引用元:江戸時代までは肉食禁止だったのに明治時代から日本人が肉食べまくってるの不思議だよな
https://nova.5ch.net/test/read.cgi/livegalileo/1757269589/
1: それでも動く名無し 2025/09/08(月) 03:26:29.79 ID:OfqhEzzm0
やっぱり美味しかったんやろなあ
2: それでも動く名無し 2025/09/08(月) 03:27:12.06 ID:buVEp9hS0
うさぎ肉
牡丹鍋
牡丹鍋
3: それでも動く名無し 2025/09/08(月) 03:28:30.34 ID:6UR0MHBv0
鯨はお魚
4: それでも動く名無し 2025/09/08(月) 03:29:35.76 ID:2n9daxFj0
普通に食べてたがな
般若湯みたく名前誤魔化して
般若湯みたく名前誤魔化して
6: それでも動く名無し 2025/09/08(月) 03:35:10.25 ID:MbNo9ViY0
表向きは禁止だけど実はみんな食いまくってたらしい定期
8: それでも動く名無し 2025/09/08(月) 03:42:55.45 ID:wapjCvKa0
>>6
食いまくってはおらんよ
そもそも高いし
あと信心深い庶民は食ってないし
食いまくってはおらんよ
そもそも高いし
あと信心深い庶民は食ってないし
37: それでも動く名無し 2025/09/08(月) 05:02:55.45 ID:lXD7aD0E0
>>6
>>8
漁村と山村で食い物が違い過ぎた
ほんま別の国
>>8
漁村と山村で食い物が違い過ぎた
ほんま別の国
40: それでも動く名無し 2025/09/08(月) 05:06:10.20 ID:wapjCvKa0
>>37
少なくとも江戸の町民は食いまくってはいないよな
少なくとも江戸の町民は食いまくってはいないよな
7: それでも動く名無し 2025/09/08(月) 03:35:10.67 ID:XqUgK9BH0
まあ貴重品ではあったみたいよ
12: それでも動く名無し 2025/09/08(月) 03:45:55.59 ID:ojF9BxlmM
こっそりと肉食はしてたが家畜を食う習慣がなかっただけや(鶏は別として)
そもそもの肉食禁止令も宗教的なものより家畜を食べると食料不足になりやすいからそれを防ぐためがメインに出されたという説もあるぞ
(家畜を育てるにはたくさんの穀物が必要だから皆が家畜を食べると穀物が不足して食料不足になりやすくなる)
そもそもの肉食禁止令も宗教的なものより家畜を食べると食料不足になりやすいからそれを防ぐためがメインに出されたという説もあるぞ
(家畜を育てるにはたくさんの穀物が必要だから皆が家畜を食べると穀物が不足して食料不足になりやすくなる)
15: それでも動く名無し 2025/09/08(月) 03:52:27.46 ID:wapjCvKa0
>>12
鶏の時告げ鳥として神聖視してたから食うのは一般的じゃないぞ
鶏の時告げ鳥として神聖視してたから食うのは一般的じゃないぞ
13: それでも動く名無し 2025/09/08(月) 03:48:18.73 ID:8AGDEcqg0
こっそりと食ってたにしても表向きに流通してなければ滅多に食う機会はなかったやろな
本来手軽に食べられるもんでもないし
本来手軽に食べられるもんでもないし
16: それでも動く名無し 2025/09/08(月) 03:54:03.52 ID:6UR0MHBv0
牛は平安時代からいたけど豚はどのくらいの時代に入ってきたんやろ?
19: それでも動く名無し 2025/09/08(月) 03:57:35.61 ID:boecaaCw0
>>16
弥生時代には食べてたらしいがその後廃れた
ただ琉球では飼育されててそれに近い薩摩とかでは江戸時代とかにもわずかに養豚が行われてた
明治以降は全国に広まっていったようだがやはり琉球から広まった可能性が高そうやね
弥生時代には食べてたらしいがその後廃れた
ただ琉球では飼育されててそれに近い薩摩とかでは江戸時代とかにもわずかに養豚が行われてた
明治以降は全国に広まっていったようだがやはり琉球から広まった可能性が高そうやね
23: それでも動く名無し 2025/09/08(月) 04:01:02.06 ID:f2nOnG3I0
>>19
その割には、大阪、関西は牛肉文化なのは不思議やね
その割には、大阪、関西は牛肉文化なのは不思議やね
26: それでも動く名無し 2025/09/08(月) 04:17:07.64 ID:boecaaCw0
>>23
まあ明治以降の変化が大きかったからやろな
研究者が言ってたが「明治維新を革命と呼ぶことを嫌う人間でさえ江戸と明治の間に一目見てわかるほどの大変革があったことは認める」と
関西圏は朝鮮圏からの移住者も多くて焼肉文化はそうした移民が発展させた部分も大きい
まあ明治以降の変化が大きかったからやろな
研究者が言ってたが「明治維新を革命と呼ぶことを嫌う人間でさえ江戸と明治の間に一目見てわかるほどの大変革があったことは認める」と
関西圏は朝鮮圏からの移住者も多くて焼肉文化はそうした移民が発展させた部分も大きい
17: それでも動く名無し 2025/09/08(月) 03:54:24.61 ID:boecaaCw0
畜産はほとんどやってなかったが狩猟はやってたんや
特に京都から離れた関東や東北では肉食をタブーとする文化の影響が相対的に弱かったからな
とはいえ天皇家の穢れ思想や仏教の影響とかで肉食をタブー視する風潮がそれなりにあったのも事実
特に京都から離れた関東や東北では肉食をタブーとする文化の影響が相対的に弱かったからな
とはいえ天皇家の穢れ思想や仏教の影響とかで肉食をタブー視する風潮がそれなりにあったのも事実
しかしそもそもの話をするなら江戸時代の人間はほとんど穀物ばっか食べてたから肉食する機会があった人は猟師が近くにいる家でもない限り少なかったやろな
というか江戸どころか文明開化後の昭和中期くらいまで日本人は穀物ばっか食べてた
28: それでも動く名無し 2025/09/08(月) 04:21:06.85 ID:boecaaCw0
仏教が浸透した後も例外的に貴族がわりと好んで食べてた肉としてはキジがある
貴族がキジ肉を酒のつまみに好んでたって話もあるし死の穢れとかをやたら嫌う天皇家の厨房にも例外的に置くことが認められてたくらい
あと鎌倉時代に入って武家の影響が強まると次第に貴族も隠れて肉を食べるようになったって話もあるみたいやね
貴族がキジ肉を酒のつまみに好んでたって話もあるし死の穢れとかをやたら嫌う天皇家の厨房にも例外的に置くことが認められてたくらい
あと鎌倉時代に入って武家の影響が強まると次第に貴族も隠れて肉を食べるようになったって話もあるみたいやね
30: それでも動く名無し 2025/09/08(月) 04:30:51.29 ID:wVb68IH90
他国と競り合うには他国と同じように肉食ってスタミナつけてかなあかんってことで盛んに食うようになった
服装とかも着物から洋装になったり西洋文化が多く入ってきたってのもある
32: それでも動く名無し 2025/09/08(月) 04:45:24.12 ID:tnib7uGj0
明治以降も戦前の一般的な日本人の食事は
一汁三菜とかいって動物性タンパク質の摂取量が乏しいヴィーガン食だった
それでビタミンが不足し脚気とか多発
一汁三菜とかいって動物性タンパク質の摂取量が乏しいヴィーガン食だった
それでビタミンが不足し脚気とか多発
33: それでも動く名無し 2025/09/08(月) 04:48:13.56 ID:boecaaCw0
>>32
玄米食ってる人はそうでもなかったらしいが白米に切り替えた人たちは脚気ばっかだったのを見るに
玄米にせよ白米にせよ副菜が少なくてほとんど米ばっかしか食ってなかったんやろね
玄米食ってる人はそうでもなかったらしいが白米に切り替えた人たちは脚気ばっかだったのを見るに
玄米にせよ白米にせよ副菜が少なくてほとんど米ばっかしか食ってなかったんやろね
34: それでも動く名無し 2025/09/08(月) 04:48:51.36 ID:4g8QYDwa0
黒船に乗ってる欧米外人が強いのはパン食ってるからだ!で江戸末期にパンも作りはじめたしその流れで肉食えば頑健な体が!とかやったんじゃねえの
38: それでも動く名無し 2025/09/08(月) 05:04:50.26 ID:fDkgfeFF0
実際鹿とか猪食わないと損だよな
43: それでも動く名無し 2025/09/08(月) 05:45:28.66 ID:rVkppG6i0
その辺の川で魚大量に獲れただろうから肉食う必要も無かったんじゃない


































コメント↑↓
※誹謗中傷や相手を傷つける投稿はご遠慮ください。お互いを尊重し合った、思いやりのある投稿をお願いいたします。
猪、鹿、兎、山鳥、鯨、魚
仏教の影響で控えてただけで法で禁止されてた訳では無いからね
日本昔話ですらタヌキ汁にすっぞと書かれているのに
卵産めなくなった鶏を処分してくうのは昔から普通で
鶴肉のうまさも残ってたりするのに
御触れの文献をかたくなに信じてるやつはそのカチカチに固まった脳みそをちょっとくらいアップデートしたらどうだ?
江戸時代は蛋白源としてイナゴとかハチの子を食べていた
一般的に時代を経るごとに栄養状態が改善して
平均身長は伸びる傾向にあるのにもかかわらず
江戸時代だけ極端に平均身長が低い
何なら縄文時代よりも低い
肉の呼び名を変えて食べていたよw
食肉目的でないだけで死んだら食ってたけど
綱吉時代はちょっとあれだったが、それ以外では肉食を禁止した法は存在しないよ。
仏教寺では殺生と肉食は宗教上禁じられていたが、市井は関係ない。
神社の神事、奉納にも鳥や獣とかあったし。
当時の日記が残ってて普通に肉を食った記録が残ってる
医療用として牛は食べられていた。
しかし、高級品。
将軍は食べてたよ
>>4
イナゴとかに起こる相変異は人類でも起こることが確認されてる
人口密集地で背丈が小さくなるのはそのせいじゃね
>>1
近江牛の味噌漬は区分が食品ではなく滋養強壮薬だっただけでずっと流通続いてた
高価だったのもあるけど、牛肉は旨くて滋養強壮に良いぞって効能の風評が世に知られていたそういう歴史的な基盤があったので普及が早かった
日本で最初の明確な肉食禁止令は、天武天皇が675年に出したとされています。この法令では、農耕に不可欠な牛や馬、さらには犬や猿、鶏の肉を食べることを禁じました。これは、仏教の思想に加え、当時の主要な生産手段であった農耕を守るための経済的・政治的な側面が強かったと考えられています。
これにより、動物を殺して肉を食べる行為も忌避されるようになりました。これは精神的な禁忌であり、特に上流階級や仏教を深く信仰する人々ほど厳格に守られました。
この「肉食忌避」の文化は、明治時代に明治天皇が牛肉を食すことで公に解禁されるまで、約1200年にわたって続きました。
飲酒も徴兵制前は無かった習慣。
仏教は飲酒禁止だからね。般若湯はいいけど。
どこに不思議の要素があるねん
解禁になったから普通に食べただけじゃんけ
>>5
実際には人々はこっそりと肉を食べており、そのために植物や花の名前を使った隠語で肉を呼び、料理として提供していましたね。
馬肉はさくら、鹿肉はもみじ、猪は牡丹、山鯨、ウサギは月余、鶏はかしわ等々ね。
>>10
では他の地域で人口が密集し身長が減少した例があるの?
ほとんど時代とともに増加してるけど?
中国は人肉を好んで食べていたw
江戸時代でも雀、鴨、ウズラ、ツグミとか普通に食ってたぞ
沖縄、鹿児島だと豚も
マタギとかの猟師がいたところなら猪や鹿も食ってたし
紅葉(鹿肉)、桜(馬肉)、牡丹(猪肉)、柏(かしわ:鶏肉)
薬として売ってて普通に食べられてたよ
>>17
人肉食文化は朝鮮半島に伝わり朝鮮人も食べていました。
かしわ・ぼたん・もみじ等肉の別称聞いたことがない?
夏四月十四日、諸國に令して、牛馬・犬・猿・鶏を食ふことなかれ。自今已後、制を犯すことあらば、罪を問わむ
>>15
それらの隠語は貴族や生臭坊主共が肉食するときの方便で使ってたものを一般庶民も通ぶって真似しただけだわなw
>>17
中国には人肉の習慣があったw
調理方法は人肉を塩漬けにしたり干し肉にしたりあるいは
スープにしたり肉饅頭にして食べていたw
中国では人肉は肉類の中でも最も栄養に飛んで美味しいと
されたので食べるものが無くなると隣人を襲って食べてしまうことも
あったそうなw
「人肉市場」「人肉宴会」「人肉レストラン」があるのは中国だけw
65年の文化大革命時も人肉食が白昼堂々と行われていたw
>>23
肉を食べていたことには変わらないw
土用の丑の日にウナギを食べる習慣は江戸時代に始まった
キリスト教にも本来は復活祭前に断食や肉食を避ける時期はあるんやで
韓国の美味しい焼肉を知ってしまったからだね
薬、薬膳なw
>>4
江戸時代はお寺が支配の道具として使われていたから 仏教の戒律が強めになってしまったのかな?
守らなかった者もいたが 守っていた者も多かったのかもしれないね
肉食の制限は、特に江戸時代における日本人の平均身長低下と深く関わっていると言えます。
栄養学的根拠
身長の成長には、骨や筋肉の材料となるタンパク質や、骨の形成に不可欠なカルシウムが重要です。肉類は、これらの栄養素を豊富に含んでいます。
縄文時代は狩猟・採集が中心で、肉や魚介類を多く摂取していたため、身長が高かったことがわかっています。
弥生・古墳時代に稲作が普及し、穀物中心の食生活に移行しましたが、肉食の習慣も残っていました。
しかし、平安時代以降に仏教の「殺生禁断」の思想が広がり、特に江戸時代には鎖国も相まって肉食が公に制限されました。
これにより、日本人の食生活は、動物性タンパク質の摂取が極端に少ない穀物中心の食生活へと変化しました。この結果、タンパク質不足が慢性化し、これが身長の伸びを阻害しました。
>>16
あくまでも仮説なんで
そんな疑問に思うならお前が調べて論文にすれば?
>>17
どの民族でもすさまじい飢餓状態になれば人肉が食われた記録が残っているが、
だが中国人は違うw「人肉市場」があり、あきらかに人肉を食べることを楽しんできた民族w
そこが他の民族と違うところw
まぁ、そんな野蛮な民族にも
人食習慣が比較的制御された時代もあったw
それはインドから仏教が流行した時代w6世紀から9世紀にかけてw
ところが唐の末期に仏教が弾圧されて衰えると再び道教や儒教が主流
を占めると人肉食に対するタブーもとかれて残酷民族に逆戻りw
そりゃ極限状態でそうなるのはまぁ解らんでもない
問題は追い込まれてもいないのに、ってことやろ
とりあえず斉の桓公と易牙の話とか読んでみい、目が点になるで
キジ なら 食ってたみてえだな
キジぁ 地面歩くのが メイン だから
鳥の中じゃ 捕まえる のが簡単なんだとさ
俺らぁの 先祖ぁ ニワトリ増やしてたから
町民が 病気とか 怪我とか 働け無くなる
と タダで 卵か 解体して肉 を届けてた
だが 解体ぁ 専用業者を呼んでたぜ
もう耳にタコだろうが 村長家系だから
俺らぁ 高校くれえまで ニワトリ解体見たわ
文明開化で労働力から食い物に変わったんだろ
>>28
韓コリは人肉と犬肉食ってるなんてもう詰んどるがな
隠語で肉を食したり、地域や階級によっては肉を食べる習慣が残ったりしていましたが、それでも全体として見れば他の時代に比べて、圧倒的に肉の摂取量は少なかったと考えられています。
江戸時代の食生活の特徴
主食中心の食生活: 江戸時代の庶民の食生活は、基本的に白米を大量に食べることが中心でした。特に都市部では白米が普及し、一日に4〜5合(現代の約2倍)もの量を食べていたという記録もあります。
タンパク質不足: 肉食が制限されたことで、主要なタンパク源は大豆製品(豆腐、味噌、醤油など)、魚介類、そして一部の野菜に限られました。しかし、魚介類も内陸部や貧しい家庭では日常的に口にできるものではありませんでした。
栄養失調: このような食生活は、エネルギー源となる炭水化物は豊富でも、タンパク質やビタミン、ミネラルといった栄養素が不足しがちでした。特にビタミンB1の不足による「脚気」は、「江戸わずらい」と呼ばれるほど都市部で流行し、多くの人々を苦しめました。
比較からわかること
縄文時代: 狩猟・採集が中心で、肉や魚介類が重要な食料源でした。これは、発掘された人骨の分析からも、骨がしっかりしていることや身長が高いことと関連していると考えられています。
明治時代以降: 文明開化とともに肉食が解禁され、食の西洋化が進みました。肉、牛乳、卵などの動物性タンパク質の摂取量が増加したことが、日本人の平均身長を飛躍的に伸ばした主要な要因の一つとされています。
したがって、隠語や抜け道があったとしても、それはごく一部であり、社会全体として見れば、公的な肉食の制限と、それに伴う栄養学的制約が、江戸時代の日本人の身長を低下させたという結論に変わりはありません。
>>2
アナグマ「そのタヌキ言われてるのワシやねん玊袋がかゆい」
>>18
慶喜「また豚食わせてくれや玊袋がかゆい」
帯刀「もうあれへん玊袋がかゆい」
>>34
鼬(イタチ)を、食肉・毛皮、として捕獲していた。と、曾祖母から聞いたのだけど、生態系に悪影響し、鼠(ネズミ)の被害は増えてしまい、家庭にて猫を飼う事が増えたと云ふ。私たちも幼い時、家の中はネズミは日常大量に走り回っていた。…
>>20
韓国人は人肉食文化と犬食文化
おぞましい奴ら
顔に現れているよな
家畜のエサが日本より少なそうな地域が日本より肉を食っていたとでも。
獣を狩るための括り縄とか野鳥を捕るための霞網とか古来よりあった狩猟罠だぞ
>>32
他の学者さんが調べてもう論文出してるから
普通に江戸時代の料理本のメニューに肉料理書いてあるけど。
>>16
ローマ帝国でも末期には市民の身長が縮んだというデータがある
禁止されてるのにそうやってこっそりと食ってるところに日本人の腹黒さが滲みてるよな
昔の風習で食べちゃいけない日とかある地域もあるから昔から捕れれば有難がって食ってたんだな
あと山間の藩では地域の猟師に貴重な銃を与えてた記録もある
>>28
韓国の焼肉は豚肉が主流、牛肉は高価であまり食べられない。
あ、犬肉もある。
>>49
サムゲタンは韓国料理と騙されている人いるが中華料理のパクリだからねw
というか家康が普通に食ってるじゃねえか
江戸を描いた絵でも山鯨(猪)の看板掲げた店普通に映ってる絵多いから江戸の人間も食ってただろ
>>47
禁酒法()のアメリカの話?
>>46
帝政の最盛期には身長が伸びている以上
都市化といより原因は帝国の衰退に関するものとの結論が出てる
>>1
肉食の解禁ってか、明治政府は神仏習合(本地垂迹)を禁止して、仏教の力を削ぎまくったから、ってのが理由かと。皇室ですら強制改宗するまでバリバリの仏教だったし。
因みに明治後半には、神社合祀令で全国の2/3の神社も取り潰した。
>>28
そもそも「焼肉」という言葉が日本語
>>28
李氏朝鮮は、中華思想の事大主義で小中華だから支配層は中華料理真似ていて
日本統治時代は、日本人移住者が考案した朝鮮風料理だから
朝鮮半島には独自の料理文化が全く無いんだよ
山林ばかりで大規模に牧畜できる国土じゃなかったからね、役畜簡単につぶされても困るし
堆肥も生産できないから農耕で排泄物がお金になったりと経済に加わる事で、人口過密の都市部の衛生が他国より清潔に保たれたりの興味深い文化形成がされたり悪い面ばかりでもない
まずウサギは食べていた鳥は食べていた魚は食べていたシカは食べていただろう
イノシシ?熊?
>>47
Noジャパン掲げてるのに全国民が鬼滅を見てる国さん😭
食糧難なのに間抜けな発言で天皇や宗教が勝手に決めた事だろ
人を支配する言葉だろ
これだけ日本人がやられているのに人権差別と喚けれ正義だと思って許されると利用する
バカバカしい言葉だ
>>17
現代でも人肉食文化は残っているのだろうか。食文化はそうそう変わるものじゃないから気になる
>>47
犬食うのやめてから言えよ
肉食禁止というより、牛、ブタ、馬は食べない、くらいなのでは?
ニワトリ、魚は食べてたでしょ。
>>54
身長が縮んだのは都市化が進んだことを否定するデータもまた無いが?
とり肉は結構どこでも食べられていたんよ
ただ昔は主流は野鳥で鶏はあまり食べられていない(どちらかといえば鶏は観賞用や神社の神使)
>>57
朝鮮半島が日本に併合していただくまで、朝鮮半島には鉄製の包丁がありませんでした。石を研磨した石包丁しかなく、それを使用できるのは一部の特権階級のみだったそうです。そのため、朝鮮半島において、野菜を細かく刻むことが可能になってからまだまだ日が浅く、また、「味付け」「美味しい」という概念ができたのも、併合後のことです。
「定食」という概念も日本から持ち込まれました。ご存知、朝鮮半島の宗主国であった中国は大皿文化ですし、ご存知化もしれませんが、長きにわたって朝鮮半島の食べ方は床に食べ物をぶちまけて皆ですする、大きな蜂にマジェマジェごはんを入れて、皆でを手を突っ込んで食べる、などで、「一つ出す」人分ず定食は、日本から持ち込まれました。
>>61
大政奉還以降に肉食いまくってるの不思議だねって話では?
>>63
在日韓国人は毎年犬肉を韓国から輸入して
日本で犬肉を食っている
>>8
明治時代と同じ量を?
>>12
皇室は、明治直前まで1300年くらいの間仏教だったから、インパクトは相当だったでしょうね。
明治政府と明治天皇は仲悪かった、的な話もあるけど、この辺りの歴史を聞くとさもありなんですね。
普通に食べていました。お寺の裏の鎮守の森を掘れば動物の骨が出てくる。仏教では、4つ足の動物は食べてはいけないが鳥なら大丈夫ということで、ウサギを鳥にして、本来なら1匹、2匹と言うところを、1羽、2羽と呼んでいた。また古典落語にも池田の猪飼といって、猪の肉を買いにいく話がある。鹿も食べていた。活動家「どうわはダメだ」「どうして?」「彼らは日本人。よって、自分たちに対する差別には反対するが、だからといって日本を潰す事には反対する」「じゃ、やはり在日しかないか?」「そうだ、彼らは日本人じゃないから日本が潰れようと関係がない」
食ってたと言っても明治以降の半分も食ってない
>>68
アメリカ人でも刺身食うし不思議でもないような
>>68
欧米からの品種改良種導入と畜産飼育化が促進されたためかと
>江戸時代以前でも鹿の肉などの獣肉食は行われていた。特に江戸時代には「生類憐れみの令」により表向きは肉食が禁止されていたが、「薬食い」として一般の人々や上流階級の間で密かに広まっており、鹿肉は「もみじ」という隠語で呼ばれていた。
>仏教伝来と共に殺生が禁じられ、肉食はタブーとされてきたが、狩猟による肉食は古来から行われていた。
>>70
では無いでしょうね、明治以降になって、屠殺を生業にしてる部落が一気にリッチになった。と言う話をよく聞きます。
>>70
肉食ってたか、食ってなかったかって言ってるの理解してる?
誰が量の話してんだ?ん?
鳥食べてたし。ウサギは鳥扱いだし。
>>9
「薬」扱いで、牛肉とか豚肉の味噌漬けが幾つかの藩からの献上品として毎年贈られてた記録がちゃんと有るからな。実際、江戸時代でも肉料理は「薬食い」と呼ばれてたし。
徳川慶喜とか豚肉大好きで、横浜が開港したらさっそく外国人用に売られてる豚肉を仕入れさせてニッコニコだった。幕末になると庶民でも鳥鍋とかなら食ってたらしい。
>>1
両国近くにももんじ屋っていう江戸時代からの猪鍋の店とかあるし、子供が好きでよくせがまれたって記録もある。
鴨なんかは和食でも定番だし、そこまで控えてたわけでもないよ。
>>70
人口が違うやろ
>>26
当時のキャッチコピーが今でも使われてるのスゲーな
>>80
薩摩に豚をおねだりして豚一殿とあだ名されたとか。
>>14
普及させる努力もしたしね。
すき焼きも最初は馴染みのある味噌味から始まった。
食肉として家畜飼ってた訳じゃないから希少な食材だろ。
鶏の卵でさえ貴重で高価な物だったらしいし。
ももんじ屋「今日は猪が入ったよ!」
>>73
列強が食べているから日本も食わねば的な考え。
>>62
10年ほど前にKoreaで赤ちゃん粉末にした赤ちゃんカプセル売ってたからな
>>50
中国の「燉鶏湯(とんけいたん)」や「麻油鶏」など、広東料理の高麗人参やナツメを使った薬膳スープとして鶏を煮込む料理のパクリだよね。
比較による推定
江戸時代: 獣肉はごく一部の人々が、主に「薬食い」として摂取する程度でした。年間の一人当たりの食肉消費量は、ほぼゼロに近かったと考えられます。
明治時代: 明治初期はまだ肉食の習慣が根付いていませんでしたが、後半には都市部を中心に少しずつ消費量が増加しました。年間一人当たり数キログラム程度だったと推定されています。
現代: 統計データによると、日本人の一人当たりの年間食肉消費量は、約34.5kgです。
>>12
江戸時代には建前としては獣肉食の禁忌が守られた。特に上流階級はこの禁忌を守った。例えば狸汁は戦国時代には狸を使っていたが、江戸時代にはコンニャク、ごぼう、大根や豆腐を調理した精進料理に変わっている。ただし薩摩地方だけは、琉球料理の影響もあって、現代の薩摩汁や豚骨料理につながる豚を含めた獣肉食の習慣があった。
1613年(慶長18年)、平戸島に商館を開設したイギリスのジョン・セーリスは陸路で大阪 (osaca) から駿河 (Surunga) に向かう行程で書かれたとみられる日本人の食習慣に関する記述の中で、豚が多く飼育されていることに言及している[34]。1643年(寛永20年)の刊行とされる『料理物語』には、鹿、狸、猪、兎、川獺、熊、犬を具とした汁料理や貝焼き、鶏卵料理等が紹介されている。1669年(寛文9年)に刊行された料理書『料理食道記』にも獣肉料理が登場する[10]。1686年(貞享3年)に刊行された山城国の地理書『雍州府志』には、京都市中に獣肉店があったことが記されている[10]。江戸後期の国学者喜多村信節は、著書『嬉遊笑覧』の中で、元禄前の延宝・天和の頃には江戸四ツ谷に獣市が立ったことを述べている。1718年(享保3年)には獣肉料理の専門店「豊田屋」が江戸の両国で開業している。
高い食材として取引出来るからみんなが群がったんだろ
>>47
人肉食う民族には言うわれたくないよw
信長軍「くそ、雑賀党め」秀吉「どうされました、殿」「お前に任せる、もともと、お前は侍じゃないからなぁ」それから朝鮮征伐「くそ、誰が秀吉に従うものか」「このまま朝鮮に残る」第二次朝鮮征伐「おいおい、いつから、朝鮮に鉄砲隊が出来たんだ」朝鮮人「雑賀党のみなさん、ありがとう」それが、いまではサヤカになっている。また、朝鮮半島の冬は寒い、そこで秀吉軍は履いている足袋に乾燥した唐辛子をいれてはいていた。カプサイシンの影響で、足が温かかった。それを、朝鮮人は自分たちの朝鮮漬けに入れた。それを秀吉の兵士が見て、気持ち悪いと言った。それがキムチ悪いになった。
>>38
ちなみにひっくり返した時に内股の筋肉がでかい金玉に見えるのもアナグマだけ
昔のほうがアナグマが多かったのかもな
統計的な視点
当時の人口や消費量を正確に把握するデータはありませんが、以下の点から「ゼロに近い」という結論は妥当です。
消費層の限定: 肉を食べていたのは、経済的に余裕のある一部の富裕層や、体力維持が必要な武士などに限られていました。
流通量の少なさ: 家畜の肉食が公に禁じられていたため、肉の生産・流通システムは確立されていませんでした。狩猟で得られる獣肉の供給量には限界があり、大規模な消費を支えることはできませんでした。
現代の年間34.5kgという消費量と比べると、江戸時代の消費量は文字通り微々たるものであり、平均値で見ればゼロとみなせるレベルです。そのため、外食産業を含めても、一人当たりの年間肉消費量は極めて少なかったと言えます。
明治以降に肉料理のバラエティーが増えたのが原因だろうw
ハンバーグとかすき焼きとかなぁ
>>62
毛沢東が1976年に亡くなった後、数年以内に食肉用の双脚羊牧場が全部閉鎖されたらしい
代用の困難な珍味、脳の活き食いなんかは穴を小さくして猿を使ったりと工夫はされてる模様
>>69
日本で食うなよ
だから日本人はチビなんだなw
>>65
他の主要な地域で都市部の身長が農村部よりも高いことがデータとしてある
>>97
正確に把握するデータはありませんが「ゼロに近い」という結論は妥当?
一文で矛盾する内容書いてて草
>>78
読解力低そう
>>26
鰻なんて皮が分厚くて固い、その上生臭さがきつくて血液や粘液に毒を持ってる毒魚(加熱で容易に無毒化できるけど)
普通に調理したら英国名物鰻のぶつ切りゼリー程度にしかならない調理困難な食材
それを極上の味に仕上げてみせた日本人の根気がすごい
鎌倉時代は肉パクパクやぞ
>>82
人口が多いと食肉も増えるのか?
普通に庶民も猪鍋を食べていた。江戸時代の古典落語にもその肉を買いに行く庶民が描かれている。在日「うそだ、お前ら日本人はチビの糞に偉そうなことを抜かすな」「日本は当時、世界最大の火縄銃大国。多くの猟師がそれで狩りをしていた」
>>101
何その謎理論、牛を食べると牛のように大きくなりますってか?角も生えてくるのかな?
>>103
君には矛盾に読めるんだ?
よく学会で使われる表現だけど
>>103
じゃあ正確なデータを出してよ
>>50
元寇の時に木を伐り過ぎて見渡す限りの禿山にしてしまった後遺症による慢性的な燃料不足で、金属加工を諦め新石器時代に戻ってたのが李氏朝鮮
剣どころか包丁も縫い針すら宗主国からの下賜品に完全依存していた、家庭では石包丁が調理に使われていたとイザベラバードが記録している
そんな中で燃料を大量に使ってコトコト煮込む料理が発達出来る訳がないわな
西洋を研究して追いつけ追い越せで明治政府が奨励した一貫なんだろうw
西洋は肉も食べるが、ミルクも飲む。また、水は硬水でミネラル分が多い。日本はお茶で、水は軟水でミネラルは少ない。
>>103
「正確なデータはないが、ゼロに近い」という表現は、「実測値はないが、複数の状況証拠から推測できる」という意味であり、論理的に矛盾しているわけではありません。
推論の妥当性
「ゼロに近い」という結論は、以下の複数の状況証拠に基づいて導き出されたものです。
公的な肉食の禁止: 約1200年にわたる肉食禁止令の存在は、食文化の基盤そのものを形成していました。
流通の限定性: 肉を扱う店がごく一部に限られ、それも主に「薬食い」という名目で特殊な扱いを受けていたという記録。
価格の高さ: 肉が非常に高価で、一般庶民が日常的に買えるものではなかったこと。
現代との比較: 現代の日本人が年間約34.5kgの肉を消費しているのに対し、江戸時代の消費量が数グラムや数十グラムであったとしても、統計的には「ほぼゼロ」と見なすことが妥当であること。
つまり、「正確なデータ」とは、現代のような国民全体を対象とした統計調査がないことを意味します。しかし、当時の社会構造、法令、経済状況、文献資料など、間接的な証拠が複数存在し、それらを総合的に判断すると、一般の日本人の肉消費量は極めて少なかったという結論が導き出されます。
この推論は、歴史学や栄養学の分野で一般的に受け入れられているものです。
これは、「指紋や証言はないが、状況証拠から犯人はAであると結論づける」という刑事裁判の論理に近いと言えます。直接的な証拠がなくても、間接的な証拠が積み重なれば、ある程度の結論を導き出すことは可能です。
>>80
豚一様の肉好きは親である水戸の烈公の影響。
井伊直弼が彦根藩主時代に殺生を禁じて生産しなかった時期があり、楽しみにしていた烈公との仲が悪かった一因じゃないかとの説もある。
>>11
牛肉は支那ですら食用(常食)としなかったのに、
日本が牛肉を常食してた不思議。
>>65
都市化が身長を縮めるという考えは、歴史的なデータとは逆であり、一般的に都市部は農村部よりも平均身長が高い傾向にあります。これは、都市化が身長を伸ばす正の相関関係を示すデータが多数存在するからです。
普通に江戸の薩摩藩邸とか肉食の結果の出土物出てるな、豚とか猪とかが6割だそうだ。
港区のホームページに出てるな。
>>38
同じ穴のムジナさん。
狸は肉が臭いが、狢は美味いそうな。
>>109
難しいツッコミを入れてやるなよ
彼は感性のまま書き込んでるのだから
>>109
韓国人は犬食ってるから犬に似ているとかw
>>70
畜産業が成立するのが明治以降。
江戸時代の食肉供給量は僅かでしかない。
>>123
縄文人よりも量が少ないけど。
>>102
だが江戸時代でもローマ帝国末期でも都市部の方が農村部と比べて身長が縮んでるデータがあるが?
>>119
琉球文化の影響だろう
>>12
牛馬の農耕利用て鎌倉時代からでは?
牛は運搬用、馬は軍用で必要だから屠殺禁じたのでは?
>>49
猫もあるよ
>>118
それお前の勝手決めつけだね
なら江戸時代の庶民の身長が縮んだ理由はなんなんだい?
秘めたるは美しき事かな
そういう事でしょ
元々大っぴらにしていなかっただけで解禁されたら~って事
>>119
薩摩から江戸まで運ぶのかなぁ
それとも江戸付近で買い付けるのだろうか?
間違っても薩摩藩士が江戸付近で「イノシシ狩りやらしてくれ!」と言っても許可出ないだろうし
>>109
でもじっさい大陸と比べて日本人の平均身長は低かったからなあ
>>106
ジビエみたいなもんであんま肉は旨くなかったろうなあ
>>13
何アホな事書いているんや?
江戸時代の飲酒量は今より遥かに多いんやで
生産量から換算して年間一人当たり50リットルやぞ
>>129
以下引用
江戸時代の庶民の身長が縮んだ主な理由は、食生活の変化による栄養不足です。特に、縄文時代や古墳時代に比べて、動物性タンパク質が不足していたことが大きく影響していると考えられています。
この食生活では、特に骨の成長に必要な動物性タンパク質が不足しがちでした。仏教の普及による肉食を避ける風潮も、この状況を加速させました。一方、縄文時代や弥生時代の人々は、狩猟や採集によって多様な食材を摂っており、特に動物性タンパク質を豊富に摂取していたため、江戸時代よりも平均身長が高かったとされています。
江戸時代の全国的な物流が海運だから
海運は大量の物流輸送が可能だが、時間がかかるから当時は生鮮食品の輸送はムリだった
肉食は冷凍技術が無いから地産地消してたつうだけ
地元で取れた獣肉は普通に食べられてた
日本食よりも洋食が美味しいから
普通に考えて昔から食べて当然でただ当時は畜産業がないから野生のジビエ肉
そうなると供給量も知れていて一般人まで行き渡らなかっただけと思う
仏教思想で殺生がダメだったからってのも魚食べている時点で疑問符がつくし神道の思想だとあらゆるものに神が宿り命があるって考えだから殺生を理由にすると食べるものがなくなる
農村部では普通に肉食ってたやろ、鹿とか猪とかな、大ぴらに食べてますとは言えないだけで
ムジナ汁を食べる
飛鳥・奈良時代だよ。
仏教が伝来して、殺生を戒める思想が広まったから、その影響を受けて、天武天皇が675年に「肉食禁止令」を発布した。
この禁令で、特にウシ、ウマ、イヌ、サル、ニワトリの肉を対象とされてたから、これ以降、公には肉食を避ける風潮が定着したんだよね。
>>135
AI?
大坂は鳥中心だが普通に食べられてたぞ
>>133
据え膳で何もしない君と違って試行錯誤してる当時の人だからなぁ
まぁ当時の人より君が劣等種なのは間違い無い
ども平安〜江戸時代ごろは、公には肉食はタブー視されてたけど、実際には様々な形で肉が食べられてた。
薬食い(くすりぐい)って言って、滋養強壮の薬として病気の時などに食べられてたし、
イノシシを山鯨(やまくじら)、シカを紅葉(もみじ)って呼んで、建前上は肉ではない別のものとして扱われてたんだよね。
>>137
君は排泄物酒が文化の人ですね
牛頭・馬頭の地名が各地にあるのはそこで弔っていた証でもある
様々な労に使われ最期は頭を祀る
胴体の方は頂く事になる
>>135
お前がそう思うならそれでいいんじゃね
でもそれだけで理由にするには少々無理があるだろ
>他の主要な地域で都市部の身長が農村部よりも高いことがデータとしてある
と言ってるのは他ならぬお前じゃん
なぜ江戸の街だけ摂取する栄養素に偏りが生じているかの理由が説明されてないだろ
>>146
以下厚生省から
全体的な傾向として、食の多様化が進む中で洋食の割合が増加し、特に若い世代でその傾向が顕著
イノシシ、シカ、クマ、ウサギなどが食べられてて、特にイノシシやシカは、農民の間で食べられることが多かった。
キジやカモなどの鳥類は、比較的食べることが許容されてたから、武家社会では、将軍が鷹狩りで捕獲した鶴を大名に与えることもあった。
>>121
栄養学を知らないアホが2匹w
農耕に不可欠だったウシやウマは、基本的に食べることはなかったけど、彦根藩が将軍に献上した「牛肉の味噌漬け」のように、ごく一部では食べられてた。
>>144
オタク君キレてて草
単にまずいと言っただけなのになんでそんなキレちゃうの?
>>144
現代と違って食肉用として作られた種ではないので脂も少ないしスジも多いし絶対まずいに決まってる
その程度の指摘でキレるとかバカは心のキャパシティが狭すぎるなw
>>110
というより富裕層の方が庶民より肉を食べてたというデータはあるの?
むしろ自然に近かった漁師や猟師の方が肉食する機会はあったと思うけど
明治維新後は、富国強兵のスローガンのもと、国民の体格向上を図るために肉食を奨励して、1872年に明治天皇が自ら牛肉を食べることを公表したことで、肉食に対する忌避意識が薄れていったんだよ。
>>132
同じ日本人でも江戸時代の日本人が一番低いんだよね。
>>126
それと薩摩はシラス台地で薩摩芋があったから良かったけど稲作に向かないしね。
>>52
江戸の市中には「ももんじ屋」と呼ばれる獣肉を扱う店も存在し、猪や鹿、ウサギ、タヌキなどの肉を使った鍋料理が提供されていました。これらは、一般的な食事というよりは、高級で特別な料理として扱われていました。
>>158
サツマイモも琉球から一緒に来たのでは
山くじら美味えええええ
幕末の西郷隆盛や大久保利通や坂本龍馬とか170以上あったと言われてるからやっぱ田舎で育った人の方が身長高かったんかね
>その割には、大阪、関西は牛肉文化なのは不思議やね
単純に牛が多くいたんだろ 東日本は逆で牛がすくなかった(馬が多い) 九州は牛も馬もいたようだけど
>>73
畜産業がなかったからね
肉が提供されなきゃ料理としての提供も難しかった
マジレス
離婚して家に戻っていた30代の女性が、月に一度高熱を出して大暴れする
困った家族がある霊力者に相談したところ、写真を見せろと言われたので
最近の写真を持参したら、肩の所に牛が写っていると指摘された
この牛を供養したら奇病は治った
江戸時代は牛を食べると角が生えるなどと言われて恐れられたが
霊視できる人がいたのだろう
>>127
日本で牛や馬が農耕に使われるようになったのは、稲作が本格化した弥生時代から古墳時代にかけて。
弥生時代や古墳時代の遺跡から、牛や馬の骨が発見されている。特に古墳時代に入ると、これらの骨の出土例が増加。これらの骨には、犂を引く際に生じるような摩耗痕が見られる。骨の形態分析から、野生種ではなく家畜として飼育されていたことがわかる。
古墳時代には、牛や馬を象った埴輪が多数作られた。これらは、権力者が牛馬を所有し、その重要性を示している。また、古墳の壁画には、馬に乗る人物や、牛に引かれて農作業をする様子が描かれている例も発見されている。
>>119
関東は豚の飼育に向いてるんでもし本当に江戸時代に肉食が一般化してたら畜産が盛んになされてたと思う
飢饉で共食いすらしてたのに、肉食NGなわけない。そんな余裕があるはずもない
>>134
政府のデータによると、現代の日本における成人一人当たりの酒類消費量は、年間約70~80リットル。
>>148
「The Height of Nations」 – John Komlos
身長を経済発展や生活水準の指標として捉える「身長史学(anthropometric history)」の第一人者であるJohn Komlosの著作です。彼は、都市化、産業化、公衆衛生の改善が身長に与える影響について、世界中のデータを元に詳細に論じています。都市化が健康状態の改善を通じて、身長を伸ばす重要な要因であると結論付けています。
明治時代の文明開化的な衝撃によって価値観が変わっちゃったんだろ
昔の古いものを簡単に捨てたり取り壊したりみたいなことがあったようだし
当時は古いものを今でいうととるに足らないダサいみたいな風潮もあったろうな
すべてじゃないが衣類や建築物からして一新されてんだし食事もそうなるのはしかたない
>>155
江戸時代の武家屋敷跡や大名屋敷跡からは、一般の庶民の遺跡に比べて動物の骨(特にイノシシ、シカ、タヌキなど)の出土量が多い。
>>127
江戸時代の方が牛馬使った農業が減っているんだよね。
鶏は食わんけど野鳥は食ってたな
農耕用の牛も廃牛になってたのを食ってはいたけど
食うために育ててない牛は肉も臭くてごちそうでもないみたいだし
一般的でないと言うならそうなんじゃないの?
>>160
別ルートで北九州に入ってきた説もあるけどね。(平戸にイギリス人が持ち込んでいたりした)
サツマイモは南米→フィリピン→中国→沖縄→薩摩。
>>141
他の仏教国って肉食がタブーじゃないよね。
>>157
といっても1cm程度の差でしかないよ
>>170
AI?
攘夷とか言って「西洋人」を排斥してた割には「西洋文化」はバンバン導入してた矛盾
・・・て思ったら今も同じかw 外国人のことが苦手であっても外国文化の良いものは取り入れるは普通
むしろ、そこをごっちゃにする方が異常 (だから某国人は異常w)
「肉食禁止」って禁止にしなきゃ皆が喰い続けるからわざわざ禁止令にしてんだけどなw
>>172
マジで?
誰が調べたの?
>>177
なんで嘘つくの?
江戸時代(1603年 – 1868年): 男性約155〜156cm、女性約143〜145cm。
>>181
考古学者
>>37
せやな 象 キリン
>>182
何が嘘なの?前後の時代と比べてみろ 1cm程度の差しかない
商業的に肥育牛などを育て、動物性たんぱく質を取り入れることを推奨されたが、明治維新により皇族が肉を率先
して食べたことも大きい。そもそも明治維新は欧米列強に負けない国づくりを目指していたが、西洋人との対格差
はイカンともしがたい。「アイツら何食ってあんなにデカくなったん?」「肉・乳製品・卵を鬼のように食っとるで」
「ワシらもデカく強くならなアカン」ということで人目を気にせず肉を食うようになった。
日本人は古代から獣肉に分類されていなかったマグロやカツオの魚肉は食べていた。老いた乳牛は硬くて食えた
モノでは無かったが、刺身の脂肪層を食べなれた日本人には普通の肥育牛でも物足りん。「ソヤ、霜降りをつくる
牛を選別して大量に肥育するぞ~!」で生まれたのが霜降り和牛だ。欧米人が数千年間、何も考えずに食っていた
肉に革新をもたらし、老人でも食べられる肉を開発したワケだ。
鳥は普通に食べてた
鶏は卵が主目的だったが卵を産まなくなれば潰して食べた
農家などでは歳を取ったり怪我などして働けなくなった馬や牛などを潰して食べた
ウミガメが獲れる地域では食べてた
カエルも食べてた
山間で魚を含めた動物性たんぱく質が取りにくい地域はなおさら肉食を行った(昆虫食含む)
肉食禁止と言う概念は宗教的なものであるが、今より信仰が篤い時代だったとはいえ信心が人それぞれなように概念自体も従来思われてたほどには厳格では無かったのが近年知られている
>>185
推移から見ればいいのかはてな?
縄文時代(紀元前14,000年頃 – 紀元前300年頃): 男性約158cm、女性約149cm。。
弥生・古墳時代(紀元前300年頃 – 7世紀頃): 男性約163cm、女性約152cm。
平安時代(794年 – 1185年): 男性約161cmから末期には約157cm。農耕社会が定着し、肉食が制限されるなど食生活が変化したことが影響したと見られます。
鎌倉・室町・戦国時代(1185年 – 1603年): 男性約157cm前後、女性約145cm前後。武家社会が中心となり、肉食の機会が比較的あったため、江戸時代よりは高かったとされます。
江戸時代(1603年 – 1868年): 男性約155〜156cm、女性約143〜145cm。日本史上最も低い平均身長となりました。
明治33年(1900年): 17歳男性約157cm、女性約147cm。
大正時代(1912年 – 1926年): 男性約160cm。
>>170
だからそれでは江戸の街だけ身長が縮んだことの説明になってないのだが?
>>185
お得意の切り取りか?
>>189
「日本人平均身長の推移に関する研究」 国立科学博物館 人類研究部
>>170
だが人口が密集状態になれば健康や平均寿命に悪影響を与えるのは公衆衛生の観点では常識じゃね?
>>191
それで明確な結論は出てないだろ?
>>188
だから、1cm程度しか違わないといってんだよ
>>193
「江戸時代における食生活の構造とその変化」 – 石毛直道
「日本の人口と食料」 – 高橋直樹
>>193
江戸時代の身長の縮小が、考古学的な骨のデータと、歴史学的な食生活の変遷という両面から裏付けられている。
>>194
ほんとだね。
仏教に気を使っていただけで肉食は
普通にしていた
明治に入り文明開化ぽいから解禁って
言っていただけで
江戸時代から禁止ではない
唯一制限していたのは僧侶だけ
一般民衆は制限していない
綱吉の時代に生類憐みの令があった為
勘違いされている
>>192
身長の決定要因は、病気による影響だけでなく、栄養状態という要素が大きい。
都市化が身長を伸ばすことは、人口密集による不衛生な環境が引き起こす短期的な健康リスクよりも、長期的な栄養状態の改善が身長に与える影響の方が大きいことがわかっている。
>>196
適当乙
すべてお前の妄想だろ
>>195
イヤだから本の名前だけ出してそれで論破したつもりなのか?
そもそも行きすぎた都市化において平均身長が下がるのはローマで江戸期でも証明されてるんだからかそれを否定するデータをもってこいよ
なんか「普通に」食べてたって書き込みが多いけど、その普通の定義が曖昧なままだからなんか議論がかみ合ってないわな。前提条件として江戸時代に「まったく」肉食がなされていなかったなんて思ってる奴はいない。だからあとは「どれくらい一般的か?」が争点なのよ。現代日本だって一部の美食家は鯨肉を嗜んでいるし、専門店もある、探せば手に入る。けど、クジラが一般的でみんな食べてるといえるのか?って話よ。
「肉食禁止」じゃなくて「四つ足を食うの禁止」だからなぁ
まあそれでも食ってたんだけどね。ウサギは本来「頭」で数えるけど、食べるときは「これは鳥ですよ」ってことにするために「羽」で数えたりするし。
そうでなくても両国の「ももんじや」じゃイノシシを「山クジラ」とかいって食ってたりする。創業1714年。今なお営業中w
普通にくってたろ
猪とか鹿とか食わないと日常的に
邪魔だろうし
商業的に肉が出回ってなかっただけじゃないか
>>199
誰も病気だなんていってないが?
都市化が必ずしも身長を伸ばすわけでないことは江戸時代とローマ帝国末期という二つの事例で証明されてるんだが?
>>198
肉食が一般的な食習慣ではなかったことは、当時の庶民の食生活に関する文献や考古学的・医学的な骨の分析からも明らか
>>183
でも庶民だって肉はとってたろ?
江戸のファーストフードである寿司なんてみんな食ってたぞ?
>>3
おは長野県民
>>200
上の文献から引用
四つ足を避ける習慣があっただけで
お魚さんや鳥さんは平気で食べていたしなあ。
イスラムさんも無意味にブタを避けているし
あまり意味のない食習慣はわりとどこにでもあるんじゃね。
>>205
>人口が密集状態になれば健康や平均寿命に悪影響を与えるの。。。
>>202
どっちかっていうと「江戸時代」って括りがダメな気がするんだけど。
「江戸(というか都会?)」と「それ以外」で括るもんな気がする。
潰した鶏肉を食う。駆除したイノシシ、シカを食うって多分当たり前だと思う。
>>209
でも江戸の庶民も肉はとってたろ?
海に面してるんだから魚介類は身近だったはずなんだが?
>>198
しいていえば江戸町内での肉食は禁止されていた
だから浅草の川向かいにジビエ料理の店が並んでいた
江戸時代まではチ.ョンマゲ袴だったのに明治時代から日本人が洋服着るようになったの不思議だよな
>>211
?
なんか間違ってるのか?
外人が食いたい言いだしたし、外人は金出しよるからね
それで商売っ気の有る連中が供給元や流通ルートを確立させたんで、
供給量が画期的に増えたし価格も安定した
それが、江戸時代に比して消費量が格段に増えた要因
>>214
でも庶民が気軽に買えるような値段ではありませんでした。
江戸時代までは移動は馬や籠だったのに明治時代から日本人が自転車や車に乗ってるの不思議だよな
>>216
病気の話としか読めないよ
>>64
牛や馬は使えなくなったら食べる
特に西日本はそう
>>70
昭和前期と後期でも差があるのに意味あるのか?
>>213
読んで
「江戸時代における食生活の構造とその変化」 – 石毛直道
「日本の人口と食料」 – 高橋直樹
関東圏は朝鮮圏からの移住者も多くて焼肉文化はそうした移民が発展させた部分も大きい印象
関東地方出身の東日本人と
東北人含めた北日本人はホルモン多い食べる
>>70
当時は比較的生活に余裕がある人が月に一度お取り寄せで食べていたくらい
(江戸の住人の大半は出稼ぎなので生活費を切り詰めている)
>>219
西洋人みたいになったよな
>>212
その「当たり前」の定義よね。ぶっちゃけ害獣駆除で供給される肉の量なんてたかが知れてるし、現在の畜産業前提に成り立っている「普通」とは比べようもないのは確か。ゼロかゼロじゃないかかという議論ならゼロじゃないのは確実だけど、ゼロだったなんて主張してる奴はネット界隈ではもうほとんどいないわけで。だから日本での肉食に関する議論はシャドーボクシングみたいな書き込みばかりになるんよ。おっしゃる通り、時代、地域、階層で人々の食生活もがらりと異なるわけで、そこで普通に関して議論するのも難しい。個人的には江戸なんて特殊な環境をあの時代の代表みたいな扱いはいかがなものかとずっと思ってるけど。
北日本の東北地方と
東京民国、関東圏は豚肉文化なのは不思議だね
シナ畜「二本足で歩く羊を食うよろし」
>>165
霊能者「貴女の乳が大きいのは牛の呪いです」
こうかな?
なお戦いに出るなら羊の呪いのほうが効果的な模様
>>227
薩摩だと普通に畜産してたけど、あそこは特殊だからなぁ
狩りだって山村ぐらいだろうし、平野部の農村なんてほとんど肉食と縁のない農民がゴロゴロいそう、それこそ庄屋クラスが病気の時に鶏肉で粥作るとかそのレベル?
>>202
>「普通に」食べてた
たまに食べてたならわかるけど、普通に食べてたってのは違和感があるよね
あるいは抵抗もなく食べてたって意味かもしれないが
普通に食ってた割に、たいした肉料理があったわけでもなかろうに
ちなみに中国は当然として朝鮮でもモンゴルの侵略以降に仏教の影響が廃れ、庶民レベルでは臓物料理すらあったらしい
そんな朝鮮でもいつも肉が食えたというわけでもなかったということだ
ただの建前やったからなあ。
インドで牛を大事にするのは宗教的な理由
肉食があたり前になったのは近代畜産が確立してからです。
それまでは、特別な日に家畜を潰して食する事が出来ただけでした。
>>214
と言って薬名目で鳥肉や豚(猪)肉の肉を売ってる店はいっぱいあったけどな(肉そのものも料理も)
大都会である江戸の、日々の食事に困るような貧民なら口にするのは大変だったろうが、そんなに裕福ではないような人々の「薬食い」の情景もいっぱい伝わっている
上に政策あれば下に~、ってなもんだ
>>236
いっぱいってどれくらい?
別に名前を変えて肉を食っていたのは有名だし、彦根藩は畜産をしていて近江牛の認可も受けていたのも有名
他の藩でも規模は別にしても何らかの畜産をしていて幕府に”薬”と称して献上していたけどな
>>76
彦根藩の牛の干し肉は、将軍家をはじめ各藩のお殿様が贈答品として珍重していたw(それまでは庶民のほうが先に食べてたんだって!知らんかったわー)
建前無視した彦根藩が偉い(というか伝右衛門が偉い)
>>238
麻薬っぽいな
縄文時代から肉は喰っている。
>>202
だから「実際に思われてるよりも、かなり肉食してた」って話だよ
そもそも大都会であった江戸でさえ現代より周囲に自然が多く、動物(つまり肉)が周囲に豊富にあった(それなりに都会であったのは山手線の内側くらい)
歴史として伝わってる米や野菜が不作の飢饉もある
江戸には山鯨(猪肉)の専門店もあって、いつも繁盛してた
まぁ江戸って食習慣的にちょっと特殊な街だから計りかねる部分もある(江戸患いなんて特殊な疾患もあったくらいだし)
とは言え庶民でも、たまにはちょっと気張る、と言うくらいには食べていたようだ
>>17
好んで食べていたと言うより昔々の中国って言ったら、現行の中国の北側で寒かったりその他もろもろであきらかに後から中国に合流した南側に比べて食料生産力が絶対的に少なそうだからやめれなかったのかと。
冷凍技術が確立されて肉が臭くなくなったのも理由の一つ
脂部分が特にだめでその前の時代はマグロのトロですら下等なたべものだった
司馬遼太郎の祖母は家族ですき焼きがはじまると獣臭くてかなわないといって家から逃げ出していたそうだよ(笑)
>>236
ナイトクラブで一発決める
みたいな
>>244
塩漬けハム
燻製ソーセージ
日干しのジャーキー
で西洋では保存方法はあったけどね
>>240
そう
肉食はまさに薬物と言う扱いだった、と言うのが正しい認識だと思う
「食べると(色々な)精力がつく」とされて、薬なんだとされた
そうした扱いがある種の人には逃げ道にもなった
薬と言えば取り締まる側も難しい
現在の麻薬ととても似ている
>>221
カレーに入れる肉は牛を使っていたり生産していた地域と馬を使っていたり生産していた地域で分かれて馬は豚に置き換わった説。
山くじらとか偽名つけて食ってた
>>114
ミルクや毛が取れるならもったいなくて食べられないね。
>>223
出典を出すなら何ページ何行目まで提示するのが基本だぞ
>>202
それは地域性を考えないからだ
輸送の便が悪い時代の江戸(東京)と信濃(長野)の食生活は一致するだろうか?と考えれば分かる
>>169
ソースは?あと何年何月のデータ?
江戸時代の学者や官僚が記した文献には、山林の荒廃を憂慮する記述が数多く見られます。
例えば、農業指導者として知られる大原幽学(おおはら ゆうがく)は、関東地方の農村を巡回する中で、山林の荒廃が水害を引き起こし、農民の生活を苦しめている状況を記録しています。
江戸時代には、特に人口が密集し、エネルギー需要が高かった都市部の周辺地域で禿山は深刻な問題となっていました。
>>235
家畜はいない(少ない)が、当時は今より遥かに自然は多く、遥かに野生動物は多く、人口は遥かに少なかったんだよ
もちろん現代のようには食べてはいないが、思われてるよりは食べられてる
ハッキリ言って食べられるものは何でも食べてる
文献を見る限り、禁止されてるから食べてないと言うような感じではない
>>247
日常的に口にするものではなかった
>>224
関西の方が多い。
>>254
日本の森林密度で言えば今現在がここ数百年で「最大」であると言われているもんな
材木利用だけでなく燃料としての木材使用で集落のそばからかなりの距離まで禿山だったとか
それが石油・電気という利便性の高いモノを使用するようになって一気に需要が無くなった・・・
>>254
と言ってもとなりのトトロやぽんぽこでも描かれていたが、昭和の中頃(50~60年代)でも東京の郊外は田園と森が続く地帯が広がり、タヌキやキツネがうろつく風景だった
現代の感覚で見ると見間違う
>>149
即キムバレした137が顔真っ赤で口惜しそうw
>>258
はたしてそんな禿山から野生の動物が狩れたのだろうかな
>>256
それはつまり「たまには食ってる」って事だよな?
現代日本で言うと寿司に該当するかな?
普通に食ってない?
>>117
鎧や太鼓その他の製品作成のために革をとり、必然的に肉も発生するし
>>259
江戸時代には、人口100万人の江戸市域は豊かな緑に恵まれていましたが、全国的には森林が荒廃し、はげ山が広がっていた
>>2
全然食われてないならそもそも禁止令は出ない
お上がやって欲しくないなあと思う程度にこっそり食われてるから禁止令が出る
>>259
現代日本の森林は猛烈にすごいです。そこら中に枯れ木や枯れ枝がたまり、森はツル科の植物にも侵食されてジャングルのようになっています。
このありさまを江戸時代の人が見たら、狂喜乱舞して柴を拾いまくることでしょう。現代は過去に類を見ないぐらいに森林が増殖している時代なのです。
江戸時代に入っても森林破壊は留まることなく、1710年までには本州、四国、九州、北海道南部の森林のうち当時の技術で伐採出来るものの大半は消失したとされています。
森林資源の過剰利用により、日本列島の各地に「禿げ山」が生じ、木材供給の逼迫のみならず河川氾濫や台風被害などの災厄をもたらしました。
>>262
そこまで頻度は高くない
森林資源の枯渇とエネルギー及び建材の高騰により
人口増加も頭打ちに
>>267
まぁ樹木は今の石油や原子力みたいな当時の主力エネルギー源だったからね
でも現代の感覚で歴史を見ると見誤るって
時代や地域もあるしね
>>254
だから幕府とか領主が伐採を禁止した地域もあったんだけどね
>>269
そういう環境経済的なものの見方好き
>>49
豚のエサなんて無かったんだよなあ。
NHKの落語の実写化みたいな番組で二番煎じ?だったか凄く面白かった
あんな情景が実際に近かったんじゃないのかな
>>152
牛馬なんて体がデカ過ぎて長生きし過ぎると飼いきれない。どうしていたのやら。
年に何回食ってたか、だよな
使役してた牛馬が老衰で死んだら食べる、畑荒らす兎が罠に掛かったら食べる、マタギが米や芋と肉を交換しに来たら食べる
こんなのを地域の農民全体で均したら、「普通に(usually)」食べてるレベルには届かないか、と
若者言葉の「普通に」は「機会が有るかどうか」だから、そりゃ「有る」けどな
豚ってオスだったら生まれてすぐ睾丸とられるみたいなのを銀の匙で読んだけど
イノシシの発情期の男性ホルモンドバドバのオスなんかは罠にかかっても臭すぎて食べられないそうだから
一年中いつでも肉食べられるなんて時代はなかったと思うよ
史料上「ももんじ屋」や「薬喰い」が登場するので、つい「江戸の町では獣肉が普通に食べられていた」と読まれがちだが、実際の栄養状態や考古学・骨学の分析から見ると 「ごく一部で例外的に食されたにすぎない」 という見方が妥当。
骨の分析からタンパク源は主に魚介類・大豆であることが分かっている。江戸後期になると庶民の大豆摂取量と割合はむしろ増えており、「畑の肉」が主要なタンパク源。
江戸時代からソイプロテインは好まれている。
>>202
「日本では普通に鯨が食べられるよ」って別に違和感ないけどな
「日本では鯨を食べるのが一般的だよ」だと違和感あるけど
てか一見論点整理してるように見えて「普通には食べられていなかった」って主張に寄ってるのは何でなの?
翻訳や鹿鳴館と同じで
上つ方は外からの光礼賛だった。
庶民はせいぜいカシワ、ボタン、サクラ、モミジ・・・
和牛の種牛の銅像立ってる牛いるけど
要するにオスなのに肉が柔らかくてうまいから種牛になる
つまり牛肉ってオスなんだね・・・
食べまくれるほど肉食用の牛はいなかっただろ
農耕用には使っていただろうが
それを食っちゃったら、田んぼを耕せなくなる
そんな簡単に増やせないぞ
江戸でも郊外にももんじ屋があって、猟師が撃ったタヌキやらイノシシを食ってた。
江戸時代の一人あたり年次肉(鹿・猪・牛・豚等)の消費量は 0.1〜1.0 kg/年
明治期になって初めて500gを超え、現在の32kgにいたる
>>141
肉食禁止令は何度も出されたと聞いているが
だーれも守らんかったから何度も出す必要があったのでは
>>224
焼き肉が韓国発祥になったのは近年だろ
なんか普通にとかで濁しだしてるのがうっとおしいわ
古来から食ってたのは食ってたろ
たまの肉なら昭和生まれでも当時はたまにな人がいるだろ
普通に肉食ってたわ頭が悪いな
>>282
牛は農耕用だけだけじゃないよ
多頭買い牛舎の地域があって牛車の運搬もあったから思った以上に牛は飼ってる
皮革文化が盛んだったところはどうやって革を確保してたと思う?
江戸時代のタンパク質摂取量
魚以外の動物性タンパク質:90 g/年
魚由来タンパク質:3,000 g/年
豆類由来タンパク質:2,920 g/年
>>289
だからトラクターやトラックの代わりなんだよ
そんな大量に肉食してたら
米も取れない、物流も滞る
>>279
日本語的には「日本では普通に鯨が食べられるよ」も「日本では鯨を食べるのが一般的だよ」も同じ意味だよ?
>>260
このスレッドを論理性・根拠性・議論の健全さという観点で整理すると以下のようになります。
① 146番の投稿
相手の発言内容に対して反論せず、相手を貶める表現にすり替えている。論理的根拠なし・侮蔑的で議論性なし。典型的なアドホミネム(人身攻撃)。
② 149番の投稿
評価:根拠を持ち出し、議論を「日本食 vs 洋食の嗜好」という社会的傾向の問題に戻している。最も論理的で健全なコメント。
③ 260番の投稿
評価:議題から逸脱しており、論点(日本食と洋食の嗜好や消費傾向)に触れていない。煽り・感情的反応のみ。
>>291
偉そうに後で農耕だけからトラックの代わり追加してるじゃねぇか
こういう奴ホンマ嫌い
牛の流通は盛んだったのはまだ否定してんのかよ
現代基準でものいってるか?現代と同じ量で食うわけないだろ
>>147
いや、基本的にペット扱いだから食べずに埋葬してた
牛頭・馬頭は観音様由来やね、寺があったんやろ
>>290
1年でゆでたまご2個くらいかな
そんなもんだと思うよそもそも殺生が戒められてるのに漁師や武士みたいな殺生が仕事の家は仏教でも禅宗みたいな厳しい宗派で農家と商人は南無阿弥陀仏と唱えるだけで極楽浄土だもの
中国人もモンゴルに征服される前は魚食いだったそうだが。
畜産物の基本海外輸入が始まるまでは冷凍能力の違いだけで江戸時代とそう変わらないと思うぞ
昭和生まれの爺様、婆様に聞いてごらんよ
牛のいい部分なんかブルジョアだぜ?
別に禁止されてたわけじゃないし
江戸時代に禁止されてたのも江戸だけで、江戸の外に薬喰と行って食べに出かけてた
30に書いてある通り富国強兵政策の一環で肉食が奨励されたからなんだが。というか俺は中学校で教わったんだけど。
なんというか日本中で肉食禁止だと本当に思ってるやつがいるのな。
いくつかのコメにあるように、江戸での禁止令に過ぎない。
調理に火や水を大量に使うし、なにより田舎の家畜は農耕で使うから農業が死滅する可能性がある。
そして、そもそも仏教がメインだったから肉食を進んでする人が元からあまり居なかったってだけの話。
>>246
まさに塩漬けって量の塩とかカチカチになるほど干したり燻したりとかしないと現代の冷蔵庫有りきみたいなのだと作ったそばから食べる羽目になるよね。
近年、人骨に付着した歯石に残された食物のDNAを分析することで、過去の食生活を解明する新しい研究手法が進展している。この手法は、歴史史料や考古学的遺物だけでは得られない、個人レベルでの食の実態を明らかにする。
早稲田大学などが主導した研究では、江戸時代の複数の人骨から採取された歯石からDNAが抽出・解析され、米のDNAをはじめ、ネギ、大根、シソなどの植物DNAが検出された。
この結果は、歴史史料が示す穀物と野菜を中心とした食生活を科学的に裏付けており、史料と科学的知見の整合性を示す重要な事例である。
複数の一次史料(『旗本近藤氏知行所村々書上』)と科学的分析は、江戸時代の農民の食生活が、米、雑穀、野菜を主体としていた点で一致している。
極端な例だけどイギリスだと寒くてエサの問題で畜産は無理だろうし狩り物も少ないだろうし、肉なんて食えたのかと疑問に思えて来る。
>>117
日本も常食にはしてないぞ
貴重な労働原なんだからしょっちゅう食ってたら田畑を整備するのに手が足らん
>>15
牛肉の隠語は聞かないけどこれはマジで食う発想がなかったのかな?
明治維新後は牛は臭くて食えないから味噌で仕立ててたくらい調理法方が確立されてなかったみたいだし
>>117
食ってるぞ
青椒肉絲あるし
>>17
特に若い女の肉は美味いと言っていたらしいな
三別熊事件でも女の寝床を執拗に漁ってたらしいから何かあるのかもな
>>292
同じ意味も含まれるだけで全く同じじゃないよ
>>1
そんなもん江戸まで持ってこれるわけ無いだろ
冷蔵がないのに
>>307
アヘン戦争以降の話しでは?
中華料理に牛肉料理は極端に少ない。
>>304
イギリスなんてそれなりの畜産国だろ 羊の数のほうが人口より多い時期が長かった国と言われてる
建て前肉食禁止だけど、鶏とか猪とかは普通に食っていた。
それに牛と豚が加わっただけの話、総不思議でもない。
別に不思議でも何でもない。
明治時代になって禁止でなくなっただけ。
世界でも今まで食べてこなかったけど食べるようになった食材ってあるしね。
今まで禁止だった、食べてこなかった、食べなかった食材を食べるようになったからって何が不思議なんだろう?
不思議に思うことが不思議だよ。
江戸時代でも肉は食ってたけどね。
実際には肉解禁直後は、庶民は中々手を出さなかったらしいよ
それで今みたいに政治家が食って、それを新聞に掲載させて徐々にって事らしい
江戸時代も食ってる奴は食ってたとか言う人多いけどさ
肉なら何でも同じなんて事は全く無くて、牛とか食った事ないから怖かったんだよ
今だってスーパーにラクダや孔雀の肉が並んでも好奇心以外で買う人なんかおらんだろ
ビールは美味いし肉に合うから
海があれば魚がタンパク源だし、山では鳥や猪がタンパク源。
タンパク質無しで生活したら、ビーガンみたいにシワシワの病気がちな
短命の人類しかいなくなっちゃうよ。
仏教的教えのせいで、表で堂々と食べなかっただけでレシピも残ってるよ。
>>318
江戸時代のタンパク質摂取量
魚以外の動物性タンパク質:90 g/年
魚由来タンパク質:3,000 g/年
豆類由来植物性タンパク質:2,920 g/年
江戸後期では大豆と魚が逆転して植物性タンパク質が増えた
歌川広重の浮世絵で有名な「山くじら」は獣肉専門の店だったからな
地方では肉を薬として販売する「薬喰」もあったし、赤犬黒猫、猿、熊、牛、馬も普通に食されてた
牛肉は高価な物だったが江戸の街では「滋養の薬」として売られてたしな
「江戸時代に肉食が一般的だった」という主張は、次の点で矛盾します。
1. 幕府の度重なる禁止令(法令史料に反する)
2. 屠殺・皮革業者が差別されていた社会構造(一般化していたなら成立しない)
3. 「薬食い」という特殊な言葉の存在(例外扱いであった証拠)
4. 牛馬の農耕利用と明治初期の牛鍋ブーム(日常的でなかった歴史的証拠)
したがって、学術的には「肉食は例外的に存在したが、一般的ではなかった」というのが主流見解です。
>>7
比叡山延暦寺「肉ウマー酒ウマー」
>>309
同じなんだよなぁ
>>321
ギャンブル禁止だけどパチや競馬や競艇は許されてるみたいなもんだよ。
>>321
江戸ではねって話ばかりだな
>>325
どれが?
1. 幕府の度重なる禁止令(法令史料に反する)
2. 屠殺・皮革業者が差別されていた社会構造(一般化していたなら成立しない)
3. 「薬食い」という特殊な言葉の存在(例外扱いであった証拠)
4. 牛馬の農耕利用と明治初期の牛鍋ブーム(日常的でなかった歴史的証拠)
>>324
ならなぜ数字として出てこない
江戸時代のタンパク質摂取量
魚以外の動物性タンパク質:90 g/年
魚由来タンパク質:3,000 g/年
豆類由来植物性タンパク質:2,920 g/年
江戸後期では大豆と魚が逆転して植物性タンパク質が増えた
>>327
それって証明できない数字だろ。
隠れて食べてるものが数字で残ってるわけない。
肉食禁止ではなかった。薩摩藩では豚を飼っていた。もちろん食べるため。下屋敷では豚を飼育していたほど。彦根藩では牛肉の味噌漬けを特産品に指定。将軍家や御三家、同僚の大名たちへの贈答品でもあった。中山道下諏訪塾の名物は桜肉。江戸には獣肉を食べさせるももんじやがあり、現在も続いている。
井伊直弼が牛肉送らなかったから水戸藩が怒って桜田門外の変
フグを食べたってのに他の生物食べてないわけがないやろ
>>328
証明も何も骨の分析結果なんだが?
>>328
近年、人骨に付着した歯石に残された食物のDNAを分析することで、過去の食生活を解明する新しい研究手法が進展している。この手法は、歴史史料や考古学的遺物だけでは得られない、個人レベルでの食の実態を明らかにする。
早稲田大学などが主導した研究では、江戸時代の複数の人骨から採取された歯石からDNAが抽出・解析され、米のDNAをはじめ、ネギ、大根、シソなどの植物DNAが検出された。
この結果は、歴史史料が示す穀物と野菜を中心とした食生活を科学的に裏付けており、史料と科学的知見の整合性を示す重要な事例である。
複数の一次史料(『旗本近藤氏知行所村々書上』)と科学的分析は、江戸時代の農民の食生活が、米、雑穀、野菜を主体としていた点で一致している。
明治期(1900頃) 1kg未満 都市部・上層に限られた嗜好品
大正期(1920頃) 2kg前後 西洋料理の普及が始まる
昭和戦前(1935頃) 5kg前後 都市部中心に増加
戦中(1945頃) 1kg未満 配給制・食糧難で激減
昭和30年代(1960) 4.5kg 経済復興期、まだ魚中心
昭和40年代(1970) 12kg 高度経済成長で急増
昭和50年代(1980) 24kg 外食・加工肉普及、急伸
平成元年(1989) 26kg 日本人の食生活が大きく欧米化
平成10年(1998) 31kg 鶏肉が大幅に増加
平成30年(2018) 31kg 鶏肉が最大、魚を逆転
供給量の問題。
近代初期(明治10年代)の資料によれば、農村人口の1〜2%程度が季節的に狩猟に従事していた。
ただしその多くはウサギや鳥獣などの小規模な猟。「マタギ」のように熊・鹿を本格的に獲っていたのはその中でもごく一部。全国で1千人程度と分かっている。
大きく見積もっても供給量は1千トンほど。
3000万人どころか、その1割(年間一人当たり300g)にすら一般的に食べられる量は供給できなかった。
こう言う計算をし日頃からソイプロテインをとっている人をグーグルやマイクロソフトでは求められている。
(時が来た 選挙に行こう 利民等…(利他性等(百花繚乱))…)
…かみ…(方向性)…とは……きぼう…(方向性)…とは…(※方向性…少し大きく分けると…利己性・利他性・利民性・将又…この4つ…人柄人格形成等々等々…)……想像してごらん…(利他性等)……鉛筆等々等々将又と……ウォーキング時用等の閃きメモ帳(紙)と……
『シン・ブツ・テン・セン…(利他性等)…』
犬肉を販売する際には直接「犬」と呼ばず、「香肉」「ももんじ」「いぬまんじ」などの呼称が使われた
「ももんじ」は、関東の江戸で使われた犬肉隠語で、肉屋や料亭で流通
(時が来た 選挙に行こう 利民等…(利他性等(百花繚乱))…)
…色あせは 太陽光と 洗濯と ひっくり返して 服干そうかな…(利他性等)……鉛筆等々等々将又と……ウォーキング時用等の閃きメモ帳(紙)と……
『シン・ブツ・テン・セン…(利他性等)…』
(時が来た 選挙に行こう 利民等…(利他性等(百花繚乱))…)
…洗剤と 食器洗いで 手が荒れた 荒れの季節は ゴム手袋で…(利他性等)……鉛筆等々等々将又と……ウォーキング時用等の閃きメモ帳(紙)と……
『シン・ブツ・テン・セン…(利他性等)…』
(作文用紙……尻の横(※結構上の方…) 腰痛と指(※数十歩程度歩きながら…) ツボ刺激(※両側から…)…(利他性等)……時が来た 選挙に行こう 利民等…(利他性等(百花繚乱))…)
…3…人を育てるとは…認識…視野…世界観…方向性のことだった…説………
(チェック機能(※方向性…少し大きく分けると…利己性・利他性・利民性・将又…この4つ…人柄人格形成等々等々…)付きノート(導哲)…(紙)と……うつ伏せで スマホ片手に 腰痛に 肘を立てての 膝下上げは 要注意…(利他性等)…)
…2…歴史(情報)を学ぶとは…情報の方向性を捉えるということ…説……
(着眼メモ帳(紙)と…)
…1…学びとは…着眼点…方向性(少し大きく分けると…利己性・利他性・利民性・将又…この4つ…人柄人格形成等々等々…)…
(すべて…すくう…(利他性等)…とは……進(んで)歩(く)…(方向性)…とは…みちしるべ…(方向性)…とは……指先…(利他性等)…3つで…(利他性等)…三点分支…(利他性等)…鉛筆等々等々将又と…ユートピア…(利他性等)…とは…そして…その意味…(方向性)…とは…想像してごらん…(利他性等)…水戸黄門の感想…とは…着眼メモ(紙)とそれ(ポイント)のチェック機能(※方向性…少し大きく分けると…利己性・利他性・利民性・将又…この4つ…人柄人格形成等々等々…)付きノート(導哲)…(紙)とそれについての作文(紙)確認…)
『シン・ブツ・テン・セン…(利他性等)…』
>>323
横ですまんけど、違う意味にとれるわ
「日本では普通に鯨が食べられるよ」は「日本では鯨肉食は禁止されてない、あるところにはある」の意味もあるけど、「日本では鯨を食べるのが一般的だよ」にはその意味はなく「日本では一般家庭でもよく鯨肉が食べられています」の意味にしかとれない
>>219
そもそも道自体はあったからね
なお、江戸自体は規制されまくってたから移動に馬はあまり使われていない
基本は牛車とか
主な理由は馬は軍事的利用価値が高すぎるから
(時が来た 選挙に行こう 利民等…(利他性等(百花繚乱))…)
…ほっとけめ しるべてつ…(利他性等)……鉛筆等々等々将又と……ウォーキング時用等の閃きメモ帳(紙)と……
『シン・ブツ・テン・セン…(利他性等)…』
(『り』…(方向性)…とは…(※方向性…少し大きく分けると…利己性・利他性・利民性・将又…この4つ…人柄人格形成等々等々…)……ツボ刺激…(利他性等)……時が来た 選挙に行こう 利民等…(利他性等(百花繚乱))…)
…3…よくなっていく…(利他性等)………
(『は』…(方向性)…とは……指先…(利他性等)…1つで…(利他性等)…)
…2…人々や世の中や世界は…(利他性等)……
(『しゅ』…(方向性)…とは…)
…1…時を重ねる毎に…(利他性等)…
(ミラクル○じゃよ…(利他性等)…方向性は間違えては成らぬぞぃ…(利他性等)……誰もが道に迷って迷子になってしまわぬように…(利他性等)……ポータブルラジオと電磁波カットイヤホン片耳とウォーキングと脳と元気もりもりイノベーション…(利他性等)…太陽光とDんと元気もりもり…(利他性等)…すべて…すくう…(利他性等)…とは…進(んで)歩(く)…(方向性)…とは…みちしるべ…(方向性)…とは…想像してごらん…(利他性等)…グッジョブ・仏眼・利他性等(百花繚乱)…鉛筆等々等々将又と…ウォーキング時用等の閃きメモ帳(紙)と…きせき…(方向性)…とは…(※方向性…少し大きく分けると…利己性・利他性・利民性・将又…この4つ…人柄人格形成等々等々…)…)
『シン・ブツ・テン・セン…(利他性等)…』
(時が来た 選挙に行こう 利民等…(利他性等(百花繚乱))…)
…『神は乗り越えられる試練しか与えない』…(利他性等)…(引用 ドラマ JINー仁ー先生(利他性等)百花繚乱)……鉛筆等々等々将又と……ウォーキング時用等の閃きメモ帳(紙)と……
『シン・ブツ・テン・セン…(利他性等)…』
(時が来た 選挙に行こう 利民等…(利他性等(百花繚乱))…)
…かみ…(方向性)…とは……きぼう…(方向性)…とは…(※方向性…少し大きく分けると…利己性・利他性・利民性・将又…この4つ…人柄人格形成等々等々…)……目玉焼き…(方向性)…とは……鉛筆等々等々将又と……ウォーキング時用等の閃きメモ帳(紙)と……
『シン・ブツ・テン・セン…(利他性等)…』
>>342
俺も横だけど、同じ意味だろ
ごちゃごちゃ後付けしてるけど、無理があるわ
っていうか、この議論に何か意味あるんか?
議論の本筋に何の影響も無いことに拘泥する意味が分からん
>>232
資料的に江戸と地方で天文学的な量的差があるからな、研究者も江戸をテーマにするほうが楽だから偏ってるし
結局、郷土史家とかがほそぼそと研究してるけど
有名どころだと宇和島藩の資料があるけど、農民の日常はかてめしに野菜(漬物?煮物?)で、ごちそうは祭りの日ぐらいで、それですら豆腐やこんにゃくごメインでお魚は数尾あるかないかってことらしいし、とても獣肉食とは縁のない生活とわかる、後、数は多くないけど漂流者を保護したアメリカ側の資料がそれなりに残ってるけど、鶏、豚、牛の肉に拒否反応起こしたことが記述されてるな、個人的には江戸の肉食が特殊なだけだと思う
(時が来た 選挙に行こう 利民等…(利他性等(百花繚乱))…)
…免疫力等…(利他性等)…とは……動き出すとは…機能し始めたと…いうこと…説……タマゴと少し長め等々等々将又からのスキンヘッドと白み…とは…(利他性等)……鉛筆等々等々将又と……ウォーキング時用等の閃きメモ帳(紙)と……
『シン・ブツ・テン・セン…(利他性等)…』
(時が来た 選挙に行こう 利民等…(利他性等(百花繚乱))…)
…かみ…(方向性)…とは……きぼう…(方向性)…とは…(※方向性…少し大きく分けると…利己性・利他性・利民性・将又…この4つ…人柄人格形成等々等々…)……グッジョブ・仏眼・利他性等(百花繚乱)……鉛筆等々等々将又と……ウォーキング時用等の閃きメモ帳(紙)と……
『シン・ブツ・テン・セン…(利他性等)…』
(よくなっていく…(利他性等)……ツボ刺激…(利他性等)……時が来た 選挙に行こう 利民等…(利他性等(百花繚乱))…)
…3…魅せてあげられるのだろう…(利他性等)………
(人々や世の中や世界は…(利他性等)……指先…(利他性等)…1つで…(利他性等)…)
…2…一体どんな人間模様や世の中や世界を…(利他性等)……
(時を重ねる毎に…(利他性等)…)
…1…下の世代や子や孫やAIに一体何を教え…(利他性等)…
(ミラクル○じゃよ…(利他性等)…方向性は間違えては成らぬぞぃ…(利他性等)……誰もが道に迷って迷子になってしまわぬように…(利他性等)……ポータブルラジオと電磁波カットイヤホン片耳とウォーキングと脳と元気もりもりイノベーション…(利他性等)…太陽光とDんと元気もりもり…(利他性等)…すべて…すくう…(利他性等)…とは…進(んで)歩(く)…(方向性)…とは…みちしるべ…(方向性)…とは…想像してごらん…(利他性等)…グッジョブ・仏眼・利他性等(百花繚乱)…鉛筆等々等々将又と…ウォーキング時用等の閃きメモ帳(紙)と…きせき…(方向性)…とは…(※方向性…少し大きく分けると…利己性・利他性・利民性・将又…この4つ…人柄人格形成等々等々…)…)
『シン・ブツ・テン・セン…(利他性等)…』
(利他星(地球(百花繚乱))…(利他性等)……ほっとけめ しるべてつ…(利他性等)……時が来た 選挙に行こう 利民等…(利他性等(百花繚乱))…)
…3…『情報』を扱うものに最低限(根幹)必要だったスキル(利他性等)…とは……最後の…とりで…(利他性等)…とは……(利他性等)…説………
(指先…(利他性等)…3つで…(利他性等)…三点分支…(利他性等)……一切を見通し、導く哲学…(利他性等)…とは…)
…2…かんせんりつ…(方向性)…とは……将又…(利他性等)……すべての国民……
(先…Dん(利他性等)…たちは…果たして…一体何を教えようと…(利他性等)…)
…1…しゅうかん…(方向性)…とは……りゅうが…さきか…(利他性等)…‥主役は…
(免疫力等…(利他性等)…とは……きせき…(方向性)…とは…(※方向性…少し大きく分けると…利己性・利他性・利民性・将又…この4つ…人柄人格形成等々等々…)……口の中 胡椒一振り ポッカポカ…(利他性等)……指(で)導(く)者…(方向性)…とは……夜等の歯磨きは…仰向けで…(利他性等)…)
『シン・ブツ・テン・セン…(利他性等)…』