3: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:02:00.32 ID:kYPPwiG/0
でもこれ最初だけやろ?
慣れてきたら夜襲しまくりって聞いたで
7: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:02:51.16 ID:7UcXcyo/0
鎌倉武士「なんたる卑怯物、作法はいらんか!」腐乱死体ナゲコミー
9: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:03:49.45 ID:rXgiBic2d
>>7
これは蛮族
11: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:04:21.29 ID:Jn1cZHCPM
ルール無用でいいならこっちもそうするけど?
14: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:05:43.12 ID:7UcXcyo/0
元寇時の鎌倉武士打線(最新の研究)
1(遊)モンゴル襲来の6年前に大陸にヤベーのがいるのを察知して情報収集してた
2(三)壱岐・対馬は見殺しにしたのは敵情を研究したのではなく単に対馬守護少弐氏への嫌がらせ
3(一)最初の蒙古襲来で人質を盾にしてたモンゴル軍に人質無視して射殺してた
4(指)博多を略奪したのではなく物資と人員と銅銭を徴発してただけ(太宰府天満宮に「徴発やめてよー」という願文と請願が残ってる)
5(右)蒙古襲来4年前に非御家人の動員の権限を幕府が接収、北九州に西国の武士を集中させてた
6(左)使者をぶっ殺した時に書状を見ずに殺したために三度目の使者の書状が和睦(休戦)の使者なのを知らなかった
7(中)二度目の南路軍来るのを半年前に察知して海賊が襲いまくって南路軍が博多に来たときはボッロボロだった
8(二)鷹島掃討戦で高麗人、モンゴル人は皆殺しにしたけど女と宋人は助命してそのまんま戦利品として6千人ほど御家人で山分けしてた
9(捕)実は元寇の後にに来た高麗と元の和平の使者を話を聞かず6回ほど博多で殺してる
17: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:06:20.05 ID:DVaCs6l00
>>14
これは蛮族
34: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:12:42.69 ID:Zeq6mzXE0
>>14
すまん誉れはどこや?
54: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:16:19.57 ID:IsRNrxH00
>>14 モンゴルが人質盾にしてるのを見て同じことやりだしたんだよな
それに敵将倒したら戦意下がるだろうと思ったら首取りに更に襲いかかってきたとか言われてるし
頭おかしいって思われるわ
98: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:27:56.90 ID:D/Pk6FL40
>>14
こいつら書状みなさすぎだろ
107: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:30:51.77 ID:+wpZHtPwa
>>14
7回もお手紙読まずに殺してるやん
ヤギの郵便屋さんかよ
110: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:31:33.35 ID:NvPN2WYMd
>>14
武士とかいうただの野蛮人
誉れはどうなってんだ誉れは
189: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 09:02:50.46 ID:b0olL9nm0
>>14
これマジならヤバすぎやろ
197: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 09:07:02.89 ID:4+1MAgBI0
>>14
日本人って元々は戦闘民族だしな
徳川家康のせいでこんなのになっただけで
276: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 09:30:07.19 ID:4elwZdVYa
>>14
鉄砲ない時代に射殺ってどういうこと?
282: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 09:32:40.10 ID:AvdKlIqw0
>>276
弓矢でも射殺や
289: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 09:34:30.93 ID:UBL7w9kca
>>14
誉れはどうした!誉れは!
404: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 10:19:30.41 ID:q1+6EZ9u0
>>14
和平の使者って帰ってこなかったらおかわりで出すもんなん?
409: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 10:24:16.10 ID:iHv3+Ya00
>>404
船が転覆して届かなかったのかもしれんなぁ
もう一回送っとくか…
405: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 10:22:10.13 ID:bQxTYmQa0
>>14
蛮族定期
15: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:05:43.17 ID:TvcqA+Q1p
相手蛮族やわほなこっちもやりたい放題やるで
27: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:11:00.53 ID:ik/T6/Gw0
まだ武士も盗賊上がりとか豪農が多くて誉とかそういう価値観浸透してない頃だからしゃーない
382: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 10:03:23.65 ID:9AebRdLQ0
>>27 鎌倉時代の武士と
江戸時代の武士は
完全に別物だぞ
鎌倉時代の武士は自分で農業もするし漁師もする
自給自足やな
29: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:11:27.79 ID:eNgJ37XGd
誉れは浜で死にました
47: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:15:20.75 ID:7UcXcyo/0
名乗りは正々堂々の挨拶ではなく味方への「こいつワシの獲物やから横槍したら殺す」のアピール
52: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:15:56.39 ID:xy9cc2Ny0
てつはうのあの絵巻が後から描き足したという事を知った時の衝撃
53: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:16:06.72 ID:2AoztOcB0
誉は捨てました
58: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:17:05.78 ID:JWb9jysZM
世界最強の鎌倉武士でよかったよな
腑抜けた江戸時代の武士だったら日本滅んでたやろ
59: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:17:19.84 ID:+6uLWAFGM
でも侵略する気満々で襲ってきといて和平もクソもないし使者殺しまくるのは当然よな
ていうか分かってて無視してたんだろ
67: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:19:09.53 ID:/J374SbUM
>>59
元寇前の使者は殺してないから別に不義ではない
61: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:17:33.57 ID:vrO4NqWCM
生類憐れみの令が出るまで弱肉強食の時代やったからね
日本は
64: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:18:39.11 ID:tuVBKtBP0
そもそも当時の技術レベルで海から占領は無理なんやないか
76: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:22:00.23 ID:vrO4NqWCM
庶民はいつころされるかわからないから権力者庇護下に入っていた
77: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:22:20.07 ID:ozH7rstN0
やっぱ怖いスね、鎌倉武士は…
82: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:23:05.56 ID:znWkqlaL0
>>77
戦場はルール無用だろ
90: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:25:26.72 ID:GU3DwtrU0
イメージより実は賢かったヴァイキング
イメージより実は戦闘民族だった鎌倉武士
112: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:33:35.96 ID:z7MD4+8vd
日本史上一番頭の悪い時代
家康居なかったら武家政権=野蛮人に支配されてた暗黒の時代扱いだったやろな
121: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:38:08.01 ID:HTVWmjoL0
>>112 家康が
信長の家臣サラリーマン化
秀吉の中央集権支配
を見られたのは幸運やったな
システム作りに役立った
家康が仮に信玄しか見れなかったら室町幕府もどきしかつくれなかったろう
135: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:44:05.85 ID:GFiatB9uM
>>121
なぜか無かったことにされがちだけど、伝統ある今川家の統治術が1番基礎にあると思うで
116: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:34:38.57 ID:UAnF7dis0
使者さん
1回目 高麗で引き返した
2回目 蒙古国牒状書持ってきたけど返事もらえなかった
3回目(1回目と同じ人) 対馬で拒まれて島民捕えて帰った
4回目 島民帰した
5回目 日本からの使者?連れて帰った
6回目(5回目と同じ人) フビライへ報告した
(文永の役)
7回目 処刑…
8回目 また処刑…
(弘安の役)
9回目 台風で引き返した
10回目 日本に行きたくない船員に使者が殺された…
11回目 日本に来ずに手紙だけ届けた
12回目(4回目と同じ人) 鎌倉へ連行、のち15年後に病没
13回目 お坊さんだったんで幽閉のち赦免、日本のお寺の住職になった
ちな6回目の報告書
・獰猛で殺を嗜む
・親孝行を知らない
・上下の礼も知らない
・土地は山水が多くて耕作に利がない
・日本人を得ても役に立たない
・日本の土地を得ても富まない
・舟で海を渡るのも風は不定期で、損害を測ることもできない。
・日本征服なんて有用な民力で底なしの巨大の谷を埋めるようなもの
・結論、(元寇)反対
122: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:38:48.37 ID:z2Jthxhg0
>>116
ご苦労なことやなあ
125: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:39:59.86 ID:N8WggPwA0
>>116
可哀想
130: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:42:05.55 ID:2B5mVy7Z0
>>116
開戦前はそれなりに対応しててえらい
119: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:35:26.05 ID:sIW3SX9Ad
鎌倉武士「ふーんルール無用でいいんだ?」
142: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:46:20.59 ID:2/vdtoev0
合戦って手始めに石の投げ合いしてたってまじなんか?
145: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:47:29.08 ID:EmpRrmGFp
てつはうとかいう謎武器
150: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:49:10.12 ID:f0zDmHQE0
日本のこういう部分教えてくれへんよな
実は明治政府よりも江戸幕府の方が交渉うまかったとか
157: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:50:57.59 ID:mWhyGKzs0
>>150
交渉うまいというか幕末はもうどこに問い合わせればいいかわからんから有耶無耶にできるやろ
160: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:52:13.20 ID:HTVWmjoL0
>>157
いきなり幕府だけやと決めれんから朝廷に聞いてみないと分からんとか言い出すのやめーや
152: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:49:18.53 ID:DaRdLpJj0
おとなしくて争いを好まなくなったのって戦後からよな
それまでは戦闘民族や
153: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:49:24.32 ID:Ho2TSXLR0
どーしよー
165: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:54:57.58 ID:Mxc/avTOa
今の日本人でも世が世なら鎌倉武士の血が蘇ったりするんかな
174: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:57:39.96 ID:sXJBKa50M
戦国時代よりも鎌倉時代の武器のほうが強力よな
太刀とか大弓とか
179: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 08:59:12.81 ID:ZjBPlNNZH
>>174
兵士の数が多くないから一つの武器にコストかけられるんだと思う
戦国になると兵士が増えるからいい武器ポンポン渡せない
226: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 09:14:54.74 ID:7jrY+/kd0
ワイ「平安時代って平和な時代なんやろな」
やっぱ武士って最低やわ
257: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 09:22:48.60 ID:QqCsFx500
>>226
京都周辺以外は日本全国無政府状態とか言う地獄よ
241: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 09:20:39.93 ID:qVz3WHwJ0
鎌倉武士って武士って名前だけど実際は盗賊に毛が生えた程度の存在やろ?
ただの武装したヤクザみたいなもんで
245: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 09:20:57.82 ID:QqCsFx500
せいぜい小規模武士団の寄せ集めだったであろう鎌倉方が組織的に編成された元軍に勝てたのってなんでなんや
全くイメージ湧かんわ
264: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 09:27:02.97 ID:DaRdLpJj0
>>245
源平合戦の頃から集団戦法やってたらしいで
277: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 09:30:34.47 ID:QqCsFx500
>>264
武士の集団戦法って言うてもせいぜい数百人ぐらいの家人を束ねる武士団のトップがそれぞれ勝手に動いてたって感じで数千数万人の軍勢を運用するノウハウが当時あったってイメージが湧かんのよね
ワイが知らんだけやとは思うけど
283: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 09:33:11.58 ID:5oY0i5BD0
>>245
それを言ったらモンゴルに滅ぼされた金とか南宋だって集団戦してるけど滅ぼされてるからな
古代の戦車兵がファランクスに敗れてその後に鉄器の発達によって少数先鋭の騎士の時代が来たり、銃器を使った戦闘が会戦形式から機動戦に移行したり
そもそも「少数先鋭より集団戦闘の方が高度な戦略で軍事的に進んでる」って一方的な進化ではないから軍隊の練度の指標にはならん
270: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 09:29:21.89 ID:r440KCQC0
なんで武士が手段選ばず人殺ししてんだよ
誉はどうなってるんだ誉は
286: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 09:33:49.74 ID:x3EUMcCi0
>>270
浜で死にました
297: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 09:36:01.20 ID:cVfyJDUp0
>>270
あれのおかげで武士には誉れがあると世界が誤認した模様
314: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 09:39:53.50 ID:agNkJL0m0
>>297
実際は冥人以上の畜生だらけだった模様
326: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 09:42:18.22 ID:pAhIAZU50
そもそもなんでとくにメリットない日本攻めたんだろうな
トロフィー狙いか?
332: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 09:43:30.85 ID:fO2SpVCI0
>>326
別に形だけの従属をしてくれれば攻めもしなかったけどいきなり使者をぶっ殺してしまったから引くにひけなかった
338: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 09:46:19.62 ID:HhwdTehB0
>>332
なんか現代でもそういう戦争してる国ありませんかね?
336: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 09:45:31.45 ID:eNgJ37XGd
>>326
この時代の火薬に必要な硫黄の供給源なのと初回の時期に元がやりあってた南宋と繋がりが強かったから元としては日本をこっちに取り込みたかったんや
たしか初回の書状は高圧的なモンゴルテンプレートにわりと日本の立場に配慮した内容やったはず
340: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 09:46:45.59 ID:pAhIAZU50
>>336
政治的な理由なのね
348: それでも動く名無し 2022/07/17(日) 09:48:18.31 ID:HhwdTehB0
>>336
現代日本は北の無慈悲なテンプレートをスルーできるようになって大人になったんやねえ
コメント↑↓
※誹謗中傷や相手を傷つける投稿はご遠慮ください。お互いを尊重し合った、思いやりのある投稿をお願いいたします。
世界史上最強は韓国光復軍
やっぱ中華から辺境の日本は蛮族だったんやねw
モンゴル帝国と元王朝を同一視してるやつが多いけど、モンゴルから分裂独立したのが元王朝なんだよな
>>2
攻めて来る方が蛮族だろ
>>2
無識なモンゴルッパリがなんかほざいてる
蒙古の蒙はバカの蒙
>>1
最強無敵の〜の光復軍コピペの人?
>>3
フビライ「ふーんワイはクリルタイを開いて大ハーンに即位したんやけどな
火薬式兵器は、結局は、西洋人が実用的な小銃を発明するまでは
大して役に立たず、戦場で決定的な力とか持たなかったんやで
元寇の時に使われたってのも、むしろ恥ずべき軍事的失敗の一例やろ
手砲はモンゴルの日本侵攻にも使用された可能性がある。侵略に関する日本の記述では、鉄と竹のパオが「光と火」を引き起こし、2〜3,000発の鉄弾を発射していると語っている。1300年頃に書かれた日本国職師は、1274年の津島の戦いにおける爆体管(huǒtǒng)と、1281年にホルドンが主導した第二次沿岸部襲撃事件に言及している。1360年の内部宮奥は、鉄筋(ピオ)を「発射された際に閃光と大きな音を発した」と述べている。1370年の太気は、「鐘のような形をした鉄のパオ」と言及している。
ハンドキャノン手砲があった事は歴史書には書いてあるし、この頃より以前から火槍は南宋との戦いで盛んに使われていたから可能性はあるが現物が発掘されていない。もし第三次元寇があったなら確実に使われて、鎌倉武士は穴だらけになったろうな
日本は有史以来、幕府の武士が支配する軍事国家だった
>>3
この時代のモンゴルはクビライの元王朝を盟主とした連邦制の帝国の形式で分離独立はしてない。
分離化が進んだのは14世紀になってから
>>10
お前は教科書を最初から読み直せ
>>11
まぁ、連邦国家が全く分裂も独立もしていないかどうかはそれぞれ意見があるとは思うけどね
元と言ったら中華の領域の事であり、支配領域全体はモンゴル帝国であり違う国
武士階級など国民の5%に満たない
国民の大半が農民の国でサムライの国とかイキってるのは片腹痛い
>>14
正しくは農民の国だな
てっぽうはこのころなかったんじゃないか?
モンゴルは弓矢で戦っていた
中華から火砲を学んだ
このころの中華の火砲は大砲や爆弾などだろう
>>14
下人が日本を語るとは片腹痛いわ正露丸
>>14
お前の言ってる武士とは軍事貴族としての武士か幕府に名簿を提出しした御家人あたりのことを指すのだろう?
だが武士はその配下に大量の武士団を抱えてるんだよ
こうして猛威を振るったモンゴル帝国も明の太祖 洪武帝によってモンゴル高原まで撤退に追い込まれ
永楽帝によって叩きのめされ、今では大帝国の見る影もないというわけ
>>19
元は高麗の貢女の奇氏が皇后になり、実権を握ってから弱くなった。
>>20
これが中華の力なんだよね
国家指導者の母親になり実権をとり戻す
何十回も繰り返した手口だ
>>16
てっぽうじゃないよ、てつはう
壷に火薬と石などを入れたものを火をつけて投げる手榴弾の原型
同時期に南宋でも火器が作られていたが、有用な武器はすぐ取り入れるモンゴルも
ほぼ同時期に同じ武器を使用している。
>>21
しかも、モンゴル系は儒教的価値観が無いから女性の発言力が強いからな
効果的だ
>>13
中国人はすぐ、自分達の都合のいいように、歴史を捏造するよな(笑)
>>19
明の時代は北虜南倭と言われて、倭寇と同レベルで北方の遊牧民族は脅威だった
北元の軍が北京を包囲した事もある。
>>21
北魏「子貴母死しなきゃ
ヤクザと同じで義理やら掟やらが多くの血を流した上で発展継承され暗黙のルールとして互いの組同士で形成されてっただけでそれらを無視する外部勢力きたらそらそれ相応の対応をとるわな
このころの時代の日本はモンゴルに科学技術が劣っていたよな?
モンゴルが最新兵器を使っていたのに、日本は古代装備のままだった
元「鎌倉武士の勢い凄い、逃げるぞ」
逃げ切るまでの足止め、てつはうズドーン!
学校では間抜け案件として習ったけれど実際には手柄の証明にすぎない
あのバーサーカな鎌倉武士がそんな間抜けなワケないわな
>>14
じゃあ西欧は騎士の国ではないし
北欧はバイキングの国ではない
>>31
北欧はバイキングでいいだろ
国民みんなで海賊やってたんだろ?
正直、今の日本人が今一度思い出すべき力かもしれん
今の日本の内外事情は戦後で最も危うい
>>14
それ江戸時代に限った話だろ?
どこから侍と定義するかにもよるけど更に昔は農民と武士の境はあいまいで地頭の孫が庄屋になったりさらに孫が地侍と呼ばれたりすることもあっただろうし、戦に負けて武士をやめた例もあるだろ
有名どころだと高坂甚内とか車善七なんてのもいるし、平家の落人や南朝方についた武士の末裔とか含めれば結構な割合で武士の末裔はいるんじゃないの?
>>33
別に内事情は大した問題は無いと思うが
外交においてはもはや大人しく降伏した方がいいんじゃないかな
現代の海軍力は元寇の比では無い
台風による完全にまぐれ勝ちとも習った
それもウソだと知ったのは中年になってからだった
日教組はひどすぎる
日本は中華に統一王朝が出来ると朝貢してきた歴史なんだがな
なぜ現代では歯向かっているのか
アメリカの影響なのかな
例のてつはうズドーンの絵は、今では参戦した武士が「俺はこれだけ奮戦したんだからご褒美いっぱい下さいね」という幕府へのアピールのために描かせたもので、弓を射るモンゴル兵など後から描き足されたものであると周知されて来たよね
昔は先進的なモンゴルに苦戦する未開な日本の武士みたいに紹介されてたけど
>>36
昭和までは普通にどんな書物でもそう書かれてたからな
上陸もできずに尻尾まいて逃げたモンゴル軍w
>>37
朝貢していたのは隋・唐時代と、明のほんの一時期だけ
朝貢なんかしてない時期の方が圧倒的に長い
>>40
それはデマ情報だな
実際には凄惨な戦場だった
>>1
現代と起亜のような高性能EV車と、私たち日本のガラパゴスガソリン車を比べないで下さい。
いつも先を歩くのが兄の役目です。
和平の使者を話も聞かずに斬るのはモンゴル相手だと最適解でもある。
日本の内情を調べさせない事で、搦め手が使えない状態を維持出来た。
この時代に多くの南宋人が鎌倉まで来ているので、モンゴルの交渉(商業取引含む)と称して内情を調べて弱点を攻める手口を正確に理解していたのではないかな。
>>41
魏の時代も宋の時代もだろ
こうしてみると統一王朝のほぼ全てに朝貢してる
漢の時代以前は日本が無かったからな
>>38
そもそもあの絵は一部を切り取っているだけで、左の方には逃げてる元軍が描かれているしな
4年前の記事なのに知識は50年前のカビの生えたもので草
残念だな
モンゴルによって世界が破壊されていなければ今よりも歴史が残っていたし、文明も発展していただろうに
>>45
宋とは交易を行っただけで朝貢なんてしてないぞ
魏も邪馬台国が行っただけで、邪馬台国=日本ではない。
>>3
宗主が大元帝国。フレグ・ウルスは協調したけど、ジュチ・ウルスとチャガタイ・ウルスは反抗的。全部合わせてモンゴル帝国。
>>49
じゃあ魏の時代は日本は無かったという事でいいのか?
>>28
寧ろモンゴルが南宋を滅ぼした事が日本の科学技術を押し上げたとも言える。
南宋の賢者達が沢山日本に亡命してきたからな。
まあモンゴルが中東でやった事を考えると分からないでもない。
このままでは再び日本は中華より侵攻を受けてしまうだろうな
戦争は民を苦しめ、国を疲弊させる
全く無念だ
この戦によって結局は鎌倉幕府は滅亡したからな
日本政府もこれまでかな
>>10
外国の人?
>>9
鎌倉武士「ほな矢で穴だらけにしたるからかまへんで玊袋がかゆい」
>>10
本所一円地の武士「んなアズマヱビスに従うかアホ玊袋がかゆい」
>>48
知恵の館を破壊したのはガチで許し難い。
>>34
渋川義満「将軍になれる御一家かつ探題職のワシの息子は庄屋になったからね玊袋がかゆい」
>>19
エセン=ハン「ほな皇帝貰いに行くで玊袋がかゆい」
>>14
平安時代は1%以下。鎌倉時代に少し増えて1〜2%。南北朝時代から戦国時代に戦闘が大規模化して10%前後。江戸時代に兵農分離して職業固定化したが、官僚文官としての人材が必要となり、総人口の10%以上が武士階級。
江戸時代の日本は「サムライ」の国だな。
>>53
また異世界からの投稿か
>>19
「土木の変」とか皇帝が親征して捕虜になったじゃん。
>>1
モンゴル軍は弱くない
高麗(朝鮮)軍が弱かっただけ
>>28
日本が南宋に黒色火薬の原料の硫黄を輸出して、南宋は堅固な防衛ラインを構築してた。
>>36
竹崎季長「しかもワシの絵巻にもラクガキされてるやつやたら強調されてるやん
あんなワシに立ち向かう敵兵なんかおらんかったぞ玊袋がかゆい」
私は尋ねた
「なぜモンゴル帝国は長く続かず、今となっては跡形も無く消え去ったのだろうか?」
ある者は答えた
「モンゴル帝国の統治には法や制度がありませんでした 武によって領土を制圧しても、法や制度が正しく定められていなければ国は長く存続しないモノです 洪武の定めた条例や章程はまさに規則の鑑であり、明は長期に続いたのです」
清の康熙帝「治、唐宋より高し」(洪武帝は唐宋を超える治世を実施した)
>>2
万里の長城の外側は蛮族の地だったらしいね。
つまり高麗は蛮族。
>>51
現代に続く日本が生まれたのはその辺りと言う説もあるね。それ以前は出雲王家になるのかな。
まあ日本と中国の文明としての差が逆転し始めたのが元寇の時代だと思うよ。
鎌倉時代以降の日本は明らかに独自路線を進み出すし、中国は停滞が始まる。
南宋末期に多くの南宋人が日本に逃げ込んで、土着していったのが原因ではないかなと思う。
>>37
朝貢は漢・南朝・隋・唐までだよ。以後明まで国交はない。交易は宋時代が盛んで、砂金や硫黄や水銀を輸出して、絹・陶磁器・宋銭を輸入した。この宋銭が重要で、日本が貨幣経済に移行する契機になった。
>>9
<火槍>ググったけど手間はかかるし、機動性ないし、命中精度悪いし、暴発するしで大して役に立たんかったみたいやで。
やっぱ15世紀に火縄銃ができてからが兵器として本命よ。
>>68
逆転はとてもしないだろう
明清の法制度は宋の時代より発展していた
日本で武家政権が続いている中で、官僚制度も完成した
>>48
文明の発展を最も阻害したのはキリスト教だろ
モンゴルの最大の罪は、その不細工な遺伝子を東欧にバラ撒いてしまったこと
>>35
だからアメリカに降ったんじゃん
農民ですら水田の水で隣地域と〇し合いをしてたんだぞ。さすがにやばいとちょっとルール化して石の投げ合い、それでもまだヤバイから綱引きにした地域もあるらしいが、書いている以上に悲惨な事があったと推察できる。
>>63
自分の立場を上げたくて媚を売り日本侵略を元に進言したくせに、当の高麗人のやる気の無さが全軍の足を引っ張った
なお、元から船を作るよう命令され高麗の木は払底し山野は丸裸、民は疲弊して言い出しっぺのくせに元に泣きを入れる羽目になった
元寇の原因のかなりの割合を高麗が作っている
やはり鮮人の先祖よ、やることが全方位に悪手
>>51
邪馬台国は北部九州限定の三十か国程度の部分的連合勢力だぞ
筆頭者の邪馬台国ですら今の一郡程度の国でしかない
西暦200年代の日本に統一王朝など存在しない
>>てつはう
馬を驚かせて出鼻挫くのが目的の武器だろあれ。
ゴーストオブツシマで降り注いでたようなもんでは無いと思うが
>>37
朝貢貿易の旨味はほしいが、日本には天皇がいるから冊封関係は意図的に避けていたぞ
だから対馬の宗氏は利権のため国書偽造してまで貿易をしていた
>>44
それならば斬る必要はないでしょ
使者を捕らえて逆に元の情報を引き出した方がいい
でもそうしなかったのは、使者が持っている情報程度は貿易商人や留学僧等から入手できたから必要じゃなかったということだろう
モンゴルは商人の往来を保護して税収を上げる政策を取っていたから、人の行き来と共に情報も行き来している
トエちゃんorz
家の前歩いただけで射◯されたり試し切りの際に綺麗な遺体があったら喜ぶとかとんでもない蛮族だよ⋯
>>4
弱い方の蛮族が強い方の蛮族に攻め込んで殺されただけの話
>>8
てつはうはデカい音させて馬をビビらせるという、対騎馬向けの兵器だぞ。
火箭も相手をビビらせるため、と言うのと、相手の天幕とかに火が付くのを期待するもの。
>>43
日本経済は崖っぷちで韓国は常に一歩先をいくだっけか?w
>>77
ゴーストオブツシマを史実に近いとか思う奴は、支那の反日ドラマを史実と思う支那人と同レベル
武士の誉れとか言い出すのは身分固定した江戸期のことだし、馬はあんなにデカくないし、武士の使う弓が短弓というのも不自然。仁の鎧が鱗甲ってw
時代考証めちゃくちゃだし、あれは西洋人のイメージする武士でバタ臭さが最初から最後まで抜けない
>>15
なお、百姓が農閑期のバイト感覚で槍を担いで戦場に出る模様。
>>83
SEKIROで鬼庭形部雅孝戦で使ったわ、何度も使うと効かなくなるんだよな
>>30
源為朝「名乗り上げて聞こえるようなところに敵がいません、その前に射ます」
源義仲「夜討ち朝駆けで名乗りなんて上げてたらただのアホだろ」
源義経「奇襲やら闇討ちやらしてんのに名乗る暇なんてねーよ」
これだから源んちゅは…
>>9
それってあれだろ?Dr.stoneで最初期に千空が作った筒に火種突っ込んで撃つ銃っぽいやつ
まともに飛ばないので壁に別の火薬仕込んでハッタリに使ったっけ?
言葉が通じずこれから皆殺しにする相手に名乗りを上げるわけがない
>>10
おまえはドラえもんの歴史漫画シリーズを読んでコツコツ学び直せ
>>65
△ 立ち向かう敵兵なんかおらんかった
〇 立ち向かう敵兵なんかいなくなった
>>37
菅原道真「唐帝国から学ぶことなんてもうないし、コスパ悪いから遣唐使やめるわ」
>>48
モンゴルのおかげで東西の交流が活発化した、とも言われてるな。
少なくともモンゴルはムスリムみたいに寺院やら石仏を爆破したりはせんからな。
火薬には硝石・黒煙・硫黄が必要だが大陸と朝鮮半島は硫黄が火山由来だと分からず超貴重品だった。
故にてつはうは好きな時にホイホイ使える代物ではなく、配合を間違えて不発になるものもあったで
あろうし仕込みは中国製で荒れた日本海を渡った武器なので、ココ一番に使い物にならないモノも
少なくなかっただろう。てつほうそのものは対騎馬兵器で馬を驚かせるもので対人ではかなり至近で
食らわなければ初見以外の歩兵は突貫してくるであろう。
蒙古兵の主戦術は短弓での密集射で、騎馬を縦横に移動できる平原が必要だ。馬は船旅で衰弱して
いて港に上陸して拠点をつくろうとしても既に防塁が築かれ、敵からは見たこともない長弓から盾を
貫通する矢が飛んでくる。至る所に背の高い植物が繁茂し、むやみに近づくとサムライソードや槍が
襲ってくる。朝鮮の兵の多くは突貫させられても弓の餌食になったであろう。
>>77
降り注いでたのは火箭
てつはうはズトーンではなくボカーンだろ
>>95
逆に多雨の日本は硝石が希少。
水溶性なので、雨で溶けちゃう。
まぁ相手も反対側の戦線で疫病の死体を都市に投げ入れてるから
てつはうは直撃させる砲というよりは、音で騎馬を驚かせて行軍を妨害するのがメイン。騎乗戦前提のモンゴル騎兵としては有効な手段と考えるだろうね。そもそもまっすぐに飛ばす高威力の砲を持ち運べる大きさで作れる技術はなかったし。
ただ、日本の場合は森林が多く騎乗したままの戦って合戦以外では少なかったから、武士が最初に驚いた程度であまり影響なかったとか。
そもそも相手がよりにもよって鎌倉武士とかいうアレだしな…
>>85
ゴーストオブツシマについては、制作者自ら「ゲーム的な面白さ優先して色々取り込んでるから史実に沿ってキチンと作ってない」と発売前から色んな媒体で明言してるんだけどねw
そういう意味でもアサクリみたいに「これは史実です」と言ってないから日本のユーザーも最初から日本を舞台にしたパラレルワールドと割り切ってゲームとして楽しんでるから評価高いし、最初から時代考証に沿って作ってない以上は「時代考証めちゃくちゃだし、あれは西洋人のイメージする武士でバタ臭さが最初から最後まで抜けない」もアホな考察でしかないんよ
元も人口が多く海が広く流れが急な九州に攻めてきたのは悪手だな。北の樺太から北海道を制圧して東北から攻めていけばモンゴルに寝返る武士もいて鎌倉まで脅かしただろう
>>102
北海道なんて蝦夷が支配する化外の地だろ。
カビの生えた都市伝説をほじくり返したカビのスレを、何度目だっつうくらいにまたまたまた
スレにして更にカビカビカビだらけに。酷いですねこのスレは。。
情弱障碍者のスレ立て主か
>>25
明は倭寇が恐くて海禁政策取ったからな。
日本に対しても倭寇取り締まり要請何度も出しているが、倭寇のほとんどは明の密貿易商人の集団で日本人は少数派だったから日本はどうしようもない。海賊の頭目もほぼ明人。後の鄭成功とかもその流れ。
北元が恐くて長城を延長し、倭寇が恐くて海禁する。明は実に漢族王朝らしい国だよ。
>>35
ウクライナ戦争を見てみろよ。海軍のないウクライナに黒海艦隊はボロボロ。ステルスでない戦闘機は辺境までしか飛ばすことが出来ない。特に25式高速滑空弾とか出て来ているから、おいそれと艦隊を動かすことは出来なくなってくる。空母とか的でしかない。
>>68
当時のインテリである高僧を日本は元から招きたかったけど、元寇から日元関係は拗れ、元がそれを許さなかったんで、日本の仏教は宋風の禅宗を最後に独自発展し始めた。明はすぐ鎖国政策を取ったし、江戸期になると日本も鎖国し始めたので、大きな交流自体が少なくなった。そういう理由もあって、清の初め来日した隠元の黄檗宗は日本の臨済宗と元々同じ法流なのだが、黄檗宗は念仏(口称念仏ではない)も行う等もはや別物になっていたのは象徴的だわな。
鎌倉幕府内では2度も高麗遠征計画(報復計画)が上がったが幕府内の政争でうやむやになって良かったな。
これだけとっても実戦で手ごたえがあったと捉えることが出来る。
手も足も出ない相手にはわざわざ報復しに行こうなどという計画すら持ち上がらない。
やってきた兵にモンゴル人なんて数千もいるかどうかだよ
戦っているのは、いつもの朝鮮半島、いつものチャイナの人たち。
だいたいモンゴル軍団が来たって山と川ばかりのところに騎馬軍団を展開できないよ
>>69
宋にもちょっとの間朝貢していたよ。あまりに日本が来るもんで、その都度下賜品や滞在費の負担が馬鹿にならないから来んなと言われたくらい。
あと天皇家を差し置いて足利家を日本代表としていいかは議論の余地ありだが、足利義満は形だけ冊封関係受け入れたから朝貢していたとみなしていい。
それぐらい朝貢貿易は日本に取ってボロ儲けできた。
>>101
日本人クリエイターがあれを作れず外国人クリエイターが作ってヒットしたことを当時の日本人ゲーム評論家が批判してたんだよw
そして、ゲームの影響受けて史実とごちゃ混ぜになっている奴がいるだろ、このコメ欄にもさw
アホはどっちだよ
>>76
そもそも何をもって日本と定義するんだ?
当時は日本という概念すらないのに?
簡単に日本や統一王朝という言葉を遣うけど、統一するべき文化的同質性を持つ範囲も当人たち自身が認識してなくない?
ただし、支那は歴代史書で邪馬台国も倭国も日本国も同じ東夷を代表する国家としているから、外国からは連続性を持つと認識されてはいたのだろうけど。
>>93
遣唐使末期の頃は日本より航海技術のある民間貿易船が日本と唐を往来していたから、わざわざ国家がリスクを負ってまで留学生を派遣する意味も薄くなっていた。
円仁なんかは帰りは貿易船に便乗して帰って来られたし、個人渡航する者も増えている。
カクヨムNTR
>>66
その明を滅ぼしたのは清だけどな
あと明は国民同士相互監視をさせているから案外暗い社会だぞ
>>103
どうやってオホーツク海越えて北海道に渡るつもりだよ
未開の原野に放り出されて途方に暮れているうちに冬が来て全滅だわ
>>90
名乗りは敵味方双方に向かって上げるのよ。
「どこそこの誰それがこれから敵に突っ込むから、俺の活躍をよーく見とけよ」
って。
>>110
鎌倉幕府に捕らえられた蒙古人は当然ながら処刑。
高麗人は元に日本侵略を焚き付けたので残らず処刑。
南宋人は無理矢理協力させられていたのを考慮し助命。奴隷として生かされましたとさ。
蛮族扱いされている鎌倉幕府だが、この扱いは妥当だと思う。
>>1
冗談がお上手
これがコリアンジョークなのかしら?
>>19
なお中国がモンゴルの最大版図を中国の領土だと主張している模様
誉れって武士階級の都合の良い合意みたいなものだから価値観が合わない敵ならそら誉れは要らないよね
>誉れはどうなってんだ誉れは
地味な声優ネタ
だいたい外国人に「我こそは誰それの子で誰彼の家来○○である!」と名乗っても解らんだろww
てつはうは敵軍の馬を怯えさせる音響兵器の扱いやなかったっけ?
>>124
そもそも鎌倉時代の名乗りは
見知った敵が居てなおかつ
上役などの見聞役が居たときだけ
知らない敵には
単純に矢をいかける
接近戦そのものをしない
>>125
それは大昔のデマ。
海底から発見されたものを解析してみたところ十分な殺傷能力がある事が解ってる。
>>97
どっちかというと「パーン!」やで。
>>16
せやな。
漫画に出て来た手持ちの火砲みたいなもんは、もっと後の明の時代にならんと出て来ない。
鎌倉時代は小競り合い多くて戦慣れしてんだよな
エラ張りなんて雑魚だから鎌倉武士の敵じゃない
>>37
当時の朝貢は交易の一種で朝貢国の持参した物資に対して倍する下賜品を与えていた。
今の中国は収奪するばかりで一切の返礼品が無い。
そんな国が昔の中華帝国と同等のわけが無い。
文永の役弘安の役両方合わせても福岡に上陸できたのは半日
船と小島に逃げるばかりだったらしいから戦力差は圧倒的だったんだよな
鎌倉武士「馬から下りてから敵中に突っ込めばてつはうとやらも役にたたんわ。つっこめー!」
>>118
モブ武者「お!有名な武者だ。突撃に着いて武功を稼ごう」
>>9
当時の火砲なんて、和弓に比べたらゴミだよ。
射程も威力も連射性も全て和弓が上。
日本は紀元前から内戦ばっかで集団戦術練り上げてるんだよ。
>>10
厳密には幕府というものは存在せんよ。
武家社会の始まりは平清盛からと言われているがな。
朝廷から自治権を取ろうとしたのが平将門だしな。
>>14
それは江戸時代中期の話やで。
>>42
デマじゃあねえよw
最後は尻尾まいて逃げるところを台風にあって沈没w
>>121
本当は中国大陸はモンゴルの領土なんだけどな。
>>28
科学技術という点では日本の方がはるかに上だぞ。
>>35
降伏したらチベットかウイグルになるんだよ。
尻尾まいて逃げたモンゴル軍w
1274年11月11日に始まり26日終わった一度目の文永の役は蒙古・漢・高麗連合軍3万人900隻の軍船博多の早良郡(さわらぐん)に上陸。
元軍に損害を与えて敗走させている。「蒙古襲来絵巻」に武士団の射撃に恐れた元軍が背を見せて逃げる様子が描かれている。元軍の副将(劉ふくこう)が負傷、元軍撤退の原因。台風や暴風雨は起きていない。時期も11月台風や暴風雨は考えにくい。6年後の1281年6月6日再度の襲来ではほとんど上陸出来ない。武士団の攻撃に合い博多湾からの上陸を諦め(しかのしま)に上陸
しかし日本軍の夜襲に合い苦戦さらに壱岐島へ後退した。6月29日武士団は総攻撃を仕掛け膠着状態が続き7月27日(たかしま)の沖合で海戦を続けた。神風は勝敗に影響しなかった。
7月末に台風が来たが4400艇の全体が被害を受けたわけではない。
開戦から2か月経過で士気も下がり然るべき者が逃げ帰った。残っていた2~3万人の元軍を捕虜とした。帰還出来たのは1割から4割と言うわれている。
台風が起きる前から元軍は上陸する術を失って海上で右往左往して決着は時間の問題だった。よって神風でも何でもなかった。元軍の半数の武士団で勝利を収めている。さらに援軍が続々と出陣していたが彼らが到着する前に元軍は引き上げていたのである。
>>39
そら戦後の間違ったグローバリズムにハマった馬鹿が日本を牛耳ってたからな。
俺が学生時に習った話では、てつはうと言う最新兵器を使う。武士は戦う前に名乗りでやられる。
弓の連射速度で日本は圧倒される。武士は一対一で戦おうとするが集団戦術で圧倒される。台風が来なければ日本は占領されてたと
今思えば嘘を教えられていた。
>>51
そういうなら魏も中国ではないし、中国というのは中国共産党によって作られた、ごく最近の国でしかない。
それ以前に中国はない。
>>42
日本軍による凄惨なモンゴリアン虐殺の場だったのは確か。
元寇の本当は、九州の御家人だけで勝っちゃったのよね。
弘安の役は防人もいたけど、両方とも鎌倉の本隊間に合ってないのよね。
>>132
文永の役は上陸させてぶっ叩いて追い返したんだよ。
弘安の役は準備してたんで水際でぶっ叩いて追い返してシケで自滅させた。
まあ、てつはうなんて音はすごいが殺傷力は大したもんじゃないし
手投げだから遠くへ行かんし、狙って投げるもんでもない
弓矢でちょっと離れて戦っておれば問題ない
朝鮮兵はいやいや徴発された農民兵で士気は低いし
弓の鍛錬もやってないから、まともに弓を射てんし弱い
数が多くても役に立たなかっただろうな
平安時代が平和じゃないから、のちに武士となる荘園守るための武装集団ができたんだろ
中世に見合った言動だったってだけで
そりゃ現代に合うはずもない
面白おかしく見てる分には別に良いけど
本気で鎌倉武士批判する奴が出てくるのはちょっとねぇ
2020年に日本火薬学会がてつはうの再現実験を行った際の結論。
重すぎて攻撃時に前方に投てきするにはカタパルトが必要だが、カタパルトを元軍が持ち込んでいた形跡も記録もない。人力での投てき可能距離は数メートルくらい。
撤退時に後方に投げて、追撃する相手の馬を音で驚かすのに使用していたのではないか。
そもそも平家側はそれやるけど、鎌倉側はそれやらんかったのが源平合戦で戦作法なんて失った時代やぞ
あと、武士は信長の時代くらいまで伝統的に5人組くらいの家ごとの小集団に分かれて各個で遅いかかるから基本的にはどこでもゲリラ戦だからな
あちこちの小国に負けまくってる時期の元軍だと普通に鎌倉武士が勝つ
名乗りは
これからあいつらにブッコンで首上げてくるんわ、夜露死苦!
みたいなもん
>>136
平清盛は武家を公家の中に紛れさせて役職を与えた。武家を武家として役職を与えたのは源頼朝以降の話。
てつはうはほぼ音響爆弾のような物よ。後の破片を撒き散らす手榴弾みたいな殺傷能力は無い
なんか最新の説と大分違うなと思ったが2022年か
最近ではないけど、この頃には否定されてる説が多くない?
江戸時代の武士なんか
「もう戦国時代じゃあるまいし野蛮なヒゲモジャ禁止よ」で
みんなオカマみたいにツルツルだったのよ
これ、韓国兄さんと中国父さんにバレないといいね。あとで謝罪と賠償くるぞ
武士の本懐とは、舐められたら◯すw
>>116
清は明を滅ぼして無いぞ
明が滅亡するまで清は長城を越える事が無かったし、ヌルハチホンタイジ以下は明の臣下だった
>>88
だから、シンガーソングライターの
今川了俊さん
が、武士の作法を紙に書いて、教科書を作ったんじゃないか。
そう、今川了俊は、朝鮮人送還事業の立役者なんだぞ。
朝鮮人は朝鮮へ、帰る事業をその当時から、やっているのだ。
横領された領土も女領主に返還する政治や、
関所を作らないようにして、往来の妨げにならないようにもしている。
>>43
韓国はジャギ
アジア人は日本人と違って未だに儒教的価値観を卒業できてないから、父兄や年長者は偉い・序列が上みたいな、日本人からしたら意味不明な思考をしている
なので殊更、自分達を父兄に例えようとする。これ豆知識
>>159
えっ、謝罪と賠償してくれるの!?
>>122
そもそも誉れがあるから舐められたら〇すんだよ
>>72
東欧に美人が多いのはアジアの血が混じっているからだろ。
>>152
というか元寇時代のカタパルトがあるんだけど
>>168
せまく、揺れる船の上でカタパルトが使えるのだろうか。
使えるとしたら日本武士の弓よりも射程が長いだろうからアウトレンジ戦法できそう。
>>164
漢民族が各王朝で強力な組織を維持運用する道具、強硬度だが靭性に欠けてる儒教
東南アジアから渡来の縄文人と中国東北部渡来のツングース部族が交雑した弥生人
漢民族の周縁部族であった渡来古墳人が日本に持ち込んで弥生人は蝦夷や熊襲扱い
ツングース部族の兵站なおざり拡大策も漢民族の強力組織も日本列島に到達し感嘆