引用元:鎌倉武士「ひゃあ、モンゴル人強すぎる…負けちゃうよー」台風「よろしくニキー」
https://nova.5ch.net/test/read.cgi/livegalileo/1718697226/
1: それでも動く名無し 警備員[Lv.13] 2024/06/18(火) 16:53:46.33 ID:Q+2gAvaz0
ほんまはこんな感じやないらしいな
6: それでも動く名無し 警備員[Lv.18] 2024/06/18(火) 16:56:25.40 ID:CHdsN+xK0
誉を持って戦ってたらしいな
8: それでも動く名無し 警備員[Lv.6] 2024/06/18(火) 16:57:23.95 ID:OzsNiuW10
おっさんが教えられてたモンゴルに殺されまくったけど台風に救われた謎エピソードなんなんや
あの矢を射かけられてる馬と武士の屏風も悪意ある切り抜きにしか見えんし
あの矢を射かけられてる馬と武士の屏風も悪意ある切り抜きにしか見えんし
28: それでも動く名無し 警備員[Lv.10][新芽] 2024/06/18(火) 17:06:47.74 ID:3Q1ia+xmr
>>8
むしろあれは
あそこで射られてる武士が主役で
こんな激戦を頑張ったんだから恩賞ください!ってプレゼンするための絵や
むしろあれは
あそこで射られてる武士が主役で
こんな激戦を頑張ったんだから恩賞ください!ってプレゼンするための絵や
41: それでも動く名無し 警備員[Lv.5][新芽] 2024/06/18(火) 17:16:13.55 ID:Nr7bnz020
>>8
全部ウソやからな
鎌倉武士の蛮勇で追い返した
博多を略奪したのも鎌倉武士やし
全部ウソやからな
鎌倉武士の蛮勇で追い返した
博多を略奪したのも鎌倉武士やし
108: 警備員[Lv.12] 2024/06/18(火) 18:01:08.44 ID:pDiGhUSl0
>>8
大日本帝国のプロパガンダ
大日本帝国のプロパガンダ
110: それでも動く名無し 警備員[Lv.5][新芽] 2024/06/18(火) 18:02:24.97 ID:bDe5UqlKd
>>8
神風最強論は室町時代から台頭するんや
朝廷や寺社などの権門勢力が弱体化する中、
仏教の権威と実用性を吹聴するために
僧侶の祈りが神風を起こしたという神風最強論が形成されたんや
当時は神戦思想がまだ残ってたからこれで通用したんや
神風最強論は室町時代から台頭するんや
朝廷や寺社などの権門勢力が弱体化する中、
仏教の権威と実用性を吹聴するために
僧侶の祈りが神風を起こしたという神風最強論が形成されたんや
当時は神戦思想がまだ残ってたからこれで通用したんや
468: 警備員[Lv.1][新芽] 2024/06/18(火) 21:34:12.98 ID:6mJvvAD20
>>8
学校においてある日本史の漫画がそんな感じの描き方やったんや
学校においてある日本史の漫画がそんな感じの描き方やったんや
11: それでも動く名無し 警備員[Lv.5][新芽] 2024/06/18(火) 16:59:27.37 ID:f0aLNuBZ0
いうほど劣勢でもなかった定期
18: それでも動く名無し 警備員[Lv.13][新芽] 2024/06/18(火) 17:01:52.47 ID:O2DBew6u0
1回目はマジで海が荒れたと思ったらいなくなってた
2回目は台風シーズンに1ヶ月も九州沖に停泊してたらそら台風来るよって感じ
2回目は台風シーズンに1ヶ月も九州沖に停泊してたらそら台風来るよって感じ
20: それでも動く名無し 警備員[Lv.3][新芽警] 2024/06/18(火) 17:02:58.20 ID:FLyPshjrd
日本海海戦
21: それでも動く名無し 警備員[Lv.9] 2024/06/18(火) 17:03:26.50 ID:12/St2vF0
名乗りあげてるとこ弓で射たれたって教わったわ
卑怯なやつらや
卑怯なやつらや
30: それでも動く名無し 警備員[Lv.4][新芽] 2024/06/18(火) 17:07:21.95 ID:58BaHCMF0
言うてあの時代海を渡って他国を征服するってめちゃくちゃ難易度高くないか?
36: それでも動く名無し 警備員[Lv.11] 2024/06/18(火) 17:13:53.16 ID:PAofX4gk0
当時の軍事技術だと島国を攻めるのって相当難しくないか
まず空が使えない時点でほぼ無理じゃない?
まず空が使えない時点でほぼ無理じゃない?
52: それでも動く名無し 警備員[Lv.8][新芽] 2024/06/18(火) 17:20:53.91 ID:sLcGJWJO0
>>36
あの時代に海渡って戦争するって凄いよな
日露戦争のときですらむっちゃ金掛かってるのに
あの時代に海渡って戦争するって凄いよな
日露戦争のときですらむっちゃ金掛かってるのに
37: それでも動く名無し 警備員[Lv.4][新芽] 2024/06/18(火) 17:13:53.60 ID:jfuIfc5Gd
対馬は完全に制圧されたんやろ?なんで橋頭堡にせずに引き返したんや?
75: それでも動く名無し 警備員[Lv.17] 2024/06/18(火) 17:32:29.16 ID:UBnQZ7eZ0
>>37
土地目当てっーよりも
「おう日本何で挨拶に来ねぇんださっさとウチに頭に下げにこいや」って手紙無視したのを
あいつ調子こいてなボコるかって感じで来た兵隊だから
そもそも常時駐在して支配するってタイプの国じゃないしな
土地目当てっーよりも
「おう日本何で挨拶に来ねぇんださっさとウチに頭に下げにこいや」って手紙無視したのを
あいつ調子こいてなボコるかって感じで来た兵隊だから
そもそも常時駐在して支配するってタイプの国じゃないしな
82: それでも動く名無し 警備員[Lv.1][新芽警] 2024/06/18(火) 17:34:48.50 ID:O2DBew6u0
>>75
手紙無視どころか使者の首飛ばして、返事が来ないなぁもう一回送るかって来た使者の首も飛ばしてブチギレられてるんだよなぁ
手紙無視どころか使者の首飛ばして、返事が来ないなぁもう一回送るかって来た使者の首も飛ばしてブチギレられてるんだよなぁ
101: それでも動く名無し 警備員[Lv.4][新芽] 2024/06/18(火) 17:55:24.38 ID:OIONKt850
>>82
ワイらの祖先蛮族過ぎんか?
ワイらの祖先蛮族過ぎんか?
163: それでも動く名無し 警備員[Lv.2] 2024/06/18(火) 18:31:43.43 ID:QSnDg/xu0
>>101
ガチでモンゴルの方が野蛮なのでセーフ
ガチでモンゴルの方が野蛮なのでセーフ
40: それでも動く名無し 警備員[Lv.7] 2024/06/18(火) 17:16:05.31 ID:Tx9PlCrm0
あれ2回目にきた時は準備しまくってボコボコにして上陸もさせなかったんじゃなかった?
44: それでも動く名無し 警備員[Lv.7][新芽] 2024/06/18(火) 17:17:54.60 ID:E43Mlai60
北条時宗「腹立つからカウンターアタックしたろか」
さすがに止められたらしい
さすがに止められたらしい
57: それでも動く名無し 警備員[Lv.6][芽] 2024/06/18(火) 17:22:32.44 ID:v9LsBDr1d
>>44
室町時代の倭寇さん「仇はとったるで」
室町時代の倭寇さん「仇はとったるで」
85: それでも動く名無し 警備員[Lv.8][新芽] 2024/06/18(火) 17:40:15.89 ID:q12e+vrZ0
攻めあぐねて船で待機してたら台風直激ってきいたが
86: それでも動く名無し 警備員[Lv.11][新芽] 2024/06/18(火) 17:41:26.87 ID:MxhylCuY0
でも鎌倉幕府は崩壊したから実質モンゴル軍の勝ちなんだよね
88: それでも動く名無し 警備員[Lv.1][芽告] 2024/06/18(火) 17:42:34.32 ID:QYSfPigL0
>>86
モンゴルも数年後に分裂したやん
モンゴルも数年後に分裂したやん
89: それでも動く名無し 警備員[Lv.10] 2024/06/18(火) 17:42:47.23 ID:tOArycuY0
>>86
秀吉の出兵で明が滅びた理論やね…
秀吉の出兵で明が滅びた理論やね…
87: それでも動く名無し 警備員[Lv.3] 2024/06/18(火) 17:42:28.50 ID:2YWnoPgZ0
教科書の絵だと
モンゴル「てつはう、パンパンw」
鎌倉武士「ぐあー!!」
で負けてるように見えるよな
モンゴル「てつはう、パンパンw」
鎌倉武士「ぐあー!!」
で負けてるように見えるよな
90: それでも動く名無し 警備員[Lv.13] 2024/06/18(火) 17:43:45.36 ID:rd5c22ml0
幕府としてはなんか神風で勝ったって方が都合が良かったんや
恩賞となる土地がもうないし
恩賞となる土地がもうないし
95: それでも動く名無し 警備員[Lv.9][芽] 2024/06/18(火) 17:47:13.89 ID:wLKBolAj0
モンゴル軍 規律アリ、士気ほぼ無し
日本軍 規律ナシ、士気各家が恩賞目当てで爆上がり
日本軍 規律ナシ、士気各家が恩賞目当てで爆上がり
96: それでも動く名無し 警備員[Lv.22] 2024/06/18(火) 17:49:57.48 ID:seacNn2x0
略奪しに来た大陸側vs略奪しながら来た本土側やっけ
97: それでも動く名無し 警備員[Lv.13] 2024/06/18(火) 17:50:38.82 ID:IXuMzdf60
降伏した朝鮮人は助けてあげたらしいけどその人達その後どうなったんだろう?
104: それでも動く名無し 警備員[Lv.11] 2024/06/18(火) 17:57:40.08 ID:oP89ey+F0
>>97
10万人のうち2万ぐらいは殺されずに済んで奴隷になったらしいよ
あとは南宋との取り引きしだい
10万人のうち2万ぐらいは殺されずに済んで奴隷になったらしいよ
あとは南宋との取り引きしだい
107: 警備員[Lv.12] 2024/06/18(火) 17:59:42.41 ID:pDiGhUSl0
1回目の戦いはかなり苦戦したけど2回目は対策練りまくったんやろ
109: それでも動く名無し 警備員[Lv.5][新芽] 2024/06/18(火) 18:02:10.92 ID:47lJ0euQ0
武将の首をぶら下げて戦意削ごうとしたら逆に首取り返そうと勢いついたの草
侍を知らんかったんやろなぁ
侍を知らんかったんやろなぁ
131: 警備員[Lv.12] 2024/06/18(火) 18:10:48.01 ID:pDiGhUSl0
流石の鎌倉武士も1回目から糞尿投げ込むようなやばい奴らじゃなかったんだわ
132: それでも動く名無し 警備員[Lv.11] 2024/06/18(火) 18:11:31.19 ID:oP89ey+F0
元軍が拠点にしてて台風で壊滅した島が長崎にある
船がほとんどやられて戦いもクソもなくなったんで指揮官たちだけ残った船で部下置き去りにして逃げた
残された10万人は逃げ帰るために船作ろうとしてたけど鎌倉武士たちにバレて攻め込まれて殺されまくった
残った指揮官クラスもいたけどそいつらは責任取らされて全員斬首
その場所は今ではモンゴル村という名前のテーマパークになってる
船がほとんどやられて戦いもクソもなくなったんで指揮官たちだけ残った船で部下置き去りにして逃げた
残された10万人は逃げ帰るために船作ろうとしてたけど鎌倉武士たちにバレて攻め込まれて殺されまくった
残った指揮官クラスもいたけどそいつらは責任取らされて全員斬首
その場所は今ではモンゴル村という名前のテーマパークになってる
135: それでも動く名無し 警備員[Lv.6] 2024/06/18(火) 18:12:29.47 ID:PWtzT7kR0
>>132
草
せめて慰霊碑作ってやれよ
草
せめて慰霊碑作ってやれよ
156: それでも動く名無し 警備員[Lv.1][警] 2024/06/18(火) 18:29:28.63 ID:oP89ey+F0
>>135
慰霊碑はあったはず
慰霊碑はあったはず
138: それでも動く名無し 警備員[Lv.11] 2024/06/18(火) 18:14:40.45 ID:bXZynsIL0
モンゴル側も二回目は平地なら絶対負けないような兵力動員してたけど
武士さん側は事前準備入念にしてたし得意の馬も連れてきてはいたけど上陸出来ないから意味ない
日本の長弓の方が射程長いから弓の撃ち合いも勝てない
ガチの不意打ちで九州半分ぐらい取って上陸拠点作って大軍送り込むぐらいしか勝ち目がない
武士さん側は事前準備入念にしてたし得意の馬も連れてきてはいたけど上陸出来ないから意味ない
日本の長弓の方が射程長いから弓の撃ち合いも勝てない
ガチの不意打ちで九州半分ぐらい取って上陸拠点作って大軍送り込むぐらいしか勝ち目がない
143: 警備員[Lv.12] 2024/06/18(火) 18:15:50.07 ID:pDiGhUSl0
Wikipedia見ると日本に来た相手方の兵士の大半が帰らぬ人となってるんやな
154: それでも動く名無し 警備員[Lv.8] 2024/06/18(火) 18:27:17.33 ID:mUYqHMBc0
九州は刀伊の入寇やそれ以前から大陸の海賊にちょこちょこ攻撃されてたからな
藤原純友に博多湾から上陸され太宰府政庁焼き討ちされたりもしたし
何気に北部九州は戦慣れしてるってのはあったからな
藤原純友に博多湾から上陸され太宰府政庁焼き討ちされたりもしたし
何気に北部九州は戦慣れしてるってのはあったからな
特に大蔵春実が藤原純友の乱の時に活躍して北部九州に子孫が土着して
尚且つ子孫の大蔵種材が藤原隆家を大将に刀伊の入寇を撃退したし
さらに子孫の大蔵氏流原田氏も元寇で一門の御家人に討死したのもいたわな
元寇ではあまり語られないが大蔵氏の系譜が筑前に土着してたのは地味に大きかったわね
先祖が博多湾沿岸での戦いを経験してたのは家伝として伝わってたろうからな
162: それでも動く名無し 警備員[Lv.4][新芽] 2024/06/18(火) 18:31:11.17 ID:59e9XLhg0
海から上陸して苦戦して
増援なく敵地に取り残されるって
滅茶苦茶悲惨よな
増援なく敵地に取り残されるって
滅茶苦茶悲惨よな
179: それでも動く名無し 警備員[Lv.15] 2024/06/18(火) 18:38:26.91 ID:0C7lYNYPd
当時の日本の矢尻が大きすぎてヤバイわ
モンゴルが拳銃の銃弾としたら日本はライフル弾位に違いがある
モンゴルが拳銃の銃弾としたら日本はライフル弾位に違いがある
188: それでも動く名無し 警備員[Lv.6] 2024/06/18(火) 18:42:28.46 ID:7hTcz5xV0
本当に怖すぎ鎌倉武士
202: それでも動く名無し 警備員[Lv.12] 2024/06/18(火) 18:48:47.02 ID:YLkM0hkX0
授業で習った時めっちゃワクワクしたな
206: それでも動く名無し 警備員[Lv.6] 2024/06/18(火) 18:50:18.62 ID:ALFTL6nG0
結構普通に防衛出来てたらしいなコレ
防塁多くて攻めあぐねて停泊してたら台風にやられたみたいな感じ
防塁多くて攻めあぐねて停泊してたら台風にやられたみたいな感じ
212: それでも動く名無し 警備員[Lv.8] 2024/06/18(火) 18:55:28.76 ID:mUYqHMBc0
>>206
弘安の役に関してはかなり準備してて体制整ってたからな
鎌倉幕府も一門の北条実政を文永の役後にすぐ異国征伐大将軍として九州に送り込んで
7年間攻めてくるまで張り付かせていたからな
弘安の役に関してはかなり準備してて体制整ってたからな
鎌倉幕府も一門の北条実政を文永の役後にすぐ異国征伐大将軍として九州に送り込んで
7年間攻めてくるまで張り付かせていたからな
そりゃ弘安の時は統率とれた動きに変わるわな
213: それでも動く名無し 警備員[Lv.33] 2024/06/18(火) 18:57:35.05 ID:OvDebYaq0
>>206
あんまり語られてないが
本州の山口県の方にも防衛隊を配備しててモンゴル側の奇襲策を待ち伏せてあっさり潰してるからな
現場もだが上も戦い慣れしまくってるんだよな鎌倉武士
マジで強い
あんまり語られてないが
本州の山口県の方にも防衛隊を配備しててモンゴル側の奇襲策を待ち伏せてあっさり潰してるからな
現場もだが上も戦い慣れしまくってるんだよな鎌倉武士
マジで強い
210: それでも動く名無し 警備員[Lv.11][芽] 2024/06/18(火) 18:54:29.31 ID:tXq5Z31t0
船を着けられる海岸なんて相当限られてくるから上陸地点絞れたら無理ゲよな
逆に元軍がどういう計画で侵攻したのか分からんけど
逆に元軍がどういう計画で侵攻したのか分からんけど
215: それでも動く名無し 警備員[Lv.6] 2024/06/18(火) 18:59:45.67 ID:ALFTL6nG0
>>210
何せ当時の事だからロクな情報も無しで行くしかないからな
まぁ適当な所に上陸してその後は流れでとか
何せ当時の事だからロクな情報も無しで行くしかないからな
まぁ適当な所に上陸してその後は流れでとか
で、行ったら上陸できそうな所には全部石塁巡らされてて
上陸しようとしたら石塁から弓ばんばか射かけられて
どっかエエとこあるやろとやってたら台風来てオワタ
219: それでも動く名無し 警備員[Lv.16] 2024/06/18(火) 19:05:04.66 ID:FO4rFujU0
征服したばかりの高麗人に船作らせたからボロ舟ばっかで日本につくにも一苦労だったって聞いたことある
235: それでも動く名無し 警備員[Lv.16] 2024/06/18(火) 19:18:51.87 ID:6x9C8pAZ0
ぶっちゃけ一番ヤバイのは地続きでモンゴル帝国跳ね返したベトナムやろ
あいつらマジでなんやねん第二次世界大戦終了後の世界王者アメリカですら跳ね返したし
あいつらマジでなんやねん第二次世界大戦終了後の世界王者アメリカですら跳ね返したし
238: それでも動く名無し 警備員[Lv.14] 2024/06/18(火) 19:20:39.23 ID:Q+2gAvaz0
>>235
ベトナム、西は山しかないし東は海しかない謎の土地なのも防衛強そう
ベトナム、西は山しかないし東は海しかない謎の土地なのも防衛強そう
240: それでも動く名無し 警備員[Lv.4][新芽] 2024/06/18(火) 19:21:54.66 ID:J7DqCGTD0
>>235
影の王者や
ゲリラで右に出るものなし
影の王者や
ゲリラで右に出るものなし
241: それでも動く名無し 警備員[Lv.6] 2024/06/18(火) 19:21:58.41 ID:ALFTL6nG0
2回目は元も結構本気やったからな
ただそれ以上に鎌倉武士もクレイジーだったという
ただそれ以上に鎌倉武士もクレイジーだったという
262: それでも動く名無し 警備員[Lv.16] 2024/06/18(火) 19:34:57.86 ID:XX9XimmtC
文永の役の元軍は多くても5万いないぐらいで、こんな数で勝てるはずが無い
実際その日のうちにボッコボコにされて散々逃げ回って矢も打ち尽くして撤退している
実際その日のうちにボッコボコにされて散々逃げ回って矢も打ち尽くして撤退している
さすがに二回目は学習して弘安の役では15万を越える空前の大艦隊を編成して攻めたが
次々と到着する鎌倉方の援軍に3ヶ月経っても戦況は好転せず、台風にもやられて撤退
というかこの季節の九州に3ヶ月も停泊していたらそりゃいつかは台風が来るのが当たり前で
むしろ来ない方がおかしいというか
278: それでも動く名無し 警備員[Lv.7] 2024/06/18(火) 19:44:48.89 ID:ALFTL6nG0
大軍展開できるような土地がそもそも少なく
やっと広い浦見つけたら高さ3Mの防塁と障害トラップだらけ
やっと広い浦見つけたら高さ3Mの防塁と障害トラップだらけ
ようやく見つけた小さい浜に小勢で上陸しても
速攻で周囲から大量の鎌倉クレイジー族が沸き出て来て
多勢に無勢のボコボコに































コメント↑↓
※誹謗中傷や相手を傷つける投稿はご遠慮ください。お互いを尊重し合った、思いやりのある投稿をお願いいたします。
>>1
モンゴルがヤバい事にしないとそれを相手に戦った武士までショボい事にされかねんからな
明確な手柄の判断とかあの時代じゃ難しいしアピールは褒賞の大小に響く死活問題
あの絵自体モンゴル側が酷いことになってるのを切り取ってまるで鎌倉武士が逃げ惑ってるように見せてるだけだからなぁ。
馬を持ってこれない騎馬民族なんか大した事ない。
大将クラスはモンゴルやけど配下は南宋の残党と高麗の属国兵やろ?
>>2
そもそも2回目は九州武士団だけで撃退している。
>>2
絵だし何とでも書けるよね?
その当時から大本営発表やってたってだけやんw
取り敢えず一度ぶつからないと何をどれだけ奪えそうかも分からないし最初は挨拶
オレは学校で神風のおかげでまぐれ勝ちしたと教えられた
日教組左翼教師の全盛期だったのかな
モンゴル軍は補給が途絶した状態で日本側は次から次へと援軍が来る
こんなもん最初から無理ゲーだろう
蒙古襲来!
>>4
高麗兵はモンゴル帝国侵攻で多数死んでるし、ハゲ山になるくらい船作らされて
元寇では4万人以上死んでるね。高麗ではモンゴル兵に充てがう為に結婚禁止になってるし
男系はほぼ北方異民族に置き換わってるよ。
簡単に中国本土を滅ぼしたモンゴルは強かったけど、
日本じゃ地方の地侍だけで対応出来ちゃったんだよな
>>3
モンゴル水軍は人類史上最大で最強の水軍だったんやで
南宋やベトナムや東南アジアで猛威を振るっている
モンゴル人「あいつら頭オカシイ」
なんか、当時の台の風って、台の方角から来る強風という、現代で言う赤道直下で発生する特異な気象条件は、当時では、限りなく季節的な規則性であるならば、鎌倉で言う予言や予想も先験的なんじゃないのかな?
モンゴル兵の中身は朝鮮人でござる
2024年にもなって、昭和以前の知識でスレを立てるのか…
僧侶が神頼みとはこれ如何に
>>8
違うんだなぁ…「神風説」は明治・大正期に「神国日本」と印象をつけるために
政府が組み上げた「虚構」が前提になっているのよ
>>13
あんまりろくな結末になってない白藤江の戦いでもベトナム水軍に殲滅されてるし
南宋征服以後のクビライの遠征は日本に限らす失敗続き、チャンパ遠征は偽りの降伏と焦土戦術に苦しめられたあげく成果なく撤退、ベトナム遠征も焦土戦術に苦しめられたあげく白藤江の戦いで大敗を喫して帰還者一割未満という有様、ジャワ遠征は現地勢力同士の争いに利用された挙句、騙し討ちにされて敗走、一応、成功したのは内政の混乱に乗じることができたビルマ遠征くらい
>>16
はい、蒙古襲来において、朝鮮半島の高麗(こうらい)はモンゴル帝国(元)の属国として日本遠征軍に組み込まれていました。そのため、高麗の兵士や水夫は元軍(モンゴル・高麗連合軍)の主力として日本(鎌倉幕府)と戦うことを強いられました
>>13
だったら九州武士団はめちゃくちゃ強かったんだな。
死者数 九州武士団 数百〜数千人 、 モンゴル兵 8万〜14万人。
上陸させるのも一苦労なんやし圧勝やろ。
>>9
そもそも兵力差は数倍で、鎌倉武士団がくる前に全滅してたというね。
>>16
モンゴル兵16万人だとしたら4万人くらいは高麗兵。
>>12
南宋征服も別に簡単じゃなかったけどなオゴデイ時代の皇太子クチュの遠征は南宋の名将孟珙の反撃にあって停滞、クチュの戦病死もあって逆に襄陽を奪還されてるし、その後も孟珙が残した長江防衛線は有効に機能し続けモンケの親征も失敗その後を継いだ、クビライもなかなか突破できなった特に襄陽では一つの城塞都市を落とすのに五年もかかってる
>>15
赤道無風地帯は、赤道付近に形成される風の弱い地帯で、北東貿易風と南東貿易風に挟まれています。この地域は、強い日射によって上昇気流が形成され、低気圧が発生します。台風は赤道上では発生しない理由は、コリオリの力が作用しないためです。台風は主に熱帯収束帯(ITCZ)で発生しやすく、海面温度が上昇することで発生条件が変化している可能性があります。
>>27
赤道は地球の自転軸に垂直で、地球の中心を通る線で、全長は約40,075 kmです。赤道によって地球は北半球と南半球に分けられ、春分・秋分の時期には太陽が真上に来るため、昼と夜の長さはほぼ12時間でほぼ一定です。ただし、大気の屈折により数分のずれが生じることがあります。
>>18
神仏習合ってやつ
補給線無し、貧弱な船、上陸地点なし、海が静かな短い期間に橋頭堡築いて、次シーズンまで持ちこたえて、次の増援来るかわからん。
わしはやりとうない。
>>24
航空支援も艦砲射撃もできない時代にたかだか数倍の戦力で渡洋上陸とか無謀すぎる、しかもろくな情報収集もなし調略もなしこれで勝てるわけない
>>22
光武帝の進言があったから侵攻した、というのを抜かしちゃあかん。
北条時宗がしっかり対策してくれたからね
弘安の役では日本側も九州太宰府軍約4〜5万と六波羅派遣軍約6万(到着前に終戦)を合わせたら軽く10万人を超す兵力は持ってたんだよね。
だから台風が来なくても普通に撃退できるレベルには元軍と鎌倉軍の軍事力は拮抗してたと思う。
元に滅ぼされていればよかったのに
>>6
切り取ったのは戦後の歴史家だぞ。
日本と違って武将のいない士気の低い雑兵の集まりだからすぐ対策を取ってたよ
たしか、そのモンゴルと言っても、履歴が残っていない次元におけるそれなりの部隊編制があったことは、ユーラシア各地においてはそんなに珍しいことではない、そのルートは、やはり、シルクロード上であって、むしろ、川と海とでは、気象条件が異なることを、一体いつ頃、知ったのだろうか?
鎌倉幕府が武士団に褒賞金払いたく無いから総て新風の手柄にして事なきを得た、鎌倉幕府は財政難だったからな、まぁ武士団も焦土戦術で略奪放火と好きざんまいしてたからどっちもどっちや
蒙古に町を襲撃されて略奪される前に自分らで略奪した奴らだからな鎌倉武士は
捉えたモンゴル兵も従軍してたモンゴルの女も総て打ち首にしてたんやで
ヒャッハー!!
>>38
五目並べに対する、頂点シェーダは、天文という二値のモザイク模様(天文学)
まぁ元寇の時はして無かったが、地侍同士も対立関係で普段から争い合ってた間柄出しな、蛮族過ぎるだろ鎌倉武士団
そら鎌倉武士クソザコ説の種本はその名のズバリ『八幡愚童訓』なんていう八幡神のおかげでモンゴル撃退できたんやで(だから恩賞頂戴)っていうもろプロパガンダなわけだし
モンゴルには侵略され無かったが太宰府終戦と前線付近は鎌倉武士団に破壊略奪し尽くされの草www
まだ竹崎季長が恩賞が欲しくてアピールのために「蒙古襲来絵詞」(もうこしゅうらいえことば)を描かせたと信じている情薄がおるんかw
あれは竹崎季長が恩賞をもらってだいぶたってから、恩賞をもらう際に世話になった安達泰盛が不遇の死を遂げた(一族滅亡)ので、その鎮魂のために描かせて甲佐神社へ奉納したんだ。
鎌倉武士の考えは美人なんか要らねー、ブスでも良いから体格が大きく丈夫な女、弱い子供では生き残れ無い、貧者な美人は選ばんって言う極ぶり思考だからな
普段から鎌倉武士団同士が略奪し合って居た賜物ですよ、その変わりに治安はめっちゃ悪かったけどな、幕府が無闇に通行人を斬りコロスなとかお触れを出してたくらい、おぉ坊さんだ試し切りに丁度いいとか考えるのが鎌倉武士
>>39
古い内容だな
鎌倉幕府は遅延したが恩賞はしっかり与えてるぞ
丁度恩賞に与える土地が空いたから
>武将の首をぶら下げて戦意削ごうとしたら逆に首取り返そうと勢いついたの草
人質を船に吊るして、射られまい!と思ってたら、
生き恥を晒して可哀そう!と人質を射ってコロしてあげようとするしな、
昔から日本人の感覚って世界とズレまくってね?
大陸では無双してモスクワ連中から「タタールの軛」としていまだに恐れられるモンゴル人でさえ蹂躙できなかった土地、日本列島。
今のロシアによるウクライナ侵略を見ていても『防衛側の圧倒的優位性』はいつの時代も変わらんと感じる。
モンゴル人と朝鮮人は皆コロしにして居たが、鍬や鋤の農具しか持って居なかった南宋人は鎌倉武士が労働力として持ち帰ってるんやで、敵意出してたら殺されてただろうけどな
モンゴルが捕虜を矢封じの盾にしてる、だったら先ず盾から射抜けばいいやんけ、これが鎌倉武士の考えやぞ
>>2
北条執権「ちょっと竹崎ちゃん 話盛りすぎやろ」
よく誤解されがちだが鎌倉幕府は元寇のせいで弱体化してない(実際は逆に強化された)し御家人が恩賞の不満で幕府を恨んだみたいな話もない
というか後醍醐天皇に従った御家人を見ても元寇に直接関係してない御家人ばっかりだし
>>38
たぶん、事情が色々あったという記録は、近傍にはないよね(構図と縮図)
>>23
その末裔が、現在の修羅の国に生息
理解出来るよね
>>57
三次元モデル上の導線においてのボトルネックは、移動する集団ということに尽きる
モンゴル兵に人で無しと言われたのが鎌倉武士だもんなwww
>>57
各地の持ち分をかすめ取るという転々とした振る舞いは、海では通用しない一方、現代では、その事情は省略されるとも言えるよね
>>25
>モンゴル兵16万人だとしたら4万人くらいは高麗兵
モンゴル兵16万と言っても内訳は南宋兵が12万くらいじゃん
モンゴル要素かなり薄々0.01mm
武士団で土豪の地侍達だからな、各々武士団で自分の領地、自称の領地で公式の物では無いがその外は総て敵って思ってた連中出し、一族郎党で小さい支配地形成してた
>>30
そもそも補給が無い状態ではモンゴル兵の主力武器である弓矢は肝心な時以外にはそうそう使えなかったんじゃないだろうか、知らんけど。
>>1
竹崎季長「それにしても絵巻に落書きしすぎやろ
ワシに立ち向かう蒙古兵なんかおらんかったのに玊袋がかゆい」
兵器の完成してない時代だから群より個の武力が高いほうがキルレを稼いでいた時代だからな
名乗りを上げて~とか言うが、
名乗りってのは「今から○○家の◇◇が△△家の××をぶっ〇すので証言ヨロ!」って意味なのだ。
スマホも写真もないから周囲に報告しとかないと面倒だからね、仕方ないね。
海の向こうから来た知らん家の知らん奴の首を落とすのに名乗りあげる必要なんてないのだ。
>>29
神仏習合の発端は
日本に仏教伝来後、朝廷が仏教の流布を解禁した
その時に仏教振興の為に朝廷に収める税の軽くして優遇したんだな
てなもんで古来からの神社も「実はウチ、寺院なんですわぁー」と虚偽申告が横行したらしい
貴族の荘園にある神社なんかお目こぼしする代わりに、本来収めていた税が軽くなるので、そこを原資として上っぱねして相当儲けたんだと
あと、そもそも神道の日本に仏教が拡大できたかと言うと蘇我氏が仏具関連一式を製造販売する職人集団を抱えていたからネジ込んだ
>>66
鎌倉武士が世界的にも珍しい重装弓騎兵、まぁ普段からの略奪専用装備って所やろな
密林地帯とか海越えした時の騎馬民族とか雑魚だろうし
>>50
>丁度恩賞に与える土地が空いた
誰が治めていた土地だろう
興味あるわ~
>>40
ちがう
国外に財産を流出させないように
予め保護したんや
元の持ち主には戻ってこなかったケド
>>31
情報収集は(宋商人から)してたぞ。
鎌倉時代は日宋貿易で刀や金と貨幣や禅宗の書物を交換してたので、交流はあった。
普段から急襲の略奪ばかりしてた一族郎党連中が格小部隊編成で、その小部隊が沢山集まった感じや
>>5
全国から武士が九州に来て居付いたのよ。
確か手弁当かつ帰りの旅費無しだった筈だから
九州武士団と言ってもね
>>48
そうなんか
ほな義経は軟弱者として蔑まれたろうな
>>76
義経は凄いブ男だったみたいやぞ
>>52
日本の場合
荒れる日本海という天然の鉄壁要塞があったからね
昔は攻める側は兵站確保がムリゲーやもん
>>71
対馬の宗家とか、壱岐の平家とか…
>>40
略奪されて、相手の物資を補給するぐらいならば、先に接収するのは別に珍しい話でもない
>>56
北条得宗の権限拡大がかえって幕府権力の空洞化をまねいた気もするがな
>>39
鎌倉幕府が滅んだ理由は、貨幣経済の浸透で「御恩と奉公」で御家人に忠誠を求める幕府より、
金目で動く「悪党」の方が強くなったからや。
>>23
九州武士団
・動物の腐乱死体を集めて敵船に投げ込む
・ウンチを煮詰めて敵船に投げ込む
鬼畜変態プレイの上級者揃いでもありました
>>40
物資の現地調達を防ぐための、焦土作戦ってやつだぞ。
>>76
戦争には強いけど、やることなすこと邪道ばっかりで気に入らん、という武士も割といたっぽい。
>>19
左翼どもが別の利用をしたのも事実
>>77
鎌倉価値観の「ブ男」が今の価値観で不細工とは限らないしな。
「あいつチビだし筋肉ねーな、モテないだろ」ぐらいの価値観だったかもしれん
台風がとどめになったってだけで、来る前から武士側が優勢だったってのが定説かと
>>69
モンゴル兵「重装弓騎兵がなんでてつはうで驚いて棒立ちになった馬を乗り捨てて徒歩で襲い掛かってくるんですかね?」
>>88
△ 台風がとどめになった
〇 上陸拠点作ろうとしてたら台風が来た
>>90
wikiより
元寇の第二次侵攻である弘安の役では、元軍は対馬沖に上陸し、壱岐島や志賀島にも進攻しましたが、日本軍の激しい抵抗により敗走しました。その後、7月27日に鷹島の沖合に停泊していた元軍船に対して日本軍が攻撃し、7月30日には台風が襲来しました。この台風により、元軍の軍船の多くが沈没・損壊し、元軍は壊滅状態に陥りました。
確か2回進行があって、2回とも台風と遭遇してた気がするが。
>>23
藤原道隆「ワシが育てた玊袋がかゆい」
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>>83
1000年前に「腐った死体は病気の原因」と理解しとるからとんでもない話。
欧州で医者が手術前に手を洗うようになったのは19世紀末とかだぞ。
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>>86
偏左値高いな
>>12
本所一円地住人「おうよ!ゴケニンとかいう関東なまりの他所者やなくてワシらジモティーが活躍したんやで
鎌倉殿とか言うのに褒美たんまり貰わんと玊袋がかゆい」
実際に日本に来たのは、ほとんどが朝鮮と南宋人だろ
鷹島モンゴル村
元寇に由来して草原の上にモンゴルから輸入したゲルがあり、宿泊することができる。
とか書いてあって草
ある白装束の一団が、箱のようなものを担ぎ出し日本海に向けて儀式をしていたのを、当時複数の鎌倉武士たちに目撃されている
>>35
見た目がより薄い顔立ちになってただろうね。
韓国人は塩顔〜しょうゆ顔ばかり。
ユーラシア大陸の文明や民族を多数ぶっ壊した連中。
>>41
高麗兵も問答無用で打ち首。南宋兵は奴隷にするか送り返した。
大陸の人間が尻尾撒いて逃げるくらいには日本の環境は過酷だったって事か
そりゃアメリカに敗けるまで常勝無敗な筈だわ
>>53
宋とは交易してて伝手があったから帰しただけや。
身代k…げふんげふん…礼金ももらえない捕虜なら畑の肥やしにした方がええやろ。
蛮族モンゴルの最精鋭といえども、未開の首狩蛮族鎌倉武士には勝てないよなw
>>54
そもそも、よその家の御家人の侍従とかどうなってもええやろ。
>>32
光武帝「ワシ1300年も生きてたんか…玊袋がかゆい」
鎌倉武士団と言うより鎌倉強盗団だからな、普段から素行はめっちゃ悪かった、一族郎党がギャグング団みたいなもんやで
>>33
北条高時「せやせや、うちのじいちゃんは偉いんや
日本を護ったんや
そんな一族を滅ぼすとは玊袋がかゆい」
>>39
平頼綱「ん?財源?んなもんあるやろ
あれ、あれ、あいつ玊袋がかゆい」
安達泰盛「…ん?なんや指差しおって玊袋がかゆい」
>>108
首を飾る風習があるんだっけ?
>>111
死体に慣れるって理屈で死体を身近に飾ってたらしいな
>>82
北条高時「このところ冷夏続きやねん
土地もみんな田分けしすぎまくって分け与える土地もなくなってきたし玊袋がかゆい」
金沢貞顕「段々御家人も分割相続やなくて長子相続になってきてるし、それ以外は寺に入れられるようになったな玊袋がかゆい」
北条高時「父上までの血なまぐさい粛清劇を避けて平和な世にしたらこうなるとは皮肉な玊袋がかゆい」
>>89
鎌倉武士「走った方が早いからに決まってんだろ首置いてけ」
>>40
鎌倉時代の農民「ほんならワシらも弓矢や刀で応戦するまでやで玊袋がかゆい」
武士は武力を背景に活動してる者達だから侍とは別やで、強ければなんでもいいのが武士、後に侍と武士がドンドン混同されて行くんやけどな
>>87
凄い出っ出っ歯だったみたいな話しも有る、もしかしてねずみ男風の容姿だったのかもな
たしか、その鎌倉時代という時期に東シナ海という地理的な条件があるとするならば、特に南西諸島は、九州島南方から台湾北東にかけて、約1200キロメートルにわたり点在する島嶼群である以上、その島々に乗っかる低気圧という風が向かう方向性は、たぶん、当時でも神風という口伝伝承と、現代の高性能な気象レーダーにおける推移でも、当時とあまり変わらず不思議な地形とその現象は、当時の観測である妙から始まる予想や予言とも、整合性は見出せるけど、しかし、その重み付けは、人知を超える次元がアルヨネ
ゲームのゴーストオブヨーテイで前作主人公の話が出てきたときにうれしかった
ツシマの主人公はあのあと蝦夷地にわたったらしい
>>36
んじゃ戦後でもやってたわけやん?
>>81
御家人でない連中も動員して幕府支配下においてしまったから御家人との差別化ができず不満が溜まったとか
>>47
竹崎季長「安達のあんちゃんの気前の良さと少弐殿の勇敢さを描いて供養するで
あの平禅門め、あんな無様な最期でせいせいするわ玊袋がかゆい」
>>81
大仏宗宣「まあそんなに得宗の独走も続かんでしょう
太守に北条一族を纏める力があるとは思えませんし玊袋がかゆい」
>>11
×高麗ではモンゴル兵に充てがう為に結婚禁止
〇南宋の投降兵
そこは、ちょっと違う。
あと、江南地方も禿山になって、勃発する水害や貧困で元帝国の寿命が縮まったみたいやね。
高麗の方は木材よりも、職人など人材を使い殺したために大きく衰退したみたいやな。
鎌倉武士「ひゃあ、高麗進駐軍強すぎる…負けちゃったよー」朝廷「よろしくニキー」
検非違使「この戦犯ども」
そして敗戦土下座
>>9
本来攻めてが有利なんだけどね
イングランドなんてあっさり征服された
>>34
元側は人数面でもおかわりが必要だったわけだな
>>34
これ本当なの?
鎌倉時代の人口って1000万人いるかどうかだよね?
>>55
竹崎季長「ええやろ安達のあんちゃん謀反人認定取り下げて厚く供養しようや玊袋がかゆい」
>>56
新田義貞「元寇?西の方でじいちゃんの代ではそんなんあったらしいけどそんなん関係なくうちは貧乏やねん玊袋がかゆい」
>>106
昔は日本もたくさんの国で別れてたというか一体感や仲間意識があんまなかったんやろな
モンゴル人からすれば同じ日本人だと思って助けに来ると思ってたが
>>103
幕末は戦わずにして負けたんだが
いわゆる不平等条約を受け入れたのは負けたからだし
よく負け惜しみで聞く、モンゴル軍の中身は(元.高麗)主力じゃないとか言う人いるけど
日本側も九州北部の豪族御家人だけで追い返して、幕府軍主力は動いてないんよね
>>128
国内で反乱が発生して北から同時にバイキング攻めてきてるんだから話が違う
>>113
楠木正成 「そんな感じで行き場を失った非御家人やら地侍を集めますね」
後醍醐天皇「いいぞ、もっとやれ」
>>35
あれ?
キミの祖国があった半島、元に滅ぼされそうになって冊封体制に入ってたやん
>>79
国を守護したという大手柄に比べて
なんと小さな土地・・・
こりゃ不平不満残るよね
>>106
なお、仲が悪い家の御家人だった場合はさらに積極的に撃ちに行く模様。
>>137
そんで
彼らの末裔が後代の倭寇につながるんですね
足利幕府への面当てで海賊として暴れまわる
4皇海賊団もビックリ
>>119
そりゃあ、武士から外れた武士である冥人は武士の世界で生きていくのはつらかろう。
>>135
そもそも「元帝国」はモンゴル帝国の分家であって、モンゴル帝国とは別なのです。
>>135
野盗と変わらない雑兵武士団だからな即応出来る場所に居たの
>>98
モンゴル兵は戦争忌避してたけど、投降した南宋の将軍や高麗を支配下におさめてた軍関係者はフビライを焚きつけてたみたいやな。
ようやく内乱が収まって復興に力を注ぎたかった高麗国王なんかはメッチャ嫌がてたみたいやけど。
>>112
道場に新鮮な死体をかかすなだから
まっ記録とかを取らなかった地域もあれば、逆にその後、記録を取るようになった地域との二値なモザイク模様はアルヨネ※でも、清朝さんの編纂作業のやり方は、ナニかのナニが縮こまっちゃうな(-_-;)クロージング
>>45
幕末の頃
浪士の間では過去どの時代の武士が強かったかという強弱談義があって
総じて鎌倉武士を挙げる者が多かったと聞いた
>>139
日宋貿易の中継地だぞ。
>>125
高麗強かったっけ?
ついでに言うと、高麗って創設者は唐の皇帝の血筋が流れて来て建国じゃなかった?
>>85
あと大将が一番乗りをバチコーンとキメるんで
部下の侍の手柄を奪って「なんかうちの大将の下じゃ恩賞にありつけん」という評判もチラリズム
>>140
鬼畜すぎてスコ
>>147
そうした背景だと、帝国と帝国観という意味では、離散し腐っても、縁故として見される次元は、オスマンもムガルもそうなのかな?つまり、リグベーダという膨大な文献の中で記された、パッと眺める「小宇宙」じゃん
花火にビビり上がる程度の頭幼体固定集団に過ぎんだろ、大人の敵じゃあない
>>134
そうでもない。
海岸沿いは砲撃で潰せるけど、すぐに山があるせいで、そこに日本の武士は隠れてゲリラ戦を始めたんで、これは支配するのが大変だからって外交で無理矢理収めた感じ
ヨーロッパからしたら陸軍を運ぶのは遠すぎるのよ
薩英戦争とか長州の戦争にしても、異様に日本に甘い裁定だったのはそれ
地形が非常に戦いにくい上に、距離が遠すぎた
後、領事が住んだ後に、大地震と津波が連発して、こんな国なんかいらんってなったのも大きいらしい
ちょうど大地震と津波が連発してた時期だった
>>153
宇宙開発もカネが係るからね(前人未踏)
>>91
1回目はただの大時化
海があれた玄界灘
天気晴朗なれど波高しを思い出した
>>100
パナウェーブ研究所の起源はモンゴル?
>>69
鎌倉武士は大きく分けると重装弓騎兵という分類だが、
矢が切れたら長巻薙刀抱えて突っ込んでくる重装騎兵でもあり、
馬から降りて長物を振り回す重装歩兵でもある。
という、若干イカれたメンバーである。
あと、弓騎兵なのに長弓使うってどゆこと?
>>105
正確に記録を見ると、藤原氏なんか、普通に言う事聞かない役人を家族とか攫ってバラバラにしているし、武士だけじゃなくて元々そんな民族なのかなと。
最初に源氏と平氏が出て来た時に、敵将の首を大量に棒に刺してグリルみたいにくるくる回して遊んでいるし、そんな感じなのかなと
まあ、古代史も戦争で鉄器とか貰ってたらしいから、ずーっと戦争が好きな国
だから、孫権が良い兵士がいるってんで、兵士不足を倭人で補おうとしていた。
また、アジアの植民地化の時には日本の傭兵と奴隷として売られてきたものが、先兵としてアジア支配の武力として猛烈に残忍な事して戦っている
だから、また、元に戻ると思うよ
そう遠くないうちに
>>135
モンゴル人がよく負け惜しみで泣き言を言ってるのを見かける
風や雨で泣き言いってるだけやで
>>125
強かったら夜襲夜襲でやられて、海に逃げないだろ
糞弱かったんだよ
だから、二回目はモンゴル兵が中心になっている
>>155
薩英戦争に関して言えば
死傷数や軍艦の損傷具合から言って薩摩の勝利とも言えなくはない
エゲレスは局地戦の結果を隠して監督官庁としての幕府の責任を責め立て賠償金ゲットしている
が幕府も強か者で、市中に出回っていた粗悪な銀貨を回収し改鋳予定だったものが大量にあり
これをそっくりそのまま賠償金に充てると言う策士ぶり
>>160
>孫権が良い兵士がいるってんで、兵士不足を倭人で補おうとしていた
これ揚子江流域にいた米作を生業にしている民族「倭種倭人」のことじゃね?
>>77
母親の常盤御前は清盛が強引に妾にするくらいの美女。
義朝がよっぽどのブサイクでもなければそれなり以上の容姿だったと思われる。
>>162
いやいや、とにかく夜襲が好きで、交代交代で一晩中夜襲が続く。
それで、仕方ないから、陸を諦めて湾内にいたんだけど、そこも小舟で夜襲夜襲
死体とか糞が疫病を呼ぶのを知ってたから、小舟で次々と死体と糞を放り込んで病気を流行らせた。
これじゃいけないと外洋に逃げて何とか休みを取ろうとして、台風が来て沈みまくるの
んで、最初は外交で降伏するように使者を出したけど、話を聞かずにすぐに首を斬るから、途中で和睦の使者になったのに、首を斬り続けた
とうとう、使者に行かないって騒いで、皇帝が怒って処刑したけど、それでも良いからと処刑覚悟で使者に行く人間がいなくなった
>>160
>元に戻る
縄文時代の頃にね
1万年以上も戦争の痕跡が発券されない平和な時代
元々ワシらは縄文人の末裔じゃけん、平和的なんですよ(ニチャ~)
>>160
敵の首を蹴って遊んでいたのがサッカーの起源
どこの世界も変わらんぞ
日本だけを蔑み敵意を向けるな
>>165
あ、その時はもういない。
1000年空白があるのよ。
秦が滅んだ後に逃げて消えている
水稲栽培と魚を取る漁師の民族だったから、船で逃げたみたい
1000年空白の後に倭国の倭人として復活したから、別民族とされてたんだけど、DNA解析入れたら同民族だった
一応、その倭人は商と殷と周と秦まで王の近くにいる中核民族だったみたい
日本の首狩りはその秦の風習から来ている
>>170
揚子江は故郷を追われてしばらくいただけで、元は長江の民族やで
倭人は
>>169
強くないと生き残れないだろ
ローマ帝国が良い例で、民族移動で別民族に滅ぼされて、あれほど進んだ文化が中世の暗黒社会に変わった
>>159
和弓て異様に弦が長いじゃろ
長尺の弓によって貫通力と射距離を出した
だいたい100~200mの戦闘距離はザラ
射程400mという途方もない距離を射抜けた武将も居た
九州に左遷喰って琉球王国の開祖と言われた鎮西源のナントカという人
>>150
うん強いよ
あのミンジョクは
女子供と無抵抗の男子にはめっぽう強い
>>169
残忍で戦争強くないと、同じ民族で同じ国ってあり得ないだろ
>>173
和弓はハイブリット構造
真竹やハゼノ木など複合材を張り合わせて丹念作られる
また矢も遠くまっすぐ飛ぶよう丁寧に削りだした工芸品ともいう精度
そんで持ち手部分がたいたい上から2/3位の高さにあって下部分は残り1/3位
このアンシンメトリックな構造を取ることで矢を放った時の振動が弓の持ち手に直接伝わる事を低減している
振動が最も大きくなるのは弓の真ん中(減の最大振幅場所)なのでそれを外したという凝りよう
>>167
使者が帰ってこないなら首斬られたとかわからんだろ
>>151
そんなわけで、頼朝と義経の中が悪くなった時は大半の家が頼朝につきましたとさ。
>>130
兵力ってカウントの仕方で膨れるから
例えば荷駄の馬曳などを入れれるとか
直接戦闘しないけど主人の身の回りの世話をする小者をいれると
途端に5-6倍に膨れ上がる
>>173
流刑先の伊豆諸島をなぜか平定して君臨したり、
弓矢で舟を沈めるとかいう一種のバケモンじゃねーかwww
>>177
わざわざ使者を博多まで移送して処刑してたりするので、宋商人やらを通じて情報は届いてる。
>>110
安達「ワシが息子を将軍につけようとしてるとかいいがかりはやめてもろて」
>>140
なんや少弐さんとこの侍従やんけ、撃ったろ。
>>102
宋商人「宋人はワシらが国まで連れて帰るんで売ってください」
御家人「ええで」
宋商人「蒙人、韓人は伝手が無いのでいらないです」
御家人「じゃあ〇そう」
>>150
自分より弱い相手にはめっぽう強く、自分より強い相手にはめっぽう弱い。
>>107
忠烈王「ワシ、無いなった…」
>>168
普通に頭に矢じりが刺さった後がある死体とか見つかっとるが。
基本的に小規模集団で生活してたから「戦争」という規模で争いが起こってないだけや。
>>155
外交で不平等条約受け入れた時点で負けだよねw
戦争は外交の延長だし
こうじゃないのか
「わー元が攻めてきたヤバイ、取り合えず九州見殺しにして東国武者全部あつめて兵庫県当たりで防衛だ」
そして
「九州北半分の武者で反撃してたら元軍は船に引き籠って台風で全滅しちゃいました、被害は博多くらいです」
ようは元軍が中国朝鮮兵主体でやる気なくて帰ることばっかり考えてたんだろ
>>177
首
晒されてたんじゃ?
晒されたら商人経由で情報は伝わるやろな
イキってた朝青龍も関東連合にブルって帰国しただろ
スポーツで強くても殺し合いには弱いしメンタルも弱い
>>158
白装束の一団は多分神道系の集団で、もちろん日本人だよ
遊牧民は武者には勝てないんだよ
台風に耐えれない船に乗って来てるとかだったらどうしようもなく頭がおかしい
元寇はまず奇襲じゃないからな
最初に元が降伏勧告の使者出したら首切られて突っ返された
二度もそんなことしたから元激おこ
でも進攻ルートはだいたい決まってるからおおよその位置で待ち構えていたと思われ
で、大群で攻め寄せたのは良いが、上陸し切れず、一旦海上に退却
ここからが問題
「神風が吹いた」ってところ
鎌倉側にも被害が出てたらちゃんと「暴風」とか「野分(台風のこと)」とか表記したはず
そんな風は実際には吹かなかったのに、敵の船団だけ綺麗さっぱり居なくなってたし、何日たっても来襲の兆しはなかった
だから「神風」なんよ
おそらく船団作らされたのは高麗で、外洋船の作り方は知らなかったはず
だから川船のでかい奴作った
鉄の釘は海では錆びてボロボロになるし、鉄釘使わずに木釘なら鉄釘の強度の約5分の1しかない
たぶん沖合いで全ての船がバラバラになった可能性が高い
もし台風なら数隻の船はどこかに流れついてもおかしくないが、それも無い
>>194
本来ならばすぐ上陸する予定だったけど4か月くらい
上陸しようとする→反撃を受けてやっぱりやめるの繰り返しで
海上にいるときに台風シーズンに入ったから
元々台風シーズンは避ける予定だった
>>2
以前はモンゴルの最新兵器に苦戦する遅れた日本の武士って説明が付いてたんだよな
事実「てつはう?音だけやろ」
>>187
狩猟中の事故という事で捜査当局は結論付けとるが?
>>12
海を隔ててるのが大きかった
>>21
丁度その時に非クビライ系の皇族が反乱起こしまくって
主力はそっちに取られまくったからな
>>105
最精鋭はカイドゥと戦ってる連中でしょクビライの皇子を総大将に据えて筆頭宰相兼首都駐留軍司令官兼親衛隊司令官のバヤンに実質的な指揮を取らせてるんだし
まず当時の資料が自分たちが恩賞いっぱい貰うために過剰にモンゴルを強国扱いしてギリギリだったアピールしてるものばかりだったからってことらしいじゃん。でも事実として物証として上陸できてないから実は余裕だったことがバレた。実は当時もそれがバレてたから十分な恩賞与えなくてそれが遠因で鎌倉幕府も潰れたって説になってきてるからでしょ。確かに双方の資料と物的、歴史的事実だけ見ると不自然マックスだからな。チンパンじゃあるまいしモンゴルだって2回も連続でわざと台風の時期に攻めないだろうし兵站だって確保してから行くだろって話。準備万端なうえでも鎌倉どころか九州勢にボコられたってのが事実。まあ中国も日本に上陸出来た事ないしな