引用元:https://nova.5ch.net/test/read.cgi/livegalileo/1743224070/
1: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 13:54:30.67 ID:aW2w/KTC0NIKU
秀吉は草履温めてない
桶狭間の戦いは奇襲じゃないっぽい
上杉謙信は敵に塩を送ってない
織田の鉄砲隊は三弾打ちなんかしてない
武田騎馬隊もそんな凄いいたわけでもない
伊達政宗は眼帯してない
松永久秀は裏切りばっかじゃないっぽいし、爆死してない
関ヶ原の戦いで小早川は鉄砲にビビって裏切りを決心したわけじゃない
真田幸村は幸村とは名乗ってない
石田三成の逸話は清濁合わせて大体信憑性が低い
桶狭間の戦いは奇襲じゃないっぽい
上杉謙信は敵に塩を送ってない
織田の鉄砲隊は三弾打ちなんかしてない
武田騎馬隊もそんな凄いいたわけでもない
伊達政宗は眼帯してない
松永久秀は裏切りばっかじゃないっぽいし、爆死してない
関ヶ原の戦いで小早川は鉄砲にビビって裏切りを決心したわけじゃない
真田幸村は幸村とは名乗ってない
石田三成の逸話は清濁合わせて大体信憑性が低い
4: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 13:57:43.96 ID:s2jDWLJK0NIKU
上杉謙信は女の子
5: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 13:57:45.52 ID:NwyqquhbdNIKU
言ってない証拠は?
8: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 14:00:00.10 ID:M4mvi9480NIKU
>>5
本人が否定している
本人が否定している
147: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 15:46:24.44 ID:Q0m6tAeb0NIKU
>>5
大体100年とか経ってからいきなりそういう話が出てるとか、明らか関係ないやつが書いてる
大体100年とか経ってからいきなりそういう話が出てるとか、明らか関係ないやつが書いてる
三段射ちなんかは小瀬甫庵って一応信長と同時代の人物が信長記に書いてるけど
太田牛一の信長公記をタネ本にしてて、甫庵は牛一の事を
「愚にして直な」、要は正直すぎると言ってる
要はウケるばいいと思ってる信憑性がなんG民レベルのやつ
7: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 13:59:46.16 ID:UstCApDQ0NIKU
是非もなし
11: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 14:01:07.43 ID:o/mWm5Qk0NIKU
水戸光圀は全国行脚してない
12: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 14:01:37.68 ID:UstCApDQ0NIKU
>>11
毎週ライブ放送してたからそれはない
毎週ライブ放送してたからそれはない
38: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 14:20:34.30 ID:ybrmf6Oa0NIKU
>>12
草
草
44: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 14:25:22.39 ID:o/mWm5Qk0NIKU
>>12
あれたぶん影武者やと思うわ
途中で何回か顔変わってたし
あれたぶん影武者やと思うわ
途中で何回か顔変わってたし
14: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 14:02:42.19 ID:NxDGJ1g80NIKU
残された書物じゃ限界あるわな
そりゃそうだってなる
是非もなしも誰が聞いたんだって話
そりゃそうだってなる
是非もなしも誰が聞いたんだって話
23: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 14:11:07.36 ID:5Uo6GdL+0NIKU
秀吉がワイはノブみたいに甘くないぞって言ったのは?
27: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 14:13:04.51 ID:+eP269vK0NIKU
>>23
ほんまや
ほんまや
30: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 14:16:48.44 ID:T8GTdNZP0NIKU
変な形の兜とか文字書いてある兜とかも、実際使われてたかどうかわからんのやろあれ
41: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 14:22:33.46 ID:9/2jQiOG0NIKU
塩は送ったろ
もちろん金は取ったってだけで
もちろん金は取ったってだけで
42: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 14:23:47.82 ID:q0n8vudi0NIKU
桶狭間は奇襲じゃないってどういうこと?
59: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 14:31:35.95 ID:9/2jQiOG0NIKU
>>42
当日は天候悪かったけど雨がやんでから正面攻撃して義元を討ち取った説が強くなってる
実際どうかは知らんしこれからまた変わるかもしれないけど
当日は天候悪かったけど雨がやんでから正面攻撃して義元を討ち取った説が強くなってる
実際どうかは知らんしこれからまた変わるかもしれないけど
62: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 14:33:44.95 ID:hon2B2sL0NIKU
>>42
奇襲ではないけど強襲だった
という話やっけ
奇襲ではないけど強襲だった
という話やっけ
50: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 14:26:27.69 ID:CeiXUnDp0NIKU
クソ漏らしだけ事実やぞ
57: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 14:31:17.35 ID:fpQrgz1Z0NIKU
江戸時代の創作が長い間事実認定されてたんよな
63: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 14:34:28.96 ID:6GFJtPMJdNIKU
逆に本当だった事は?
68: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 14:36:54.81 ID:yMXdO4B0rNIKU
>>63
史記「この戦いで10万人の捕虜が生き埋めになりました」
歴史家「流石に盛り過ぎやろ…」
史記「この戦いで10万人の捕虜が生き埋めになりました」
歴史家「流石に盛り過ぎやろ…」
考古学者「合戦のあった土地を掘ったらそのくらいの人骨出てきたわ」
歴史家「ひぇ…」
73: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 14:39:23.85 ID:qmbQVI180NIKU
>>63
中国大返し
中国大返し
65: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 14:35:22.75 ID:TNrj8Ibc0NIKU
それじゃあ今川義元がくそ雑魚じゃん
70: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 14:37:26.99 ID:UstCApDQ0NIKU
>>65
陣組で本陣ガラ空き状態だったのは間違いないので…
陣組で本陣ガラ空き状態だったのは間違いないので…
95: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 15:00:55.76 ID:1Avr4oaA0NIKU
敵は本能寺にあり、は言ったかもしれんやろ
重臣に
重臣に
101: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 15:03:56.85 ID:REOo088K0NIKU
信長が髑髏杯で酒飲んでる姿は創作でイメージ付きすぎてる
110: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 15:12:18.80 ID:TwxXfLcM0NIKU
信長包囲網→あんま包囲できてない
111: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 15:14:57.23 ID:2rsro0VQ0NIKU
桶狭間は創作やね
真っ向勝負でノッブが勝ったんよ
ノッブのジイジクソ金持ちやから
かなりの兵を集めれた
真っ向勝負でノッブが勝ったんよ
ノッブのジイジクソ金持ちやから
かなりの兵を集めれた
118: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 15:23:40.28 ID:+Kt4NORt0NIKU
>>111
信長、桶狭間時点でまだ尾張統一出来て無いから動員兵力もそんなに無いやろ
信長、桶狭間時点でまだ尾張統一出来て無いから動員兵力もそんなに無いやろ
113: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 15:17:48.53 ID:HzxkTphe0NIKU
川中島の戦いとかいう何が本当なのかようわからんくなってるやつ
124: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 15:29:12.19 ID:kT9ThRa60NIKU
>>113
上杉家も武田家も違うこと書いてるし最後の方は霧でよく見えなかったしでめちゃくちゃ
上杉家も武田家も違うこと書いてるし最後の方は霧でよく見えなかったしでめちゃくちゃ
126: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 15:30:49.10 ID:/hZGsFfp0NIKU
>>124
結論『その場にいた当事者にもよく分からない』
桶狭間もこれ
結論『その場にいた当事者にもよく分からない』
桶狭間もこれ
140: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 15:42:03.82 ID:3TmYkUXSdNIKU
信長がお焼香ぶちまけたり敵の骸骨で酒を飲んでたのはガチやろ?
146: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 15:46:18.85 ID:9/2jQiOG0NIKU
>>140
信長「俺下戸なんだが……」
信長「俺下戸なんだが……」
155: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 15:53:52.21 ID:2rsro0VQ0NIKU
今川義元舐めプしてたんやろな
戦知らずで兵法知らんかったんちゃう
戦知らずで兵法知らんかったんちゃう
158: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 15:55:18.45 ID:yMXdO4B0rNIKU
義元が舐めプして陣中で宴会していたというのは話盛り過ぎやけど
今川軍は広く薄く分散していて本陣が手薄だったから
そこを強襲して一気に勝負を決めた
という所まではまぁあってるやろ
今川軍は広く薄く分散していて本陣が手薄だったから
そこを強襲して一気に勝負を決めた
という所まではまぁあってるやろ
167: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 16:01:59.07 ID:2rsro0VQ0NIKU
ノッブの軍は職業軍人やろ
それで差が出るのかも知れんな
エリート兵対半農兵士
それで差が出るのかも知れんな
エリート兵対半農兵士
191: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 16:40:38.27 ID:Ee7JCqCz0NIKU
>>167
言うほどエリート兵でもないが農閑期以外も戦えるのは大きい
言うほどエリート兵でもないが農閑期以外も戦えるのは大きい
185: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 16:30:40.10 ID:M80eY1TI0NIKU
昔の書物の話が本当かどうかってどうやって決めとるん?
189: それでも動く名無し 2025/03/29(土) 16:37:12.96 ID:W0J3fv2Z0NIKU
>>185
別の史料に同じような記述があるかとか
別の史料に同じような記述があるかとか































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※誹謗中傷や相手を傷つける投稿はご遠慮ください。お互いを尊重し合った、思いやりのある投稿をお願いいたします。
小説家()が創ったり盛るのが悪い
オレらが思ってるよりずっと
創作と歴史はごっちゃになってる
創作の起源は韓国、手搏図にもそう描かれている
信長は手紙で秀吉の事をハゲネズミと書いていただけで、猿と言ってない証拠はない
都度適当に言っていた可能性もある。
実際、同僚などは猿と言ってる
ハゲネズミ
>>真田幸村は幸村とは名乗ってない
後世の物語で真田幸村の名前が余りにも有名になったので家系図を幸村に変更した
真田家さんにも問題がある。
信長は光秀をキンカン頭と呼んでない
秀吉の草履温めエピソードってのは
あんなのただの大閤記っていう江戸時代のエンタメ小説の創作だぞ。
当時の信長公記とかには1ミリも書いてないし、
そもそも信長が草履を懐に入れさせるわけねえだろ。
まあ、秀吉の人たらしの天才っていうキャラを後世の人間に植え付けるための
神マーケティングとしては大成功だけどな。
桶狭間の戦いは奇襲じゃない説
大雨に紛れて背後からグサッとかいう少年ジャンプ展開は、
江戸時代の軍記物のファンタジーだわ。
信長の公式記録である信長公記だと、
実際は、正面から正々堂々とすれ違いざまにぶつかった遭遇戦に近いってのが今の定説。
今川軍が油断してたのは確かだけど、信長は運任せのギャンブルじゃなくて、
情報戦で勝つべくして勝ったってことだな。
上杉謙信が敵に塩を送った話
これな、謙信がマジで、「はい、塩どうぞ(はぁと)」って
武田信玄にプレゼントしたわけじゃないからなw
実際は、今川と北条が、甲斐への塩の流通を止めるぞ!って経済制裁したのを、
謙信がうちの領内での塩の商人ルートは止めないよって黙認しただけ。
敵の弱みにつけ込まないっていう謙信の美学が、
いつの間にか『美談』としてバズっちゃったパターンだな。
んで織田鉄砲隊の三段撃ちってのはえ
「1列目撃て!2列目構えろ!3列目準備!」とかいう綺麗すぎるローテーション、
あれ戦国時代の泥泥の戦場でできるわけねえだろww
これまた信長公記には、3000挺の鉄砲を用意したとはあっても、
三段撃ちなんて戦術は一言も書いてない。
江戸時代の学者が、こうやったら最強じゃね?って妄想したリロード戦術が、
なぜか教科書に載っちゃったのが真相w
長平の戦いで1995年に永録村周辺で確認された18か所の尸骨坑のうち、詳しい発掘情報があるのは永録1号尸骨坑だけであり、その1号坑で確認された個体数も約130体にとどまる。40万人を生き埋めは後の創作だよ
武田騎馬隊のリアルってのはな
「馬に乗った大群がウオオオ!って突撃してくる」とかいう
ハリウッド映画みたいなイメージは捨てろよw
当時の日本の馬はポニーサイズだから、
重い鎧を着た武士を乗せて爆走したら馬の腰が死ぬだろうがw
馬可哀想だろw
実際は馬は移動手段で、戦場に着いたら降りて槍で戦うのが基本。
つまり騎馬隊じゃなくて移動が速い歩兵団tな
伊達政宗は実は両目あったとかいう極端な陰謀論に騙されるなよ。
政宗は幼少期の天然痘でマジで右目を失明してる。
ただ、お前らがイメージする黒い革パッチの眼帯は、
昭和のNHK大河ドラマが勝手に作ったイメージw
当時の政宗は、濁った右目を恥じて肖像画には両目を描かせたり、
木像は右目を少し小さく表現させたりして、コンプレックスと戦ってたんだよ。
>>9
信長公記だと「をけはさまやま」なので桶狭間山の戦い
ただ、大抵のエピソードに元ネタがあるのは事実
>>水戸光圀は全国行脚してない
にしても助さんのモデルになった佐々木助三郎は大日本史の史料収集のため各地を旅行している。
兵庫の湊川神社では徳川光圀署名の楠木正成石碑(紙を持って行って、その通り彫らせたんだろうけど)
も作らせているから光圀が兵庫まで来ていたように思われてもしょうがない
松永久秀の裏切りライフと爆死ってtイメージだけど
裏切りのサイコパスってイメージは、
江戸時代の儒学者たちが、アイツは主君を殺して大仏焼いた大悪党!ってプロパガンダした結果。
実際は信長に対して2回しか反逆してないしw
当時の戦国大名としてはぶっちゃけ標準レベルの生存戦略っすわ。
あと、茶器の平蜘蛛に火薬詰めて爆死したっていう爆笑ラストも軍記物の創作で、
実際は普通に城に火を放って自害しただけw
あと関ヶ原の小早川秀秋の問鉄砲な
「信長がオマエ裏切るんか?ああん?」って小早川の陣に鉄砲を撃ち込んで脅したって話、
あれ、位置関係的に無理w
当時の小早川の陣と信長の陣は離れすぎてて、
当時の鉄砲の射程距離じゃ絶対に届かないし、
銃声も戦場の雑音で聞こえねえ。
秀秋はビビって裏切ったんじゃなくて、
最初から東軍の家康とガッツリ密約を交わして、
一番効果的なタイミングを狙って動いたキレ者だった説が濃厚だな。
たしか、鬼門に猿を置くという文化様式は、京都とかのお屋敷の塀の角張ったところ設置されているとかあったじゃん
>>13
まだ日本馬ポニー説を信じてるアホがいるのか
むしろサラブレッドみたいな骨折しやすい馬を軍馬として使用するはずないだろ
>>18
スマン信長じゃねぇわw
>>20
野間馬とか日本在来馬を調べてみると良いぞw
>>13
それも間違い、そもそも日本産の馬は体高は低いけど丈夫
騎馬に関しても、最初に突入して相手の陣形を崩した後で歩兵が突入するという
「乗り崩し」という戦法がある。
>>8
そもそも信長公記も一次史料ではないがな
>>8
信長公記にそんなエピソードが載るかな?
真田幸村の名前モナー
これ完全にファクト。
本名は真田信繁で、本人が生存中幸村』って署名した史料は1枚も存在しない。
大坂の陣で大活躍した信繁がカッコよすぎて、
江戸時代の講談で真田幸村っていう偽名が勝手に一人歩きしちゃった。
あまりに有名になりすぎて、のちの真田家の末裔すら
うちのご先祖様、幸村って名前だったっけ…?って混乱して
公式系図に書き足しちゃうレベルのバグが起きてる
>>10
岩尾景虎「単純に儲かるしな玊袋がかゆい」
>>10
儲けるチャンスだしなw
>>11
ホアン「そのほうがおもろいやろ?玊袋がかゆい」
信長だけが上洛を考えていた
→ 上洛したのは義昭であり、信長は供奉しただけ
>>22
お前こそ少ししらべてみろ
日本馬は体格は小柄でも頑丈で鎧武者乗せても駆けるぐらいできるから
>>23
当時の乗り崩しってのは、騎馬が一列に並んでウオオオって大群で突撃するハリウッド方式じゃねえんだわ。
実際は、身分の高いガチ勢武士が、数人の徒歩の従者を連れたミニチーム単位で、ピンポイントで敵の薄いところに突っ込んで文字通り乗り崩すゲリラ戦術だぞ。
つまり、武田騎馬隊という制服を着た独立したドリーム突撃部隊が存在したわけじゃなく、各部隊のリーダーたちが馬に乗ってそれぞれのセクションで大暴れした、ってのがリアルな戦場だな。
>>17
松永久秀「ボンバーマン爆弾正の初出は昭和やな玊袋がかゆい」
>>31
そりゃできるだろw
腰の話はネタだろw
だが当時の合戦場ってのはな、お前がイメージするような綺麗な平原じゃなくて、
泥んこの田んぼ、あぜ道、乱杭、そして何より逆茂木や足軽たちの槍の壁でガチガチにディフェンスされてるんだよ。
どれだけ馬がタフでも、時速40kmで突撃した先に3メートル超の長槍を持った足軽がズラッと並んでたら、馬は本能的に恐怖して絶対に突っ込まない。
戦場を駆け抜けなんて妄想だろw
>>17
松永久秀は金ケ崎の退き口では、先行して朽木を味方に引き込んだおかげて
信長が無事に退却できたという功もあるからな。
この時のおかげもあるのか信長は松永に結構甘かったからな。
浅井長政「信長に降るかどうかは豊臣兄弟と相撲対決で決める!」
お市「長政様 私が介錯します」
信玄「餅を喉に詰めて死にました」
>>4
北条とか島津は「猿面冠者」と呼んでたりするからその流れじゃね
石田三成の逸話で柿は痰の毒とか三献茶とか、
三成のエピソードが極端なのは、関ヶ原で負けた敗者の宿命だから。
江戸時代は徳川の世の中だから、三成は傲慢で嫌われ者の悪役に仕立て上げられる必要があった。
逆に明治以降は、実は義に厚い悲劇のヒーローとして再評価されて今度は美談が盛られた。
つまり、俺たちが知る三成は後世のバイアスというフィルターを通したフィクションの塊。
>>32
アホ発見
騎兵の運用なんてその地域の地形にあわせて変えるもんなんだわ
そもそもお前は馬がただの移動手段に過ぎないと言ってるが日本でも古来から騎兵を運用した戦術などあったのにそれを無視してるだろがw
>>11
3段打ちは実際にあったし、そう書いてある
ただしこの3段というのは射撃の行程やローテーションの話じゃなくて、階段のように3段になった丘のから射撃したっていう意味
その言葉の意味を勘違いして広まった
>>34
アホ発見
騎兵の運用なんてその地域の地形にあわせて変えるもんなんだわ
そもそもお前は馬がただの移動手段に過ぎないと言ってるが日本でも古来から騎兵を運用した戦術などあったのにそれを無視してるだろがw
>>6
アホくさ
ちなみに毛利家は隆元の若死にに怒り狂った元就が
隆元を毛利家の家系図から抹殺し、元就から輝元に直接継承されたようにする暴挙を行い
江戸時代中期まで「毛利隆元」という人間は存在しないことになっていた
その後ようやく隆元が正式な家系図に書き加えられた
>>39
他人をアホとか言っちゃうやつって議論に敗北した宣言なんだけどなw
地形に合わせて騎兵の運用を変えるのが基本だとか、いかにも、僕ミリタリー通ですみたいなツラして語ってるけど、それこそ現代人の机上の空論だろw
そもそも戦国時代の日本なんて、山ばっかで平地が少ねえし、おまけに治水技術がクソだから雨が降ればすぐドロドロの沼地になるような騎兵運用に一番向いてない最悪のクソ地形だぞ。
古来の鎌倉武士が馬でヒャッハーできてたのは、当時の戦争がお互いに馬が走りやすい都合のいい場所をわざわざ選んでタイマン張ってたっていう、おままごとみたいなルールがあったから成立してただけ。
地形に合わせて運用を変えたんじゃなくて、戦国時代になって地形に関係なく、どこでもゴリ押しできる足軽の物量戦が開発された瞬間、馬なんてただのぬかるんだ山道を移動するための四輪駆動車の軽トラちゃんに成り下がった、これがリアルな歴史のファクト。
>>25
信長公記には、信長が池の大蛇を探しに行くというどうでもいいエピソードも入っている
>>2
本来それをキチンとわけるのが歴史学者の役割なんだけどな
でも最近の研究者は斬新な学説唱えることばっか考えてどうもそっちがおろそかになってる気がする
>>42
AI文章でドヤるの恥ずいw
>>43
アホは自分の過ちを認めんからアホのままなんだよ
日本でも馬を使った戦術や単騎での組合いぐらいいくらでもあるわ
ただの移動手段に過ぎないと言ったのはお前だろうが
まずその歪んだ認識を糺せよアホ
>>38
実は石田三綱は柿が好き
真田信之に干し柿を送ってもらった令状を返している
>>42
関係ないじゃん
真田幸村は信繁の名前ではちゃんと家系図に入っていたぞ。
>>7
そもそも信長は光秀を気遣ったり命がけで救ったりもしている
信長は比叡山を焼いたが信長の叡山焼き討ちを
執拗に進言していたのはほかならぬ光秀で
創作やドラマなどの信長の暴挙を必死に止める常識人の光秀というのは
完全な誤りである
>>47
いくらでもあるなら言ってみろw
エア武将がw
個人のミクロな武勇伝と、大名が国を賭けてやるマクロな戦争の戦術を完全にゴチャ混ぜにして語ってんじゃねえよ。
当時の記録を見れば、殿が馬上から敵を突き落として首を取ったなんて個人の無双エピソードは腐るほど出てくるし、それが武士のステータスだったのは事実。
だがな、戦国時代の戦争ってのは、そんなエリート武士の全体の数%が馬の上で個別に格闘ゲームをやるための場所じゃなくて、数千、数万の徒歩の足軽をどう動かして効率よく敵を56すかのシステムの総力戦なんだわ。
どれだけ一部のガチ勢武士が馬の上で華麗に戦う技術を持ってたとしても、大名たちの本音からすれば個人のスタンドプレーで勝手に突っ込んで討死されたら、部隊の指揮系統が乱れて大迷惑なんだよ。
つまり、お前の言う馬を使った戦術や組合いは、現場の武士が属人的にやってた局地的な喧嘩のテクニックであって、大名が組織として運用した軍隊のメイン戦術じゃない。
だから、大局的に見れば馬はやっぱり将校を素早く前線に運ぶための移動手段と言わざるを得ない、これが軍事組織としての冷徹なファクトだな。
>>44
信長が真っ赤に熱した鉄を握る儀式に参加して素手で握って
火傷すらしなかったエピソードもある
>>30
京都に上がることは全部上洛だぞ、だから信長も上洛
ただ、兵を多数引き連れての上洛でも大内義興や上杉謙信という先駆者がいるけどな
正直すぎるとウケればいいは真逆じゃねーか
正直なら嘘は一切ない
ウケればいいは嘘で盛り上げる
>>15
そもそも「おけはざま(やま)」なる地形がどこだったのか古記録にも残ってないので
研究者が「この丘だ」「いいやこの丘」だと周辺の山や丘を
適当に比定して言い合ってる
当時そう呼ばれていたかも定かではない
>>10
『御年譜』や当時の書状を見ると敵の弱みに付け込みまくっているうえに
「信玄と伊勢(氏康)を呪い頃すように祈禱しろ」だの言ってる
「全然奴ら死なねぇぞ!真面目にやってんのか、ああ?」みたいな詰問状も残ってる
>>11
そもそも連吾川周辺は平野でもない上に大部隊が縦列で並べるほど広いわけでもないという
実際にフィールドワークすらしてない連中が勝手にいってるだけの話
>>51
戦国大名が軍全体の全てを組織的に指揮していたなんていうのが、そもそも幻想
そんなのは国人勢力が衰退してきた戦国時代末期の話で、それまでは各部隊が各々の
判断で戦っていたんだよ(事前の軍議である程度の方針は立てるとしても)
>>51
なにがファクトだ自分で調べもせんアホが
少し調べれば純潔の日本馬で鎧武者を乗せて駆ける映像なんて腐るほど出るだろが
そして古来より馬を使用した戦術などくだるほどあるのにお前みたいに先入観に凝り固まったアホがそれを認めんだけだ
>>51
そも馬がただの移動手段だといったのはお前だろが
それはまちがいだと認めるのかよ?
>>40
信長は戦勝報告を大名など各方面に送ってるが
「鉄砲が勝敗を決した」などとは一言も書いてない
『信長公記』には鉄砲千挺の左上に不自然に三が書き足されていたりと
三千挺も鉄砲があったのかも疑問がある
>>17
平蜘蛛は久秀死後も実物を見たと当時の証言にもあるので
何から何まで適当もいいところ
>>58
プークスクス
いいか、戦国の各大名の武田や後北条とかは、戦場で各大将や国人衆の配置を陣太鼓とか法螺貝、旗指物、そして伝令という狂ったような通信ネットワークでガチガチに縛り上げてるんだよ。
もし現場のヤツらがが『よっしゃ、俺の判断で今から行くぜ!』って勝手に馬を動かそうとした瞬間、本陣から『おい、まだ太鼓が鳴ってねえぞ! 勝手に動いたら全軍の配置が崩れるだろアホンダラ!』って使番が秒速で爆走してきて、文字通り首をハネられるレベルの恐怖政治が敷かれてる。
つまり、現場のやつらに勝手な判断なんか1ミリも与えられてねえし、与えたら軍隊として1秒で崩壊するわw
>>59
おいおいお前、現代のYouTubeとかに転がってる鎧武者が馬で爆走する再現映像をそのまま鵜呑みにして、当時の戦場を語った気になってんじゃねえよw
お笑いエア足軽がw
いいか、お前が観て感動してるその映像は、現代の馬術のプロや古武術の達人が、何年もかけて馬と信頼関係を築き、綺麗に整備された馬場でやってる究極のデモンストレーションw
ただの演武だぞwその違いもわからんとかw一生足軽やっとけw
実際の戦場ではその大半が地形とか兵站、相互不信、集団戦の物量によって不発に終わったりと
戦術通りに動けずただの移動手段として終わったケースが9割以上だったんだよ。
つまり、お前の言う馬を使った輝かしい戦術は、当時の武士たちが本当はこういう戦い方がしたい!って夢見た理想であって、現実の合戦はそんな理想通りにいくわけねえだろw
>>26
大坂の夏の陣は真田がかすむので毛利勝永の快進撃&本陣突入は
何故かまったくなかったことにされることが多い
ひどいときには大坂の陣のムック本に勝永の名前がなかったことすらあって
目を疑った。あっても「真田の突入をサポートした」くらいに矮小化されて書かれてる
>>60
説明しても理解できない脳みそだなぁ
と感じる
アホなのか?
日本の歴史は嘘にまみれている!と言いたいんだろうけど。それ言ったら中華の歴史は~?韓国は言うに及ばず。ロシアの歴史は~?アメリカは~?そもそもキリスト教圏の歴史って嘘の上に成り立ってないか~?アホくさ。
>>53
なお景虎は長期滞在しすぎて公家から不審に思われており
当の義輝にすら「お前いつ帰るんだ?」と煙たがられている
「分国など投げ売って御奉公したします!」とか言われてるが
義輝的には三好を刺激するだけで迷惑だっただろう
実際越後の直江景綱から「お願いですから早く帰ってきてください」と催促されてるし
景虎の滞在費用を捻出するために臨時徴税されていたり越後民にとってはいい迷惑だった
>>36
シエの後継者が出来たな
>>48
誰だよ
>>46
人力頭脳出力だが?
そもそも、ナンチャラあり~!なんて、措定という形式上のスローガン的な技法が当時の戦国時代に措定してたのなら、その周囲には、馴染みのない形式として、不穏性が増すという意味は、逆に武将失格という烙印を押す←これも当時では、通用しない言葉というn個不連続の高々可算の高楊枝じゃん
>>72
食わねど
こういうのを総じて「歴史修正主義」と呼ぶんだろうな
謙信女性説はむしろ一次資料だらけなのよなぁ
逆に後の資料ほど(肖像画含め)それを打ち消そうとした痕跡がある
織田や羽柴が惨敗したり逃げたりしてるから、相手が女だと認めたくなかったのと違うかなぁ
>>11
当時は黒色火薬だったから、考え無しに連射したら
硝煙で煙幕を張った状態になって、敵の接近を容易にする。
かといって鉄砲の数を生かさない手は無いから、堀や柵を置いて動きを止めた。
あと、単純に数が多いから薄く広く配置した。
家康は漏らしてるらしいよ。
だから江戸幕府滅びた…
>>77
1行目と2行目が無関係で草
全部ただの逆説厨の言葉を紹介してるだけじゃん。秀吉は猿面冠者と言われてたし、光秀は
敵は本能寺にありと言ってたし、家康は糞を漏らして泣きながら戦い続けていた。バカらしいわ。
信長も桶狭間の合戦は奇襲だったろうが。それとも桶狭間では正々堂々と正面から討ち入って
いたんか?
>>75
謙信が女だと初代が女当主だった事になって徳川幕府の取り潰し対象になるから必死に誤魔化したんじゃないか?
>>79
・敵は本能寺にあり
創作であって実際に言ったとは確認されていない
・家康は糞を漏らして泣きながら
それも一次資料にはないと思うが
ただ秀吉が猿と呼ばれていたのは後に「猿関白」と落書きされてるからほぼ間違いないだろう
>>74
×歴史修正主義
◯歴史は新発見で何度も事実が覆ってきた
>>72
安土桃山じゃん
>逆に本当だった事は?
>>史記「この戦いで10万人の捕虜が生き埋めになりました」
>>歴史家「流石に盛り過ぎやろ…」
>>考古学者「合戦のあった土地を掘ったらそのくらいの人骨出てきたわ」
>>歴史家「ひぇ…」
「そのくらいの人骨」って…、数千程度だろ
仮に10倍としても当時としても大量の生き埋めかもしれないが40万生き埋めはまずないだろう
>>83
そこに弾正忠\(^o^)/
その本能寺にありぃ~というのは、勝負は時の運という言い換えの返しで出てきた文句に過ぎないと思うな
>>44
それ信長のエピソードだからじゃね?
草履の件は、秀吉のエピソードだし
最後は100%ダウト
全部紙に書いてることを後世の人間が事実かどうか認定してるからね。
事実かどうかの意見は分かれて当然。
>>30
守護在京制なのに京都から離れたらあかん
>>75
性的不能だっただけなんじゃねえか?
それはそれで大恥になるからその揶揄と誤魔化しでそうなってるとか
>>37
蒲生氏郷は、相当後の時期まで猿と呼んでいた
ただ、それで織田家内紛の際には親秀吉派だったんだよな。
個人の好悪と勝ち馬に乗るのは別だったのかもしれんけど
>>87
信長公記は秀吉政権の時代に完成しているから事実なら入れるだろ。
現代の事も正確に分からんし
>>66
自分が言ってる事に対してコメント毎に矛盾がある事言ってるの理解してる?
クソ漏らしは一応当時の資料にはある
そもそも、正史に対する偽書なんて、紀元前とされる中華大陸やそれ以外の地域でも、その地域の文化様式に則して体系化してる一方、このデジタル化社会では、どこの地域であろうとも、その合理的な歴史性を忘れたら、つねにすでに(事後性)明日と言う持ち分も未来もないじゃん
>>75
女だとは一言も書いてないけどな、
そう思える記述があるというだけで。
そもそも、女なら女人禁制の高野山には行けない。
>>1
人々は事実より物語の方が好きなんで、より遠くまで広まるのだ。
川中島といえば、啄木鳥戦法という意味不明な作戦はなんなんだろ
山頂に陣を構えてる相手に、半分に割いた兵でちょっかい出したら、山を降りるという前提が意味不明じゃん
越後の兵は、守りを固めることを知らなかったとでもいうのか
>>97
逆にわが国へやってきた人間らが、その流れ着いた地域で骨を埋める覚悟で根を張った履歴こそ唯一無二である。
>>65
毛利の癖に「もり」と発音して、中国の毛利とは何の関係もない毛利さんか〜
まあ真田の徳川本陣突撃援護した後に徳川本陣突撃して、追いすがる徳川方を蹴散らして大坂城に帰還しては、援護してもらって勝永より早く逃げ出したのに徳川方に討たれた真田が霞むわな。
>>77
滅びるまで大分保ったなw
>>93
事実でも信長公記には入れんだろ
太田牛一は別途太閤軍記も書いてるし
>>81
敵は本能寺にありなんか言ってたら、絶対光秀の配下の目敏い奴が裏切って信長にチクるからな。
チクれば大出世間違いなしなんだし。
現在進行形で、大河では新たな豊臣兄弟の創作が行われています。
今作の創作ネタでも、真実の様に語られる行くものが幾つかはあるでしょう。
>>106
大河ドラマを史実と考えてる人はいないと思うが
>>100
陣を引いてる場合守りは基本的に全面に作るからね
信長の髑髏盃なんて今時どんな創作物でもやらんだろ
>>107
韓国人は違うらしい
>>100
山本勘助自体実在したかどうか分からんのやろ?
>>45
最近?…………??
今も昔もそんなもんやぞ。むしろ昔の方が酷い。考古学(遺跡も古生物も)やら歴史学者の連中は。他分野専門家の裏付けが無い限り話半分未満で聞いといた方がいい。近頃はめちゃくちゃな思いつき書くと他分野専門家がイチャモンつけてくるからな。しかも匿名ネットで発信してくることも多いから。怖い怖い。
(DNA解析による分岐年代だと)その時代にそんな農作物あるはず無いとか、アリが運び込むぞとか、力学的におかしいぞとか、そんもんまともな電池として動かんとかな。考古学や歴史学のなんて奇異な説はもちろん定説ですらズッタボロよ。
ただ、最近は「実際にあった出来事」を偏重しすぎて、
「長らく信じられ影響を与え続けてきた伝説」が軽んじられすぎなとこあるね
それに「定説が覆った」も「別の可能性も出てきた」程度のことだったりすることも多い
日本でこれなら今教わってる世界史とかガバガバもいいとこなんだろうな
>>107
「社会人になったら司馬遼太郎作品くらいよめ」
司馬作品が社会人の教養書扱いだったのが昭和という時代だよ。
謙信はホもじゃなくて奥さんいた説があったような
謙信はがちほモ(男色は確定)ではなくバイだった
因みに謙信は義の武将でもないし最強でもないことが一般の人にもばれてきている
>>13
今いる日本在来馬は近代軍馬作る為に
南部馬みたいな大型のから積極的に交配させて
軍馬にすらならんチビしか残らなかっただけ定期
>>111
山本管助は存在しているぞ(当時は違う字での当て字の記述はよくあった)
ただ身分は足軽大将で軍師だったかどうかは不明
聞きかじりが偉そうに自説を述べまくって
どんどん珍説が流れていく
こうして歴史って歪んでいくんだろうな
後世で このらくがくを見て
一次資料だと騒いで新たな珍説が流れていくんだろう
第二次世界大戦ですら性格に分からなくなっている時点で
歴史ってもう小説だよな
>>81
「敵に本能にあり」と言ったどうかはわからないが、軍勢に対して何か言ったのは間違いない。
その際、「信長を討ち取るぞ」って言ったらついてこない織田兵もいるから、多少なりともぼかした表現にするのは間違いない。脚色として許される範囲だと思うが。
たしか、当時は下剋上という国盗りなんだから、全国津々浦々という各地域を実情を調査したり、地理的な条件や産業構造など理解していないと、その地域の領主に取り立てても貰えないから、逆にいらぬ先入観で徘徊すると斬られるんじゃないの?(記録不要の次元)
>>121
やはり、現代でも、古いご先祖様の履歴などを知りたいときは、一般のお寺さんとか檀家さんや、コキな方だと菩提寺とか、時代を問わず信頼どころとして、その独自の暗号のような用語で記述してきた背景はアルヨネ
>>122
いわゆる、犬にも論語じゃん
>>123
夷を以て夷を制す
>>119
情報発信元は、日本の有名なミリタリーサイト「大艦巨砲主義」ですね
>>82
新発見を出さないと本が売れないもんなw
嘘八百のトンデモ学説でも売れたら勝ちだもんなwww
そら大体の逸話なんて話半分だからなw
でも大体一周してまたもとに戻るだけやw
最初の戦国大名じゃないし一介の素浪人からの成り上がりでもなければ下剋上の雄でもないしそもそも北条でもなければ早雲でもない伊勢盛時さん
これってもはや別人じゃないのか?
>>103
というか徳川家自体は普通に生き延びてる(しかも複数家)から万々歳というね
ナイナイおじさん
まあ、実際に聞いた見た人いないしな
そもそも、歴史的な合理性とは、参与観察と記述様式という二値のモザイク模様、つまり、一方は意識の流れでその場面や景観を描写する、他方では、起こした線のようなものを文字化し、その意味を当てる専門の用語とで関連付け構成する、いわゆる、項に係る各項を設け、それらを特徴付けるところを措定する。そして、現場で確認する。シミュレーション
信長の最近の説を聞いてびっくりしてる
授業で教わったみたいな、皆殺しはしてなかったとか
小早川と違い吉川広家が毛利を救った英雄扱いされてるのはなぜなのか?騙された真の裏切り者の阿保じゃん。
まあ輝元の意志みたいには最近言われてるが。
後醍醐も定信も家光も阿保なのに偉人扱いされてるし。
>>134
後醍醐定信家光は逆じゃないか?
昔は偉人扱いされてたけど再評価で凡愚扱いされてる感じ
>>135
書き方がまずかったな。その通り。後醍醐は逃げ若で持ち上げれたが、定信は田沼意次追い出した大馬鹿だと思ったが見返したら関係ないのか?家光は財産食いつぶしたバカ殿だが。
>>126
新しい資料が発見される度に新説が出るという当たり前のことが起こってる
だけなんだが、一体何を勘違いしてるんだ?
既に過去の資料は全て調べ尽くされていて、新発見はあり得ないとでも思って
いるのか?
>>136
家光個人は無能寄りだけどそんなやつでも安定政権を維持できる様になったという観点で見れば重要な立ち位置ではある
家康や秀忠みたいな実力を示した将軍ではなく「生まれながらの将軍」だからこそ諸大名が臣従したわけだからね
なお禿ネズミ扱いはしてた模様
>>133
戦いで、多くの人が死んだまでが事実だよ。
>>135
今は、後醍醐天皇が傍流の傍流だと言う事が言われるようになったね。
>>4
末世とは別にはあらじ木の下の猿関白を見るにつけても
>>105
桂川を渡ったあたりで言ったんだろ
それだとチクる余裕はない
>>86
マイクもスピーカーもない時代だから、言ったとしても周りの人しか聞いてないと思う
>>94
だな
例の事故でもバス会社と高校側とで言ってることが違うし
最近の大河を見ると昔ながらの「通説」がなつかしい
一度ガチで通説のみをなぞった大河を見てみたいものだ
>>134
広家の件って豊臣政権下でよくある、上坂家臣団と国元家臣団の対立構造が根底にある
毛利以外だと宇喜多とか島津なんかが顕著で、毛利で言うと小早川派(隆景や恵瓊)と吉川派(広家や福原ら)の対立
内応についても広家の独断ではなく家老の福原を始め、有力家臣が複数で連帯して動いてる
多くの戦国大名がそうであって毛利家も特にその傾向が強いけど、
大名は絶対君主ではなく国人領主たちの盟主に過ぎないので彼らの意向は無視できない
>>128
そもそも素浪人の妹(姉)が大名の正室になるなんてありえないっていうね
というか今川記とか北条五代記みたいに戦国末期~江戸初期だと備中伊勢氏説あるいは京都伊勢氏説だったのに、
江戸中期~末期の北条記なんか素浪人説が台頭してきて、明治政府がそのまま通説にしちゃったのよな
備中伊勢氏の出で親戚である京都伊勢氏の下で幕府の官僚してたってのは、つまりは元鞘なんだよなw