7年くらい前に祖父が90歳で他界した
祖父は戦争に行ったって聞いたんだけど、今計算すると終戦時に16歳くらいだったはず
そんな子どもが戦争に行くのか?って思って、調べたら終戦間際でも徴兵は19歳からだったらしい
でも、志願兵は15歳からだったみたいで、つまりは志願兵だったということになる
詳しい話は聞いたことが無いから推測だけど、たぶんそういうことだろう
祖父は戦争の話は詳しく話さなかったけど、シベリア抑留の話はたまにポツポツと話してた
マイナス何十度以下になったら作業が中止になってたとか
今になって思うのはもっと戦争の話を聞いておけば良かったと思いつつも、じゃあ実際に聞けたかどうかっていうとまぁ聞けないわな
聞いていいのかどうかも分からんし
ただ1つ印象に残ってるのは、小林よしのりの「戦争論」という漫画の話
祖父母とは同じ市だけど少し離れた家に別々に住んでた
自宅が手狭なので、私やきょうだいは読み終えた漫画の一部をその祖父母の家に置かせてもらってた
その漫画の中の一冊に小林よしのりの「戦争論」が混ざってた
もちろん意図して入れたわけじゃないが
祖父は新聞は毎日読んでたので、大ヒットして、社会的にも話題になったその漫画のことは知っていただろう
どのような内容で、どのような反響があったかも、新聞の書評欄には書かれていたはずだ
そして、孫が置いていった漫画の中にその1冊を見つけた
次の年の正月に祖父母の家に行って、雑談している時にふと祖父が「おーそういや戦争論、置いていったろ、あれ読んだわ」と切り出した
父は半笑いで「どうだった?」と返した
祖父の回答がなかなか味があった
「ああいうことを描くと怒る人もいるだろうなぁ…」
あくまで私が感じたニュアンスだが、そこには戦争経験者が帰国後に見続けてきた戦後日本の評価があるように思えた
「戦争論」に対する自分自身の感想は言わず、戦後日本教育が定義してきた戦争観とは異なる一面を表現した漫画に激昂する人たちの心境を推測しただけに留めた
私もさすがにバカじゃないので「そんなことよりお祖父ちゃんはどう思ったの?」とは聞けなかった
バカのふりして聞いておくべきだったのか
2: 名無し募集中。。。 2025/09/11(木) 19:42:42.84
本人が話したがらないってことはそういうことやろね
3: 名無し募集中。。。 2025/09/11(木) 19:45:42.78 0
爺ちゃん話しまくってたぞ
シベリアの話しと戦場で虎討ち取った話しは何回聞いたかわからない
5: 名無し募集中。。。 2025/09/11(木) 19:47:56.51 0
シベリアは帰りの船も大変だったと聞いた
嫌な上官は日本に着く前に海に落としたんだって
俺の爺ちゃんは部下に庇ってもらって助かった
11: 名無し募集中。。。 2025/09/11(木) 19:55:31.22 0
祖父母は戦時中はまだちっちゃい子供だったから防空壕の話しか聞いたことないな
12: 名無し募集中。。。 2025/09/11(木) 19:58:11.56 0
戦争経験者と言っても当時は子供だし仮に大人だったとしてもその人の生活圏内の被害状況しか答えられんだろ
そんな局所的なこと聞き出せても何の検証材料にもならん
14: 名無し募集中。。。 2025/09/11(木) 20:02:30.34 0
俺の周りの祖父母世代だと前線に送られた人と内地勤務で実戦経験ほぼない人で全然戦争観が違ったな
いわゆる皇国史観でやたら勇ましかったのは後者
15: 名無し募集中。。。 2025/09/11(木) 20:04:25.57 0
やつらの戦争体験って空襲されて逃げ回ったってぐらいの話しだろ
そんな国土が空爆されるような状況でのサバイバル術じゃなくていかにしてその制空権を蹂躙されるような状況を避けるかってほうが大事なのに
18: 名無し募集中。。。 2025/09/11(木) 20:07:22.57 0
むしろ負け戦さへと傾倒していく前の世情を聞きたい
20: 名無し募集中。。。 2025/09/11(木) 20:08:52.80 0
226クーデター実行犯へも好意的な声が寄せられたというし
22: 名無し募集中。。。 2025/09/11(木) 20:12:10.39 0
軍隊に入ったら上下関係がまさに軍隊でちょっとでも逆らったらものすごいビンタが飛んできたらしい
天皇を信じて戦争したので天皇の戦争責任については熱く語っていた
27: 名無し募集中。。。 2025/09/11(木) 20:17:08.29 0
子供の頃は行ってないよとか言ってたけど
大人になってから聞いたら満州から同僚と二人で命からがら落ち延びたらしい
その時に中共か露に殺されてたら家族みんないない
31: 名無し募集中。。。 2025/09/11(木) 20:35:43.77 0
NHKで戦艦大和の特集をしていてインタビューに答えた人が訓練はものすごい厳しかったが制服もカッコよくてて最先端の軍艦に乗れて大和が青春そのものだったと答えていた
32: 名無し募集中。。。 2025/09/11(木) 20:37:31.98 0
話したくないけど
孫には話したいな
34: 名無し募集中。。。 2025/09/11(木) 20:41:58.46 0
空襲の話はよくしてたよ
最初は怖かったけどもう運だからとサイレン一回警戒警報のときはまたかー?と学生同士で笑い合ってたとか
35: 名無し募集中。。。 2025/09/11(木) 20:43:44.97 0
>>34
またかーの状況簡単に目に浮かぶ
当たり前だが戦争中も俺らと同じような日本人だったんだなぁ
39: 名無し募集中。。。 2025/09/11(木) 20:58:31.09 0
うちの親父は疎開経験者だったがそのときの経験でカボチャは見るのもイヤだと言ってた
40: 名無し募集中。。。 2025/09/11(木) 21:00:35.92 0
親戚のおっちゃんがフィリピンで終戦むかえたって話してたなもうだいぶ前に大往生した
43: 名無し募集中。。。 2025/09/11(木) 21:05:01.20 0
芋とかぼちゃは見るのも嫌だって話はしてた
そして食卓に芋類とかぼちゃはまず出なかったよ
44: 名無し募集中。。。 2025/09/11(木) 21:09:05.47 0
爺さんは南京近くに従軍したが農家でニワトリ盗んだ以外の事は一切語らなかったらしい
52: 名無し募集中。。。 2025/09/11(木) 22:17:07.89 0
父方の祖父も母方の祖父も戦争について全く語らなかったそうだ
父方の方は学徒動員でずっと佐世保の工場にいたって話だが
滞在していた時期を考えると、おそらく長崎の原爆投下に遭遇していたと思われる
母方の方か海軍兵士として出征する予定だったが、船が沈んでしまいそのまま終戦を迎えた
まああの人は口が悪い爺さんだったが、若い頃はもっとひどかったらしく
上官にたてついては殴られてたらしい
53: 名無し募集中。。。 2025/09/11(木) 22:20:47.98 0
絵に描いたようなちゃらんぽらんの不真面目だった祖父も戦局の悪化で19歳くらいの時に召集されたけど毎日のように何かやらかしては上官に怒鳴られ殴られ罰走させられてばかり
それでも全く改善しなくて遂には上官も匙を投げたと聞かされたっけな
57: 名無し募集中。。。 2025/09/11(木) 23:04:40.61 0
爺さんから戦争の話しは聞いたこと無いけど寄せ書きの日の丸の旗と軍服は見たことある
早目に戻ってきたみたいで父親は終戦の年に産まれた 母方は長男だから戦争行ってないそう
58: 名無し募集中。。。 2025/09/11(木) 23:17:25.74 0
一緒に暮らしてた戦争に行った父方の爺さんは心霊の話が大嫌いだった
家族の間ではきっと戦場で何かあったんだろうって話し合ってた
あと死んじゃって暫くの間は戦友会みたいな人達が命日になると訪ねてきて
戦場での軽い思い出話的なものを聞かせてくれてたよ
唯一覚えてるのは高い木に登って視察みたい役割をよくやってたって話
本人からは戦場の話は一度も聞いた事がない
59: 名無し募集中。。。 2025/09/11(木) 23:18:45.69 0
本当に傷ついてトラウマになってる人は戦争の頃のこと語りたがらないだろ
63: 名無し募集中。。。 2025/09/11(木) 23:22:01.11 0
全員がそうだとは言わんけど
語り部として出てきてる人は美談にしすぎたりちょっとうさん臭い
64: 名無し募集中。。。 2025/09/11(木) 23:45:59.13 0
>>63
おんなじ話何十年もずっと人前でしてたら
より受けるようにどんどん盛っちゃうのは人として当たり前だからな
68: 名無し募集中。。。 2025/09/12(金) 00:23:19.15 0
金属が不足してむりやり金物を寄付しろということになったのだがまじめに軍部の言うことを聞いていた人たちだけが
かえって損をして不公平だったというのは聞いたことがある
69: 名無し募集中。。。 2025/09/12(金) 03:22:20.51 0
旧日本軍の飛行機製造工場で働いてた祖母はパイロットと目が合うほどの超低空から米軍機に攻撃されて死にそうになったことがあったらしい
長崎の原爆を遠くから見たらしい
88: 名無し募集中。。。 2025/09/12(金) 18:41:28.83 0
田舎と都会では全く違うからね 都会はどこも空襲にあってるが田舎は通常だったからね
兵隊の経験も違うからね 例えば玉砕した島もあれば戦闘が無かった島もある
100: 名無し募集中。。。 2025/09/13(土) 03:54:58.03 0
祖父は従軍してたから戦争の話よく聞いたな
近代戦を生き抜いた人だから機関銃とかで何人死傷させたかわからにい
そんなのがふつうにその辺歩いてた昭和
コメント↑↓
※誹謗中傷や相手を傷つける投稿はご遠慮ください。お互いを尊重し合った、思いやりのある投稿をお願いいたします。
父方の祖父母は一緒に住んでいたので良き話してくれたし、大学の国際化の戦線の話も聞けた。
残念なのは母方の祖父の話が聞けなかったことかな…あと将棋でもう一回勝ちたかったかな。
空気感みたいなモノは体験者から直接聞いてみたい
強制連行で従軍慰安婦をさせられたおばあさんの話は特に聞いておかなくては
語らないってのはそういうことだ
略奪、ゴーカン、サツジンしたとかの話なんかしたくないだろう
亡くなった祖父は硫黄島の栗林中将傘下の部隊に配属されたらしい。
ただ、配属されたのは硫黄島本体ではなく周辺の父島の部隊。
貧相な装備しか持たない部隊に配属されて俺は死ぬんだと覚悟したらしいが結果は逆だった。
ご存知のとおり硫黄島の部隊は死闘の末ほぼ全滅。
ただ祖父がいた部隊はスルー。多少の空襲には遭ったものの軽微な損傷のみで終戦を迎えることになった。
>本当に傷ついてトラウマになってる人は戦争の頃のこと語りたがらないだろ
それを克服するためにあえて語るという人もいる
有名なのはユージーン・スレッジでペリリュー・沖縄戦記などはその総決算的にまとめたもの
ちなみにタイトルの候補は当初「第二次世界大戦中の海兵隊迫撃砲兵」を当人が「底知れぬ闇の中へと」に変更しているあたり、相当来ているとしか…
結局、ペリリュー・沖縄戦記になったけど
>>3
毎回毎回時系列や場所がコロコロ変わる創作話はちょっと…
母から聞いた話ですが、祖父は日本がまだ優勢だった頃に中国戦線で活躍して、太平洋戦争が始まる前に除隊。(地元に戻って家業を継承)
戦後ですが、母が小さい頃は、戦場での血生臭い手柄話ばかりされて嫌だった、とのこと。
なおその後は弟2人が次々召集された(そして一人は戦死)からか、本人は再び戦争に行くことはなかったそうな。
今の80代でも子供の頃に終戦だからね
もう「戦争の凄惨さ、下々の国民こそ酷い目に遭う」を知っている世代も死に絶えて
戦前の日本に回帰するタイミングなんでしょ
ほんとバカだなぁと思うよ
親が子供の頃は戦争の話は大人たちは結構してた
中国で中国人をいっぱい殺したとか女性に酷い事をしたみたいな話を
自慢気に語っていたおっさんがいたんだが
戦争から帰ってから酒を飲んでは暴れ近所の嫌われ者だったが
以前はそんな事をする人ではなかったらしい
一種のPTSDなのかもしれない
戦争から帰って人が変わった奴も大勢いるんだろうな
父方祖父は中国大陸で撃たれて戦死
と思われてたが、戦闘後塹壕の中で撃たれて気絶してたのが発見されて後送
帰国の船は直前まで戦死扱いだったので、他の戦友の骨と一緒に一等船室
帰国後、心の臓撃たれても死なぬ皇軍兵士とちょっとした英雄扱いで入院加療中に看護師やってた祖母と付き合い結婚した
毎年戦友達に会いに行ってたのと、一緒に風呂入った時に見た銃創と、火葬後祖父の体内にあった銃弾と思われる金属見つけたのが思い出
母方祖父は満鉄に勤めてて戦中は宣撫隊にいたらしいがシベリア抑留
長男の伯父は祖母と叔母母とともに半島を死に物狂いで南下し帰国
ただ、博多湾に着く直前に祖母は船から身を投げたらしい
シベリアから帰国した祖父はその状況を伯父から聞いた後、身を粉にして働いて伯父叔母母を育て上げた
戦時の話は一切しなかったが、兄弟喧嘩したらすごい怒られた思い出
いつも家族仲良く兄弟助け合えって言ってた
>>8
(追記)もはや想像ですが、役所で召集者を選ぶ人が配慮してくれたのかもしれません。
親孝行
したくなった時にはもう遅い
歴史の話なんかネットで検索したらわかるし高齢者の話なんかもともと信憑性はないし昔ほど価値はないよ
祖父から聞いた話
戦中は中国にいて南京に駐留していた事もあったとか
戦闘そのものの話は殆ど聞かせてはもらえなかったが現地の民間人との交流話は記憶に残っている
軍用缶詰と新鮮野菜を物々交換しただとか結婚式に招待されて上官に許可をもらいにいったら酒を土産に持って帰ってくることを条件に許されただとか
復員時には食料を別けてもらったり港まで見送りに来てくれた等の嘘か本当か判らない話も多い
けれど幾度か祖父を訪ねてきた中国人の膝にのせてもらって遊んでもらった事や祖父の死後にはわざわざ線香をあげにきてくれていた事もあるのですべてが作り話とは思えない。
>>9
負ける戦だから悲惨なのよ
アメリカを敵に回しちゃいけない
祖父は海軍で駆逐艦乗ってて爆撃されて海に投げ出された時の話を良くしてたけど
終戦間際は内地にいて戦争に負ける事はなんとなくわかってたと言ってた
終戦の放送を聞いた時はホッとしたと言ってた
ドラマでやってるような洗脳されて戦争をやってたわけじゃなくて仕方がないみたいな感じだと言ってた。
朝鮮人殺しまくったって自慢してた
朝鮮出兵あったの隠蔽されてるとかか
>>16
勝っても負けても死ぬのは下々の国民な
戦後80年の今はまだ、このスレみたく「幼い頃に戦争経験者から話を聞いた」「又聞きだけどリアルな話を聞いた」という経験を語れる人もいます。
しかしもう2、30年たつと「又聞きの又聞き」になり、聞く方から「それ、本当なの?」と反論されても「う~ん」となって信憑性が無くなるんでしょうね。
戦争を題材にした創作もの(ぶっちゃけるとドラクエやファイアーエムブレムとか)で「前の戦争から100年、人々の記憶から反省が忘れられ……」などと語られるように、100年も経つとそうなるんでしょうね。
海軍航空隊の整備士だった母方の祖父に、船から海に落ちた仲間を助けるためにロープと浮き輪投げ込んで、皆で引っ張り上げた話を聞いた。
東南アジアだったから海に落ちるとサメがすぐに群がってくるから怖かったって。
何かの拍子に今は亡き祖父から脳関係の戦傷を負って生死の境をさまよって脳外科手術を受けた話を聞いたが、治療の話は質問しながら聞いたものの、子供ながら重い話題と分かってたから、戦場の話は質問出来なかったなあ。
もう少し当たる位置が悪ければ自分は存在しなかったから、角度良く当たったであろうとはいえ、ライフル弾を弾いてくれたテッパチに感謝。
父方の祖父は召集されて国内で戦争が終わったので当時の様子はベラベラ喋った
母方の祖父は満州だかモンゴルだかで相当悲惨な戦場に居合わせたらしく、自分の戦争経験については一言も喋らなかった
>>19
その下々の国民である自衛官を敵視している少数の日本人は頭おかしいよな
戦争の時代に生きた爺ちゃん(次男)「戦争いってないからわからん」
ビルマに行って捕虜にされたジーさん曰く
隣で仲良く話してた戦友が頭撃ち抜かれた
縫製工場で働いてたバーさん曰く
米戦闘機の機銃掃射から逃げ回ってて斜め後ろ走ってた同僚が挽肉になった
ガキ時だったから映画やアニメみたいだなとか思ってたがよく考えると怖過ぎてチビるわ
>>4
確かに当時の資料にも書いてあったね
朝鮮兵は原住民の婦女子に乱暴を働いたり
略奪をするので前線には送るなって
ワイの爺さんはビルマで戦死してるから話は聞けないな
爺さんの弟は生きて帰って来たけど、とても聞ける話やなかった
なぜなら、回りが撃たれてドンドン倒れて行って、自分は怖くなって伏せて死んだふりをしてたらしい
敵がいなくなるまで死体に混じって死んだふりして、ふと頭を上げたら同じように死んだふりしてたヤツが数人いて、その数人で逃げ帰って来たってよ
アジア戦線で生き残った人はこんなんばっかり、真面目に戦った人はみんな死んで行ってるよ
団塊世代なら親世代が戦争経験してるかもしれないが、今の現役世代は戦争経験者が親族に居ないだろ。
>>9
まーた左翼大好きな妄言吐いてる
WW2までは最悪の戦争と言われたWW1の悲惨さを知っている世代が第二次世界大戦を起こしたんやでw
この矛盾を論破してみろや
上官にたてついて毎日殴られたとか脱走してたとかそんな人間味あふれる奴が皇軍に居るわけないだろ。
規律正しく秩序を守ったのが日本軍だ。
日本を貶めて何を企んでいる?日本は世界一凄いんだ。
旧満州で現地人に酷いことしたらしいが詳細は語らなかった
>>31
やらかしたやつは懲罰部隊に送られて生き残ってないからな
ソ連のこと笑えんわ
>>30
ちなみに日本でWW1まで戦争やっていた世代ないしその前世代は250年間戦争どころか大規模な内乱すら起きていない江戸時代の人間であると…
永久戦犯国民は永遠に反省し謝罪し償い続けていくことが大事
一回だけ婆ちゃんに聞いたことがある。ばあちゃんは敗戦で朝鮮半島から引き上げてきたが
「日本は良い場所だ、良い場所だと言われてたが、実際に帰国したら何も良くなかった。」
とすごい真顔で言ってたな。要するに敗戦後の日本は貧しかったと。その時は子供だったから、単に苦労したのかなと思ったが、今考えると植民地支配で海外の日本人は裕福な豊かな生活をしていて、帰国後に落差があったのかも知れない。その兄弟は戦死している。とにかくアメリカが金持ちでアメリカ製のものが良いものだ、という信念が強かった記憶もある。この婆ちゃん以外にはあまり聞けなかったな。爺ちゃんはとにかく共産主義とソ連が嫌いだった記憶。
>>14
「我々の日常生活の重要な要素は歴史家たちから小さな警告を浴びてしまうがために、よく兵士たちの個人的な回想録からは省かれてしまう。私はそれにいつも困惑してしまう」BYユージーン・スレッジ
>>35
A級B級C級”戦犯”の違いを説明してごらん?
何も知らないならすっこんでろ
うちのじいちゃんほら吹きだからな……南方戦線なはずなのに、「シベリアではな…」とか言ってたから信憑性がない。
>>17
日本人はその点は割と冷淡でニュース映画で例に追って大本営発表を聞いても冷静に見ていた。
ちなみに同じ内容のニュース映画を半島で流したら大喝采だったとか
>>18
日本軍が進駐していなところであった話だっけ?
戦争は空気が作る。笑
そして、その空気を作る契機となりうるのが、国旗損壊罪の成立になるだろうとワシは考えている。笑
共謀罪やスパイ防止法は構成要件をきちんと明確にして、過度な思想統制にならないように民主的に運用されればまだ許容できるが、国旗損壊罪はダメ。笑
愛国心的なものが刑法の保護法益として正面から認められることは、非常に恐ろしいことだ。笑
次は、不敬罪的なものもできるだろう。笑
不平等だというなら、外国国章損壊罪もどうせ器物損壊事例にしか適用されてないんだから、廃止すべき。笑
国家の誇りなんてものは各国の愛国アホウヨが勝手にホルホルしていれば良いだけのものであって、そんな誇りは刑法上の保護に値しない。笑
>>26
大学の国際化の教授曰く「戦艦の艦砲射撃があったので伏せていた。艦砲射撃がやんで気が付いたら隣の友達の頭が吹っ飛んだ死体があった」
とか聞いたことがある。
なお父方の実家は空襲ゼロ県なのでそんな話はなかった。
>>38
必死で草
>>33
それを世間一般では戦争犯罪といって自国兵士の不始末は自国で裁くのが当たり前なだけ。
というか命令無視した部隊指揮官は罪に問われても兵士は(表向きには)罪に問われないぞ。
他の部隊から白い目では見られるが。BY水木しげるなんだが…この人はこの人で戦場でもマイペースで奇人変人扱いされていたので普段から白い目では見られてはいたが。
まぁ、人を〇し仲間を失い人に言えない様な事を
やらざるをえなかったり辛い記憶も多いだろうし
気軽に教えてくれと言えるもんじゃないよなぁ、、、
でも青春時代であり国を守ると信じた正義でもあり
戦友との苦楽もあり複雑だろうなぁ。
自分の祖父母も戦争経験者。知り合いのおじさんも戦争体験者。親戚の叔父さんはニューギニアで戦死していまだに遺骨は帰ってこない。しかし、日本の悪口は全員言わない。言っているのは中帰連や共産主義者に在日朝鮮人。とりわけ在日朝鮮人は口を開けば日本の悪口ばかり言っている。
>>24
バカにとって戦争で死ぬのは兵だけですか?
>>30
戦争を起こすのはいつも権力者とそれに追随するバカで、庶民は流されるだけ
食い物も弾も不足してるから夜襲斬り込みばっかりしてた、オランダ兵は臆病で弱かったって言ってた。
でも本格的に物資枯渇して、先に死んだ方の肉を食っていいという約束を戦友と交わして、戦友を食って生き延びて帰還したってさ。なおそういう約束はほとんどの兵隊がしてたって。
補給線も維持できんような戦争はしたらあかんわ。
両親どっちの親戚も第二次世界大戦には出征した人がいないから分からんな。
日露や第一次大戦だったら曾祖父が行ってたけど。
田舎は食料生産があるから戦争に行ってない家庭が多いんじゃないかな。
高市やアホウヨって「美しい国」だの「強い日本」だの抽象的な美辞麗句が好きだよね
まるで戦前に日本マンセーして日本を悲惨な戦争に導いたアホどもそのものだ
実は韓国でもたくさんの親日家がいる。しかし、廬武鉉はこれではいけないとして、親日法なる法律を作った。そして、親日と認められたら、大学教授は学び舎を追放され、民間人は財産を没収される。よって、戦前の事を知っている多くの老人たちも怖くて、日本統治時代は良かったと言えなくなった。やっているのは北朝鮮と関係がある韓国人。朝鮮戦争の時に韓国に逃げてきた人たち。
>>47
そら戦前、戦中は自分も「日本マンセー!神の国だから絶対勝つ!」って言ってたのに
ボロボロに負けて、悪口言いたいけど「戦争マンセー」してた過去の自分が後ろめたくて言えないだけだよ
戦争犯罪自慢大会まだまだ続くよ😉
>>52
「楽しい日本」なら良いのか?
>>56
いや?
というか自民党政権は石破だろうが高市だろうが誰が首相になってもダメだよ?
入院した時、同室に戦争にいったおじいさんが色々話してくれた。
後詰の部隊だったので、南洋の島々を巡るだけで終わって観光みたいだったって言ってた。
日本を批判しているのは総連系の朝鮮人。
通名を悪用してテレビのコメンテーターや大学教授、新聞記者、弁護士、映画監督、作家などになって日本の悪口ばかり言う。
「トントントンカラリーと隣組ぃ〜🎵」と洗脳され
国民が「隣組制度」で監視・密告し合い、憲兵に引っ張らせ
「愛国マンセー」して「日本は神の国だから必勝!」とわめいてたアホウヨどもが
悲惨な敗戦を迎えて「ほらな?俺の思ってた通り日本は負けただろ?」と言えるか?(いまのアホウヨなら良いそうだが)
そんな奴は近隣住民から村八分にされたのが戦後日本で「戦争マンセー」してた大多数の国民は黙るしかないだろ
おまえの爺さんが多くを語らなかったのはそういう事だ
祖父はソ連の収容所にいたときに
ドイツ兵の捕虜と同室になって友達になったって言ってた
スターリングラードで捕虜になったドイツ兵だと聞いた
ソ連軍の収容所ではロシア語しか使えないので両名ともロシア語を覚えて会話したといっていた
ドイツ兵の名前も聞いたが忘れてしまったし
祖父もなくなってしまったので、もうわからない
>>55
犯罪を犯してたのは朝鮮出身の下等臣民ばっかなんだけどな
少年兵とか居たから15歳くらいで兵隊に行ってる人も居る。
日本最強独裁者同調圧力様の意向で満州とか沖縄とかじゃ殆ど全員参加していると思ってえーぞ。
敗戦利得者にも掛かってしまうから。
戦後に作られた戦争映画や小説は日本軍、とりわけ陸軍が悪者扱いになっている。しかし、実際に米国と戦ったのは海軍。原因はシベリアや中国大陸で捕虜になった帰還兵の多くが共産主義思想に洗脳されたから。太平洋の島々の多くは玉砕している。
>>15
祖父も中国へ行っていて、中国人はよく働くし女性は綺麗が口癖だった。
もう一度中国に行ってみたいと言ってたけど、叶えてあげれなかった。
>>59
レッテル貼りはうよくんのあるある仕草で草
>>63
戦犯民がなんか言って草
>>18
多くの朝鮮人が日本軍として戦ってるやん?
元日本軍将校の人が大統領にもなってるし。
>>61
憲兵w
※61だが
今のネット社会になった日本でアホウヨがやたら推してる「スパイ防止法」は当時の「隣組制度」だ
>>66
でも戦争に至るやらかしは陸軍ばかりだけどね
>>71
「特高警察」と言えば満足か?アホウヨ
>>74
wwww
日本を「サタンの国」と呼び、日本社会をダメにしたい右翼保守のフリした韓国統一教会が「スパイ防止法」をやたら推してるのも納得だろう?
515事件は海軍です。
統一教会やオウムは北朝鮮。
私たちの祖父は、少年志願兵。写真を見て、あまりにも子供過ぎに想像を絶し驚愕…戦場から生きて帰れるタイプには、見えず、多分に上司や先輩から守られたのだと思ひました…寧ろ、日本に帰還した後が、地獄のやうな従軍恩給狩りの反日に襲われ追われる日々にて、一家離散となりました…世代を四代続けて迫害され続ける我が家系…血筋タトゥー管理社会の為、国際結婚した妹の子へと我が血脈を託しています。
中国戦線しか言ってない人はむしろ戦争賛美してる人はいるな
あと戦争反対というのは戦後世代で悲惨なインパール経験者でも戦争は悲惨とか苦労話はしても戦争反対とは言わなかった
戦争は起きるものなんで備えろという立場
戦争はいいとか悪いとかはそれこそお花畑で、否応なく起きる時は起きるのでそれに備えろというのは非常にリアルだった。歴史や現実の問題に道徳を持ち出しても本当に無意味
>>12
日中戦争の時は長男が召集されてましたが、太平洋戦争が始まると長男はその家の跡継ぎという事で配慮され、次男三男を中心に召集されるようになりました
日中戦争は事変であり戦争ではない、という認識だったのでしょう
最近SNSで日本人のフリしたり、日本の右翼のミカタのフリした外国人が右翼保守になりきって
煽動してるのが増えてるよね
https://news.yahoo.co.jp/articles/6e47846fe24e3b0a28f29623dd26d53a767cca11
日本向けに虚偽の情報発信 韓国人ユーチューバーの捜査に着手=韓国警察
11/6(木) 10:21配信
ウヨがマンセーしてる韓国人ユーチューバーの「デボちゃん」は韓国統一教会信者だとバレてたしな
マンセーしてた日本人もおそらく朝鮮ツボ信者のアホウヨだろう
知り合いから聞いた話だと、その方は当時子供だったが、本土空襲の際、知り合いの綺麗なお姉さんの頭に焼夷弾が直撃してひしゃげたのを見たって言ってたな。
鉄アレイがテニスボールより速く激突するようなもんだからなあ。
特に聞きたい訳じゃなかったけど祖母が言い訳のようにお祖父ちゃんは体が弱かったから戦争には行かなかったのよってよく言ってたわ
>>67
今の中国と全然違うな、どこから変わったんだ?
>>8
中国戦線のみの人はこういう人が戦功誇る人いるというのはきいたことがある
あと中国戦線に最後までいた大叔父は戦争はいいも悪いもなく起きるものなのでそれに備えよという立場
戦争はいいとか悪いとか言ってる時点でリアルを知らないお花畑なんやなと思いますね
大叔父家族曰く普通に民度は中国朝鮮は悪いみたいですね。普通に使用人は米を盗むがまぁほっといたとかいう逸話とかあります。アメリカ海軍は戦後略奪してきたそうですが日本護送の海兵隊は精鋭で略奪もしないが常時引き金を手にかけて見張ってたとのこと
>>79
俺らぁが 皇胤中臣藤原近衛家男系子孫
なのを 知られちまってからぁ 匿名掲示板
とか オンラインゲームも クッソ迫害弾圧
されたから ネット契約すら他人名義契約に
してたくれえだからな・・ リアル襲撃とか
反日連中の サツイ ストーカー ガチマジ
過ぎだっての! この板も 目撃者多いだろ
>>49
左翼とかアメリカが分割支配するためのうそやでw
戦争を熱心に支持したのは庶民や
かわいそうな洗脳済みの情弱クン。当時の資料よんでみな
戦争は景気のためには他国の人間を殺してもいいという幅広いコンセンサスがアメリカ含めあったからおきるんやで
終戦間際の1945年
ドイツ敗戦が濃厚となり、ソビエト軍が極東に回ってくる事を恐れた日本帝国は
満州防衛のために「日漢満毛鮮(日本民族、漢民族、満州民族、モンゴル、朝鮮人)」の年端も行かない未成年の若者を
徴集し始めた
とある官僚の親戚の(中学生くらい)の子供が愛国心からそれに応募しようとすると
親が官僚だった「親戚の叔父」を呼んで親族ぐるみで現在のリアルな戦況を説き、必死で止められたと回顧録にあった
庶民は止めてくれる「官僚の叔父」も居なかったろうから確実に死ぬ満州へ中坊が送り込まれたんだろう
>>30
戦争起きないのはそういう悲惨さより核の威力と戦争コストの増大とかなのにな
>>27
中国人自身が朝鮮人と台湾人の軍属がひどいと書いてるな
まぁ最終的に日本のせいになるんだが
当時の中国戦線はおおむね宣撫はうまくいっている。
献上品として軍司令に14歳の少女が届けられた話は草。中国の常識はそんなもん
たとえば、
親が交通事故で死んだ時の話なんて自分は話したくないし他人に「聞かせて」とも言えない。
逆に誰も聞いてないのに「自分はみなしごなんだ!親が死んだから苦労してさぁ!!」って延々と話し続ける人も心を痛めてると思うし、まるで楽しいことかのように「目の前でね!親がね!グチャーって!www」って興奮して話す人もやっぱり心を痛めてると思うし、
つまり、
こっちから「戦争の話きかせて!」なんてとても聞けないよな
>>87
母方も帝国尚武會の地方会長家系。将校へと祖父の姉を嫁がせ、祖父の姉は、埼玉の華族系軍人疎開地に住んで居た。が故に、戦後の土地財産解放令により、父方&母方の両家は地主事業者から、一般庶民へと転落したのでした。…父方&母方両家共に純血日本人で在る由…
じいちゃん、戦争そのものが嫌になってたらしくて、戦後に元兵隊の手続き(どんなものがあるのか知らんけど)もしなかったと聞いてる。
>>93
俺らぁ 戦争国にゃ うらみぁ無えが
反日韓国人らと 日本軍部と利権屋どもぁ
赦さんからな 責任転嫁で かぶせられた
怒りぁ 最近まで 俺らぁを挑発侮辱した
こたぁ忘れんからな弱者だろうが怒らせるな
>>93
資本主義だからあんたの家にまた富は集まる。長い年月で見れば血こそ一番高価値がある遺産だ。
カンタンな話だ
オマエがいますぐ戦争を経験すりゃいい
たしか、ほとんど方はそれなりに負傷している人が多いみたいで、自身も押さない時に接した近所の人も負傷した話が多かったような・・・それは背中に砲弾の破片を食らってその箇所を見せてもらったけど、人間は意外と死なないんだなって思ったな♪
>>67
ウチのじいちゃんも「クーニャン、ライライ」と言う謎の言葉を発していたなw
祖母がペリリュー島の生まれなんよな
昔の話はトウモロコシは戦中戦後を思い出すから苦手。
5人しか帰ってこれなかった。
のふたつしか私は知らない
>>7
創作である証拠を固めるために何度でも聞きだしてガッツリ記録しておかなきゃダメだよ。
短い話でもあれだけ矛盾するんだから
フルバージョンを細大漏らさず話させ、、いや話してもらわなくちゃ。
>>91
遺憾ながら朝鮮人も台湾人も当時は日本人だからなあ。
とっても遺憾だけど。
村の長老や祖父母が生きてるうちにがっつりきいといたぞ
・南京大虐殺とか大嘘で入城したら軍服が脱ぎ散らかされてた
・基本平和で隊長自作の健康体操ばっかやってた
・補給の甘味をわざと列車から落として廃棄扱いにしてピンハネ
・その甘味を飼い葉係に横流しして連隊長の軍馬の見栄えを良くしたから優遇されて帰還できた(長老談)
・ピー屋(売春施設)は八路軍とのエリア境界にあってどっちも使ってたっぽい。日本人も朝鮮人も支那人も働いてた
・嬢の奴隷化とかあるわけない
・虐殺だの拷問だの冗談じゃない、ただ捕らえた八路軍ゲリラの斬首処刑はあった
>>103
満州編。ばあさまの証言
・敗戦時、朝鮮人達が劇場を破壊したり公園に排便したり悪行三昧狼藉三昧
・手引してロシア兵を町に引き入れたのも朝鮮人
・ただ、少女だった自分が無事に帰国できたのは当時の売春婦がロシア兵の前にたって庇ってくれたおかげ
(当然こちらも日本人、支那人、そして朝鮮人も働いてたはず)
この件に関しては国籍を問わず当時の売春婦に感謝したいと思ってる。
これがなかったらおふくろ、ひいては俺も生まれてねえだろうから。
朝鮮政府もウソの慰安婦話なんか捏造しないでこの話ちゃんと喧伝すりゃ対共産側への協調に使えたろうに
アホやなぁ…
そもそも、先の大戦の経験者らが大手を振ってあれやこれや講談することはマズないし、仮にいたとしてもチキンである。つまり、自身のおじいさんは、自分の父が幕末生まれで日清戦争へ行って90才越えをしてる地元の名士であるが故になおさら話さない・・・
祖父は炊事兵で気に入らない上官の飯にフケや鼻くそ、痰とか混ぜて食わしてやったと自慢してた
恐ろしい男だと思った
自分の知り合いだったおじさんは中国戦線で従軍していた。南京戦のあと、おじさんたちの部隊はすぐに南京に入場。そうしたら、多くの中国人が路肩で屋台を出して「来来」「ニホンのヘイタイサンオシイイヨ」「ヤスイヨ」と片言の日本語で誘ってくる。また、子供たちがゾロゾロとついてきて「あめ玉ちょうだい」「キャラメルちょうだい」と手を出してくる。そして、子供たちにあげたらみんな喜んで、僕も、私もといって集まってきた。
戦争体験って言っても大抵の人間は実はそれほどテンプレな個人経験をしてる訳じゃない、中部地方の農家だった両親は空襲は経験したけどそれだけである日戦争が終わっただけ、想い出と言えば軍人が威張っててイヤだったけどそれが無くなってサッパリしたくらい、戦後の食糧難も知らんかったって言ってた、兵隊で中国戦線に行った叔父さんは兵隊時代の想い出は決して死ぬまで決して口にしなかった、本物の戦争体験は恐らく語ることは出来ないものなんだろう、戦争体験って本当はあんまり聞いちゃいけないものなんだよ
>>4
じゃあなんで世界中の教科書にあった『竹林はるか遠く』を教科書から外す活動したのかな?
そもそも、わが国の戦い方は武装解除が前提にある一方、その供給ルートを断つための展開を見誤った中で
そうした戦争研究の領域は個人の域や体験ではムリなんだぁ~い・・・
>>18
朝鮮進駐軍の話しじゃないのかな?
軍艦で対空機銃を任されてたジイさんいわく
敵機の狙い撃ちなんてできないよ
怖くて死にたくないから頭下げてメクラウチするんだから
という事です
>>44
鏡
>>72
スパイと隣人同士。
なんの繋がりが?
>>13
なろう?
>>76
最近、左派は統一教会を推してくるけど何をどうしているんだ?
自民党も暇じゃないぞ?
>>104
まあ、現代のアメリカ軍も、住民に紛れる反米抵抗勢力の鎮圧には
イラクでも、アフガンでも相当苦労していますし。
その地域鎮圧での現地住民の巻き添えは相当数になりますし。
>>89
>満州防衛のために「日漢満毛鮮(日本民族、漢民族、満州民族、モンゴル、朝鮮人)」の年端も行かない未成年の若者を徴集し始めた
追い詰められた国ならどこでもやるが?なんなら本土決戦向けにイギリスや日本、スイスあたりはでは本土でも根こそぎ動員やってるけど?独ソ、日本でも沖縄などでは至っては前線で戦って李yが?それが何で満州限定でがたがた言うのか意味不明だが?
>>68
専売特許の主張かな?w
>>64
10歳位も居ます
昔の南京事件の特集番組で当時10歳だったと思われる人物が、「中国人を1列に並べて機関銃で撃った。かわいそうな事をしてしまった。」と号泣していました
>>72
とりあえずスパイ防止法に隣人の監視という項目は盛り込みようがないぞ
>>88
YouTubeの陰謀論の動画とか好きそう
うちのじいちゃんはマッカーサーでおなじみの厚木基地勤務だった飯が良かった言ってたな
苦労話は戦中じゃなくて戦後の食糧難の時代の話しばっかだったな
戦争行ったやつは一生戦争のことを話す、それ以外の思い出がないようなもんだ。日本に帰って商売成功しようと戦争に比べれば大したことはない、そんな印象しかない
>>104
自分の身内は
敗戦時の朝鮮人の暴徒にコロされそうになったのを
進駐してきたソ連兵にかくまってもらったって言ってた
しばらくソ連軍の将校宿舎で住み込みで働いていた(朝鮮人が手出しできないため)
そして時期をみて38度線にダッシュして南朝鮮に逃げ込む
>>50
ウチはボルネオ島で食べ物がなくて蛇を食べた とか オーストラリアの捕虜になった方が
食べられて良かったとか言ってた
補給線が無いのは本当に悲惨なんだな
なんか、思う。ココのサイト、始めてみんなの役に立ってるんじゃないかって。
婆ちゃんは寒冷地に送る衣服の内張りにするために飼い猫や飼い犬を供出して哀しかったとか
女学校出てすぐに結婚した海軍だった最初の旦那さんは 日本は負ける、僕はきっと帰ってこられないと言って戦死し、骨も無いと言ってた
祖父母が戦争経験者って50代以上ぐらいか?
母方の祖父から衛生兵だったことは教えてもらったけど、軍務については詳しく聞ける雰囲気じゃなかったな。
それ以外の戦地・占領地での食事事情とかなら語ってくれたけど。
あとは一時期その隷下部隊にいたそうなので、今村均についてどんな軍人だったのか聞いてみたら、あの人は軍人というより政治家で雲の上の存在だと言っていたのが興味深かった。
一兵士の目から見れば、占領地軍政のトップともなると、軍人というより政治家に映るみたいだ。
>>101
計算すると当時8才前後のおばあさん達が、親兄弟や親戚、村長らから紹介された仕事に
朝鮮人ブローカーに連れられていくと、そこにMPの腕章を付けた日本兵がアジア各地に強制連行していった
1939年のシンガポールだったり1946年年イギリス軍の日本兵捕虜収容所だったりした
そこではスタッフオンリーと英語で書かれた部屋に閉じ込められ、日本兵はブーツを履いたまま上がり込んできた
性奴隷として扱われ、1日20人以上もの日本兵の相手をさせられた
日本兵は冷酷で、いくら止めてと懇願しても笑いながらズボンのジッパーを下ろしてきた
英語が話せなかったから日本兵が何を言っているのか解らず、意思の疎通に大変苦労した
クリスマス休暇にはジープで沢山の日本兵がやって来た、中にはヘリに乗って来る日本兵もいた
ペニシリンという薬物を射つという拷問を毎週のように受け、とても痛かった
休日には自由に買い物が出来、ピクニックにもいけて楽しかったが、このように全く自由は与えられなかった
親兄弟に支払われた金はそのまま彼女達の借金となって、返すのに半年というとても長い期間が必要だった
その後数年働いたが、やっと数件の家を建てる程度の給料しか貰えなかった
このような過酷な経験を元慰安婦のおばあさん達がしている事をもっと日本人は知るべきだ
>>129
自分が40だけど爺さんが行ってたよ
終戦1945年なので1925年頃に産まれた世代は普通に戦争行ってた可能性がある
例えば1925年産まれが30で子ども出来れば1955
その子が30で産めば1985、自分が40で2025
全員が最初の子というわけでもなければ30で子ども持つのは当時でも普通のペースで結婚出産が遅かったわけでもない
歳の離れた兄弟は30代だし晩婚なら20代もありえるので計算違いで先入観を持たないほうがいい
ビデオメッセージ
>>89
半島での徴兵制実施前の志願制時代に選考からあぶれた人数に比べて、徴兵予定数って3分の1以下だし、
戦場になった満州での徴兵はどうしようもないが、それ以外の地域では徴兵されても訓練中に戦争終わってます。
自分のじいさんは士官学校出てて結構お偉いさんだったらしいけど、終戦後すぐに亡くなった。
病死って聞かされてたから子供の時に何の病気で死んだの?って無邪気に質問したらばあさんや長女含めて微妙な表情して何も答えてくれなかった。その時はわからなかったけど今考えると自決したのではと思う。
他にも三笠宮殿下?あたりの皇族と同期でそのつながりか226事件や開戦前の色んな事件に関係してたらしいとか、戦争反対的なレポートを共同で出したけど握りつぶされたとかちらっとばあさんや長女から聞いたことある。あとは北朝鮮にいて敗戦直前に日本本土に戻されてたんだけどそれも皇族とのつながりで戦後の事を考えて優遇されたんじゃないかって親族の間では噂されてた。
じいさんとは直接話すことは無理だけど、ばあさんや長女にはもっといろんな話を聞きたかったと思う。ちゃんと教えてくれたかはわからないけど。
>>107
「ギブミーチョコレート」は何処の国も一緒なんだなあ。
>>102
そうそう
だからこそ朝鮮人は当時大日本帝国人だったので戦犯国とやらは韓国北朝鮮も含むってのをよくわかってない人が多い
>>122
まさにお前だよw
当時の特攻隊の人間なんてアイドルで遺族は遠くからくる関係ない人への対応でくたくたになるほどだったんだw
きちんと証言が残ってるよw情弱クン
>>120
機関銃www
あのですね高価でなので機関銃担当の兵隊は体の大きいエリートが担当ですw
子どもが機関銃を操るのは体力的に無理とか機関銃は高価だったこととか
弾が無駄になるとかいろいろ突っ込みどころがありすぎてあり得ませんがなw
アニメと違って使えば砲部分が摩耗するので節約してたんですよw
あと弾も無駄にできないので銃のうまい奴が討つのが原則という日本軍がそんなことするわけがないw
>>135
皇族出身が3人も戦死するような帝国軍で皇族の友人程度が優遇されるわけがない
ただ優遇はたぶんそう
結構偉いってたぶん恩師組とか飛び級組だったのでは?
若手の成績優秀者は明白に優遇した
特攻隊志願者の成績上位3%は特攻させてない
レイテに行かされた師団では士官候補生甲種合格者はのこし乙種以降はレイテにとか例は沢山ある
>>74
特高をなんか怖いという知識でしか知らんアホw
こいつらは日本転覆をたくらむ組織用の警察でそんな暇なことはせんww
憲兵は軍のとりしまり
二つ賢くなったね低能君w
中国とかで民間人殺してたみたいな話出てくるからね
>>117
無条件降伏後の無政府地域で略奪と強KAN致傷目的で侵攻してくるのとは話が違わね?
>>125
じいさまかばあさまかしらんがよくダッシュできたなw
あと書き忘れてた奴もう1個追加する
長老いわく戦闘以上にヤバいのが「軍馬の荷卸」
港湾でクレーンを使って上げ下げするのだが
オーライオーライってやらされるのがだいたい下っ端兵
これがすっげえ危険で、吊り下げられて腹たってる馬に蹴られる確率が極めて高いらしい
長老が見ただけでもこれで3人死んだと言ってた
4年前に99歳で亡くなった爺ちゃんは
軍属(技官)として満州→香港→シンガポール→インドシナと渡り、一時帰国時に曹長として任官し北海道へ。そこで日本中から集めた部品でニコイチ特攻機を作ってるなか終戦。
「兵役検査で軍刀ぶら下げて行ったら敬礼されてめっちゃ丁重に扱われた」って笑ってた。
>>140
死因を聞いたときの微妙な雰囲気以降じいさんの事聞くの子供ながらに遠慮してたんだよね。
優遇云々はあくまでも残された親族の噂。ただ陸軍大学に行くはずだったのに行かなかったか行けなかったって話も聞いたことあるから優秀だったんじゃないかなとは思う。
何にしろ終戦直前に本土に戻ってなかったら自分も生まれていない可能性高かった。
今になってばあさんが生きてるうちにもっと色々聞いておけばと思うよ。子供の時にそこまで思いが至らなかった