似る
だから お互いに 藤原家系子孫を認め合える
>>41
この馬鹿はまた躾が必要らしいw
>>11
未来(清朝は江戸時代)のシステムをどうやって導入するんだ?
>>29
力を持っているものは選挙でも勝てる
わざわざ戦をやるよりも選挙のほうがいいと思わないか
>>12
秀長と蜂須賀小六というブレーキ役が居なくなったからね。
本来なら外戚の浅野長政が仕切らなきゃならんのに。
元々サイコパス。
>>42
俺らぁ 天皇陛下皇統への 忠誠 を説い
てるぜ! お前を 躾 する人が出るかもな
>>19
最初は、千姫が子を成して徳川家が外戚として権力握る算段だったのかも。
鎌倉幕府の北条氏みたいに。
>>45
豊臣秀吉ぁ 妻ねね の実家に縁ある
浅野長政 を コロそうとしたのさ・・
だから 逃げ回って 匿われてたわ・・
浅野家が 徳川家康についたくれえだ
>>15
毛沢東は偉いよな。
アノ支那で肉親を後継者にしなかったんだから。
>>44
ゲリマンダーかな?
>>39
養子同士の後継者争いの越後御館の乱の勝者上杉景勝は金の力で勝った。
茂木が勝てないのは金が無いから。
国内は叛乱なく治め、復興事業を数々手掛け、好景気を維持し、外征は負けなしで領土拡張し、文化事業にも積極的、貿易も奴隷売買なとを禁止し、異教も制限した
老害とはいったい?
>>20
最上が何時粛正されたんだ?
しかも最上家は、歴とした足利源氏(斯波氏傍流)で伊達家より格上だぞ。
べつにおかしくはなってないし
元から秀吉は残虐でおかしいだろ
>>37
別所長治・吉川経家・清水宗治
>ワシらも猿には怨みがあるぞ。
>>24
大恩ある豊臣家滅ぼして、秀頼殺害して大勢人間虐殺した家康が優しいとかあたまおかしいの?
>>49
浅野長政は秀次事件で関与を疑われて一時期は切腹の可能性もあったけど
その後は無罪になって五奉行筆頭の地位は揺らいでいない。
ただ、この騒動の後は秀吉に換言できる立場で無くなっていたのは確か。
>>53
利休を切腹させた、秀次を切腹させた。他にも小早川秀秋の領地没収もしようとしたな。
伏見城建築や醍醐の花見も老害の一部かな。
家康は小牧長久手で財政悪化したらしいね。勝てば恩賜弾むし、当時は秀吉の財力が半端なかった。続け様に戦したら徳川も危なかったかも。
>>39
本当に「多かった」と断言できるんですかね?
そりゃあ、記録に残っている有名な大名家には、養子で家督を継いだ例もいくつかありますよ。
上杉謙信とか、毛利元就だって、厳密には嫡流じゃない。
でもね、それはあくまで一部の、歴史に名を残したような家の話じゃないですか。
戦国時代を生きた大名の数なんて、星の数ほどいたわけですよ。
その中で、養子が家督を継いだ例がどれくらいの割合だったのか、正確な数字なんて残ってないでしょう?
血縁を重視する意識が根強かったのは事実でしょう。
やっぱり、自分の血を引く者に家を継がせたいっていうのは、人間の本能ですよ。
それが当たり前の考え方だった時代に、そう簡単に血縁じゃない人間を後継者として受け入れることができたのか、疑問に思いますね。
>>36
皇位簒奪?
>>57
何度も助命しようとしたし、秀頼を殺害する様に命令したのは家康じゃなくて秀忠ですが?
あと乱妨取は当時の恒例行事
>>37
信孝「報いを待てや 羽柴筑前」
>>40
???
>>54
最上粛清したの徳川だろ
>>54
最上義光 の 娘が 秀次に 嫁いでてな
娘は粛清されちまった 最上家も 危ねえ
とこを とりなして 最上本家は免れた
だが 最上家 伊達家 は 反豊臣確定した
唐入りとかあと10年続けていたら割と形になるようなものが残せていたかもしれないし、死期が迫ってすら自分が死ぬことが理解できなかっただけで老害化とは違うかもしれない。
>>66
最上の お家騒動が 原因だ
だが 最上家自体は 徳川に 使える身
にゃ なった
朝鮮出兵は
切り分け与える土地がなくなったから
というのはよく言われていた話だけど
今はどうなんかね
>>59
小早川秀秋の処分は領地没収ではなく減封転封な
>>12
そもそも老害になったか?
耄碌していない時代の秀吉も
寛容キャラというよりは
降伏してきた敵軍の武将にわざと抜き身の刀を与えて
貴殿に似合う刀だろ?(ここでオイラと刺し違える度胸があるか?ん?)
みたいな意味での(寛容さ)なわけだし
>>62横だが
小西如安と明の使者との問答では天皇は信長に殺され信長は明智に殺され明智は秀吉に成敗
されたことになってたようだ。
>>56
鳥取城カツエさん「わしもやで」
>>59
どれも有能な証
増長した政商を始末し、命令に従わずお家騒動の種になりかねなかった秀次を反乱になる前に処分
50万石貰っていたのは隆景であって秀秋ではない、まだ若い秀秋に最前線の筑前与えるほうが愚かだろ
耐震性もある伏見建設、
醍醐の花見による景気浮揚と文化事業と素晴らしい
>>36
義満「お上から女は奪ったけど皇位なんて奪えんよ
それよりおまえら時間通りに参内せい玊袋がかゆい」
>>5
竿だけデカくて玊袋は小さい
6本目の指は竿だったのかも
玊袋がかゆい
老害化、といっても朝鮮出兵の時は56歳だから、まだ老害化というほど脳が劣化する年齢じゃない。
だが、15歳の時に家出して、18歳で信長に仕官以来、54歳で天下統一するまでの36年間ずっと乱世を第一線で戦ってきたのだから、まともな精神状態じゃなかったのかも知れないな。
自ら創りあげた平和が、居心地が悪かったのかも知れない。
>>3
豊臣家は滅んだが、秀吉が死ぬまでは豊臣体制はもったし、秀吉の作った体制を家康が引き継いだようなもんだし、明が滅んだのは秀吉の半島侵攻で弱体化したからだし、タイトルの老害化って何だろうね。
NO.2 としては有能だが、トップに立った瞬間、隠していたダメなものが一気に出てくるヤツはよくいる。
典型的な、ダメ人間あるある。
秀吉は所詮は百姓出の卑しい生まれにすぎなかった、ということ。
>>26
米国緩やかな分裂、中国も分裂、ロシア 衰退。
その後はどうなるかわからない。
>>36
秀吉は勤皇
>>63
なら攻めなければ良かっただけ
秀頼は領地からでてない
徳川家康の方が政権を安定させるのには向いていた。
>>61
佐竹>山内上杉家から養子にはいり、新羅三郎系の一門を粛正しましたが何か?
>>85
秀吉は所詮、戦上手。
>>86
だから一部の話を全体化して多かったって断言できんの?
って指摘してんだよ
話理解してる?
>>70
東アジアにおける海洋貿易の独占
>>76
小早川隆景は37万石やで。
小早川秀秋が50万石貰うのは徳川家康の采配。(18万石からの大加増だから家臣団を黒田家や徳川家が斡旋)
>>60
家康「その上に立て続けに震災や飢饉が起きて首が回らなくなった玊袋がかゆい」
>>79
足利義稙「ずっと追い出されっ放しのワシもまともな精神状態になれんわ玊袋がかゆい」
>>71
🤏⏩🏞️🌅🍁「ワシから領地取り上げても🍶を取り上げるな玊袋がかゆい」
>>2
瓢箪は新羅の何とかの象徴らしい
この事から彼の宿願はそれの再興かもしれない
>>85
家康なんかしたっけ?
>>90
それでも変わらんよ
>>87
秀吉は政策立案能力を見てもバケモノレベル
ただ、政権維持の体制構築という意味では並以下
(準備期間不足で泥縄式になっていた面はあるけど)
>>20
木下藤吉郎の藤吉郎は後から付いたのかな?
要は藤原公認ですみたいな
>>61
立花道雪「あんたんとこの嫡男優秀ですなワシの家の跡継ぎにください」
高橋紹運「・・・」
>>37
水攻めで農民の怨みも
信長や家康に比べて子供に恵まれなくて荒んだ面は少なからず有ったとおもう。
正妻の寧々ちゃんも若い結婚だったけどお松様に比べて子供ゼロだし、けっこうな数の側室が居た割に生まれたの4人だけだし。
天下人としては子供少なすぎ。
経済政策が戦争依存できなくなったから大商人が離れたからだよ。
大商人は家康の進める大規模土木に移行しちゃったんだ。
戦争が無ければ儲からないからね。
秀吉を狂わせたのは愛だな
秀頼が生まれなければ秀次をコロすこともなかっただろうし豊臣政権も安定した(秀次は子沢山)
東北の南部晴政も高齢で子供が出来てから養子(南部信直)をコロそうとした
南部家が争うの隙を突き津軽為信が独立した
愛が人を狂わせるのだよ
>>84
そりゃないな、看過できるライン越えたら
領地を出ようが出まいが関係ないし
その点問いただされた上での事なんだから
教養の無さが効いた感じがある
立身出世には不要であっても、統治者の立場になれば必要
>>104
秀頼は良くも悪くも何もしてねーよ
まとめサイトの老害は俺らぁにプレーリードッグ、ニャン。とNOname、玉袋が痒いだな。
もはや風物詩ですらある。
>>106
それが問題なんだろ
あと豊臣と徳川の共同作業である方広寺再建の際に徳川を挑発する様な事をした
>>95
何もしてないやつが長期政権の祖になるわけないじゃん
>>11
清て鉄砲はどこから手に入れたのか。
>>28
苗字、藤原?
>>94
新羅て日系王朝だぜ。
王族が但馬の豪族の出だし。
>>107
俺らぁ 名有りさん ぁ 許された
のか? 花の慶次に出て来る
結城秀康 の 気分だぜ!
>>77
一休禅師>僕のパパは後小松天皇と足利義満のどっち?
髑髏に子種掛けたろ。
>>113
筆頭
>>83
甘やかしだけでは?
だから猪熊事件なんて起きたんだし。
>>80
単に上手くいかなかったことの辻褄合わせを本人が死んだから出来なくなっただけなのにね。
>>36
義満は北朝皇族を友達か道具としか思ってない節があるから。
>>110
日本から幾らでも買えるがな。
>>88
伊達稙宗>羽州探題家、奥州探題家に蘆名にその他多数の家に養子送り込んでやったわ。
越後守護家にも養子おくりこんだろう…
晴宗何するんや…
武田晴信>息子らは他家に養子ね
織田信長>息子らは他家に養子ね
勢力強い家は養子戦略で他家の支配するのは普通だけどな。
>>98
名に「藤」が使われても意味が無い。
藤吉郎は通名であって諱じゃないし。
>>111
藤原の姓は 使って無い 中臣由来の氏だ
会いに行った人ぁ 藤原姓だ
お互い顔を 合わせて 驚き合ったぜ
血が遠くなっても 似てるからな
俺らぁ 江戸時代 元禄元号のとき 墓石
建てたからな 藤原近衛家から 分家した
で 本家藤原近衛家と また結ばれて
血統を隠して続いてたんだが 俺らぁ自白
暴露しちまったモンだから ガチで狙われた
>>57
徳川家康が恩あるのは、豊臣秀吉個人。
豊臣秀頼には何の恩も無い。
豊臣秀頼が朱印状(領土安堵証明書)発給してないなら、
どの大名も豊臣家には恩が生じない。
(福島正則だけは羽柴一門筆頭として豊臣宗家に尽くす義務があるが)
>>100
堤建設の日雇い仕事で銭貰ってるから、
農民からは不満でない。
忍城ではそれで失敗したが。
>>70
銅銭鋳造技術の確保が真の目的だろ。
金貨・銀貨は大口取引にしかつかえないし。
日本国内で銅銭が不足してたし。
>>13
多指症は比較的よくある奇形だよ?
遺伝子異常ではないはずだよ?
>>78
精力だけは大きいから、袋は大きいのでは?
問題は種の有無。
>>92
足利一門でマトモな精神の奴居たのか?
将軍家の初代からしてアレだし、
>>7
いまだに毎年、不作で飢餓とか言っているよね?
他人のせいにするなよ。
独裁者のミサイル開発が原因だろ?
>>118
義満どころか尊氏の頃から道具だよ
>>49
また蜘蛛女の妄想かよ。
そう言えば古今伝授どうなった?
嘘つき蜘蛛女は四畳半ゴミ部屋で大人しく寝てろよ?
>>52
いや、人気ないからだよ?
老いたからだよ
>>102
唐入りは、商人の稼ぎ何処なんですが?
アレで博多も少しだけ息吹き返したのに。
(博多が大内時代みたいな繁栄を取り戻すのは戦後)
当初から「嘘つき・掌返し」等の行動が多かった
第一次朝鮮出兵で朝鮮の言語を理解し文書を書けることが噂になり
第二次朝鮮出兵時には各国大名が監視部隊を密兵として送り込んでいる
帰国後の報告を受けて各大名は距離を置いたんだ
そのストレスからか火病・鬱病を発症し決断・行動が不安定になっていった
最初の名が日本初の「木下」だったってことも関係あるかも
>>55
それでも損得勘定はできてた
太閤になったあたりからおかしくなってきてる
晩年に老害炸裂しましたはプーチン大統領と被るな
>>50
ところがどっこい。
跡継ぎ予定が、朝鮮戦争で討死。
あれがなければ、共産党王朝の2代目主席だったはずだ。
>>68
大日本帝国の末路を見るとまあ成功の目はなかったと思う
>>105
教養なら織田信長よりあったのでは?
公家衆とは茶会でしか交流しなかった織田信長。
秀吉は公家衆とは茶会以外でも能楽で交流してるし。
>>26
昨今の
乱れし現世
うらぶれば
人よ人あれ
華よ華あれ
>>20
また捗らない妄想かよ。
宮中から藤原抹殺なんて不可能だろ?
せめて道鏡の時代にしろよ。
蜘蛛女先生の次回作にはご期待下さい。
>>80
まさにそれを老害化というのでは
自分が長くないのがわかってて問題起こしたわけで
>>63
>秀頼を殺害する様に命令したのは家康じゃなくて秀忠ですが?
これ、なんか意味あるの?
家康でも秀忠でも、秀吉でもいいけど、天下は、血まみれの両手で掴むものだよ?
>>129
北朝鮮はわざとやってるからあれでいいのよ
朝鮮人を統治するためにはある程度飢えさせといた方がいい
>>107
その分類、プレーリー、ニャン、。NOname、玉袋の各氏に失礼だろ?
蜘蛛女だけが、ダントツにアタオカ妄想家なのだから。
>>131
古今伝授 は ウィキ貼りつけて教えたろ
>>24
そもそも大阪戦やる頃には、家康はとっくに最高権力者じゃなくなってる
秀忠に実権譲り終わって大御所という相談役になってた
ここが秀吉との最大の差よ
もういつ家康が死のうが政権もお家も大丈夫よって体制を作り上げてから死んでいったのがでかい
秀吉は自分の手で秀次害してしまったことでそれができないまま死んでしまった
>>97
最初からスタッフいないからね。
それでも、五奉行揃えてなんとか形になったのは立派。
>>139
上っ面の教養はあったけど下賤生まれの本性は消せなかったイメージ
>>76
秀次に関しては擁護無理よ
あれのせいで豊臣家断絶へ近付いたし、豊臣家の天下を失うのは確定した
>>143
大事な事だよ
秀吉が秀次を信用できず粛清したのと違って徳川は家康が秀忠を信用して権限を譲渡できた証拠だからね
現役の将軍が謀反人を成敗すれば彼の武功になる
>>141
お前ぁ 知らんと 妄想にしちまうが
俺らぁが 出す情報 を 調べてみろ
関連性が ちゃんとある からな
俺らぁの実祖母ぁ 歴史研究家だ
俺らぁの実母の従妹の旦那ぁ 久留里城
佐倉歴史博物館 の館長勤めて 日本歴史本
単品1万円越えを発売してるぜ この人の娘ぁ
俺らぁと血が繋がってて 文学賞作家だ
俺らぁと血の繋がった 絵本作家も居る
>>145
なんでぇ お前ぁ
俺らぁに コンプレックスあるのか
つーこたぁ 血統コンプレックスか
お前ぁ バリバリ反天皇反日の非国民だからな
>>139
黄金茶室とかやっちゃう秀吉の美的感覚から
古典の教養は全く感じないですね
>>106
余り意味がないかな
変が起きたら自動的に首が飛ぶ立場の人なんだから
周囲の暴走だとしても、それも怪しいが
何でって老害だからだよ。自制してたもののタガが外れる
>>50
ゆで玊子「ワシのおかげや玊袋がかゆい」
いうほど老害か?
戦争終わったら精強な兵士なんて革命の原因にしかならないんだから
外界との戦争ですりつぶすのは理にかなってるよ
>>158
明治維新の初期だって一見平和的に見えるけど武士が暴力事件を頻発させていた
その集大成があの西南戦争という内乱
あそこで結局完膚なきまでにぶちのめしてようやく平和になった
>>158
その結果自分の家がすり潰されてるんだから理にかなってるとは言えんでしょ
>>142
秀吉が作った豊臣政権をトップが変わっただけで引き継いだのが家康なわけで、老害ってのは豊臣政権自体が秀吉が死んだことにより体制自体が崩壊するような状況じゃないかと。
>>119
秀吉が明を弱体化させて日本の鉄砲を使って明に取って代わったわけやね。清の元になる国が国を名乗ったのが大阪の陣あたりで中国人や日本人のイメージの清が出来上がるのは徳川4代将軍の時代。
>>138
アレ以上やったらそっちのほうでヤバかったかもね。でもねその後に明はしっかり弱体化したし、それは別の話かと。
老人は、とりわけ独裁者は老害化しやすいから専制主義はダメなんだよ。
始皇帝、孫権、ナポレオン、毛沢東、枚挙にいとまがない。
>>122
現代で藤原の苗字の奴は藤原氏とは無関係。
>>139
そりゃ「武家」の信長と
「摂家」になった秀吉じゃ違って当たり前じゃないの?
>>106
15万人も浪人集めてるのに、何もしてない?
>>163
明が弱体化するのと、日本がその後中国朝鮮を統治できるかってのは全然別の話だからな
だから大日本帝国を例に挙げたんよ
300年後に似たような事をやろうとして失敗したわけ
>>70
謎だな
ぶっちゃけ真面目に考えての話じゃない気すらするわ
ロシアの2022年ウクライナ侵攻みたいなもんで行き当たりばったりみたいな
>>164
大国でなければそれもまたあり
>>161
引き継いだってのもまた違うと思うぜ
>>106
悪さは結構しとるぞ
>>148
木下や前野や浅野や蜂須賀の扱いみたら
諸大名の心離れるのも分かる。
結構使い捨てするのが豊臣秀吉(羽柴秀吉時代までは家臣も大事にしてたのに)
>>108
挑発なんてしてないぞ
鐘も家康をヨイショする内容
今だに与太話信じてるんだな笑。例えば池上裕子『織豊政権と江戸幕府」では
「…天正11<(1583)>年、秀吉が、近江でも京都でもなく、大坂に築城を開始したのは、西国の掌握とともに、流通の大動脈である瀬戸内海の掌握、さらにその先にある貿易の掌握(あるいは貿易への参入)を強く意図したからである。
それは信長の志向したところでもあって、天正10<(1582年)>年5月に信長は四国と中国地方の両方への同時出兵を準備していた。・・・
<そして、>九州平定により、貿易拠点の博多・長崎を直轄領とし、海賊停止令などによって村上水軍その他の流通路支配を断ち切った。
ここに大坂・堺を一方の極とする西国の水上の物流を掌握することになった。
それはすでに朝鮮出兵をも念頭においたものであったが、それに先行して、秀吉はまず貿易に積極的に参入した。」
と事実上出兵が信長からの受け売りと捉えてるよ。この文脈に老害なんて言葉は出てこないし、老害なんて風潮は学会でも少数派だよ
>>167
徳川が攻め込もうとしたからだろ、
真田とかが入城したのは鐘で因縁つけてから
>>174
豊臣の主観とかどうでもいいんで
共同スポンサーである徳川が嫌がってるんだから穏便に撤回を要求されてる内に削除したら良かった
実際家康はすぐに鋳潰すなら問題にしないと言っていたのだから
>>151
信康「信用してくれよ」
忠輝「会ってくれない」
>>176
徳川が攻め込む前から浪人を集めはじめてるぞ
あと鐘については家康が穏便に済ませるつもりがある内に対処すべきだった
秀頼を消したくてウズウズしてる秀忠が崇伝達を派遣した事で大事になってしまったがな
>>178
信康については小身の頃の話で家臣団分裂の危機だったからやむを得ないし、伊達とつるんで不審な動きを見せてる忠輝はまた違うだろ
そいつら2人出そうが信頼できる秀忠に権限移譲できた事実は何も変わらん
>>175
その論文って晩年のやらかしについてはどう書いてるの?
>>123
関ケ原で豊臣家の領土や鉱山貰っておいて恩がないと?
>>150
秀吉が後五年生きてれば問題なかったけど?
お家騒動を避けるのは当然
自分の血を引いた後継者が子供の内に死去したり中々出来ずに焦った、秀長の方が先に死んで頼みにしてた腹心とブレーキ役が居なくなった、秀次殺したのは秀頼の未来を心配したんだろうけど結果的に超悪手だよね
朝鮮攻めたのは大名達の力削いだり自分の権力に箔つけるのと資源確保等色々目的があったと思う、当時の日本じゃ硝石ほとんど取れなかったし
>>138
アメリカが邪魔しなければ成功してたろ
当時は邪魔する國はない
>>181
論文じゃなくて本。晩年のやらかしってどれ?例えば利休についてなら
「<千利休が>なぜ突然に自刃に追いこまれたのか、真相はわからない。
同年正月に「公儀」を担当していた秀長が病死してその支えを得られなくなったこと、秀長がいてこそバランスがとれていた利休の役割が妥当性を失ったことも大きいであろう。
しかしなんといっても天下統一が実現したことが重要だ。
彼の得意とした「内々の儀」による政治から、統一の制度整備へと統一政権の課題が実現したことが重要だ。・・・
石田三成に代表される吏僚派に主導権を移すことが政権にとって必要となっていたのだ。
商人から武家へ政治・経済の主導権を奪い取る動きがあらわになってくるように思う。
その路線強力に進めたのは三成であろう。」
「それまでの、立佐・行長父子の流通・商人ネットワークとキリシタンネットワークに大きく依存した体制を脱却して、近親や吏僚直臣による支配体制を構築しようとのねらいから出たものであろう。
巨大化した政商大名の力の削減策は、利休追い落としと軌を一にするものではないだろうか。
利休の悲劇的な死は、彼自身の教養や能力の高さ、道を極める心の強さとともに、豪商たちが共有した自主自尊の心がもたらしたものといえるかもしれない。」
と少なくても老害なんてせずに説明はつけてるよ
>>167
その時点でだめよな
>>182
それらも家康が全て取り仕切って渡した物だからな
秀頼が頼った島津が「自分の主君は太閤殿下であって秀頼殿ではない」と言ってるのが全て
諸大名達が主君と仰いだのは圧倒的カリスマを見せつけた秀吉、その後天下人を継承した家康、秀忠であって何もしてない旧主の息子秀頼に従う義理はない
>>179
秀忠の動きも当然なのよ
まだまだ天下泰平とは言い難い時期なのに、浪人20万人弱集めてしかも堺で乱暴狼藉させてますとかやられたら、
将軍としてはそら討伐しなきゃとしかならん
そもそも討伐の前にきちんと浪人解散させて淀殿は人質に差し出してねと和解案出しとるわけで
これだってとんでもなく豊臣家に配慮してる
他なら問答無用でお取り潰し案件なんだから
>>171
巷では家康が一時的に預かっているという扱いだった
秀頼が成人したら征夷大将軍を譲るかもという風聞もあった
そんな豊臣に都合が良い展開なんてなかったわけだが
>>183
5年生きる保証なんて無かったのだから秀吉のミスとしか言いようがない
そもそもあと5年長生きしたところでどうにかなるレベルのしくじりじゃない
秀頼が25歳くらいになるまで生きて、反対勢力は秀吉が全部叩き潰すのに成功して漸くなレベルのしくじり
秀頼誕生が豊臣崩壊最大の原因
秀吉にとっても想定外だった事は秀次に関白を譲った事や腹心達を秀次の下につけた事、秀次に「お前は子種があるから一族を繁栄させるつもりでドンドン子作りしろよ」と言っていた事からも明らか
>>164
元々毛沢東の上司だった周恩来は
こいつには見どころがあると勝手に信者志願して
自分から毛沢東の取り巻きになって、毛の失敗のフォローをするようになっていた
そういう取り巻き、信者が成りあがる奴には必要になる
恐らく若いころのサッルにもそういう取り巻きがいたはず
>>183
つまり秀吉ほどの天才が自分の残り寿命を計算できなかった事になるけどマジ?
家康にはできた事だよ?
>>161
ちゃうちゃう
秀吉死後の豊臣政権ってのは秀吉当人の方針を無視して維持された状態やったんよ
だから豊臣政権崩壊と秀吉老害化は必ずしも一纏めにする話でもないんや
>>166
武家の秩序の中で成り上がったもののそこから先には出自の問題で行けなかったから摂関家を騙して養子として潜り込んでその後切り捨てただけだろう。摂家としての教養なんてないよ。
>>35
封建制とかそれ以前に関白って一家で独占する役職じゃないから
独占化のために秀次粛清したあと関白空位の状態を放置した秀吉が異常
>>1
老若男女年齢性別関係なく、年中ボケたことを抜かしてる奴らがいましてね。
あ、朝鮮人と言うんですけどね。
>>132
御館の乱の部分だけツッコミ入れるけど、景虎は他家からの支持メッチャは高かったぞ
むしろ景勝の国外の味方が皆無ってくらいや
景勝が勝ったのは
先代謙信の官僚組織と貯金の確保の成功、
北条の景虎への救援の遅滞、
それを見た武田が景虎方から景勝方に鞍替え、
って色んな用意のおかげ
>>146
お前ほんと馬鹿だな?
あの代の伝授者は細川幽斎。
誰一人疑ってないし、全ての記述がそれで揃っているだろ?
オマエが古今伝授をわかってないだけなんだよ。
>>152
どれ調べてもマトモな回答一回たりともないだろ?バカめ。
・岩手の陸軍秘密工場??
・戦前に盛岡一高という、陸海軍エリート将校教育機関があった。米内と東條英機はその同級生。
・岸信介は、戦前朝鮮総督になったことがある。
・近衛前久は古今伝授承継者。
当たり前だけど、いずれも全くのデタラメ。
>>151
ばーか。
秀忠の手が血まみれなら、家康のは拭い難いドス黒さだよ。そんなものには意味はない。
徳川方の方針で、豊臣家を滅ぼした。これがすべてであり、それ以外の意味はない。
>>103
お師さま・・・。
>>4
平和ボケしたんだろうね。
イエヤスはトヨトミという敵がいて、常に緊張状態だったから若々しかった。戦いこそ男の本分よ!!
それが証拠にトヨトミを滅ぼして天ぷらでポックリだったろ??
>>202
気に入らないだろうが秀忠が始末した事に意味があるんだわ
>>204
創作だけど
>>127
あの時代に、今でいうサプリ(薬草)を常用していたイエヤス。だから子宝にも恵めれた。
少しでもヒデヨシも真似していたら。牡蠣くらいは食ってたのかな?ヒデヨシは。
昔さ、ドラマでイエヤスの秘密巨大戦艦をトヨトミ忍者が破壊するのがあった。トヨトミはそれで安心しきってボケたと思う。
漫画版ではイエヤスは、さらに戦艦を建造していたんだよ…
やはり平和ボケはだめだよ。
じつは影の軍団服部半蔵(千葉真一)がヒデヨシのクビをはねたんだよ!
そりゃ、表沙汰にはできんわな…イエヤスも。
>>207
ノッブ>ワシは受け(前立腺マッサージ)で子宝得たぞ。
>>199
だから「金」で勝ち抜いたのが上杉景勝。
>>200
お前が 反天皇反日の韓国人だから
天皇皇統 藤原 近衛 島津 が嫌いで
お前ぁ 歴史捏造報してる だろが!
俺らぁ 島津義久も 古今伝授 されてる
と教えたろ
子供産まれちゃったからな
>>201
俺らぁ の言って無えことまで 盛るなよ
>>169
ルーシー人として母国を統治するのは夢なのでは?
>>154
奈良の大仏は創建時は総金箔貼りだぜ。
古典言うなら、豊臣秀吉の黄金好きこそ唐風文化好きだった平安前期までの日本そのもの。
侘び寂びは今風だぜ。
阿閉にエグい事したみたいに立場が下の相手には昔から冷酷なとこある
半兵衛がいたときは苦言を呈してたって記録が残ってるし
秀長が生きてる頃は秀長が何とかしてた
裸の王様になって抑えが利かなくなったんでしょ
>>185
アメリカなんて関係無いよ
日本人が中国朝鮮の統治なんてできると思えんわ
当の中国人朝鮮人ですら統治できてなかったのに
よしんばパーフェクトに統治できたところで、日本人へのメリットよりデメリットの方が多くなる時代に映りつつあったてのもある
もう植民地だの属国だのなんて旧い体制になりつつあった時代だった
日本がしくじったのと対照的に、イギリスはうまいこと戦争のどさくさに紛れて後腐れ無くいらんところを切り捨て成功したあたりは流石大英帝国だなと思う
若い頃に今川家臣に仕えて金庫番の出納役に取り立てられたけど同僚の恨み買って即追い出されたって苦い経験して
織田家では同僚部下の前で冷酷な面出すの控えるようになって世渡り上手に立ち回ってたけど
自分が一番上の立場になって我慢する必要が無くなったから地金が出た
>>215
夢があるのと計画を立てるのは別かなぁと
今のやり方でやるのならロシア連邦軍のコンパクト化なんてしなきゃよかった
>>186
小西行長を肥後半国の大大名に取り立ててるのに、
何言ってるのやら。
>>219
組織ってのは、むしろ頂点に立ってからが我慢の始まりなんだよね
>>188
それも当時の封建制チック(封建制そのものではなくて地方分権てのが妥当)な日本であれば当たり前の話だからな
>>203
イチゴ味の展開もマジであり得たんだよなあの人
>>113
あの漫画の結城秀康かっけえよね
>>190
そもそも秀吉体制と家康つーか徳川体制は別物じゃねと
統治の大枠が幕藩体制という形で同じってだけで
そもそも幕藩体制の形を完全に作り上げたのは徳川家だしな
家康だけじゃなくてその後の秀忠家光あたりまで体制作りに尽力してる
そこから後だってただぼけっとしてるわけじゃない
>>29
というか現代でも家ってブランドはつえーしな
昔ほど絶対ではないよってだけで
>>39
養子は最後の手段だからなぁ
養子であるがゆえに揉めた話なんて枚挙にいとまがない
秀次と秀頼は25歳も差があって秀次はそれなりに功績や声望もあったから、秀次在命秀吉の死が史実どおりだと関白としての実権者vs5歳児で派閥争いになるほど秀頼の支持はないのでは?
秀次がいきなり秀頼◯すといろいろな人の反発や幼◯◯しの汚名着てメリットが乏しいので、豊臣宗家として中程度の大名として残すか、後見対象もしくは養子として取り込むくらいか
>>221
で老害の根拠は?小西行長取り立てたら老害なわけ(笑)それ言い出したら大谷吉継・増田長盛・前野長康朝鮮出兵組は皆キリシタンだよ、そういやフロイス受け入れた信長は老害かい?
>>219
>織田家では同僚部下の前で冷酷な面出すの控えるようになって世渡り上手に立ち回ってたけど
同僚からの嫌われっぷりを見るに、本性は全く隠しきれてなかったんじゃね
同輩で仲良かったのって利家くらいでしょ
それはそれとして損得勘定からの利害調整が上手いとは思うけどね
>>229
ぶっちゃけ秀頼を早々に出家させるしか手はなかったと思う
秀吉はもともと性格異常者
晩年はセーブする者がいなくなっただけ
>>200
古今伝授 Wikipedia
常縁は室町時代中期における和歌の権威となった[3]。常縁は足利義尚や近衛政家、三条公敦などに古今集の伝授を行った。近衛尚通や幽斎によって書かれたものも存在しており、また時代が下ると次第に内容が書き加えられていく傾向があった
近衛前久が所持した久我通親筆と謂われる千載和歌集はその分割に際して、古筆家により龍山切と命名された。
>>200
お前の 情報が足り無え んだよ
お前ぁ 天皇皇統に 近衛家から后が嫁いだ
のも 後陽成天皇の皇子が 近衛家継いだ
のも 知らなかったろ 後水尾天皇の母が
近衛家出身だ 古今和歌集も近衛家は伝承者だ
>>231
光秀とも実は仲は良かった模様。
宴会の席ではよく話していたのが目撃されている。
(両者とも織田家中で浮いていたというのもあるが)
千田先生が聚楽第の堀を拡張しており、秀次が謀反を起こすのは本気だったって本で書いてたけど唐入りに不満があった大名を吸収して大乱になった可能性はあったかな?
病気とかボケてきてた、譜代の家臣が居なくて心を開けず、疑心暗鬼で疑り深くなってた、とか言うなぁ。。
戦国時代の中で生き延びて頂点を取り何でもヤリ隊放題の秀吉
残るは後取りで秀頼も他人の子で無理やり据えての豊臣政治
敵対する徳川家康も関東の僻地に飛ばして御の字の日々 平和ボケするわ
老害での朝鮮出兵も無駄に終わり各大名は煮え湯を飲まされるが誰も何も言えず
自分が亡くなれば徳川に豊臣家は潰されると言う疑心暗鬼n日々で更に老いる
秀頼を自分の子と思い込み溺愛する虚しさは本人のみ知る