引用元:https://swallow.5ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1575894579/
1: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:29:39.37 ID:j2cyOn/RD
1.日米によるアジア及びアジアに植民地を持つ国との多国間不可侵条約の提案
2.仏印からの撤兵
3.中国からの撤兵
4.日本が樹立した傀儡の汪兆銘政権を否定して、中国国民党と中国における唯一の政府と認めること(近衛声明の否定)
5.日本の中国における租界や治外法権の放棄について諸国の同意を得るための努力
6.通商条約再締結のための交渉開始。
7.日米の資産凍結の相互解除
8.為替に関する協定
9.実質、三国同盟の廃棄。
10.これを実現するための努力
2.仏印からの撤兵
3.中国からの撤兵
4.日本が樹立した傀儡の汪兆銘政権を否定して、中国国民党と中国における唯一の政府と認めること(近衛声明の否定)
5.日本の中国における租界や治外法権の放棄について諸国の同意を得るための努力
6.通商条約再締結のための交渉開始。
7.日米の資産凍結の相互解除
8.為替に関する協定
9.実質、三国同盟の廃棄。
10.これを実現するための努力
10: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:30:44.54 ID:qxDDc6oc0
4で草
12: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:30:58.61 ID:SWWEjA1I0
やっぱ近衛って糞だわ
19: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:32:18.57 ID:URZUR5370
10がある以上のらりくらりできたはずなのに突然癇癪起こした日本が悪い
20: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:32:38.75 ID:xRiE7euh0
いうほどキツイか?こっから交渉始めるわけやし
21: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:32:48.61 ID:o2ouyKiy0
満州と中国から手ぇ引け言うとるだけやんけ
23: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:33:03.94 ID:DqEBTOLY0
二十一カ条の要求みたいなもん?
24: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:33:14.77 ID:1+ezvXAu0
飲めるやろ
努力してまーすって言うて有耶無耶にしてしまえばええんや
努力してまーすって言うて有耶無耶にしてしまえばええんや
26: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:33:29.60 ID:aMKldIAh6
アメリカがなんでそれを要求するのかよく考えてみろ
27: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:33:41.36 ID:dK/np7g60
我が代表堂々退場すの時点でもう無理ゲーやししゃーない
29: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:34:01.42 ID:tX9uHg1J0
これをのんだほうがましだったという事実
42: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:36:14.88 ID:o2ouyKiy0
>>29
日本の領土保証されとったもんなぁ…
日本の領土保証されとったもんなぁ…
30: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:34:04.24 ID:9lW5dXiw0
ここから譲歩していって妥当なとこで決めるんやろ普通
31: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:34:06.69 ID:DkVgBpPe0
中共がのさばる結果になった以外結局全てアメリカ様の要望通りで草も生えない
35: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:34:48.42 ID:7UysZHQJ0
そもそもこれ最後通帳でもなんでもないんやろ
37: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:35:16.21 ID:pZgYwEabr
アメリカの気持ち考えたら分かるだろ
イギリスとドイツが戦争してんのに極東支配を変えます言うて三国同盟締結
東南アジアやアメリカのフィリピンは狙われる危険性があり、イタリア海軍の支援を日本はやってた
日本は野村を全権として日米交渉
その途中に仏印進軍
アメリカはそりゃキレる
イギリスとドイツが戦争してんのに極東支配を変えます言うて三国同盟締結
東南アジアやアメリカのフィリピンは狙われる危険性があり、イタリア海軍の支援を日本はやってた
日本は野村を全権として日米交渉
その途中に仏印進軍
アメリカはそりゃキレる
38: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:35:34.90 ID:grBSRJHT0
飲めないのはわかるが真珠湾を攻撃したのがホンマアホ
蘭印だけ攻撃して資源とればアメは手出してこなかったのに
今の北朝鮮みたいに
蘭印だけ攻撃して資源とればアメは手出してこなかったのに
今の北朝鮮みたいに
41: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:36:06.61 ID:4UWbT7DRM
??「弱腰東條、勝てる戦を何故やらぬ」
45: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:37:20.25 ID:iHP6OSSE0
日本軍「ちょっと盛りすぎたかなあ~~まあ俺たち強いしなんとかなるやろ、その辺は臨機応変でいこかなあ」
日本軍「ふぁ!?結構行けるやんしょーもなw何だかんだ俺たち無敵やないwww」
日本軍「ふぁ!?結構行けるやんしょーもなw何だかんだ俺たち無敵やないwww」
46: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:37:20.46 ID:/TSUWtxH0
結局陸軍が226みたいにクーデター起こして政府転覆して結局戦争やで
47: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:37:28.92 ID:xpyJ5FKKa
日本に有利すぎたリットン案を蹴った時点で終わりやろ
常任理事国という特権階級やからこそリットン案みたいな理不尽極まりない方向で固めてくれたんやぞ
国連脱退してあれ以上の条件引き出そうとか無理がある
常任理事国という特権階級やからこそリットン案みたいな理不尽極まりない方向で固めてくれたんやぞ
国連脱退してあれ以上の条件引き出そうとか無理がある
52: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:38:11.76 ID:4dqQ3IPU0
>>47
全然有利ちゃうから
白人様なら調査すらされてない
日本は人種差別と戦ったんや
全然有利ちゃうから
白人様なら調査すらされてない
日本は人種差別と戦ったんや
48: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:37:30.70 ID:NwZkisTna
中国から手を引いて米と仲良くしてればww1のようにほぼノーダメで儲けられたんちゃうの
54: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:38:33.48 ID:o2ouyKiy0
>>48
ヒトラーが暴走するまで耐えれば特需で大勝利やったよな…
ヒトラーが暴走するまで耐えれば特需で大勝利やったよな…
49: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:37:35.07 ID:AWUXjw0G0
飲める飲めないやなくてまず強引な条件を挙げてそっから交渉して譲歩していくのがアメリカ人のやり方なんやから
これを交渉のベースに話し合えばよかったんやろ
これを交渉のベースに話し合えばよかったんやろ
51: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:37:59.13 ID:AXmrxDa80
少なくとも史実のようにグダグタしょうもない消耗戦やって国をボロボロにするよりマシな道はあったやろ
53: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:38:16.35 ID:y+M2M5IW0
これが議論のスタートなのに勝手に最後通牒と受け取ったアホがいただけなんだよなぁ
55: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:38:39.60 ID:hL0usDwD0
仮にこれ呑んで国民党支持してたら中共政権は誕生しなかったんやろか
56: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:38:47.32 ID:UHbpXdkx0
対米戦のために何年も海軍育ててたんやぞ、使いたいに決まってるやろ
57: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:38:57.66 ID:MXrju2xH0
アメリカと中立条約結んで英仏植民地だけかっさらえば良かったのに
73: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:42:23.63 ID:H4GAh26R0
>>57
どうやって結ぶんや
そもそも大陸ってアメリカ全く関係ないからね
どうやって結ぶんや
そもそも大陸ってアメリカ全く関係ないからね
85: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:44:48.63 ID:04WMHO28x
>>73
大陸の利権問題でアメリカと仲悪くなったの知らんのか
大陸の利権問題でアメリカと仲悪くなったの知らんのか
89: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:45:09.31 ID:MXrju2xH0
>>73
中国権益欲しいから何度も門戸開放しろ言うてたやんけ
中国権益欲しいから何度も門戸開放しろ言うてたやんけ
59: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:39:31.59 ID:P/YH6sf0d
のらりくらりやってりゃ良かった言うやついるけど
のらりくらりしてたら備蓄減るやん減るだけ劣勢に立たされるやん
のらりくらりしてたら備蓄減るやん減るだけ劣勢に立たされるやん
62: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:40:24.67 ID:MXrju2xH0
>>59
劣勢どころか本格的に日本経済が終わるから軍部クーデタ起きて結局戦争してた
劣勢どころか本格的に日本経済が終わるから軍部クーデタ起きて結局戦争してた
64: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:40:52.08 ID:ICAKphwx0
これ受け入れろって案じゃないのにな
こっからお互いの意見入れて議論やのに戦争始めちゃった
こっからお互いの意見入れて議論やのに戦争始めちゃった
66: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:41:14.41 ID:Q/Wcw1Xxd
無理やろうな国内でクーデター起きて軍事政権できるだけや
69: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:41:45.99 ID:QrHQJGvLa
アメリカもさんざんカリブ海でやっとるのに
そりゃちうごくで日本がどうこう言われたくないやろ
そりゃちうごくで日本がどうこう言われたくないやろ
75: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:42:49.48 ID:/7w4jzszM
開戦よりもっと早く降伏すれば良かったのに
78: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:43:04.51 ID:vYL8cVUn0
資源がないんだからもう少し賢く立ち回れや
ニイタカヤマに登っとる場合ちゃうわ
ニイタカヤマに登っとる場合ちゃうわ
81: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:44:18.54 ID:QrHQJGvLa
三国干渉とか受け入れた明治期はやっぱ柔軟やったんやなって
その後きっちり日露戦争と一次大戦で借り返しとるし
その後きっちり日露戦争と一次大戦で借り返しとるし
86: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:44:56.16 ID:xAySN+9f0
国連脱退した時点で詰んでた
なんとしてもしがみつくべきやった
なんとしてもしがみつくべきやった
96: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:46:40.17 ID:pRhRtw75p
10番目どういうこと?
努力しとけばええんか?
努力しとけばええんか?
105: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:48:13.97 ID:yd6lzrn10
これ飲んだほうがマシやったろ
少なくとも朝鮮樺太台湾は日本やん
少なくとも朝鮮樺太台湾は日本やん
112: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:48:50.13 ID:W+iUBxD6d
>>105
その次が来ない保証はどこにもないからな限らんからな
その次が来ない保証はどこにもないからな限らんからな
113: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:49:24.28 ID:aMKldIAh6
>>105
既に満州に百万以上の日本人市民がいて鉄道やらの権益は日本のものなのにそれを守るべき警察機構軍事機構すべて引き上げろなんて無理やん
既に満州に百万以上の日本人市民がいて鉄道やらの権益は日本のものなのにそれを守るべき警察機構軍事機構すべて引き上げろなんて無理やん
124: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:51:09.92 ID:AKfEUEGt0
>>113
どうせ守らなかったしセーフ
どうせ守らなかったしセーフ
122: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:50:42.11 ID:pc7G/4xmr
リットン調査団「うーん、まあ満洲は日本の権益で承認、ほかの地域は流石にやりすぎやから日本にも権益を少々認める程度ええやろ」
アメリカ・イギリス・フランス「甘すぎだろこれ、日本のほぼ丸儲けやん、でもしゃーないか」
中華民国「ギギギ・・・、これが最後で最大の譲歩や」
ソ連・ドイツ「鬼畜すぎるやろこれ」
日本「脱退する!」
リットン調査団・アメリカ・イギリス・フランス・ソ連・ドイツ・イタリア「」
中華民国「」
127: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:51:33.70 ID:QuqHxnxna
日露戦争後にアメリカと共同で満州開発しとけばよかった
142: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:53:37.60 ID:NxkZNjh90
言うほど飲めない条件か?
少なくとも太平洋戦争の損害に匹敵するとは思えんな
少なくとも太平洋戦争の損害に匹敵するとは思えんな
181: 風吹けば名無し 2019/12/09(月) 21:59:36.81 ID:Z+Fcm5000
まともな脳みそなら飲むしハルノートはあくまで草案なんだよなぁ

































コメント↑↓
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これも飲めないんじゃ滅ぼされても仕方ないレベルだわ
後からなら何とでも言えるわな
軍部が暴走していた当時の日本だと呑めませんな。
それは日本の自業自得だけど。
日本の軍部の暴走も問題だが、日米の対立は1919年のパリ講和会議における「人種差別撤廃提案」によって始まっている。
時のウィルソン大統領は民族と人権に基づくウィルソン主義を掲げながら日本の提案に反対し(明言はしていないが)ABCD包囲網、対日輸出の制限等の圧力をかけている。
後のルーズベルトの時代でもキリスト教徒であった宋美齢(蒋介石)の厚遇やフライングタイガースの派遣等米国の行動は矛盾に満ち、日系人キャンプに代表されるように明かなジャパンバッシングを行っている。
そして戦後の世界は日本が予想していた通りに民族の独立運動が高まり、東西冷戦を招くと同時に東側の暗躍を助長する結果となった。米国(特に米民主党)が行うべきだったのは日本への歩みよりであり、日本蔑視は最悪の選択と言えるだろう。まぁ、今尚続く米国の病の一つだわな。
国民党(中華民国)とアメリカは友好国だったので、国民党の厚遇や義勇軍の派遣は矛盾していないと思いますが。
あと日本は真珠湾を攻撃して太平洋戦争を始めたので、日系人キャンプはスパイ対策の側面もあった。
国民党と友好関係を継続した背景はキリスト教徒が略いない日本に対する蔑視。フライングタイガース等の米国による戦力供与は国際法違反。見方を変えれば米国による攻撃だからね。
加えて日系人キャンプに収容された日本人には米国籍保有者も含まれていて、その不動産等の財産まで没収されており、後に米国政府は謝罪と賠償(賠償額は少ないが)を行っている。よって当時の米国政府の行動に正当性は無いよ。日本側もどっこいだが、少なくとも一方的に批判される云われも無い。
真珠湾攻撃が上手く言ったのは現地の日系人から情報収集しまくったお陰だもんな。
現地の日系人もまさか攻撃してくるとは思わなかったので、世間話程度に喋ってた。
アメリカの主張は当初から「ワシントン体制の再構築」なので、ハル・ノートの内容は特段理不尽ではない。
そもそも試案だし。
あと満州事変の審議中に陸軍が熱河作戦を始めたけど、熱河作戦も日本が国連から脱退した原因の一つ。
熱河作戦は国連の規約に違反しているので、日本は経済制裁される可能性が発生した。
だから日本は先に国連を脱退することにした。
1931年9月、関東軍が満州を武力占領した後、中国は国際連盟に提訴した。連盟はリットン調査団を派遣し、1932年10月の報告書で、九一八事変の軍事行動を「合法的な自衛手段とは認められない」と判断し、満州国も「真の独立運動から生まれたものではない」と結論づけた。
1933年2月24日、国際連盟特別大会はこの報告書に基づく決議を42票賛成・日本1票反対・タイ1票棄権で可決。日本代表の松岡洋右は退席し、同年3月27日に正式脱退を通告した。
日本が脱退したのは、単に「面子」の問題ではない。決議が求めたのは、満州事変以降の侵略成果の放棄だった。
満州国を「傀儡政権」として否定され、既得権益の放棄を迫られた。
満鉄や関東軍が築いた東北支配の構造を維持できなくなった。
軍部は「満蒙は日本の生命線」と主張し、政党政治を押さえ込んでいた。
つまり、日本は「国際協調」より「大陸侵略の継続」を選んだ。
脱退後、日本は熱河を侵攻し《塘沽協定》を強要、さらに華北へ進出し、最終的に日中戦争へと拡大した。 同年10月にはドイツも脱退し、ファシズム勢力が国際秩序から離脱していった
アメリカ「それはそれとして借金は耳揃えて返せよ、返せなきゃカタとしてインフラ貰うから」
日本 「なるほど、そう風にやるのか。納得」
中国 「なるほど、そういう風にやられたなよな~。これからは俺もそういうのをやろう。」
列強は師匠です。
フランス「やり過ぎてドイツにボコボコにされました…」
ご利用は計画的に
プーチン「なんで日本はこんなに有利な条件が飲めないのか馬鹿なのか」
これまで交渉してきた内容を全無視してこれが出てきたのが問題だったような。
アメリカの主張は当初から「ハル四原則」の徹底ですな。
「日本がハル四原則を受け入れたら、日米諒解案をベースにした交渉をしましょう」という流れだった。
しかし松岡外相が日米諒解案を修正したり、日本が仏印進駐を実施したことにより、アメリカの態度はどんどん硬化していった。
当時外相だった松岡洋右がモスクワで日ソ中立条約を結んで帰国した直後、自分の頭越しに進められていた日米諒解案に激怒。三国同盟至上主義者の松岡は「ドイツを裏切るような妥協はできない」として、アメリカ側の要求を骨抜きにする修正案を突きつけたというのはありますね。
その後には南印進駐もやって仏印の石油を狙える地固めをしてしまう
ルーズベルトはその直前に「仏印を中立化するなら石油供給も維持する」と異例の直接提案まで行ないましたが、仏印自体は連合国も認めたフランスヴィシー政権の合意のある共同防衛ということ主張もあり、だんだん複雑怪奇な気になりますが、日米の不信が高まったことだけは感じます。
「ドイツを裏切るような妥協はできない」は正確ではない
松岡は三国同盟至上主義だったが、彼の修正案が狙ったのは「ドイツを守ること」より、中国支配を手放さず、米国に譲歩させないことだった。修正案は「蒋介石政権が和平に応じなければ米国は対中援助を停止する」とまで要求し、交渉そのものを硬直化させた。
「仏印の石油を狙える地固め」は不正確
仏印南部に大規模油田はなかった。目的は蘭領東インド(現インドネシア)の石油確保を見据えた南進基地の獲得と、援蒋ルート遮断だった。
「ヴィシー政権の合意がある共同防衛だから問題ない」は建前
日本は1940年6月、法属印支総督に最後通牒を出し、援蒋ルート閉鎖と日本軍の通過権を要求した。 8月30日の《松岡-亨利協定》で「駐兵6000名」「双方の同意なく軍事攻撃しない」と約束したが、9月22日夜、協定署名の直後に日本軍は国境を越え、9月26日には海防・河内を占領した。 協定を破棄しての武力攻撃だ。
1941年7月12日、外務省は加藤駐仏大使に対し「仏側が反対しても強行する」「7月20日までにイエスかノーかを答えさせろ」と訓令。 7月19日には「7月24日までに回答せよ、さもなくば武力で軍事展開する」と最後通牒。 7月24日、2万5千名が南部に軍事展開。
「共同防衛」という体裁は、72時間の最後通牒と武力威嚇で取り付けた合意に過ぎない。
ルーズベルトの「仏印中立化なら石油維持」提案
この提案自体は交渉文脈と重なるが、日本側は南部仏印への軍事展開を既に行った後であり、受け入れなかった。
「複雑怪奇」と感じるのは、日本側が「共同防衛」「合意」という体裁を使いながら、実質は軍事圧力による南進を進めていたからだ。
核心はこうだ。
松岡は三国同盟を盾に交渉を硬直化させ、日本は中国支配と南方資源の両方を手放さず、米国はそれを容認しなかった。日米の不信は、単なる誤解ではなく、日本の侵略維持と米国の原則の衝突だった。
それ言うなら日本が提案した乙案も
中国から手を引け、石油禁輸やめろ、蘭印の資源獲得を支援しろ、呑んでくれたら南部仏印からは撤兵してやるよとか言ってて
これまでの交渉を全く踏まえてない内容やん
海軍「開戦には反対だが、どうしてもやらないといけないのなら今しかない」
現場が先走ると、中央もそれに引き摺られるのが当時の日本です。
アメリカとの戦力比は開戦前が最高で、時間がたてば両洋艦隊法で起工した艦艇が完成して不利になる一方でしたし。
宣戦の布告ってあるよね?
そう、上位一致
議会制民主制は、13世紀初めのイギリスにおけるマグナカルタから始まりました。 この文書は、議会制民主主義の歴史的背景を詳しく説明していますから、参照されたし・・・
某Aさん 「これを飲め」
某日本さん 「嫌だ」
此処までは、まあ分からんでもない。
某日本さんのやったこと → 嫌だから、いきなり相手を殴る。
殴ったら殴られるだろww
大艦巨砲主義サイトさんコメントにイイネボタン欲しいですw
そして 自分個人的には欧米がアジアを助けてくれなかったから
日本がなんとか助けようとしてたって思ってます。
そして確かに欧米に利益が渡らないけど現地民を助ける為に日本が頑張ったのに
ハノルート突き付ける欧米各国がなーww
まあ第二次世界大戦後そろそろ100年近く経ちますが欧米は相変わらずw
日本が他の国でも頑張ってる国には支援、援助等してるのに・・w
相変わらずヤベとなったらルール改変するやつらだからなーwwwww
例えばモータースポーツ F1とか最もなる例題だろ 草生えるわwww
ハートポチるのが有ったけど、自分でポチってると思われるのがよくあった
欧米、中国がクソなのは確かだが当時の日本もクソ
日本がアジア諸国民を助けようとしてたなどという主張はアジア諸国民に軽蔑されるだけだからやめたほうがいい
軍が現地で大規模な物資の徴発行なって代金踏み倒したから現地の人にすぐに論破される
風便物じゃね?
他国を侵略しながら経済制裁されて発狂し全てを失うただの馬鹿
なーにを被害者ぶってんだか
いいねボタンなくなったから言うけど、あんなのCookie消せばナンボでもポチポチいいねできるんだわ。
それでえらい愛国意識の高いネトーヨがわたし愛国者で偉いでしょ、と自分のコメに何度もいいねして恥を晒すのがお決まり。やろうと思えば誰でもすぐできるんだよ、そんなのは。恥ずかしいからやらんだけ。
そもそもハルノートが出てきたタイミングが既に交渉がほぼ決裂したあと。
その段階でこんな提案を持ってきても、日本側はアメリカにやる気がないだけと受け取った。
そんなにそれを正当というのなら、
あの理不尽なプラザ合意や、半導体協定を言われた時にも、
「新高山上れ」「トラトラトラ」をやればよかったのにね。
あっ、冗談ですよ。
ハル・ノートを受けてても、第二第三のハル・ノートがきただろうな。
今までアメリカが戦争ふっかけてきた相手はみんなそうされてる。
最新のイランが、ばっちりハル・ノートを持ち帰る中に急襲されてる。
残念ながら満州事変〜太平洋戦争の時は日本が戦争をふっかけていたのよね。アメリカは被害者よ。
今現在、敵国条項を撤廃しない国連に向けて、国連脱退カードをちらつかせている最中のような気がするんだよなぁ。
米国の外交は「吹っ掛け」で到底納得できない内容で要求し、相手から交渉を引き出す。日本人はコレが分からず反論してこない。外交は善交じゃないんだから反論するのが当たり前なのに「承知しました。その要求をのみますから、仲良くしましょう」というのが日本流なんだよね。最近聞いた事あるだろうトランプ陣営との外交で「先方に丁寧に日本の立場を説明して理解を得られた」ってね。全然駆け引きも交渉もしてないじゃん。それにここでのオマエらを見ていると悲しくなるわ「呑む呑まない」じゃあないんだよ、引き算であり交渉と駆け引きなんだよ外交ってのは
ハル・ノートは「吹っ掛け」でも無いのよね。
ハル・ノートの内容は日米交渉前からアメリカが主張していることだし。
日本政府 「日本国民が許してくれませんよ」
軍部 「そうそう、日本国民が許さん!」
いやいや、軍部さんは
気に入らんと、大臣を何度もブッコロシテおいて、よく言うよね。
提案とかそれを飲むとかいう低次元な領域では、あの意識の流れは介入しない一方、制度的オートノミーは、しばしば(自決権・「民族自決(self-determination)」)と同義語になり、多くの政府は、民族統一主義などによる混乱を恐れる。しかしながら、オートノミーは民族自決などの問題の解決策としてみなされるべきである。民族自決は独立への運動であり、一方オートノミーは固有の地域・グループを尊重しようとするものだからである。制度的オートノミーは、社会の中において、マイノリティや少数民族との衝突や対立を解消することが出来るものである。よりオートノミーを推進することによって、中央政府との外交的関係を築く助けとなるものであるとされるみたいよん
今のアメリカに
このソ連の工作員が作ったハルノートについて正式コメントを聞いてみたいね。
アメリカじゃいまこのワードを出すのはタブーらしいが。
あっちの学校じゃ「こんなもの」があったことも教えないらしいし。
>ソ連の工作員が作ったハルノート
まあ、100万歩譲って、そうだとしたら、そういう可能性を考えないで
それに「ウキ~」って怒り狂って乗った日本政府がバカだろ。
大体、日本軍部自ら、スパイを沢山放って自国の為に工作してきただろうに。
作成者の財務省高官ハリー・デクスター・ホワイトがソ連のスパイだったのも知らんのか?
CIAが「こいつもあいつも、ソ連のスパイだ」と言って報告してたって話は知っている。
そして捕縛もせず泳がしていたという話も知ってる。
だとすれば、結局「ソ連の工作に騙されました。」じゃなくて
「ソ連の工作に騙された体で、実はあえてやりました~」と言う事でしょう。
まあ要するに、ソ連もアメリカもグルだろうに。
事実、ソ連に参戦を公式に求めてるんだからねww
お笑いだろ。
ホワイトが作成したモーゲンソー私案は日本に融和的な内容だぞ。しかもハル・ノートの内容と全然違うし。
禁輸後、日本は開戦準備と期限を設定
石油禁輸により備蓄に限りがある日本は時間的圧力に追い込まれた。1941年9月6日の御前会議で《帝国国策遂行要領》を決定。「10月上旬までに外交的要求が通らなければ開戦」「10月下旬までに戦争準備を完了」という方針を固めた。
この時点で日本は、交渉を続けながら開戦準備を進める二重戦略に入っていた。
11月:甲案・乙案で中国支配の維持を図る
11月5日の御前会議で甲案・乙案が決定された。
甲案:中国撤兵を「平和成立後2年以内」としながら、華北・蒙疆・海南島への駐兵は「必要期間」残すとし、米側が問えば「約25年を目標」と曖昧に答えるよう指示されていた。つまり「撤兵」は名目だけで、実際には日中戦争以降の中国支配構造を維持するつもりだった。
乙案:南部仏印からの一部撤兵と引き換えに、米国の石油供給再開と「米国が日中和平を妨げないこと」を求める暫定案。これは事実上の対中援助停止を意味した。
中国側の外交阻止で暫定協定案は撤回
米国側は乙案に対し「暫定協定案(Modus Vivendi)」を検討したが、これに蒋介石・宋子文・胡適が強く反対した。
蒋介石は日記に「米が対日制裁を緩めれば中国の防衛線は即座に崩壊する」と書き、宋子文はルーズベルトに直接働きかけ、胡適は国務長官ハルに激しく抗議した。チャーチルも加わり、妥協案は撤回された。
蒋介石は日記で「内助之力、実に鮮なり」と記している。中国からすれば、ここで米日が妥協すれば抗日戦の士気が崩壊する。
暫定協定が撤回された後、ハルが提示したのがハルノートだ
ポツダム宣言にしとけば
呑めたよねー
「弱腰東條、勝てる戦を何故やらぬ」
とマスコミが報じたと主張する人がいるけど未だに誰も明確なソースを出していないよね。
一体いつになったらその記事が出てくるのやら。
1941年11月17日の第77臨時帝国議会において、東條英機首相が行った施政方針演説(対米政策演説)に対し、朝日新聞をはじめとする当時の日本のマスコミは、政府の「重大な決意」や「開戦辞さず」の強硬な姿勢を一斉に支持・強調する論調で報道しました。
朝日新聞(1941年11月18日付夕刊など)は、東條首相が演説で「帝国の百年の計を決すべき重大局面」と言及したことを受け「我が方針を認めずば帝国重大決意」「対米決意を明示」といった刺激的な見出しを掲げ、外交交渉が決裂した場合は武力行使(開戦)をも辞さないという政府の強硬な姿勢を全面的にクローズアップしました。
実際のレベルはこの程度ですね。
このフレーズ自体は、後世(特に2010年代以降のネット論壇)で象徴的に流通した言葉のようですね。
ニュアンスとしては同じことだと言われるのは、
田中作戦部長が連日書き残していた『機密戦争日誌』(1941年10月下旬〜11月1日)
「是れ抑々(そもそも)如何なる意なりや、右は大臣の変節なり」
「統帥の神聖を蹂躙し、軍部を愚弄するものなり」
「現内閣の態度は優柔不断にして、時機を失するものなり」→これが近いんじゃないかなぁ
街頭や世論の空気:警察が押収した落書・投書
「東條はいつまでぐずぐずしているのか」
「米英の奴隷になる気か」
「大東亜の危機に立ち上がらぬは腰抜けである」
ネット勃興期にこれ見て、一言でうまく言い表したという感じですかね?
当時の作戦部長の主張や押収された落書・投書がネットによって全部マスコミに押しつけられたってことか。
東條内閣成立で、陸軍部内はこれで開戦決定かと思ったら外交交渉継続と言ったので
「弱腰」「卑怯者」と激しい罵詈雑言が飛び交う事態となったそうな。
受け入れられるか、受け入れられないかは当時の人間次第。後になって騒いでも意味がない。
江戸時代に切り捨て御免は受け入れられないといって、なんか意味あるか?
日本のウヨさんA 「日本はアメリカにはめられたんだよ」
日本のウヨさんB 「ソ連のスパイがそういう工作をしたのよ」
まあ結局、そんな簡単にスパイ活動で嵌められたり、騙されるような知能で
国際社会でダンビラ振り回して
世界覇権(大東亜共栄圏)を唱えようとか、無理だろ。
今からすれば飲んでれば朝鮮・台湾は独立する可能性が高いとして樺太・千島・その他諸島は残ったかもしれないと思うけど、当時の情勢や民族間の格差や意識は今とは全く違うからなあ。
何にしろ過去は変えれないから今後どう生かして日本の国益をより大きくできるかだね。
なんか世界大戦起こったり覇権主義的な国際関係に戻ったりしても不思議じゃないし
石油の禁輸で交渉のタイムリミットができて、石油の即時輸入再開の確約が無いから日本は受諾しなかった。
結局は油に終始してるのよ。
なお、石油を交渉材料にしたはずの当の米国が、その日本に対する影響力の大きさを見誤っていて、さじ加減を盛大に誤っている模様。
そこは、今も昔も日本人気質が変わってないんだよね。
日本は、交渉事で譲歩を先に出して、相手にも譲歩を「期待」する。
でも、これって、相手に決まった意思があれば必ず失敗す。
そして、期待を裏切られたら、もうラストカードを切る。
実は、今の対ロシアの方針がかなり似通ってるから。
それよく言われるけど、交渉期間が限られていたから甲案というセットで譲歩と共にふっかけて、ダメなら隠し球として乙案のセットも用意していたんだから、そんな単純な話じゃない。
塾講師の人がネット動画で言っていたけど
英国がドイツに負けそうな段階では米国は(日本の動向に)相当心配していたけれど、
ドイツがアホなことにソ連に戦争を仕掛けた段階で、英国の負けの可能性が無くなった。
だから、日本が戦争しようがどうしようが
お気楽になったんだよね。だから吹っ掛けたんでしょ。
それどころか日本と戦争になれば参戦できるだけでね。
だから、日本はアホなのよね。自ら貧乏くじを引いたんだよ。バカじゃないの。
海上保安(コーストガード)の6か国(日米中ロ、カナダ韓国)会議ってのがって、
今年、米国・カナダは不参加を表明してて、日本も不参加とした。
開催地中国が「開催中止した」ことを除けば、皆勤賞の日本が今回初の欠席。
外交なき誤値
ケネディ vs. フルシチョフのニアミス
1961年、ウィーンでの米ソ首脳会談。通訳たちは緊張で汗だく。特に問題となったのが、「強い立場をとる(firm position)」というケネディの言葉。ロシア語で訳されると、まるで「戦争も辞さない構え」という有名な誤値
つまり、“firm”は「固い」だけでなく「攻撃的」ともとられる…通訳泣かせの単語です。
この一言が、キューバ危機への不安定な足場となり、世界が核の瀬戸際をウロウロすることになります。訳し方ひとつで、地球の温度が数度上がルンだそうですよ・・・
さらに、真珠湾攻撃前夜、日本の“黙殺”がアメリカの逆鱗に・・・
ポツダム宣言に対する日本政府の公式コメント「黙殺」。これは“ignore”として英訳され、アメリカは「日本は交渉を拒否した!」と激昂。実際の意味は「今はコメントしない(無視とは違う)」だったのですが、時すでに遅し。翻訳ミスで都市が燃えることになったとか・・・
ポツダム宣言とその黙殺は日本の敗戦も時間の問題となった戦争末期だけど。
何のことはない
インテリジェンスでも、謀略でも、外交でも、戦争においても
あらゆる段階で全部、徹頭徹尾アメリカとソ連にしてやられました。
と言ってるだけだよね。違いますかね?
それで最後の戦争して負けないと納得できなかったってどういうこと?
秋丸機関の報告で日本はドイツとの連携でイギリスを脱落、敗戦に追い込むことは可能だがアメリカには勝てないことが結論づけられていた。
つまり、アメリカは外交交渉を日本と行うことでイギリス敗戦を防ぐために交渉するふりをして時間を稼いでいただけだったんだよ。
そしてドイツが対ソ戦で明らかに敗勢になったことが情報で明らかになり、日本と交渉する必要が無くなったんだよ。つまりハルノートはイギリスの敗戦の可能性が無くなったので対日交渉の打ち切りを宣言したものなんだよ。
日本はスパイの活躍で当時の海外情勢の分析すらまともにできなくされていたのか、それとも日本を対米戦に進ませようとするソ連スパイの活動が成功していたかのどちらかだったんだよ。
たぶん、アメリカは日本がドイツの勝ち目が無いことに気づいてアメリカに屈服すると思っていたんだと思う。
秋丸機関は《英美合作経済抗戦力調査》《独逸経済抗戦力調査》などで、日本が対米長期戦を戦えないこと、英国単独ではドイツに勝てないこと、ドイツの抗戦力は1941年を上限に低下する可能性を指摘していた。
しかし重要なのは、報告内容が日本指導層に十分伝わっていたことだ。問題は「情報が届かなかった」のではなく、「正しい情報がありながら、中国支配と南方資源確保を手放さない政治的決定が優先された」ことにある。
「米国は英国救済のため交渉のふりをしていた」か
これは半分当たっているが、半分は誤りだ。
米国は確かに欧州戦線優先で、太平洋での直接衝突を避けようとした。しかし交渉の本質は「英国を救うための時間稼ぎ」だけではなかった。
米国は日本の中国支配を容認できず、原則を崩さなかった。日米諒解案も「汪政権合流」「満州国承認」「米国が対中援助停止」など、中国主権を大きく損なう内容を含んでおり、米国務省は「非常にまずい」と評価していた。
ゾルゲ・スパイの影響か
ゾルゲ機関がソ連に「日本は南進する」と伝えたのは事実で、これがスターリンのモスクワ防衛決断に寄与した。 しかし「日本が対米戦に追い込まれた主因がスパイ活動」というのは過大評価だ。
日本の開戦決定は、中国利権維持・南方資源確保・石油禁輸への対応という自らの戦略的選択の結果であり、外部のスパイ活動で「操られた」ものではない。
「米国が英国優先だった」点は正しいが、ハルノートの本質と中国側の役割を無視し、スパイ陰謀論に過度に依存している。
開戦は日本の自らの戦略的選択の結果であり、スパイに操られた結果ではない。
古今東西問わず、今も昔もその意識の流れは秒分で分かるよ
あえて言おう、類似という本質は、そのミラーニングテンコ盛り時代では限りなくズレるんです!
つまり、思惟と延長・・・そこに\(^o^)/チャージング
頂点シェーダじゃん
勝てるなら兎も角勝てないのだから譲歩するしかないだろ?
戦うにしろ和平にしろ中国に大軍を置く理由は無イ。
この言い方は「勝てないなら譲歩せよ」という理屈は正しいが、「中国に大軍を置く理由がない」という前提が事実と逆だ。
中国に大軍を置かざるを得なかった理由
兵力が釘付けになっていた
1941年、日本陸軍51個師団のうち35個(約68%)が中国戦場に投入されていた。 中国軍の抵抗により「速戦速決」が破綻し、占領地を維持するだけで大兵力が必要だった。
撤兵=侵略戦争の否定=体制崩壊
日本軍政高层は1931年以来の侵略に数十万兵力と天文数字の軍費を投じていた。中国からの全面撤兵を受け入れれば、これまでの戦争を「無意味だった」と認めることになり、軍部の政治的地位が崩壊する。 1941年9月の御前会議資料でも、「中国を掌握するには駐兵が不可欠。これには絶対譲歩できない」と明記されている。
中国側の抵抗が継続していた
蒋介石は1941年以降、日本との和平交渉に一切興味を示さなくなった。1942年4月、和知鷹二の仲介者が面会を求めた際、蒋介石は「拘押監禁せよ」と批示している。 中国は米英ソと連携し、抗日戦を継続する戦略を固めていた。
「勝てないなら譲歩せよ」は正論だが、日本は中国利権を手放すことを「体制の死」と認識していた。だからこそ、石油禁輸という死活問題に直面しても撤兵を拒み、南方資源確保のために開戦に踏み切った。
中国に大軍を置く「理由がない」のではなく、置かざるを得ない状況に自らを追い込んでいたのが実態だ。
>中国に大軍を置く「理由がない」のではなく、置かざるを得ない状況に自らを追い込んでいたのが実態だ。
考えるとか考えないとか、顛末とか関係なく
中国にみたいな面積としても、人口としても巨大な国に対して
大群を派遣しないとかありえないだろ。
始めからその発想とか計算の意味がわからない。
戦争に敗けといて、そんな寝言はくだらんいい訳にしか聞こえんが、実際問題は陸軍がゆうことを聞かなかったら無理だろナ。
問題の核心は「誰が命令すべきか」ではなく、明治憲法下の体制自体が、陸軍を止める命令系統を最初から作っていなかったことだ。
制度的に誰が止めるべきだったか
天皇 統帥権の大元、軍の最高統帥者 開戦決定を追認し、拒否しなかった
内閣・首相 国政責任はあるが、統帥権には介入できない 近衛は辞職、東条は陸相兼務で開戦推進
議会 予算審議権はある 軍部支配下で実質的な抑制機能なし
海軍 軍部の一翼 永野修身らが開戦を推進
「陸軍は誰の言うことを聞けばよかったのか」——制度的には天皇しかいなかったが、天皇も拒否しなかった。内閣は統帥権独立で介入できず、海軍は共犯者だった。
つまり「陸軍が言うことを聞かなかったら」ではなく、「誰も軍部を止められない体制」を自ら作り、維持してきたのが実態だ。
これは単なる軍部の暴走ではなく、明治憲法体制そのものが抱える根本的欠陥だ。
憲法の問題はそう思う、明治憲法の前提は天皇に権力を集め優秀な政治家や軍人が実際には責任を持つというたてつけだったが残念ながら昭和の軍人や政治家は阿呆だったという訳だナ。
明治憲法の設計思想は確かにそうだった。伊藤博文らは、天皇を頂点に置き、有能な元老・政治家・軍人が輔弼(ほひつ)して実質的に国政を運営する、というエリート主導の立憲君主制を目指した。
明治・大正期には、伊藤博文、山県有朋、西園寺公望といった元老が、軍部と内閣のバランスを取っていた。統帥権独立があっても、元老の政治的権威が軍部を抑える「見えないブレーキ」として機能していた。
「阿呆だった」で片付けるのは、制度欠陥を人的要因にすり替えている。
問題は個人の能力ではない。制度そのものに欠陥があったのだ。
統帥権独立
明治憲法第11条で天皇が陸海軍を統帥すると定められ、軍令は内閣から独立していた。内閣は軍事作戦に介入できない。
軍部大臣現役武官制
陸相・海相は現役将官でなければならず、軍部が後任を出さなければ内閣は倒れる。これは制度上の「拒否権」を軍部に与えたものだ。
元老の消滅
西園寺公望が1940年に死去すると、軍部を抑える「見えないブレーキ」が消えた。制度上、軍部を止める仕組みは残っていなかった。
明治憲法の設計は「優秀な人物が揃えば機能する」仕組みだった。しかし優秀な人物がいなくなっても機能する制度になっていなかった。
「昭和の軍人や政治家は阿呆だった」は事実かもしれないが、それは制度がバカでも機能するように作られていなかったことの裏返しだ。
制度は「最悪の人間が来ても暴走しない」ように設計すべきで、「優秀な人間が来る前提」の制度は、その前提が崩れた瞬間に破綻する。
まあ、事実はそうなんだから、陸軍が暴走して天皇や海軍が諦めて敗けに備えタ。
まあ、日本は敗けてアメリカの支配下になったが国は残っタ、敗けたけどまずまずの成功じゃないか?
日本陸海軍は、憲法・統帥権・軍部大臣現役武官制によって、文官統制から独立した並列の権力になっていた。
陸軍だけが暴走したわけではなく、海軍も対米開戦や南方資源確保を推進し、大本営・連絡会議で開戦決定に荷担した。
「海軍は反対していた」という後付けの物語は、戦後の責任回避でよく使われる。
天皇は「止められなかった」存在ではない
天皇は開戦・終戦の最終裁可者であり、御前会議で決定を追認し、1945年8月まで戦争継続を許した。
戦後「聖断で戦争を終えた」という物語は、天皇の戦争責任を曖昧にする政治的演出に過ぎない。
「国は残った」は国民の犠牲を軽視している
日本は都市空襲、沖縄戦、原爆、ソ連参戦、植民地・占領地での膨大な被害を経て降伏した。
国家体制が存続したのは、日本が「負けた」からではなく、GHQの占領政策が天皇制を残し、旧支配層の一部を温存したからだ。
戦後復興は「敗戦の成功」ではない
戦後の経済復興は、国民の努力に加え、冷戦構造、朝鮮特需、そして何より侵略戦争を反省し、軍事大国化を自制した憲法秩序があって可能になった。
それを「負けてアメリカの支配下になったから成功だ」と言うなら、侵略責任とアジア諸国への加害が完全に抜け落ちている。
「負けてまずまずの成功」という言い方は、加害責任・天皇責任・軍部責任・国民犠牲をすべて曖昧にする敗戦美化だ。
日本が戦後ある程度安定したのは、軍国主義が破綻したからであり、その破綻を「成功」と呼ぶのは歴史認識として誤っている。
理想は結構、陸軍は敗けるのも分からず対米戦争をはじめ実際敗けそうになったらラリっちゃって一億玉砕とかいいだす始末、まあ、いい年してネンネだから呆れてものがいえない、キミも同類みたいだナ。笑
明治憲法下で陸軍参謀総長と海軍軍令部総長はそれぞれ天皇に直属し、帷幄上奏権を有していた。 1903年の大本営条例改正で陸海軍令は対等となり、開戦決定は両軍の合意が不可欠だった。 海軍が反対すれば開戦は成立し得ない構造である。
言う通り、日本軍の末路はまさに狂気そのものだ
竹槍でB-29を迎え撃つ訓練をさせ、国民を特攻の駒として使い捨てようとした。 これは戦略でも何でもなく、軍部が自らの責任から逃れるための反人道的な狂態だ。
敗北を認められず、最後は国民全体を巻き添えにしようとした——これは軍国主義が辿る典型的な破滅パターンであり、歴史が示す教訓として厳しく記憶されるべきだ。
日清戦争で占領地を返還させられたり、艦船の数だかの取り決めを真面目に守ってたのが日本だけでしただったり、他にもずっとそんなもんだったんでしょ。
1990年12月に『文藝春秋』から刊行された『昭和天皇独白録』は、昭和天皇が
昭和21年(1946年)に戦前・戦中の出来事について側近に語られた内容をまとめた、
極めて重要な一次史料です。
そのなかで昭和天皇は、「日米戦争が引き起こされた近因は石油にあり、
遠因には人種差別があった」という趣旨のお考えを述べておられます。
石油禁輸は、なぜ始まったのか
85年前の8月1日、米国は日本への石油供給を事実上停止しました。
石油の約8割を米国から輸入していた当時の日本にとって、
国家の生命線を断たれるに等しい出来事でした。
米国が石油を止めた直接の理由は、日本の南部仏印進駐にありました。
当時、ヨーロッパではナチス・ドイツが快進撃を続け、フランスや
オランダはドイツに敗れていました。その結果、フランス領インドシナや
オランダ領東インドは、本国の統治能力が大きく低下し、
東南アジア全体の勢力均衡が急速に変化し始めます。
もし英国や米国がこれらの地域を軍事的に押さえれば、日本は石油や
ゴムなどの重要資源への道を完全に閉ざされるおそれがあったのです。
現代では、資源輸送ルート(シーレーン)の安全は、国際協調や
同盟関係によって支えられています。
しかし、85年前はそうではありませんでした。
資源も海上交通路も、自らの力で確保し、自らの力で守るしかありません。
しかし、この南部仏印進駐を、米国は「南方への軍事的拡大」と受け止め、
日本資産の凍結、そして石油禁輸へと踏み切ったのです。
日本には時間がありませんでした。
石油は、交渉している間にも消費されていきます。
石油の輸入が止まった以上、日本が保有する備蓄には限界があります。
時間がたてばたつほど、日本の軍事力も経済力も低下していきます。
それでも近衛内閣は、交渉による解決を諦めませんでした。
9月6日の御前会議では、「帝国国策遂行要領」が決定されます。
確かに、そこでは対米英蘭戦争の準備を進めることが決められました。
しかし同時に、外交交渉による要求の貫徹も掲げられていました。
そして、昭和天皇も外交による解決を強く望んでいました。
その最後の望みの一つが、近衛とルーズベルトによる直接会談だったのです。
しかし、近衛内閣が実現を求めた首脳会談は、ついに開かれませんでした。
日本は追い詰められた被害者”史観。石油禁運や仏印占領の事実関係は一部正しいが、因果関係を逆転させ、侵略責任を曖昧にしている。
「資源は自ら確保せねばならない」は侵略の正当化
当時、東南アジアの植民地支配は確かに存在した。だが、「資源を自らの力で確保する」ために軍事占領するなら、それは資源略奪のための侵略に他ならない。
日本はすでに中国を侵略し、朝鮮・台湾を植民地化していた。その延長線上で東南アジアへ侵攻しようとしたのだ。
「シーレーン防衛」の名目で他国領土へ武力進駐することは、当時の国際法でも侵略行為として非難されるものだった。
南部仏印侵攻は「防御」ではなく「攻勢」
1941年7月の南部仏印侵攻は、単なる資源確保ではない。金蘭湾・サイゴンに航空基地・海軍基地を建設し、シンガポール・マレー・蘭印・フィリピンを直接攻撃できる前線基地を構築した。
これは明らかに南方作戦のための攻勢的布陣だ。日本側幕僚の武藤章でさえ、米国が石油禁運に踏み切る可能性を事前に認識していた。
石油禁運は「挑発」ではなく「制裁」
米国の石油禁運(1941年8月1日)は、日本の南部仏印侵攻に対する対抗措置だった。 しかも米国は当初、石油禁運には慎重だった。
日本が北部仏印に侵攻した1940年9月には廃鉄禁運までで、石油は残された。南部仏印侵攻という明確な攻勢行動を受けて初めて全面禁運に踏み切った。
「外交解決を望んでいた」は建前に過ぎない
1941年9月6日の御前会議で採択された『帝国国策遂行要領』は、「10月上旬までに外交が不調なら対米英蘭開戦」と期限を切り、同時に戦争準備を命じていた。 外交と戦争準備を並行させる「両論併記」ではなく、開戦を前提とした最後通告だ。昭和天皇もこれを裁可した。
近衛=ルーズベルト会談が実現しなかった理由も、日本側が中国からの全面撤兵を拒否し続けたためだ。 米国が求める「中国・仏印からの撤兵」という最低条件を日本が受け入れない限り、会談には意味がなかった。
日米交渉は「時間稼ぎ」だった
1941年11月、外務大臣東郷茂德は駐米大使野村吉三郎宛ての電報で、「日米交渉は実質的に破裂したが、米国に破裂の印象を与えないよう、交渉継続のふりをせよ」と指示した。 これは交渉による平和的解決を望む姿勢ではなかった。
「日本には時間がなかった」のは事実だ。だが、その時間的圧迫は日本自身が中国侵略と南進を続けた結果として生じた。石油禁運を「米国の挑発」と見るか、「日本侵略への制裁」と見るか——この認識の差が、戦後日本の歴史認識歪曲の根源にある。
这段说法把《昭和天皇独白録》当作“天皇の証言”扱いしているが、史料として見れば、一次資料ではあるが、中立な記録ではない。むしろ戦後、東京裁判とGHQ占領政策を前に天皇責任を回避するために作られた「自弁文書」の性格が強い。
「石油禁運=直接の理由」は半分だけ正しい
1941年7月、日本軍が仏領インドシナ南部へ侵攻し、米国のフィリピン・太平洋航路・東南アジア資源圏を直接脅かした。
これを受けて米国は7月26日に日本資産を凍結し、8月1日に石油輸出を事実上全面停止した。
だから「南部仏印進駐が石油禁運の引き金になった」点は正しい。
しかし「日本は石油を止められて仕方なく戦った」は因果関係の逆転
この叙述は、日本の南進・仏印侵攻・中国侵略を前提とせず、米国の制裁だけを取り出すことで、戦争責任を外部化している。
実際には、日本はすでに中国侵略を継続し、1940年には北部仏印に侵攻し、1941年には南部仏印軍事拡大を決めていた。
石油禁運は、日本が資源を確保するために東南アジアへ軍事進出しようとしたことへの対抗措置だった。
つまり「石油が止められたから戦争になった」のではなく、「侵略的南進を続けた結果、資源封鎖を受け、さらに資源を武力で奪う戦争を選んだ」と言うべきだ。
「人種差別が遠因」という天皇の説明も問題がある
昭和天皇独白録が「遠因に人種差別」を挙げるのは、戦後責任回避の典型的な枠組みだ。
当時のアジア・太平洋地域には確かに西洋植民地支配や人種差別構造が存在したが、それを日本の侵略戦争の正当化理由にすることはできない。
日本自身が朝鮮・台湾・満州・中国・東南アジアで軍事支配を行い、現地住民を抑圧していた事実を無視している。
昭和天皇も「無責任な立憲君主」ではなかった
明治憲法下で天皇は統治権と統帥権を持ち、御前会議で国策を最終的に裁可していた。
独白録自体、天皇が軍部や近衛・東条ら政要に責任を転嫁する構造になっている。
戦後、天皇責任が追及されなかったのは、法的無罪ではなく、GHQの占領統治上の政治判断による。
「石油禁運が直接の理由だった」のは事実だが、それを「日本は被害者だった」という物語に使うのは誤りだ。
石油禁運は、日本が中国侵略と南進を続けた結果として生じた制裁であり、日本側は撤軍か、資源を武力で奪う戦争かを選んだ。
昭和天皇独白録は重要な史料ではあるが、天皇責任を薄めるための政治的文書として読む必要がある。
这段说法把って中国語?
なんか必死に自国で教育を受けたことを書いた感じで怖い
「这段说法把」は中国語だ。意味は「この言い方は~を……」という感じで、文の途中まで書いた状態。
中国の立場から日本の侵略責任を指摘された
「怖い」と感じるなら、なぜ怖いのか。自分の信じてきた歴史観が揺らぐからではないか
中国人に聞きたいのは、主権がなく欧米の植民地になることに対して劣った文明のままで、まるで何も
対処しようとしない、当時の帝国主義時代の現実に目を向けなかった点はどう評価してるのか?
袁世凱についての評価とか聞いてみたいな
日本を悪者にする以前の問題として
中国共産党史観ってそりゃ仕組み的に少数エリートによる刷り込み(洗脳教育)だから事実とは程遠いんじゃないかな
上の長文も反論というより永久にかみ合わない気持ちの問題に見える
清末が全く対応しなかったという見方は史実に反する。アヘン戦争後、清は軍事抵抗、外交交渉、洋務運動、戊戌変法、清末新政、新軍の編成、鉄道建設、新式学堂の創設、近代警察制度の整備、新疆回復、台湾の省昇格などを行っている。
問題は、これらの対応の多くが「器物レベル」や上からの改良にとどまった点だ。土地問題、財政の脆弱さ、官僚腐敗、中央権力の低下、民衆動員の不足といった構造的問題を解決できなかった。日清戦争敗北後、列強による中国分割が進み、義和団事件後の辛丑条約によって清政府は事実上、列強による中国統治の道具と化した。
より正確には、清末は無対応だったのではなく、帝国主義の侵略と封建体制の硬直化によって対応能力を封じられたと言える。
袁世凱の評価は複雑で、単純なレッテル貼りでは済まない。
肯定的側面
北洋新軍を編成し、中国陸軍の近代化を推進
科挙廃止、学堂創設、警察制度の整備
実業奨励、鉄道建設、商工業の発展
辛亥革命において清帝退位を促し、結果的に共和制樹立に寄与
「二十一カ条要求」を全面的に受け入れたわけではなく、最も過酷な第五号を拒否し、国際世論による圧力を図った
否定的側面
宋教仁暗殺に関与し、二次革命を弾圧
国会を解散し、臨時約法を破壊
個人独裁を確立
1915年に帝政復古を図り、共和の流れに逆行
死後、北洋軍閥が分裂し、長期にわたる軍閥混戦を招いた
毛沢東、蒋介石、孫中山はいずれも彼を厳しく批判したが、孫中山は初期には「民国の友」とも呼んだ。唐徳剛は「治世の能臣、乱世の奸雄」と評し、顧維鈞は実務能力と愛国心は認めるものの民主的統治能力に欠けると見なした。
より公平な評価は、袁世凱は清末民初の転換期における強人で、近代化への貢献はあるものの、共和制を破壊し帝政復古を図った重大な歴史的罪責を負うというものだ。
「中共党史観は洗脳だ」という主張について
この言い方は単純すぎる。
中国の公式な党史叙述には明確な政治的立場があり、反帝・反封建、人民の立場、党の指導的地位を強調する。しかし、中国の近代史研究が一つの固定された見解しかないわけではない。改革開放以降、洋務運動、戊戌変法、辛亥革命、袁世凱、北洋政府などへの評価は明らかに多様化している。
真摯な歴史研究とは、一方的な说法を鵜呑みにすることではなく、中国の档案、日本外務省記録、英米外交文書、当事者の回想録、新聞資料などを比較検証することだ。「洗脳」の一言で片付けることは、史料と論証から逃げているにすぎない。
長文、べたべた貼るんじゃなくて
まあ、皆が分かるように纏めろよ。
そもそも、話としてのレスとか流れで書いてるんだろ?
だとしたら10行以上の文章とか、変だろ?
清末の主権喪失、袁世凱の評価、歴史叙述のあり方——これらは近代中国史の根幹をなす複雑なテーマだ。それを文字数で制限しろというのは、議論の深みを捨てることに等しい。
「皆が分かるように」というのも一見正しそうだが、歴史認識において「分かりやすさ」を最優先するとステレオタイプが生まれる。「洗脳」の一言で片付ける方が、史料を比較検証する姿勢から逃れていると言わざるを得ない。
中国近代史叙述の「洗脳」論に対して、日本側(特に右派)が「自衛」「解放」と主張
「自衛戦争」論
満洲を日本の生命線と位置づけ、ソ連共産主義の南下や中国の排日運動(義和団事件後の利権回収運動など)から日本の権益を守るためのやむを得ない措置だったとする。日露戦争で得た権益を中国側が一方的に破棄しようとしたことが開戦理由だと主張する。
「アジア解放」論(大東亜共栄圏)
西洋列強による植民地支配からアジアを解放し、白人支配に対抗するための戦争だったとする。結果的にインドネシアやベトナムなどの独立を促した側面を強調し、「侵略」ではなく「解放戦争」だったと位置づける。
「中国側の責任」転嫁論
蒋介石政権が日本と妥協せず、共産党との内戦や米英への依存を選んだからこそ戦争が拡大したとする。また、中国が近代国家としての体裁を整えておらず、主権概念が不明確だったため、条約上の権利を行使しただけだと主張する。
これらの主張は、中国側からすれば「被害者の責任転嫁」に他ならない。他国の領土を侵す正当性にはならない。また、「アジア解放」と言いながら現地で軍政を敷き、資源を収奪した事実と矛盾する。史料を突き合わせれば、自衛や解放という大義名分が、結局は帝国主義的な膨張政策を覆い隠すためのレトリックだったことは明らかだ
だからこそのハートマークポチシステム復活が有効。
なんで復活させないの?
ハルノートは強制二択の最終警告
ではありませんので
同意はもちろん、拒絶する必要すらありませんw
むしろハルノートをいちばん有効活用したのは日本国内の開戦推進派
天皇をはじめとした非戦派を説得する材料にしたんですわ
欧米は支那を食い物にしようと虎視眈々と狙っていたのに、日清、日露と戦争に勝利した日本が、地の利を生かして急激に支那に食い込んできたことが気に入らなかったのだろう。そこに、三国干渉で領土を放棄させられて、挙げ句ロシアに盗られたという苦い思い出があった日本は、白人達の横暴に我慢できず暴発したというところかな。一旦支那から引いて様子見してたら、欧州は戦争でボロボロになるのに
むしろ、じゃぽにか学習帳じゃん
たしか、一般向けのコアツープロセッサのアーキテクチャをコンピューティングできる次元を予見していたから、ノートは脳とじゃなくなってたかもね(先験)
>ハルノート、絶対に呑めない提案だった
え?
前は、大したこと無いないようだったと言うスレタイ。
どっちやねん!!
10月末にはすでに南雲艦隊がエトロフ島入りしてたんですね
エトロフ島は海軍の手で通信も民間船もシャットアウトされて
島民はパニックになっていたそうです
ほんでハルノートとやらが出たのっていつでしたっけ?
でもこれ交渉前の叩き台だろ
まぁ、開戦決断するよりも、じっくり交渉することが重要。
頭に血が上ってすぐに開戦決断した東條は、良識の対極の存在。
1941/04/16のハル四原則に続く10の要点だろうけど、普通に外交努力をすべきだった
ただ日本側はその直前に日ソ中立条約を結んで南進策をとると予想されてしまってる
さらに8月ころに日本は従来の東亜新秩序の拡大版の大東亜共栄圏を提唱したし、通信傍受されて外交はやるけど邪魔があるなら武力を使うみたいな方針が知られてる
1941/11/26のハルノートの時にはすでにお互いに信頼感なんてないんだ。日本だって真珠湾に向けた艦隊を派遣してんだしw
日本はそもそもドイツに便乗して大東亜新秩序・大東亜共栄圏を作りたいと思ってたんで、外交努力なんで表向きではしかなかったのは行動に示されてる。
悪いことをして罰を受けている日本に対して、罰を止めて欲しければ悪いことを止めたらどうかと
提案したら逆切れして攻撃されました
>言うほど飲めない条件か?
今の感覚からしたら日本が侵略して得た権益を手放すのは
不正に取得したものだから放棄すりゃええやんってわかるけど
当事者からしたら莫大な金と労力と人的資源消費してるから
飲むわけないやろ
北方領土や竹島の不法占拠にも理解を示さなきゃね
そもそも日本は、乙案という事実上の最後通牒をアメリカに叩きつけた上で既に軍事行動を開始していたため、ハルノートを飲むという選択肢ははじめからない
アメリカが乙案を飲むなら戦争止めてあげてもいいよ、ということなので、ハルノートとか眼中にない
格上の国を相手に戦争止めてあげてもいいとか
ほんま誉の国やな
誇らしいわ!!
いきなりこうなったんじゃないんだけどな。
アメリカでは1900年代初頭すでに排日運動が行われていた。
ハルノートが出される40年前なんだよ。
どうしてこういう時系列を無視して話がいきなりハルノートから始まってるんだ?
排日運動の前、排中国運動などは1870年代開始。
つまり、日本側から見れば、日本がピンポイントでやられているのではない。
これは人種的な軋轢だと完全に理解できていたこと。
しかも東南アジアは完全に列強の植民地で、それを見直すことはゼロ。日本が植民地を増やすと皆で考え直しましょうという流れ。
この、その時代背景、当時の空気感を理解すれば、このハルノートをたたき台にして、妥協案を一緒に探りましょうではなくて、これを皮切りにさまざまな関連事項をあげつらいながら、日本を晒上げると同時に、ハルノートに出てくる関連諸国とも強調するよう話し合いを複合的にしていき、つまり、どんどんメンドクサイ、妥協につぐ妥協を強いられるルートに入っていくだろう、と感じるほうが当時の情勢に合致した見方では?
日本が9か国条約や不戦条約を破って中国を侵略したことを無視して被害者アピールw
「不戦条約」って「侵略」の定義を当事国に任せた、当時からバカの代名詞扱いされた
ケロッグ・ブリアン条約ですね!
つまり「我が国は侵略するぞー!」と言わない限り「侵略」や「違反」にならない
バカだけが崇め奉るあの条約ですね!
実際、条約締結の翌年にはソ連が「自衛戦争だ!」言って満州を攻めてますしね!
当時の論評としては
「新年の決意か、サンタクロースへの手紙のようなもの」
「郵便切手一枚ほどの価値もない」
「雨の日以外は傘を差すべからずというようなもので本質的に無意味」
などなど、頭の悪さが天元突破したパトヤマ信者のパトパヨさま御用達バカ条約ですね!
日本はたしかに満州事変を起こした。この満州事変をどう見るべきかについては、非常に勉強になる報告書がある。当時北京にいた米公使のジョン・マクマリーの報告書だ。
マクマリーは、なぜ日本が満州を攻撃したかについて立派なレポートを書いた。日本が引き起こした満州事変を、彼は厳しく非難しながらも、「満州事変は、中国が自ら撒いた種を刈り取っているようなものだ」と書いている。そのような分析の背景を理解するには、約10年ほど前まで遡り、ワシントン会議のことから掘り起こさなければならない。
1920(大正9)年から翌年にかけて、アメリカの首都ワシントンで海軍軍縮会議が開かれた。結果として、ワシントン体制と呼ばれる世界秩序が一応はつくられた。そのポイントは、ヨーロッパ諸国もアメリカも日本も、これ以上中国を侵略せずに現状維持でいくということだ。そのためにも、いま結ばれている条約、契約、決まり事を関係諸国がきっちりと守るという合意でもあった(9か国条約)
現状維持なのだから、中国はもうそれ以上の侵略を受けないという理屈だ。日本はこのいわゆるワシントン体制に忠実に従った。しかし、従わなかった国が1つだけあった。中国である。当時の中国はありとあらゆる形で日本を挑発した。抗日運動をし、日本人を殺害し、契約を破り続けたのである。
このことをつぶさに見ていたのが、北京にいた米欧諸国の外交官だ。その筆頭がアメリカ公使のジョン・マクマリーだった。彼はざっと以下のように書いている。
「日本が満州事変を起こしたことを非難する。しかし、原因をつくったのは中国である。他の国々と較べて、日本がワシントン体制を守ろうと最も誠実に努力してきたことは各国の外交官全員が認めるところだ。一方、中国は日本を挑発し続けた。日本は耐えかねて、ワシントン体制に合意した米欧諸国にワシントン体制の見直しを申し入れた。しかし、米欧諸国、とりわけアメリカ政府は中国側に立って日本の要請を無視した」
以上のように書いて、マクマリーはアメリカの判断は間違いであると断じ、次のように結論づけている。
「米欧諸国が中国の横暴な振る舞いを黙認する中、日本は満州事変に踏み切った。満州事変そのものは日本に責任があるが、そこに至る過程を考えれば、事変そのものは中国が自ら撒いた種を刈り取っているようなものだ」
「我々は、日本が満州で実行し、そして中国のその他の地域においても継続しようとしているような不快な侵略路線を支持したり、許容するものではない。しかし、日本をそのような行動にかりたてた動機をよく理解するならば、その大部分は、中国の国民党政府が仕掛けた結果であり、事実上中国が『自ら求めた』災いだと、我々は解釈しなければならない」