引用元:忠臣蔵の赤穂浪士47人中で切腹者46人、1人逃亡
https://nova.5ch.net/test/read.cgi/livegalileo/1764818905/
1: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 12:28:25.54 ID:ZFVC49py0
討ち入り後に仲間と別れて1人静かに立ち去った寺坂吉右衛門
2: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 12:29:04.43 ID:GjkkZ0tS0
今の若者には評価されそう
3: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 12:29:05.34 ID:c1aG4jWG0
往生際悪すぎやろ
6: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 12:31:09.59 ID:5ybGQzQ60
現代人からは寧ろ好感持てるだろ
7: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 12:31:56.53 ID:IPTLAthy0
元々浅野が悪いの誰も描かんから忠臣蔵嫌いやわ
71: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:07:33.25 ID:w7n0Yn0R0
>>7
なんかの行事任されてて吉良に手順とか習うのに
浅野がまぁいいじゃん、そういうのwww
みたいな感じでまともに習おうとしなかったんやっけ
それで見事に失敗して吉良がちゃんと教えないから!って逆ギレして切りつけたんよな
なんかの行事任されてて吉良に手順とか習うのに
浅野がまぁいいじゃん、そういうのwww
みたいな感じでまともに習おうとしなかったんやっけ
それで見事に失敗して吉良がちゃんと教えないから!って逆ギレして切りつけたんよな
183: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:56:27.79 ID:EKcZBqWM0
>>7
これな浅野は普通に作法教えただけだからな
これな浅野は普通に作法教えただけだからな
300: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 15:34:44.39 ID:q0j+8VLn0
>>7
元々とか言い出したらどっちもどっちや
人前で悪口を言うのは御法度(不悪口)の時代に吉良が浅野を馬鹿にしたのは資料にあるし、だからと言って浅野も浅野で人斬りなんかしたらあかん
元々とか言い出したらどっちもどっちや
人前で悪口を言うのは御法度(不悪口)の時代に吉良が浅野を馬鹿にしたのは資料にあるし、だからと言って浅野も浅野で人斬りなんかしたらあかん
11: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 12:33:28.98 ID:dVxqRDu60
往生際悪いのは吉良上野介だろ、手下16人殺されて自分だけ最後まで藁の後ろに隠れてたんだから
12: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 12:34:28.88 ID:rBNFg+t30
>>11
手下殺されたら死ななきゃならないなら手下おらん方がエエやろ
手下殺されたら死ななきゃならないなら手下おらん方がエエやろ
16: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 12:36:10.32 ID:H60WQoW60
ちなみに寺坂吉右衛門は出家して遺族を支援しながら生涯を終えた
26: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 12:43:06.54 ID:puYkdpWn0
浅野はなんで斬りつけたの?
吉良がパワハラしまくったから?
吉良がパワハラしまくったから?
75: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:11:59.65 ID:ZuZFxjEa0
>>26
逆ギレやなかったっけ?
逆ギレやなかったっけ?
29: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 12:45:01.15 ID:UUuXRgbB0
①そもそも討ち入り前に逃げてた
②大石から密命を受けて一行から離れた
③討ち入りに足軽が参加してるのを恥じた大石が逃した
②大石から密命を受けて一行から離れた
③討ち入りに足軽が参加してるのを恥じた大石が逃した
どれや
40: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 12:49:56.61 ID:DCTYpqSz0
>>29
2番説高い
80: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:13:19.48 ID:ZPJVJkWd0
>>29
身分的に切腹でなく斬首の可能性がある内情を知ってる奴を一人逃がしたい
実際に何処かに伝令も必要だったよ複合的に選ばれただけやろ
身分的に切腹でなく斬首の可能性がある内情を知ってる奴を一人逃がしたい
実際に何処かに伝令も必要だったよ複合的に選ばれただけやろ
32: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 12:47:12.22 ID:OOdvxBJo0
切腹文化が20世紀の戦争でも生きてたのが異常
41: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 12:51:09.23 ID:9Sc0HLFI0
>>32
制度化されてからは実際に腹を切った奴はそんなに多くなく扇子で代用したり刀に手をかけた途端に介錯と称して斬首とかそういうパターンが多かったらしい
あと腹切る代わりに服毒ということも
制度化されてからは実際に腹を切った奴はそんなに多くなく扇子で代用したり刀に手をかけた途端に介錯と称して斬首とかそういうパターンが多かったらしい
あと腹切る代わりに服毒ということも
33: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 12:47:16.84 ID:7SZ5Gp1b0
浅野より大石の方が評価されてるから
お家再興したときの石高は
大石の方が高い
お家再興したときの石高は
大石の方が高い
48: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 12:53:27.86 ID:BzjHnV7dp
吉良名君説とかいう昭和後期から謎に広まったプロパガンダ
57: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 12:56:32.53 ID:nvV8eRs70
>>48
これほんま
これほんま
50: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 12:53:50.50 ID:Ns4sAdAh0
足軽はノーカン
他にも武士じゃない小者がいたはずだけど歴史からは消える
他にも武士じゃない小者がいたはずだけど歴史からは消える
53: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 12:55:13.13 ID:82ys3qpe0
こいつらって結局何したのよ?
日本に取って良いことなのか?
日本に取って良いことなのか?
58: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 12:57:21.70 ID:IW80Ja7y0
>>53
映画会社は儲かったよ
映画会社は儲かったよ
61: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 12:59:17.77 ID:IW80Ja7y0
江戸の町民「なんかよくわからんけど面白そうだから騒いだろ!」
64: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:00:22.29 ID:nvV8eRs70
そもそも話を盛ったのは江戸時代の歌舞伎や浄瑠璃やからな
65: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:01:17.71 ID:gjIACkBm0
食い詰め浪人の就職活動説みたいなの見たけど高家に討ち入りしたような人間を取り立てる家なんてあるのか
102: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:20:35.67 ID:ssGSYtTU0
>>65
実際に親族が取り立てられたからな
討ち入り参加しなかった奴らは生涯馬鹿にされた
実際に親族が取り立てられたからな
討ち入り参加しなかった奴らは生涯馬鹿にされた
66: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:01:39.96 ID:ht0/9uXy0
吉良が浅野を田舎もん扱いしたから切れたらしい
68: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:04:16.22 ID:0jXwNlMc0
個人より家や面子が大切な時代やったから吉良は相当な事をしたんやろなと妄想
77: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:12:59.49 ID:ssGSYtTU0
・浅野殿、殿中でござる!
・事件発生時にたまたま勤務日だったワイが浅野殿を預かるんですか?えっワイの屋敷で切腹?はい…
↑
この2人が悪役にされたという事実
・事件発生時にたまたま勤務日だったワイが浅野殿を預かるんですか?えっワイの屋敷で切腹?はい…
↑
この2人が悪役にされたという事実
83: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:14:19.74 ID:ysDp+wDuH
いや、寝込みを襲ってるのが一番の恥やろ
97: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:17:38.94 ID:4NmafkLE0
>>83
前々から襲撃は予測されていたし襲撃対策もしていた
すぐ近くの上杉(養子で縁あり)から援軍が駆けつける手筈になっていた
前々から襲撃は予測されていたし襲撃対策もしていた
すぐ近くの上杉(養子で縁あり)から援軍が駆けつける手筈になっていた
91: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:16:17.61 ID:EXijfppf0
足軽とか切腹できる身分ちゃうやろ
92: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:16:33.42 ID:ysDp+wDuH
浅野と吉良の確執は関係ないんや
どちらの言い分が正しいかなんてわからない
どちらの言い分が正しいかなんてわからない
ただ一つ言えることは
寝込みを襲って敵討ちとか笑かすなってことや
93: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:17:04.85 ID:TW41UkmRM
喧嘩両成敗なのに吉良側だけ処罰されないのはズルいやんけ!←吉良は刀抜いてないから喧嘩ではなく一方的な暴行や
討ち入りは亡き主君の仇討ちや!←罰を下したのは徳川幕府なので仇討ちなら将軍を狙うべきやろ
殿が庭で切腹させられたのが悔しい!←斬首でもおかしくないことしでかしたのに切腹にしてくれてサンキューと内匠頭は言っとるぞ
討ち入りは亡き主君の仇討ちや!←罰を下したのは徳川幕府なので仇討ちなら将軍を狙うべきやろ
殿が庭で切腹させられたのが悔しい!←斬首でもおかしくないことしでかしたのに切腹にしてくれてサンキューと内匠頭は言っとるぞ
118: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:23:21.45 ID:ZuZFxjEa0
>>93
これだよなぁ
これだよなぁ
100: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:19:16.82 ID:ysDp+wDuH
刀を抜いたらあかんとこで抜いたんやから
切腹はそれに対しての罰やろ
切腹はそれに対しての罰やろ
刀を抜いたらあかんとこっていうのは
最初からわかってるわけで
それでも抜いたわけよ
104: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:20:44.70 ID:Zu8H5jeG0
当時からしても時代遅れな忠義を掲げて討ち入りしたからこそスキャンダラスで胸打つ人がいたんやぞ
悲壮な英雄譚としてみた時のドン・キホーテみたいなもん
悲壮な英雄譚としてみた時のドン・キホーテみたいなもん
107: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:21:10.35 ID:4NmafkLE0
仮に足軽が捕まっても
「侍大将に命令されてやりました」
「じゃあしょうがないね」
で終わったんちゃうの
「侍大将に命令されてやりました」
「じゃあしょうがないね」
で終わったんちゃうの
110: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:21:31.35 ID:diD9ThaU0
事件の翌年・翌々年とかにはもう既存の仇討物に託けて赤穂浪士ネタっぽいのを混ぜ込んでたやつがいるらしいからそら受けたんやろなと
119: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:23:24.10 ID:ZPJVJkWd0
>>110
江戸も中期で滅多にないことだからウケたんだろうな
鎌倉時代ならまたかみたいな出来事やろ
江戸も中期で滅多にないことだからウケたんだろうな
鎌倉時代ならまたかみたいな出来事やろ
112: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:22:21.62 ID:ysDp+wDuH
多くの部下を持つ立場でありながら
刀を抜いたらあかんとこで抜いたんやで
刀を抜いたらあかんとこで抜いたんやで
今の感覚で言うならあかん上司であり
それに対して勘違いの逆恨みをして
サムライの癖に相手が寝静まったところを襲撃する部下たち
もういろいろ酷すぎてね
131: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:28:31.25 ID:ysDp+wDuH
やっぱり寝込みを襲ったのがいまいち情けないよな
140: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:32:07.57 ID:ZPJVJkWd0
>>131
朝駆けで人数揃えて完全武装で完全包囲とか極めて軍事的だったのが逆に良かったんじゃね
これもうチンピラの切った貼ったとは別次元やから流石は武士や!って武家も町民もなったのは想像付く
朝駆けで人数揃えて完全武装で完全包囲とか極めて軍事的だったのが逆に良かったんじゃね
これもうチンピラの切った貼ったとは別次元やから流石は武士や!って武家も町民もなったのは想像付く
142: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:32:43.33 ID:4NmafkLE0
>>131
上杉が援軍に来る予定だったし
上杉が援軍に来る予定だったし
132: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:28:46.01 ID:5O1BwVZN0
当時の武士なんて戦乱の世から100年近くが経っていてみんな死にたくない腰抜けしかいないって庶民も武士自身も思ってた
そんな時に仇討ちが成功しようがしまいが死ぬのが確定してるのに仇討ちした四十七士がヒーロー扱いされるのはある意味当たり前というか
あまりにも江戸で四十七士の仇討ちがもてはやされ過ぎて幕府は処遇に困ったらしいな
そんな時に仇討ちが成功しようがしまいが死ぬのが確定してるのに仇討ちした四十七士がヒーロー扱いされるのはある意味当たり前というか
あまりにも江戸で四十七士の仇討ちがもてはやされ過ぎて幕府は処遇に困ったらしいな
139: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:31:32.42 ID:qLkkIUf80
>>132
浄瑠璃や歌舞伎で大人気やったけど幕府的には御法度だから大星だの由良だの仮名にして上演された
こういうお目こぼしも日本的でホント好き
浄瑠璃や歌舞伎で大人気やったけど幕府的には御法度だから大星だの由良だの仮名にして上演された
こういうお目こぼしも日本的でホント好き
133: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:28:50.11 ID:diD9ThaU0
上杉が屋敷から援軍に行こうとするのを家老が押し留めるシーンがあるけど
下手に係累して改易や減封になったらそら地元の家臣団もたまらんからなあ
下手に係累して改易や減封になったらそら地元の家臣団もたまらんからなあ
143: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:33:35.47 ID:qLkkIUf80
>>133
これグループ企業や取引先の不祥事にどう対応するかめっちゃ現代的な命題含んでるのがいい 顧客や世論の反応とか
これグループ企業や取引先の不祥事にどう対応するかめっちゃ現代的な命題含んでるのがいい 顧客や世論の反応とか
149: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:36:05.76 ID:diD9ThaU0
幕府「何者だ!お上批判なら許さんぞ!」
作家「南北朝時代の塩冶判官と高師直の諍いから発した仇討物です!」
幕府「よし通れ!」
作家「南北朝時代の塩冶判官と高師直の諍いから発した仇討物です!」
幕府「よし通れ!」
153: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:40:11.78 ID:qLkkIUf80
>>149
この時期の創作者興業主の意地と商魂ホンマ頼もしい これが江戸文化のバイタリティ
この時期の創作者興業主の意地と商魂ホンマ頼もしい これが江戸文化のバイタリティ
161: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:46:26.31 ID:9Sc0HLFI0
江戸時代ユートピア説って一時期流行ったけど実態が分かってくるとディストピア寄りやなあって気はしてくる
166: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:48:53.62 ID:sVKzWE2W0
>>161
色々うまくいった北朝鮮状態だったと思うわ
色々うまくいった北朝鮮状態だったと思うわ
175: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:52:54.27 ID:ZPJVJkWd0
>>161
江戸時代の飢饉とか記録に残ってるだけで年に2~3件だしきつい時代やで
江戸に住んでたら年収上位20%でないと結婚出来ず50過ぎたらまともに食える日が減って弱って死ぬ
江戸時代の飢饉とか記録に残ってるだけで年に2~3件だしきつい時代やで
江戸に住んでたら年収上位20%でないと結婚出来ず50過ぎたらまともに食える日が減って弱って死ぬ
192: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 13:59:19.28 ID:8zohrLWdM
討ち入り後に墓参りして大人しく捕まり法的処罰食らったから美談になってるよな
見事な忠義や武士の鑑!と無罪放免になってたら秩序崩壊してたで
見事な忠義や武士の鑑!と無罪放免になってたら秩序崩壊してたで
201: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 14:01:56.39 ID:hvYtf+fr0
どんな気持ちでノリノリだった46人見てたんやろな
229: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 14:26:41.83 ID:WSegmCjM0
歴史の反動運動でいっぱい吉良を擁護する言説がでたが
聞き取りすると吉良が討ち取られたら地元民は餅ついて祝ったそうだぞ
やっぱ嫌われてた
聞き取りすると吉良が討ち取られたら地元民は餅ついて祝ったそうだぞ
やっぱ嫌われてた
231: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 14:30:09.63 ID:BiQEVpV+0
まぁ経済から見る赤穂浪士もおもろいな
そらやってられませんって
そらやってられませんって
234: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 14:32:20.89 ID:MFtVChSn0
たとえ主君側が糞でも
討ち入りもしねえと就職活動できんから敵討ちするしかない
戦国の頃なら戦力として雇ってもらえたかもしれんがあの時期やともう理由なく浪人雇う余裕ある大名なんておらんしな
討ち入りもしねえと就職活動できんから敵討ちするしかない
戦国の頃なら戦力として雇ってもらえたかもしれんがあの時期やともう理由なく浪人雇う余裕ある大名なんておらんしな
290: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 15:30:36.04 ID:uSOZW+ga0
新選組 ←相変わらず若者にも人気
忠臣蔵 ←爺以外にとっくに人気無し
忠臣蔵 ←爺以外にとっくに人気無し
なぜなのか?
294: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 15:32:53.65 ID:YW4NK0k/0
>>290
新選組はキャラが強すぎる
忠臣蔵が弱いとは言わないけど
新選組はキャラが強すぎる
忠臣蔵が弱いとは言わないけど
336: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 16:02:10.04 ID:9hqGA6NN0
>>290
幕末が戦国時代に次ぐ歴史的人物のオールスターが集結してる時代なのがデカいよ
新選組や見廻組が追っかけてたやつが後の明治政府の要職になったりとかストーリーが強いわ
幕末が戦国時代に次ぐ歴史的人物のオールスターが集結してる時代なのがデカいよ
新選組や見廻組が追っかけてたやつが後の明治政府の要職になったりとかストーリーが強いわ
292: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 15:31:01.00 ID:APcUsBX60
準備完璧やったらしいな
吉良邸の間取り作成のため出入りの業者で働く奴もおれば情報収集の為蕎麦屋で働いたり
吉良邸の間取り作成のため出入りの業者で働く奴もおれば情報収集の為蕎麦屋で働いたり
297: それでも動く名無し 2025/12/04(木) 15:33:57.08 ID:k/654mcm0
いざ決起して失敗したらそれこそ笑いものなんやからそら必死よ































コメント↑↓
※誹謗中傷や相手を傷つける投稿はご遠慮ください。お互いを尊重し合った、思いやりのある投稿をお願いいたします。
「あれ、デニーがいない」中国「1人ぐらいは、もう良い、あとのお前らは全員打ち首だ」小池「わたしも?」「そうだ」
テロリストだからしょうがない
体操のV字バランスが苦手なようですね〜♫
「うん、忠臣……グラっ」
シンシンシン シンシンシン トントントン
バサバサッ エイエイオー♫
忠臣蔵は時代劇の中でもとにかく舞台のセット代が高つくからリメイクされない
>>4
もう47人+吉良側部下&傭兵が入り乱れる広さのスタジオがない。細かく割るのもカットが膨大になりすぎて無理。
吉良は、地元で大型の公共工事をやって、生まれ故郷では英雄である。
最後の忠臣蔵 (映画)で観た、とても良かったよ、覚えてないけど
>>5
あと2、3年もすりゃフルAIアンドCGでいけるやろ(適当
後世の作家「鮒じゃ鮒じゃ,鮒侍じゃ」吉良「おいおい、俺はそんなこと言ってないぞ」「だって、面白くしないと」
タミヤの1/35MMの延長線上に47士シリーズがあるんだがアオシマは後追で出したやつは講談の各シーンの再現で「詫び証文」とか『夜鳴き蕎麦』とか江戸文化再現ジオラマの様相だったりしたりした。
現代の感覚では、浅野内匠頭も赤穂浪士も馬鹿な犯罪者・テロリスト。笑
山上徹也もそうだが、気持ちは分かるとか言って、凶行を正当化し、法の支配や適正手続きを軽視するのがいかに危険な思想であるか、我々はよく理解する必要がある。笑
これらをスキップしてスカッとするのは文明人の態度ではない。笑
こんな話を持ち上げてやんややんや言っているのは100パーセント老害。笑
赤穂浪士=ただの主君を失った浪人どものヤケクソ事件。バカの相手をさせられた吉良上野介が可哀そう。
一人だけ徒ではなく尻軽の身分だから別れたんでしたか。
吉良上野介の位階は従四位上 左近衛権少将
浅野内匠頭の位階は従五位下
国も持たない旗本風情がくらいが上で 大名を小ばかにするってのも興味深いとは思わないか?
AIさまのお言葉
吉良家は石高は高くなくても、
天皇への拝謁や朝廷儀式への参加といった高い官位と権威を与えられていました。
吉良義央は高家肝煎(こうけきもいり)を務めました。
昭和期なら、大々的にイベント事があったなあ。
竜馬スレではまだ擁護者が出るけど、忠臣蔵ファンはもう絶滅危惧種状態だし。
>>14
老中とか、数万石の小大名が幕閣として日本のかじ取りをしていましたし。
浅野内匠頭の母親の弟も似たようなことやらかして腹切ってて、その血の運命感すごい
浪人達の就職活動やからね
ホントに仇討ちするなら直ぐやってるだろ
弟の大学が浅野家を継ぐのが認められなくてお家断絶で浪人確定してから5ヶ月後に仇討ちだからな
大学が跡継いでたら事件起こしてないだろ
当時、江戸城に勤めていたお侍さんの日記に「浅野の殿様は気チガイ」「また誰もいない空間に話しかけている」って書いてある。江戸城でも有名な気チガイだったらしい。
だから浅野だけ切腹になった。
>>16
大名ならいいじゃない。吉良は国をもたない知行取りだから
そういえば、赤穂浪士四十七士のひとり武林隆重は
古代中国の思想家・孟子の末裔だったんだろ?
本当の歴史なんて誰にもわからん
創作が入った書物参考にしても意味ない
それを誰かが大学で教えそれを誰かが習ってさもその現場を見ていたような錯覚勘違い君が増殖する
歴史の勉強は時間の無駄
江戸中で注目と噂にされて浪士も幕府も引けなくなった劇場型の事案
動機)ウンコ政治やウンコ制度のために人がタヒぬ。
結論)やってられるか!バカやろ~、ふざけるな~(仕返し)
さらに)お上の無慈悲な差配
其の上、虚々実々の戦略。まぁ、忠臣蔵は面白い。
逆恨みでテ口を起こした上に、切腹すらまともに出来ない犯罪者が現在にいるよね
播磨赤穂藩の筆頭家老、通称は内蔵助を介錯したひろゆき(熊本藩細川氏の家臣)逸話
禄16年(1702年)2月4日、吉良邸討ち入りの赤穂浪士の大石良雄の介錯をした。『江赤見聞記』では大石の介錯を仕損じ、首を二度斬りをしたとあり、三田村鳶魚も「大石が震えたので介錯に失敗した」と記すが、細川家の記録では「大石は寒がりらしくよく震えていた」と綴られるが、安場の仕損じは書かれていない。
ただ、大量の血が飛び散った「血染めの梅」が泉岳寺にある。また、安場家では大石良雄介錯の刀を伝承しており、刃に刃こぼれが有り介錯に苦労した痕が残っている。
確か余所の藩に再仕官出来た藩士も討ち入りのせいでクビにされたって聞いたないい迷惑だろテロリスト賛美すんじゃねえよ山上といい
忠臣蔵のドラマとか全然作られなくなっちゃったな
主を守るために戦ったのに役立たずと殺された兵かわいそうと
当時は思ったがつっかえで閉じ込められるわけなく
新説では単にびびっって引きこもってただけと聞いて因果応報と知った。
山上が竹中やってたら同じくらい評価されてそう
>>30
岸田さん助けた漁師が評価されてるよな。
梶川与惣兵衛と何が違うのか?
>>25
ハイ、今裁判してるあのテロリストですねW
>>27
いや俺が聞いた話では赤穂藩の浪士は大人気、いろんな藩で再就職出来たって話だった。47人の
テロ行為のお陰で人気抜群だったって。
>>28
時代遅れだしセットに金かかるし、何よりも裏番組の四谷怪談のほうがみんな喜ぶ。
浅野内匠頭が短慮で有った事は間違いないが江戸詰めの部下が気が利かず本来なら伊達藩と話しあい
同程度の寄進にしておくべきだった。質素倹約の中で行われる勅使供応はそれでも毎回支出が増え、役どころに
選ばれると大変な出費。だから今で言えば財政に余裕があると思われる藩が指名されることが通例で有ったようだ。
高家などというのは先代からの荷物で石高の割には位は高い。吉良も地元では赤馬に乗り名君であったというが
現実には非常に賄賂を要求する人物で有ったという事だ。だから江戸詰めの部下がせめて伊達家と同等にしていれば
吉良の扱いも変化があっただろう。同じことをやるのに毎回指南役がいるのは初回の供応役を務める殿様もいるが
勅使を迎える儀式の一つが指南役の存在。内匠頭はなぜ公務を受けている吉良に賄賂を払わなきゃならないのかという疑問は持っていただろう。吉良は地元では名君だが外ではそうでもないというのが現代の政治家にも通じるところが
ある。
いつやったか忘れたが、今までの解釈がまるで違う忠臣蔵が面白かった
とにもかくにも編纂次第です。
>>11
なに笑とんねん
>>28
あれだけさんざん絞りまくられればいい加減ネタがなくなるので…。
>>35
ついでに言えばこの役が初めてではないので、君主はともかく部下はマニュアルや過去帳ぐらいあるやろうって話。
>>11
当時の感覚で言えば赤穂浪士はあくまで赤穂藩の人間であり幕府やその他の地域の法律や義務よりも自分の藩のそれに従っただけのお話になる。
>>25
連合赤軍事件でも犯人に対して「あそこまでやらかして捕まる前に自裁しないとかさぁ…」と言われてたけどな。
捕まった後の自裁したのはいるが
赤穂浪士は日本人の鑑。
>>40
しかも、浅野が前回の饗応役をつとめたときの、宰領・指導役も吉良。
事件の17年前の饗応役では、しっかり吉良に指導をしてもらっている。
なぜ、2回目のときに、そこまで両者に溝ができたのか…
>>44
饗応は大筋決まっていても指南役が微妙に細則を変えるからだよ・・
それも袖の下につながる事だろ・・
なんだか「内蔵助たちはテロリスト」とか、どんどん世論が欧米よりになっていくなあ。
当時の幕府が推奨する儒教道徳と法が対立するケースがあるってことを、内蔵助たちが、実際に討ち入りをすることで証明したから、語り継がれてきたんじゃない?
儒教にのっとれば、武士として主君が討ち損じた吉良を討たないといけないし、法に従うなら討ち入りはできない。こういう矛盾する立場におかれたから、大石内蔵助は無言の抗議として「主君の仇を討ってから幕府に出頭」って行動をとったんでしょう。後世に自分たちのような者を出さないために。
吉良を討った後に主君の墓前で切腹しちゃったら、ただの忠義の士、めでたしめでたし、で終わらされるから「法に従います」って出頭して幕府を困らさないといけない。実際、四十七士を赦すか処分するかで、幕府も決断するのにかなり時間をかけてるし、斬首じゃなくて切腹させてる。歌舞伎の演目はどうしても幕府の検閲が入るから忠義と人情の板挟みっぽくなるけど。
龍が如く-忠臣!あくつくれよ
50名弱の武装集団が住居に不法侵入し老人を私刑リンチ殺人
イスラエルがガザでやってるテロ殺人との類似性
>>48
老人ホームで老人コロすようなやつが令和の赤穂浪士を名乗ったら赤穂浪士が恒例放送するの止まりそう。
浅野君が瞬間湯沸かし器なだけよ~
徳川温故の三河衆 吉良君に斬りつけたらアカンよ~
ペッペー達 刃傷でござる!
>>26
知らないことを色々書いてくれてありがとう!
ただ三田村鳶魚は凄い人だと思うけど「こんな噂が江戸にあったよ」って読者の気をひくために書いてる部分もあるから、個人的な逸話は当てにならないんじゃない?明治の人だから、江戸の将軍や大名を批判的に書いた方が受けが良かっただろうし。
>>12
吉良もバカを煽ったバカだろ
>>41
まぁ、当時の価値観は現在の価値観では測れない、コレに尽きるわな
>>48
老人側も集団で武装してるで
【 20年位前の若者の意見 】
20年位前、大学生風の男集団が忠臣蔵の季節に、「忠臣蔵には共感できない。ただの犯罪者、法律違反者だろう!」と話し合っているのを、たまたま聞きました。まあ、20年位前から、若者の感覚として、忠臣蔵=法律違反者、というイメージができていたと思います。
遺族に復讐が認められているのかと言うと、復讐はダメです。被害者が加害者に罰を与えることはできません。近代国家では、犯罪者に刑罰を与える刑罰権は、国家にしかありません。だから、近代社会は優れているのかと言うと・・、必ずしも優れているとは言えない部分があります。
例えば、ハンムラビ法典。目には目を。歯には歯を、ですが、➀ 裁判や判決が簡単、② 国家や権力者の介入が少ない、③ 国家が財政赤字、権力者が赤字になりにくい、などという【利点】がありました。日本の【流罪】【遠島の刑】も、国家財政的に見ると、コスパは最高ですよ。
今の裁判員制度を江戸時代的に言うと、農民や商売人、浪人までも、無作為に裁判員に選ばれるのでしょう。それで、今の各省庁は、自分ところの予算を増やしたくて、自分で仕事をつくる部分もあります。それがエスカレートすると、増税、増税、増税、ですよ。だから、冷静になって、ハンムラビ法典、流罪、コスパ最高やな!、っていう考え方も・・、非現実的ですが、あっても良いかなあ、と思います。
【 五奉行筆頭の浅野長政 】
浅野長政は、五奉行の筆頭として、豊臣政権を支えました。その浅野家は、広島藩浅野家、赤穂藩浅野家、三次藩浅野家と、三つに分かれて江戸時代を生き抜くことになります。そしで、赤穂藩は、浅野長政の三男、浅野長重の子孫が築きました。
浅野長政(1547~1611)、浅野長重(1588~1632)、浅野内匠頭(1667~1701)ですが、まあ、関ヶ原の戦いが1600年10月、大阪冬の陣が1614年、大阪夏の陣が1615年、三代将軍 徳川家光(1604~1651)ですね。そういう訳で、赤穂藩は、常に外様として江戸幕府から《監視を受ける立場》であったし、赤穂藩としては《疑われないようにする立場》であったと言えます。
浅野内匠頭は1667年生まれですから、豊臣政権のことを知らないし、浅野長政や、大阪冬の陣のことにも詳しくなかったと思います。詳しく知っていたら、バカになれていた、アホも言えた、芸を覚えて周囲を笑かすこともできた、と思います。だから、真実を知ることは大切です。これは、今の日本にも言えることですよ。真面目な日本人、実は、あまり真実(正しい情報)を知っていない・・、ってことです。伊藤博文が、貴族院議長になれた理由がわかりますか?
結局、忠臣蔵を浅野長政や、関ヶ原の戦いから見ると、現代の見方とは異なる部分が出てきます。
【 母方のご先祖様のお話 】
母方のご先祖様の話が伝わっています。私のご先祖様は下級武士でしたが、殿様が《お国替え》で領地が変わる時に、お供をしました。それ以降、お殿様が鷹狩に出るとお供をして、「国替わりから、私で〇代目、お前で〇代目!」という話をよくしていたそうです。国替わりがあると、殿様でも苦労があったと思います。それは現代社会でも同じでしょう。
伝え聞いた話では、国替わりでは、➀ 殿様本人が、これから苦労するとわかっていた、② お供をさせると、お供の者にも多大な苦労がある、③ お供は多くできないし、お供の者は本当は残った方が幸せだ、④ 殿様であっても、家来の心情を察すると、お供をしてくれと言えない、という状況だったそうです。
私のご先祖様は下級の武士でしたが、「お供させるなら、お前しかいない!」と言って、国替わりでお供させたのでした。
江戸時代になって、国替わり、国替わり、国替わりの連続ですが・・、今で言うと、北海道転勤、沖縄転勤、ベトナム工場勤務、オーストラリア勤務、海外派遣ですよ。海外勤務をして、自分が前任者よりも成績を上げなければならない、問題を解決しなければならない、できなければクビになるかもしれません。
今に例えると、自分に例えると、会社に例えると、家庭問題に例えると、など、そういう想像力が、今の日本人は弱体化しているように思います。その結果、分析を《誤る》《間違える》《客観しできない》状況になることもあるのではないか、と感じます。
国替わりの苦労が想像できれば、赤穂浪士の見方も変わるはずです。
【 忠臣蔵の解説を頼まれる! 】
今が2025年12月。2000年から2010年ころの間の昔話で、いつの話か思い出せません。外国の方から、忠臣蔵の解説を頼まれました。日本の忠臣蔵と言うか、日本人の思考とか行動が理解できないから、教えてほしいと頼まれました。そこで、私は、「私の考える忠臣蔵の話になるよ!」と前置きして、私の解説をはじめました。その時の内容は次のとおりでした。
➀ 関ヶ原の戦い = 日本を二分(東軍・西軍)する戦いが1600年に発生する。
② 東軍が勝って、江戸(東京)に幕府ができて、260年も続くことになる。
③ 江戸幕府ができると、日本は統一されたが、かつての敵側は国替えや監視を受け続けた。
④ 50年、80年経過しても、世代交代しても、かつての敵側は、憎まれ、監視され続けた。
⑤ 西軍大将の子孫である浅野内匠頭は、江戸幕府で上手に立ち回れず、傷害事件を起こした。
⑥ 幕府は不公平な判決で、内匠頭は切腹、相手方は無罪となり、まだ関ヶ原の戦いが続いていた。
⑦ 赤穂の浪士たちは、吉良を狙うと同時に、本当の意味で、関ヶ原の戦いを終わらせたかった。
⑧ 西軍の子孫で、同じ苦労をしている武士たちが、赤穂浪士に資金援助し、討ち入りも支援する。
⑨ 討ち入り成功後、幕府は、勝者による敗者イジメがあったことを認め、政治を正しくすると宣言する。
⑩ 忠臣蔵が日本全国に広がったのは、幕府の政策であり、幕府が敗者イジメを認めないと決めたから。
⑪ 赤穂浪士の命と引き換えに、真に日本は統一され、西軍の子孫たちも救われることになった。
⑫ 儒教思想で統一された幕府は、戦国時代と異なる、新しく素晴らしい日本をつくり上げた。
【 忠臣蔵は、人類普遍の物語! 】【 いつの時代にも、どこの国家にも存在する! 】
私が外国の方に、忠臣蔵の解説をすると、「わかった!」「そういう話なら理解できる」と言っていました。そして、私が逆に教えてもらったのは、「1861年から南北間で戦争がはじまり、北側が勝つのだけれども、戦後に平等で冷静な対応をした政府の要人も確かにいたが、イジメも復讐もあった。それは、今なおタブーであり、移民問題に隠れているが、今なお解決できない問題だ」ということでした。
上記の話は、150年位前の話です。日本で例えるなら、江戸幕府の子孫 対 明治新政府の子孫、にでもなるのでしょうか。また、日本では、今も南北朝の戦いをやっているのでしょうか? 明治からはじまった《 南朝皇室 》を滅ぼしたいとか、昭和天皇に失敗させて失敗させて失敗させて、自分が天皇になりたいとか・・、そのような身勝手な考えで、日本がバカになり、先の大戦で310万人も亡くなったのかと思うと、怒りを飛び越えて、情けなくて情けなくて、涙が止まりません。
まあ、その後、忠臣蔵は人類普遍の物語だと言われ、ハリウッド映画になったのを見たいとか、南北戦争の記念日に合わせて忠臣蔵を放送し、《日本人は国家的なイジメや憎しみをどのように乗り越えたのか》《憎しみを乗り越えて国家(政府)を新しくする》ことのヒントを学びたい、などと言われました。
その他、忠臣蔵の話には、イエス=キリストの受難に通じるところがあって、欧米のキリスト教圏の人々には理解されやすいだろう、ということでした。特に欧州では、古くから戦争があり、勝者が敗者に復讐するとか、敗者の人々をイジメるとか、苦しめるとか、いろいろあったはずです。
そういう訳で、忠臣蔵の話は、いつの時代にも、どこの国家にも存在する、という見方が、一部の欧米の人々にあるようです。
まあ、何と言うか、近代国家では、被害者が加害者に復讐することは認められず、刑罰権は国家にしかありません。そこが違うから、そこを考えないと、ダメだと思います。
【 復讐と救済の物語 】 【 映画 ~ ベン・ハー 】
復讐で有名な物語はベン・ハーですね。まあ、年齢がわかります。今の世代で言うと、ベルセルクです。それで、復讐について言うと、復讐は人の目標(目的)にはなりますが、復讐は達成しても喜びや、満足感を得られず、人は救済されません。映画のメッサラは、亡くなる間際でも「オレを忘れるな!」「何をどう復讐しても、お前がオレに勝つことはない!」というようなことを言って亡くなりました。その結果、ベン・ハーは悩んで、苦しみました。
映画は宗教的な要素を含んでいるから、ベン・ハーがイエス=キリストの最期を見届けると、母と妹は病から救われて・・、ベン・ハーには怒りの感情が消え去り、彼は地下教会の設立者へと変化して行きます。これは一種の《 復讐を乗り越える行為 》でした。
人は、映画やマンガや小説を通してでも、主人公が復讐することをもって《 疑似体験 》できます。その効果を利用して、自分は実際の生活で復讐をやめるとか、別な選択肢を実現するとか、人として賢くなれます。そういう訳で、忠臣蔵の話を、法律違反者と言ってしまえばそれで終わりですよ。忠臣蔵の話が、いつの時代でも、どこの国家であっても、人の復讐心を浄化して、人の魂を救済して、より良い選択肢や、より良い生き方を創造する力になれるのなら、それこそが忠臣蔵と呼ばれる物語の《 価値 》だと思われます。
新年、おめでとうございます。
今年のNHKの大河ドラマは、《豊臣兄弟》です。それで、戦国時代の話をしますが、ある戦国時代の姫様は、実の父と祖父、それから家臣団を処刑されました。それでも、その姫様は、処刑した男と行動を共にしました。なぜでしょうか? その姫様の目的な何だったのでしょうか。
これは、淀殿の話で、実際の現場で父や家臣団を処刑した男というのは、豊臣秀吉でした。さて、淀殿の狙いは何だったのでしょうか? まあ、現代で考えると《慰謝料》《お金!》でしょうね。けれども、戦国時代の発想で行くと《復讐》でしょう。淀殿の狙いは、《豊臣秀吉への復讐!》だったのかもしれません。そのことをテーマにして、昭和時代には、淀殿を悪女とする小説などが多く存在していました。
それから、豊臣秀頼が、本当に《豊臣の血筋》であるなら、豊臣秀次は数少ない血縁者だから、秀次に頼るはずです。血縁者間で協力しようという話になったはずです。ところが、秀次は亡くなりました。
結局、淀殿は、復讐が目的だったという仮説を考えると、淀殿の行動が理解しやすくなる場合があります。実際のところ、何が真実かわかりませんが・・、そう思います。
【 日本国民は本当にバカなのか? 】
先の大戦であっても、今の米騒動であっても、スマホの所有者から受信料を徴収しようとするNHK問題あっても、《日本国民がバカだから》《日本国民が正しい判断をできないから》《日本国民の言動と行動が異常だから》というのは、日本政府と言うか、日本の上層部の《言い訳!》だと思います。
戦争、米騒動、NHK問題の情報を、《早く》《詳細に》《全国民に》知らせた上で、日本国民がバカだとか、日本国民が正しい判断をできない、と言うなら、それは正しいでしょうね。ところが、今の米騒動でも、真実を報道しない(させない)し、NHK問題に関して国民から意見を求めないし・・、実際のところ〇〇委員会、〇〇有識者会議などを経て、閣議決定なども勝手にやるのが、本当の日本社会の仕組みです。
だから、日本国民に真実を知らせず、好き勝手にやって、失敗した時は《日本国民の責任にする!》《戦争もコメ不足も国民が悪い!》《戦争やコメ不足の責任者は日本国民全員だ!》ってなるのでしょう。
結局、何が言いたいのかと言うと、戦前・戦中の日本と、今の日本は同じ体質だという事です。自分たちが日本国民に真実を伝えていないのに、《日本国民をバカ》と言う。自分たちが責任ある立場にいたのに、《責任者は存在していなかった》と言う。日本国民がバカだ、と言う前に、《自分たちが国民に真実を知らしめたかどうか?》を、自問自答する程度には、賢くなってほしいものです。
【 文学部軽視が国家をバカにする! 】
文学部とは、人間と文化に関することを幅広く学び、倫理的な思考力、読解力、コミュニケーション能力などを養うところです。文章(データ)を読んで、作者の意図を知るとか、文章から状況を想像(解釈)するとか、主人公(登場人物)の心理を察するというのは、実は、《情報の世界》で重要視される《能力》です。
日本は、先の大戦において、物量や科学力の欠乏で敗戦に追い込まれたから、どうしても《文学部軽視》になります。ところが、逆に、戦前の日本が《文学部重視》であれば、外交交渉が得意で、世界情勢が読めて、敗戦国にならなかった可能性も少しはあると感じます。つまり、情報に強い国家を目標にするなら、文学部軽視ではダメだ、ということですよ。
ソ連が崩壊して、1991年にロシアが誕生しました。そこで、多くの国家が、東西冷戦が終わったのではなく、軍事力戦から、情報戦に変わると予測しました。その結果、ゾルゲ事件の国際機密は解除され、各国がソ連(ロシア)の情報戦を個々の立場で研究することになりました。この大きな世界的潮流が、日本人には見えていないです。今も・・。
個人的な意見ですが、今の中国の背後には《ロシア》が入り込んでいるt思います。欧米諸国も中国に入り込んでいますが、これで日本が中国に深入りすると、戦前、1930年代と変わらないでしょうね。だいたいですが、2000年以降、中国進出に反対した者は《左遷》でした。それで、まあ、中国に進出すると決めると、反対者を左遷して、賛同者が集結し《強力な実行組織ができたと喜ぶ!》のですが、その結果、反対意見や他の選択肢や外の情報が入らなくなって、視野が狭くなり、様々な失敗をします。そこがわからないと、スタートからの一歩目でコケます。
【 日本社会では、椅子取りゲームが続く! 】
椅子取りゲームとは、音楽に合わせて椅子の周りをまわり、何かの合図で人数よりも少ない椅子を奪い合いするというゲームです。まあ、子供の遊びですが・・、これが日本の社会では、日常的な《行動パターン》になっています。
今、国政選挙結果が出ましたが、私に言わせると、「椅子取りゲームをしただけ!」ですよ。次の選挙まで、自分の椅子を確保する。そして、次の選挙で、再び自分の椅子を獲得する。選挙で勝つこと、自分の椅子を確保することが、第一です。だから、何をしたいとか、国民がどうとか、国家の方針なんて、後回しなのではありませんか? 政治家は、椅子取りゲームに熱中していて、国民の多くが漠然とそれを理解しているから、投票や選挙への関心が薄いのだと思います。
社会や国家を急に変えるのは不可能です。やはり、学校の環境や、学校の教育を変えるのが先で、その30年後や50年後に、社会や国家が変化するのだと思います。それで、戦後の昭和期には、受験戦争社会を批判する動きが社会現象になっていました。今の60代、70代、80代ならよく知っていますよ。
学力テストは、生徒の能力を測定するのではなく、《先生の能力》を測定するものでした。つまり、1年間で、生徒の平均値を上げるのが良い先生だったのです。優秀な生徒を優遇し、他を斬り捨てる《学校環境》をつくると、30年後には、一部を優遇して他を斬り捨てる《日本社会》になってしまいます。
戦後の一億総中流社会というのは、敗戦後の、日本人の総懺悔から生まれた社会です。
昭和期の受験戦争社会批判、というのは、戦争体験世代にとっては、《格差社会批判》や《大政翼賛会批判》につながっていました。まあ、受験戦争社会の先には、《格差社会》や《大政翼賛会》が復活するようなイメージがあったのだと思います。
先の大戦では、日本国民に責任があった、と言いますが、《大政翼賛会》に責任があったとは言いません。その点は、謎ですよね。大政翼賛会とか、当時の権力者は何だったのでしょうか? 一つの意見として、大政翼賛会や権力者は、共産主義の革命予備軍だったというものもあります。そうすると、ゾルゲが動かしたのは、日本の上層部だけではなく、日本国民をも動かしたことになります。
想像による話には、証拠がありません。想像は、科学的ではありません。それは認めます。ところが、国家的な情報局では、《想像》が重要となります。まず、想像して、それから《可能性》を探ります。だから、文学部をバカにしていると、国家がバカになる、ということです。
【 世良田東照宮 】
徳川家康のご先祖は、徳川義季です。この徳川義季は、世良田郷を開発すると、1221年に臨済宗長楽寺を開基したので、《世良田の義季》とも言われていましたが・・、1246年ころに亡くなると、同寺で葬られています。また、徳川義季は、利根川沿いの押切を《徳川》と改称していました。
家康のご下命により、1639年、天海が長楽寺を臨済宗から天台宗へ改宗復興し、世良田東照宮ができます。その際に、三代将軍が日光東照宮の奥社を世良田へ移築しています。徳川将軍は、幼名で世良田を名乗ることがありました。二代将軍は、世良田のことをよく知っていて、世良田を避けたような気がします。
世良田東照宮の例大祭は、4月17日で、この日は家康が亡くなった命日でした。そして、江戸時代の参拝としては、1万石以上の大名が拝殿内、200石以上の旗本が拝殿廊下、200石未満が拝殿階下でした。
まあ、世良田東照宮の話によると、上記の内容になるのですが、私の見方は別になります。江戸幕府=南朝思想であり、南朝が正統です。公武合体なら、南朝の末裔とするでしょうね。講談に《新田義貞の兜》があり、兜が何かわからず、花の鉢にしていたら、夢で義貞公の兜を鉢に使うなと言われ、結局、兜は越前松平家に献上された、という内容です。この兜は、新田義貞を祭神とする藤島神社で保管されていますが、新田義貞公の兜で越前松平家は大騒ぎです。個人的には、家康のご先祖は新田義貞で良いと考えます。それで良いだろうという意見ですね。
【 二代将軍秀忠の心を読む! 】
私は歴史研究家ではないし、歴史の素人ですが・・、私が想像する《二代将軍秀忠の心中》について、自分の意見を述べてみたいと思います。
戦国時代は非常に特殊な時代でした。殿様の家族が人質になり、人質を交換する時代でした。だから、子供を育てるのに《乳母》がいて、子供を《家臣》が育てたのです。なぜでしょうか? なぜ、そうしたのでしょうか? それがわからないと、本当の戦国時代なんてわかりませんよ! 今の感覚で、戦国時代を考えても、殿様の気持ちなんてわからないです。
殿様に子供ができても、乳母や家臣が育てた理由は、《子供に情をかけないようにするため》《人質に出しやすくするため》でした。つまり、殿様は、人質を交換するために、子供が多く必要だったのです。ところが、中には、自分の本当の子供を家臣に世話させると、家臣の子供を嫡男(影武者)として扱うこともあり、これが当時の処世術の一つだったのです。だから、人質を受け取った側も、「家来の子供かもしれない」「拾った子供かもしれない」という目で見ていました。こういうのは、まあ、当時のタブーですよ。タブーだけど、タブーを無視して、本当の歴史を語ることには何かと問題があると思います。結局、正直者の殿様もいたでしょうが、多くの殿様は、自分の本当の子供を隠したため、家臣にも本物が誰か、簡単にはわからなかったのです。
二代将軍秀忠は、本物の家康の子供だったと思いますが、11歳で秀吉の人質になります。そういう訳で、秀忠は、人質を交換する戦国時代を憎み、このような時代を終わらせたかったのだと思います。私が秀忠の心を読む時、私は、秀忠のこの思いを大変強く感じます。
秀忠にとっては、《豊臣勢力》と《徳川勢力》との対立を解消し、日本を平和に統一することが自分の使命であり、夢であったと思います。そして、本物の子供を隠し、影武者が表に出る、家族が名乗り合えない環境を、クソだと思っていたはずです。庶民的な言い方をすると、普通の家庭で、皆が幸せに暮らせる社会をつくりたかったのだと思います。
家康が亡くなり、世良田一族の話が出ると、秀忠は、「世良田や新田の話をすると、南朝と北朝の争いになる。もう、争いはいい。東照宮は日光で良い!」と言ったのではないか、と思います。
その秀忠の行動を見越して、家康は、三代将軍に自分の実子を決めていた、という一説もあります。その説によると、三代将軍は家康の実子で、家康から、すべきことを命じられていたそうです。
その結果、世良田東照宮はできたのですね。
【 薬屋のひとりごと 】
人気アニメ《薬屋のひとりごと》では、皇帝の実子は《壬氏(じんし)》であり、その壬氏自身は自分が皇帝の実子であることを知りません。そして、壬氏は、後宮を統括する者として、皇帝に仕えています。もちろん、皇帝は、壬氏が自分の子供だとわかっています。つまり、こういう行動も、権力者が実子を守る、一つの手段であり、古今東西の歴史に存在するタブーでした。こういうタブーはタブーですが、当時のタブーを無視して、当時の歴史、特に権力者の歴史は語れません。教科書の歴史とは別物ですよ。
そういう訳で、こういうのが《近代国家》以前の《上層部》考え方でした。これがわからないと、歴史の研究なんてできないです。黒澤明監督の映画《影武者》でも、武田信玄の影武者を主人公にして、素晴らしい映画が完成しています。映画では、武田信玄が影武者であることを知っていた者は、数名だけで、まあ、こういうのがそのまま真実ではなかったとしても、当時を理解する手助けになりなす。上杉謙信なんて、女性ではなかったのか、という説まであり・・、何が言いたいのかというと、皇帝とか、殿様とか、帝とかが、身を守るために、影武者を立てて、実子を家臣に育てさせ、家臣の子供を嫡男(影武者)にするとかは普通にあった《タブー》でした。つまり、表の《系図》はあまり信用できないのです。当事者にすれば、命を狙われても生き延びるのが大事であって、正しい系図づくりが目的ではなかったのです。
もちろん、正直な権力者もいました。いたと思います。ところが、世界の歴史では、権力者は影武者を立てて身を守り、実子を隠すという前提なのです。だから、余談ですが、男系男子126代というのは、世界では通用しない話になります。失礼な言い方をしたくありませんが、変なアジア人の妄信扱いですよ。
【 ジャンヌは観衆の中に隠れた王太子を見抜いた!】
シャルル王太子は、ジャンヌを警戒すると、家臣の一人を影武者にしました。そして、王太子は観衆の中に隠れて、ジャンヌの様子を伺いました。ところが、ジャンヌは王太子を見抜き、「あなたは王になる!」と言ったと伝わっています。
日本では、戦に敗れて落武者になると、殿様とか家臣は、「このままの姿で逃げるか」「足軽にでも変装して逃げるか」などと相談しました。殿様が「足軽は無理!」と言っても、家臣が「よく似合っています!」などと、言っていたかもしれません。まあ、日本でも、外国でも、自分の身を案じて、相手を警戒して、影武者を準備するのは普通の出来事でした。こういうのは、歴史のタブーですが、タブーを信じないで、教科書やマスコミ報道を《真実》とするなら、国家の情報部や情報局をつくる必要なんてありません。情報とは、必要な情報とは、本当に重要な情報とは・・、教科書や公式資料やマスコミ報道にはありません。情報は、タブーの近くにある場合が多いと、個人的には思います。
有名な日本の武将でも、足軽に変装して逃げていたら、どこかの農民集団から攻撃を受けたら、それはもう、どこで亡くなったのかわからなくなります。赤穂浪士だって、吉良の顔を知りませんでした。だから、今の現代人の感覚で、戦国時代や江戸時代を考えると、間違うことも多いでしょうね。
【 二代将軍 秀忠について 】
私が思うには、二代将軍 秀忠は、現代の私たちに思考が近いです。
11歳で人質に出されると、「本当に家康の子供か?」「家臣の子供で、影武者か?」「拾われた子供か?」「お前は本当のことを知っているのか?」「お前も真実を知らないのか?」「まあ、家康の子供として扱おう」などと、ひどいことを言われたと思います。何を信じて良いのかわからず、自分のすべきこともわからず、悩み、苦しみ、日常的な小さな出来事で笑うことがあっても、ずっと国内の勢力争いなどで気を使っていたはずです。
だから、このような《人質交換》《多数の影武者》《親子が名乗りあえない》というのをぶっ壊して、秀忠は新しい社会体制をつくりたかったのだと思います。そして、できたのが江戸幕府です。江戸幕府だけ見るとわからないことも、戦国時代の出来事や、秀忠の気持ちを察すると、見えて来ることがあります。
そういう訳で、秀忠が日光に東照宮をつくった気持ちもわかります。世良田東照宮の主祭神は《徳川家康》です。ところが、世良田=新田=南朝、となるから、やっと国内が統一したのに、今更、南朝 対 北朝 なんて必要ないと考えたはずです。この秀忠の思考は、現代人に近いですよ。
教科書の歴史、権力者の公式記録、マスコミ報道など・・、これらを《真実》とするなら、情報部や情報局なんて必要ありません。そして、秀忠の心を読む行為や、江戸幕府ができた背景を推察(間違っても良い)する能力が大切になります。その力が、日本の未来を守るのです。
【 松平元康(徳川家康)は二人いた? 】
本来の家康 = 妻が今川義元の姪(築山殿)、義父が今川氏の有力家臣
新しい家康 = 織田信長と清洲同盟(軍事同盟)を結ぶ ~ 桶狭間の戦いの2年後
上記の内容は、家康が二人いた、という話でよく出てきます。本来の家康は、信長と同盟できなかったはずです。それで、信長と同盟した男(世良田二郎三郎元信)は、築山殿と子供(松平信康)を守ろうと必死になるから・・、まあ、私の想像では、遠縁の親戚とか、同族(松平家)出身の関係にあったのではないか、と思います。
信長が、築山殿や子供を亡き者にしろ、というのは、「お前はオレの元家臣だ!」「言うことを聞け!」「親戚や同族であっても、今川関係者に情をかけるな!」という話だったのではないか、と思います。
【 家を守るとは!】【 〇〇家を守るとは!】
写真の無い時代、実際の有名人の顔はわかりませんでした。そして、戦国時代には、食事に毒を入れられても安全な環境(対策)を考え、また奇襲攻撃を受けても大丈夫なように《影武者》を多く使いました。兄弟や家臣が影武者になり、兄弟や家臣が身代わりで亡くなることもありました。そうやって《家を守った!》のです。こういうのは、その時代のタブーですが、まあ、当時の皆が知るタブーですよ。
今の日本人には、身分証、運転免許証、マイナンバーカード、戸籍、住民票があって、それらの記載内容は《事実》です。だからと言って、戦国時代の系図や、いろいろな系図が真実かどうかと言うと、それはまあ、100%真実とは言えません。当時の人々は、家を守ろうとしていましたが、系図をつくろうとしていたのではないからです。ところが、日本人が「系図、系図!」と言うなら・・、世界の人々は正直なところ、日本人をアジアの狂信的な変態集団にしか思えないでしょうね。
家を守る、〇〇家を守るとは、兄弟や親戚、家臣が協力して、助け合い、自ら影武者となり、影武者を交替し、影武者が人質となって、身代わりで亡くなることだったのです。このタブーを理解しないで、日本は、世界各国の王室と、本当に交流できると言えますか?
【 二代将軍 秀忠の再評価を!】
人質で養子に行かされる、人質で結婚させられる、影武者をつくる、兄弟や家臣が影武者になる、影武者を交替する、毒で狙われる、奇襲攻撃を受ける、安心して暮らせない、社会が不安定、戦が続いて終わらない・・、そのような時代がありました。
戦で敵を滅ぼすと、《和解策》《敗者の戦意を弱らせる方法》として、敗者側の姫や女性を側室(人質)にしていました。側室との間に子供ができても、またできたというウソの話であっても、敗者側の血筋が続けば、敗者の戦意は弱くなったでしょう。このような手段や、ウソも、当時としては、当然の行為でした。まあ、それらはタブーですけど、このタブーを無視すると、歴史的な真実が見えなくなることもあるでしょうね。
そういう背景があって、二代将軍 秀忠は、新しい江戸幕府の体制をつくりました。この秀忠の評価は、現代社会を基準にして考えると、当然、落ちます。けれども、戦国の世を基準にして考えると、秀忠は、立派な将軍ですよ。私は、秀忠の気持ちがわかります。世良田郷を捨てて、日光を選んだのは、現代人に近い発想です。秀忠は、もっと良く評価されるべきです。
【 世良田二郎、世良田三郎、世良田二郎三郎、そして元信・・ 】
想像の話になります。資料はありません。それでも、わかる人には通じると思います。
室町幕府が成立すると、新田一族は、幕府から追われる立場になりました。姿を変え、名を変え、生き延びて、仲間と連絡を取り合い、幕府と衝突することもあったと思います。そのような彼らのリーダーが、世良田二郎であり、世良田三郎であり、世良田二郎三郎でした。家康は、信長の家臣で、信長から一字をもらって、元信と名乗っていたのだと思います。けれども、室町幕府と戦って来た仲間の間では、《世良田二郎三郎元信》と名乗り、自分が二郎、三郎、二郎三郎の後継者であることを宣言していたのでしょうね。
江戸時代、新田氏末裔の岩松氏は、幕府に系図を見せなかったことで有名でした。また、この岩松氏は足利に味方して、世良田をまかされ、世良田地域を守っていますが・・、まあ、徳川幕府の将軍から見たら、複雑な気持ちだったと思います。同族と認められず、無関係とも言えず、嫌いじゃないけど、好きでもない、というところでしょうか。岩松氏は20石の旗本、のちに120石の旗本として、徳川幕府に受け入れられます。
結局、徳川発祥の地は、世良田だという話です。
【 猫絵の岩松男爵 】
新田義貞の縁戚にあたる新田岩松氏は、ネズミ除けとなる《猫絵》を描き続けました。120石の殿様でしたが、明治新政府は新田岩松氏を男爵にしています。なぜ、明治政府は、新田岩松氏を男爵にしたのでしょうか。
同様に明治11年、明治政府は、名和氏を男爵にしています。その理由は、《南朝の忠臣であったから》です。これが、明治政府です。今の皇居外苑には、楠木正成像があります。
家康は、南朝の忠臣であった柳生一族、柳生石舟斎と出会った時、涙を流したと思います。家康のかつての名前、世良田二郎三郎元信というのは、世良田一族が室町幕府と戦った歴史そのものでした。家康は、世良田の歴史を背負っていたのです。
ところが、新田の本家に近い岩松氏は、足利に協力して、世良田地域を任され・・。現代人の感覚で言うと、これも賢い選択でしょうね。負けたら、寝返って、足利の味方となり、それで、世良田地域を守ったのですから。けれども、家康は、それが許せなかった。そう思います。
【 GHQ・MPは土足で上がり、銃を突きつけた!】
終戦後の日本では、GHQ・MPによる戦犯探しがはじまりました。そして、彼らは、日本の指導者宅に突然、押しかけると、土足で上がり、銃を突きつけました。まあ、彼らには、靴を脱ぐ習慣が無いから、そうしたのでしょうが・・。
連行された日本人は、自分が戦争犯罪に関係していない、戦犯には該当しないと説明しても、多くの場合、信用されませんでした。そこで仕方なく、自分を信用させる目的で、貴族院内や皇室の秘密的な話(与太話)までしゃべり、何とか自分を信用させようとしました。それらの話が、米国情報部の《2級資料》として残り、戦後、元・中野学校関係者の間で調査されることになりました。
そういう訳で、何が難しかったのかと言うと、こちらは手書きの日本語で、間に通訳が入るから、正確に内容を伝えるためには、なるべく短文で日常的な言葉を使う必要があった、ということです。ノートパソコンの無い時代、ワープロが最先端な時代の話です。通訳が通訳しやすい《言葉》や《文章》を選ばなければ、伝言ゲームの失敗例のように、情報交換すればするほど、話が別物になってしまうのです。今はバイリンガルも珍しくありませんが、昭和なんて、皆が英語をしゃべれませんでした。
そのような昭和時代に出て来た話の中に、➀ 明治天皇の入れ替わり・南朝復活説、② 大正天皇の影武者説、③ 大正天皇が毒を飲まされた説、④ 昭和天皇が明治天皇の庶子であった説、⑤ 貴族院内で昭和天皇がいじめられていた説、⑥ 昭和天皇を失敗させて、失敗させて、新天皇をつくる計画があった説、⑦ 先の大戦の遠因には、南朝皇族と北朝皇族との争いがあった説、などがありました。
【 令和8年は、皇紀2686年!】
2686年が真実かどうかは別として、日本の歴史の中で《天皇が国民・庶民側に位置する》というのは、戦後だけの例外的な存在です。正確に言うと、日本が無条件降伏した後に、GHQや米国がつくった皇室と言うのが、今の国民に寄り添った皇室なのでしょうね。
これは、単なる仮説でしかありませんが・・、米国から見れば、《旧皇族 = ゾルゲ事件 = 中国・ソ連側》となり、《現皇室 = 米国・英国側 = 米英国が守るべき存在》となっている可能性はあります。そうすると、石油を止めてでも、日本の皇室典範の改正問題に影響を与えたくなるでしょうね。これで、日本が米国を攻撃したら、太平洋戦争の繰り返しですよ。同じことを繰り返す。これが日本です。
人は、生まれて、学校で歴史を学び、社会人となって働き、選挙権を持ちますが、まあ、何と言うか、無意識に過去の歴史を繰り返してしまうのかもしれません。無意識のトラウマみたいなものが、個人や社会に存在するのでしょうか?
【 ロンドン大学内にある日本人留学生記念碑 】
明治元年は、1868年です。ところが、ロンドン大学構内にある《日本人留学生記念碑》には、1863年(文久3年)に長州藩士5名の名前が記念碑に刻まれています。また、1865年(慶応元年)には薩摩藩士19名の名前が記念碑に刻まれています。これは、都市伝説ではなくて、本当の話です。
それで、当時の長州藩は、留学費用として1人1000両、5名で5000両支払っています。これは当然、密航で、彼らは処刑を覚悟して留学しました。薩摩藩士も同様だったと思います。事実を調べたければ、萩市の博物館や山口市の観光サイトで事実が紹介されています。だから、教科書が正しい、マスコミ報道が正しい、公式文書が正しいと言うなら、情報局や情報部なんて日本に必要ありません。日本人には情報の仕事なんて向いていません。
結局、明治維新とは、英国の知恵と力を借りて達成した維新でした。その維新の《見届け役》だったのが、英国外交官のアーネスト・サトウでした。そういう訳で、サトウは、明治天皇の誕生経緯を英国に報告しています。明治天皇 = 明治新王朝という説が真実かどうかわかりませんが、世界の主要国政府、世界の王室は、真実をしっていると思われます。知らぬは、日本人ばかりなり・・、ですか。
【 将軍と兵法指南役との会話 】
南北朝時代、後醍醐天皇は、柳生庄を領土として《柳生》に与えました。そして、後南朝が滅びるまで、柳生は後南朝を支え続けました。家康が柳生石舟斎に出会った時、石舟斎はただの剣士でした。ところが、石舟斎の存在は、家康を大喜びさせました。なぜでしょうか?
徳川将軍は、本当は、自分が《世良田》《新田》だとわかっていました。だから、柳生の兵法指南役と一緒の時には、後醍醐天皇はどうであったか、後南朝はどうであったか、柳生も大変だったのだなあ、世良田も、新田も大変であった・・、などと話をしていたと思います。江戸時代に、南北朝を持ち出す必要はなかったから、徳川将軍も柳生としか後南朝の話をしなかったでしょうが。
どうして、家康は、そこまで柳生を信用できたのでしょうか。どうして、徳川将軍は、そこまで柳生を信用できたのでしょうか。
食べるのに困らず、健康であり、好き勝手に生きれたら、まあ、幸せな人生だと思います。
私には、日本国内で助けてくれる人がいるので、本当に助かっています。海外には、私を先生とまで言わなくても、好意的に扱ってくれる若者たちがいるから、本当に助かっています。この場で感謝いたします。
お金には大きな魅力がありますが・・、数字を見て増えた減った、得した損した・・、の人生で終わると、やはり、最期に《やりたい事を、やっとけば良かった!》と思うものでしょうね。
コメント投稿が長くなったので、しばらくして、次のスレに移ります。
日本の未来と、世界の未来が良くなることを願っています。