引用元:豊臣秀吉「ようやく天下統一したぞ!」→ 25年後滅亡 これ何が悪かったんだ?日本最短政権だろ
https://eagle.5ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1653131995/
1: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 20:19:55.65 ID:oZC6WbU5M
子孫断絶してるし
2: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 20:20:08.68 ID:oZC6WbU5M
所詮血筋かよ
5: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 20:20:38.21 ID:TWMO/g24M
成り上がりはねえ、
6: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 20:21:12.30 ID:wI4CSzeb0
秀次事件定期
7: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 20:21:14.68 ID:dbLT6YJNM
やっぱり譜代の家臣が必要なのか…
8: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 20:21:30.46 ID:mGgDDSM10
権力得てから自滅していった
10: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 20:22:25.90 ID:6ESBYbv4M
ガチな話朝鮮出兵だろ
あれなかったら西軍勝ってたろ
あれなかったら西軍勝ってたろ
11: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 20:22:53.62 ID:HMZxUDFgd
血筋や
12: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 20:23:00.64 ID:Qnt75g2T0
豊臣姓を与えて擬似一門を形成していたのになぜ…
19: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 20:28:59.49 ID:Hakqruy80
>>12
逆に与えすぎたとか
あんなにバラまいたら特別感なくなるし、一族のつながりも出にくくなる
逆に与えすぎたとか
あんなにバラまいたら特別感なくなるし、一族のつながりも出にくくなる
13: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 20:23:01.64 ID:yFC7Hvper
言うほど1600年以降豊臣の政権だったか?
16: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 20:27:15.06 ID:UMup38zh0
ヒデヨシ「ワイが諸将の立場だったらワシの死後いくらでも豊臣家乗っ取れるなぁ…せや!」
ヒデヨシ「内府殿、くれぐれも秀頼のことお頼み申すぅうう」
打つ手が真心に訴えるしかなかった模様
ヒデヨシ「内府殿、くれぐれも秀頼のことお頼み申すぅうう」
打つ手が真心に訴えるしかなかった模様
17: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 20:28:36.28 ID:svVQ+7sx0
信長じゃないから
20: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 20:29:27.72 ID:7hicRnF50
幕府じゃなかったから
22: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 20:31:03.70 ID:+Vb4hqRN0
跡継ぎおらんかったからやろ
後継が幼くてだめだったパターンなんて腐るほどある
後継が幼くてだめだったパターンなんて腐るほどある
24: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 20:32:45.56 ID:4cV9Dafzd
世界的にはそれが普通や
日本は長期政権が異様に多い
日本は長期政権が異様に多い
26: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 20:33:47.96 ID:n4QhNf1t0
対外戦争が余計やったな
あれで金も何もなくなってしもた
あれで金も何もなくなってしもた
28: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 20:35:11.19 ID:KOj9qjgR0
秀次殺したのが一番アカンよね
31: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 20:36:36.67 ID:B0RF0B/+M
徳川滅ぼしとけばよかったね
32: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 20:37:29.39 ID:OEinEdxt0
いうて2代目が幼児で家臣に乗っ取られるって
割とあるパターンやん
割とあるパターンやん
42: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 20:44:45.32 ID:0xEXrMwGa
>>32
昔やった側だから文句言えんよな
昔やった側だから文句言えんよな
36: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 20:41:51.92 ID:5xmcSJyxa
いうて天下が取れる立場なら取るしかないわな
37: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 20:42:07.75 ID:ljd1kvds0
小牧・長久手の戦いで普通に家康と戦って首はねときゃ良かった
和睦してなあなあだったのが悪い
和睦してなあなあだったのが悪い
56: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 20:57:39.10 ID:mCKKrz5q0
>>37
今まで調略として戦わずに味方につける懐柔策が得意だったからなぁ
家康だけは味方につけちゃいけなかったか
結果論だから当時はだれにもわからないかもしれないが
今まで調略として戦わずに味方につける懐柔策が得意だったからなぁ
家康だけは味方につけちゃいけなかったか
結果論だから当時はだれにもわからないかもしれないが
39: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 20:42:40.13 ID:UDGoDkaQr
結婚させるために上京させてた最上の姫が到着した瞬間夫に会ってもないのに連座で首はねてもうたのはまずかったわね
45: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 20:46:31.89 ID:Yg2gmwhv0
頭がプーチンになったから
46: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 20:47:56.91 ID:6v5y7Isc0
晩年は完全に老害化してたな
47: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 20:47:58.97 ID:aYLacb6E0
つーかあの時代に安定政権作ろうと思ったらガチのやつが2代続かないと無理というか時間が足らない
そういう意味で徳川がつおい
そういう意味で徳川がつおい
64: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 21:03:33.05 ID:mCKKrz5q0
>>47
豊臣秀吉、武田信玄、アレクサンダー大王に共通点がある
人生の最後に一大事業を成し遂げようとして、2代目に譲ってる場合じゃなかった
豊臣秀吉、武田信玄、アレクサンダー大王に共通点がある
人生の最後に一大事業を成し遂げようとして、2代目に譲ってる場合じゃなかった
偉人だったけど次の代へのバトンタッチに失敗するパターン
家康はとっとと2代目にゆずったのが勝因だったな
67: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 21:04:55.52 ID:aYLacb6E0
>>64
内政に関して超人やったのがデカすぎる
もちろん家臣団も
内政に関して超人やったのがデカすぎる
もちろん家臣団も
51: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 20:55:18.83 ID:NHjcaqyq0
結局淀というか茶々というかお市浅井権六の怨念に負けたんやろ
53: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 20:56:45.79 ID:wEWCm5Bg0
黙って秀次にしとけばもう少し持ったんしゃない?
55: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 20:57:10.86 ID:jCJC87LTM
家康が野心隠し通せてたとは思えへんのやがそんな信頼しとったんか
58: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 20:58:35.44 ID:lg+Xu/qHa
>>55
豊臣家の為の行動しかしてなかったんちゃうかな
それが自分の為の行動でもあって両立させてたのが凄いところ
豊臣家の為の行動しかしてなかったんちゃうかな
それが自分の為の行動でもあって両立させてたのが凄いところ
61: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 21:01:04.39 ID:mCKKrz5q0
>>55
家康の野心に気づいてたかもしれないけど
(当時は家康だけにかまってる場合じゃなくて)関東の北条氏やら東北、九州らまだまだ敵がいた
家康の野心に気づいてたかもしれないけど
(当時は家康だけにかまってる場合じゃなくて)関東の北条氏やら東北、九州らまだまだ敵がいた
朝鮮出兵から中国まで全面クリアしてしまえば家康に敵意があろうが関係ないと思ってた感じかもしれない
60: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 20:59:59.08 ID:FTcsrT5rM
朝鮮出兵無かったらもう少し続いたんかな
66: 風吹けば名無し 2022/05/21(土) 21:04:31.37 ID:hRghlwrV0
まぁ結構真面目に秀次に繋いでおけばあそこまで悲惨な結果にはならんかった様な気もする

































コメント↑↓
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韓半島征服に失敗したのが原因だな
韓半島征服して家康を韓半島移封してれば豊臣政権は盤石だった
徳川家康を家来にしてしまった⋯さっさと滅ぼせばよかったのに
老害だよ。
2013年、習近平は国家主席になり、中国を統一。しかし、2025年、すでに体制は崩壊寸前。自分の業績をのこすために人工的に作ったハイテク都市「雄安」。しかし、その駅を降りれば、広大なペンペン草が広がるなにも無い土地。はるか向こうに高層ビル群があるが、ほとんど人は歩いていない。
織田信長の何が悪かったのか?
これを徹底的に研究して改善して秀吉が天下統一
豊臣秀吉の何が悪かったのか?
これを徹底的に研究して改善して太平の世を作ったのが徳川家康
徳川家康がしたことは
大量の嫁さんと子供
子供同士が争わないように地方や出家に出す
五大老の様な外様に力を持たせない
当たり前だけど人間なんて経験した事でしか判断出来ない
>>5
家康は太平記を良く研究していたそうだよ
>>4
クソコメ朝鮮ジジイ
暇つぶしニュースに帰れ
家臣とセッセして絆を作っとかないとな
四半世紀保てば十分だろ
生きてる間は天下とったままで死ぬ時も絶頂期だったんだし
家康も秀頼の事を約束してくれたし安心して逝っただろう
>>2
死後の件は秀頼とおふくろ様の問題だからな
二人がしっかりしていれば2代で滅ぶ事は無かったかも知れない
江沢民の次は胡錦涛、胡錦涛の次は、本当は李克強になるはずだった。しかし、江沢民は自分の子飼いの部下であった習近平を推薦して、北京大学を首席で卒業する李克強ではなく、親のコネで精華大学にはいり、寮の同級生に卒論を書いてもらった習近平になった。江沢民は上海閥で経済を後ろ盾にしてのし上がってきた人物。胡錦涛は共青団といって若いころから共産党に入党して自分の足で権力の階段を上ってきた人。習近平は太子党といって親のコネで出世した人物。江沢民は自分の子飼いを国家主席にすれば、院政をひいて、再び自分が陰から政治を操れると思っていた。しかし、習近平は鄧小平が大嫌い。自分の親父を16年間も牢屋に放り込んだから。その鄧小平に選ばれたのが江沢民。そこで、不正撲滅として、片っ端から江沢民派を逮捕して粛正。替わりに、自分が地方の役人をしていた時の部下たちを引き上げて側近にしている。また、彼は自分よりも優秀なエリートが大嫌い。なぜなら習近平の学力は中学生レベルだから。よって、李克強を始末し、胡錦涛を全人代から追放した。
【悲報】高市早苗・元大臣に米国での経歴詐称疑惑再浮上 ←NEW!
「西村博之氏のX(旧・ツイッター)で「(中略)高市早苗さんはアメリカ二重国籍か経歴詐称?」と発信。
これを日刊スポーツが8月3日(中略)記事で報じた」
「私は9月19日の高市氏出馬会見の終了宣言の後、声掛け質問をした。(中略)
── 経歴詐称疑惑について一言。アメリカに弱みを握られているのではないですか。(中略)
経歴詐称疑惑について一言。ひろゆきさんが疑問提示をしている。」
http://www.data-max.co.jp/article/80468
しょうがない。秀吉は戦争上手の戦争屋だから。信長の下で戦争をやり続けて出世して戦争をやり続けて
日本平定して関白太政大臣になったんだから。その後も結局戦争に依存する事しかできなくなっていたわけだ。
内政を重視して国内を固めるよりも外国に進出して国内の不平不満を逸らすほうを選んでしまった。
戦争屋は勝てなくなったらお終いなんだよ。ナポレオンのように。
平清盛も源頼朝も実質一代、その後の北条政権こそが初代武家政権だしなあ
家康は豊臣を滅ぼそうとは、していなかったとどこかに書いてあった
最短は建武親政じゃないかな
>>2
秀吉の生前に一番協力してくれた外様が家康なのに?
>>6
吾妻鑑もね
秦帝国滅亡ほどのもったいない感は無いわ
豊臣はむしろ滅びて当然のムーブを幾つもやらかしている
>>9
安心してたら、家康オ含めた重臣に起請文書かしたうえで何度も口頭で頼まない
家康の簒奪以外にも朝鮮問題や秀頼幼少の不安もあるし、気がかり満載で死んでいったはず。
秀吉は朝鮮出兵で、習近平は台湾有事、プーチンはウクライナ。
>>10
しかしおふくろ様については秀吉生前に一切政務に関わらせてなかったのがな
>>2
家康は天下を切り盛りするうえで重要な役割を果たした大事な片腕だぞ
腕を切り落としてそもそも天下統一などできんやろ
>>15
江戸幕府政権下の一大名としてなら、という条件付き
大坂側がそんな条件飲むつもりが無かったから結局こうなった
>>3
知能が小学生で止まってる阿呆はなんでも老害と言えば否定した気になれるんだな
単純な脳みそで羨ましい
>>15
ならどうして豊臣を滅ぼしたんですかねえ
家康はそんな甘い男ではないよ
>>24
因みに淀殿は他の大名と別格扱いなら受け入れるつもりだったっぽい(家康もある程度前向きに対応予定だった)
問題は近習に唆されて徳川に勝てると思った秀頼の方
>>16
あれは昔は建武中興といっていたから、ずっと続いている天皇政権下でという解釈もある。
(無論名目上の話で実情には則してないけど)
統治機構がまだ未成熟だった
封ぜられた諸侯も心底から豊臣に忠誠を誓ってなかった
主な原因はそこらへんかな
>>26
いきなり滅ぼしたわけじゃないじゃん
何度も臣従の機会を与えて豊臣が最期まで拒否したから秀忠が自害命令を出した
愚かにも大韓民国も征服しようとしたから
>>19
秦なんぞ、滅びて当然としか。
やはり分岐点は秀頼誕生からの秀次事件だわな
あれで安定寸前だった武家関白制が事実上崩壊したのが大きい
>>31
そんな土地の貧相なところ、ただの通り道だよ
>>29
姉ちゃんか姉ちゃんの婿さんくらい生きていたらちがったかもしれない。
>>11
江沢民と胡錦濤も太子党だぞ。
そもそも太子党は中共の高級幹部の子弟等のことを指す。
己の血筋に拘った結果。
ナポレオンと同じ。
民は別に直系なんて求めて無い。
アノフランスのナポレオンⅢも甥なんだし。
我が国は天皇家以下、直系で続いた家系の方が珍しい。(室町幕府の足利将軍家ぐらい?)
>>1
秀次「血のスペアを置いとかんのが最大の失敗や玊袋がかゆい」
>>1
穢れた大地の半島に手を出したのが間違いだったな。
だから徳川家康は朝鮮半島を放置した。
>>37
足利が直系?勉強しなさい
>>9
義昭「四半世紀経つとすっかりワシ忘れ去られた玊袋がかゆい」
>>14
北条義時「京方の喧嘩を買ってもうたら天下取ってもうた玊袋がかゆい」
政権として今の日本の状況と比べてみたら長い方でしょう。
長くやってると不正が横行して国民が苦しめられるようになる。
そこに大災害が来るんですよね。
今も昔も変わらない。
>>10
豊臣吉子さんに豊臣「家」を守る気が無かったのが一番大きいかと。
籠城・徹底抗戦の気概が無く、直ぐ逃げる癖がある。
所詮は根無草の足軽(傭兵)の家系。
>>33
分岐点は文禄・慶長の役では。
文禄・慶長の役が無ければ秀吉お抱えの西国大名は健在で、武断派と文治派の対立が激化することは無かったと思うよ。
>>17
改易前までの織田信雄君の方が、
豊臣政権には役立ってるかと。
まだ「織田」のネームバリューの方が「徳川」より上なんだし。
>>16
二条河原の落書「北条倒しても却って混沌としてるやんけ玊袋がかゆい」
>>32
劉邦「工事の遅刻タヒ刑とか有り得へんわ玊袋がかゆい」
>>35
日秀「ワシ糞弟より長生きしとったで
よくもワシの可愛い息子と孫たちを…玊袋がかゆい」
>>1
家康を朝鮮出兵の総大将にして
失敗したら責任取らせて
成功したら朝鮮の統括やらせればよかったのにな
>>5
豊臣秀吉が突然五大老システム導入した謎。
直前までは織田信長に習った側近政治だったのに。
(他大名家は有力家臣団の合議制)
>>6
貞観政要もやで
>>40
足利持氏「せや!あのくじ引き還俗クソ将軍で傍系になってるやろ!
あんな生臭ケモナー将軍よりワシが将軍になる方がええやろ
…なに?!就任した?!祝の使いなんか出すか!!玊袋がかゆい」
>>20
朝鮮なんて元々通り道なんだし、とっくに終わった件だろ
また、自分が死んだ後の豊臣家など心配しても始まらないのはこれまで見て来た事や自分自身がやって来た事を思い返しても分かってるだろう。分かってる上でやる事やって自分を納得させたんだと思うよ
>>26
あそこまでこじれたらもう滅ぼすしか無いだろうよ。何度も差し伸べた手をにべもなく振り払ったのは豊臣なんだからな
それに豊臣滅ぼすのに積極的だったのは秀忠の方だし
>>13
貨幣鋳造、計量枡の統一、太閤検地の実施etc…
豊臣秀吉は、十分優秀な内政官だぜ。
子飼い連中も皆優秀な内政官だし。
>>19
キングダムの皆さんの頑張りが結局は劉邦一人の栄達に繋がっちゃうと考えると虚しいよね
>>31
大韓民国なんて国は当時存在してないけど。
韓国擁護の連中は、何故揃いも揃ってガバガバ論理の戯れ言を撒き散らすかね。
>>47
京雀は、落書きできるほど教養あるんだな。
(落書きは教養が無いとできない)
>>50
関東への国替えは朝鮮出兵以上の難題だったぞ。北条の残党はあちこちに跋扈してて農民は
みんな武装してて。荒川、利根川、太日川は台風がくるたびに氾濫して。まともな収穫が
望めない地域だったぞ。だから秀吉は家康に朝鮮出兵を無理強いできなかったのさ。
>>29
秀吉の大名鉢植え政策と末期養子禁止が、
武家の心を「豊臣家」から離した。
>>54
何を持って終わったと言ってるんだか、
この時点では撤兵も始まっておらず、朝鮮半島で何十万人の兵がいた状況だぞ。
これが気がかりでなくて何なんだ。
>>45
秀次を殺したからまとめ役がいない。
>>58
Koreaの翻訳だから、「朝鮮」だろうが「韓国」だろうが大した問題じゃないけどな。
現に国際社会では、南北Koreaの取り違いはしょっちゅうだし。
>>60
その結果滅ぼされてるんだから
朝鮮出兵を強制するのが正解だっただろ
というか家康が関東で地方直したせいで家康が余計に脅威になってるんだからただでさえ脅威を感じてた家康に関東を任せたのが間違い
>>40
堀越公方家から足利義澄が室町将軍家継いでるな。
>>60
徳川家康以外だと豊臣秀長か上杉景勝しか適任居ないしな。
どっちにしろ混乱は必至だが。
>>65
家康に与える報酬が無くなるが?
>>68
成功したなら朝鮮王にして日本から隔離すればよくない?
家 康 「 なにしとりゃーす、大阪のド根性なぞ、どうぞこうぞ、あらすか ( 笑 ) 」
死ぬまで有能だったけど病床になった辺りから手下がやりたい放題するようになったからな
だからって徳川みたいに国力犠牲にしてまで独裁するのも問題あるし
>>41
大覚寺義昭「ワシ東寺長者やから、有名やで」
秀吉は1代であの地位まで昇り詰めた結果、お家の危機に対して立ちはだかる譜代の家臣や一門衆がいなかったから
>>55
最近よく聞く秀忠の方が豊臣滅ぼすの積極だった論とか何の根拠もないからな
>>65
家康は秀吉の義弟。秀長が亡くなったからには家康しか頼れない。さらに秀忠も秀吉の甥で
そのうえ淀の妹の夫だから秀吉の義弟になる。こんな2重の縁で結ばれた徳川家を朝鮮に
出兵なんかさせられないだろ。それこそ外では朝鮮、明との戦争、国内では対徳川戦争と
いう身内の争いになってしまう。
家康を朝鮮出兵させるなんてのは机上の空論だよ。実際には不可能だ。秀吉にはそれほどの
独裁政治はできなかった。
>>67
秀次はだめか?
権力も実績もあるし
関東で仕事してれば失脚もしなかったのでは?
最短の天下は光秀
>>5
信長が将軍と上洛したのにすぐに帰ってしまったのも木曾義仲辺りの話を知ってたからだろうね。
>>56
だったら外征なんかせずに内政やってればよかった。無理矢理外征して自軍を窮地に追い込んだ
のは誰でもない秀吉だよ。自業自得ってヤツだ。
それに内政にも力を入れていたと言うがそれくらいは家来にやらせればすぐに出来る。平和に
なったんだからなあ。それに飽き足らず外征にのめり込んだのが戦争屋秀吉なんだよ。
結局秀吉は天下取りの器では無かった。
清洲会議で策略でトップになり、周囲の武士からの本心からの支持は勝ち得て居なかったからね。
それに朝鮮出兵で多方面の武士からの恨みを買い、それが関ヶ原に行き着いた。
>>75
外の戦争は徳川に押し付ければいい
むしろ徳川が二重の戦争で
豊臣は徳川がどちらかで負けたら責任取らせればいい
日本に限らず今現在でもそうだが特に中近世以前にはほぼ必須の地縁や譜代一門がほとんどいないから。
逆にそれらを自身の才覚とゆかいな仲間たちで克服して天下取れたのが異常だし、江戸時代でも継続する政策をいくつも打ち出せたのは更に異常。
ただし、継続性という意味では地縁や譜代一門がないのが響いた、となる。
>>80
>清洲会議で策略でトップになり
この会議参加者合意だけど?まさかドラマみたいに勝家が羽生られたとか思ってるわけ?問題になったのは信孝の暴走に周囲が巻き込まれらだけのお話
>周囲の武士からの本心からの支持は勝ち得て居なかったからね。
賤ヶ岳の戦いので織田家の家臣ほとんど味方に引き込んでいたのは無視ですか?というか秀吉が「本心からの支持は勝ち得て居なかった」というのであれば長年付き合いがある前田や金森、佐々や養子に見限られた勝家あたりはどうなるのかと
>それに朝鮮出兵で多方面の武士からの恨みを買い
西国系は積極的に参加してるが?
>それが関ヶ原に行き着いた。
この段階では豊臣家内部の権力争いだけど。
>>66
で、その堀越公方は足利義教の四男なので。将軍家直系ともいえる。
>>53
そもそも2代目から延々と中央に敵対していた上にその中央の武力がないと本拠地関東すら維持できない組織の長が将軍とか中央官僚や守護大名から見れば冗談にしても笑えないんだけどね
>>19
ただし、政治的思想的には漢王朝にも継続しているし、前漢が改良し後漢で完成したそれが良くも悪くも今の中国にも引き継がれているので
ちなみに豊臣政権の政治思想も江戸幕府にいくつか受け継がれている
・秀次頃しで政権消滅フラグ(豊臣滅亡ではない)
・当人死後の淀と取り巻きの目に余る無能ぶりで何の不運も無く当たり前に消滅
>>56
その子飼い共は秀吉死後勝手に権力争い初めて家康に愛想尽かされたんですが
家康が江戸に幕府を作ったのも豊臣家の家政機関である五奉行への不信感が強かったからじゃね
>>48
結局、秦と以前の王朝の折衷案的政権作った後、代々で一門や譜代を粛正して秦の目指した中央政権型にもっていったけどな。
最も統治機構や官僚制度が追いつかずグデグデになっていくが
秀吉は秀頼に家康の孫を嫁がせて家族にすれば安泰でむしろ徳川と仲良くした方が良いと判断した側だろ
家康もそれで構わないつもりだったし秀吉との約束を守り続けてて最後は秀頼を自分の意思で処断出来なかった
尚二代目秀忠は秀頼の処遇を委ねられたらあっさり自害させ救出された娘に対して暴言を吐いた模様
>>57
信がマジでどこ行ったって話なんだよな。
生きていれば年齢実績とも文字通りの天下の大将軍になれたんだろうけど
>>76
南北朝や応仁の乱の原因は何でしたか?って話になるのよ。
で、秀吉はそれら起因した長期の戦乱を治めた人物である以上、悪い前例が頭にあると。
>>91
それと嬴政の何がどうなって暴君になって行くのかってのがね
>>71
>徳川みたいに国力犠牲にしてまで独裁するのも問題あるし
徳川幕府が独裁体制だった事は一度も無いぞ
>>77
三日天下とは言われてるけど、主君を害しただけだからな
>>86
歴史の面白いのはそこだよね法律は大して変わらんのよね権力者が変わっただけで
>>81
ならキミがやらせろよ。出来もしない事をグダグダと。IFは言っても無駄なんだよ。
戦乱の世を平定した権力者はあっちこっちから恨みかっているから
短命政権というのが古今東西の常だろ、知らんけど
>>92
秀吉が判断ミスったって話なので
秀吉が何考えてたかは重要じゃなくない?
関白の地位を気分で奪われる程度の立場の秀次が家康より脅威とも思えないけどな
>>97
何が悪かったって話で
IFを言っても無駄とは?
>>98
明国は戦乱を勝ち上がってできた王朝の上に、初代皇帝は秀吉以下の身分だったけど300年も継続したぞ。
>>91
どこ行ったって、楚攻略失敗の後も将軍として燕攻略任されているから、そこそこは出世して、子孫は漢に降伏して漢の将軍になったんだろ。
史実では、そこそこ有能な将軍でしかないよ。
>>64
朝鮮では英語で歴史が記述されてるのか、当時の朝鮮国王に大韓民国なんて記述した書状送ったら怒るぞ。
>>91
李信は楚攻めで大ポカやらかしてなんとなく史記なんかでの歴史のメインからは消えてる
処刑はされて無いけど表立った大きい功績は特にないかも
ちなみに後々李って付いた歴史上の人物の祖先説もあったり
>>96
どうしても変えないといけないもの以外は置いといた方が制度的にも上手く回るしね
この辺は割と現代の植民地から独立したりの国なんかでも当てはまったり
>>95
一応、本能寺後の天下を取るための行動は起こして、近江は制圧したので、機内制圧=天下を取ったとは言えないかな?短期間なのは否定しないけど。
・安土城を占拠し、さらに佐和山城や長浜城なども制圧して近江国一帯を支配下に置く
・周辺大名に対し、今後の協力を求める書状を送る(細川藤孝・忠興父子や筒井順慶)
・朝廷工作:京都に上洛し、朝廷からの使者である吉田兼見の訪問を受け、禁裏守護の勅命を伝えられる。朝廷が光秀の行動を認めたことを意味し、光秀は朝廷や寺社に献金することで、その正当性を確立した。
3日天下とは言われているが、11~12日は持った。
>>72
万人恐怖「てめえ地の果てまで追っかけてやる!!玊袋がかゆい」
>>85
義詮「何を言ってるねん鎌倉はずっとワシラの味方やろ玊袋がかゆい」
基氏「兄上に協力しなければ!
南朝に立ち向かいましょう!!玊袋がかゆい」
>>66
茶々丸「兄弟なのにこの扱いの差…
ムキーッ!!玊袋がかゆい」
人徳
豊臣恩顧の大名と言っても結局はその人一代限りであって息子や孫からしたら豊臣家への忠義なんて「何それ?」の状態でまったく何の思い入れもないだろうから、わざわざ味方して自滅する必要なんてないからな。
まぁ徳川への忠節を尽くした豊臣恩顧の大名も結局は黒田や蜂須賀を除いてほぼ全員改易や断絶になったのは皮肉だよね。
なにも悪くはないだろ。
あったのはただ一人の天才がいないとなりたたないシステムで、
そのお家が戦国時代でもよくあった後継者問題があっただけだ。
>>33
むしろ後継者を一本化することは政権の安定化に繋がるだろ
南北朝からこの方相続争いが日本をグダグダにしたわけだし秀吉はそのことをよくわかってた
>>84
兄弟による相続は直系とは言えませんよ?
>>98
恨みというかどいつもこいつも天下取りの野心を捨ててないからじゃね?
そんなヤツらに天下をあきらめさせて服従させるのはやっぱ時間が必要なのよね
>>38
秀次の弟の死に方も怪しいやね。
>>69
中国侵攻が目的なのに拠点押さえられてどうすんねん。
>>93
ソースがまんがって、
>>103
しかも歴史的に見て半島で韓の字のつく範囲は今の韓国あたり。
>>99
>秀吉が判断ミスったって話なので
信長や家康含めて南北朝や応仁の乱以降の室町時代の戦乱から江戸初期までのお家騒動はお前さん曰くの判断ミスの産物なんだが。それを秀吉だけが判断ミスとはさすがに酷だけど。しかも譜代や一門などその手の基盤が弱い秀吉にそれを言うのはさらにひどいという話になる。
>>113
どうだろね。秀吉個人じゃなく秀吉の一族の血を残すなら秀次で秀頼は謎の病死のほうがよかったかもしれないし。秀次なら弟もいたことだし。
>>65
「厭離穢土」が旗印なのに、江戸城に居城しろという皮肉。
>>104
有名どころでは五胡十六国時代の西涼の李暠で、その系譜から漢文の授業でお世話になる詩仙李白も子孫と名乗っているし、唐の高祖李淵とかいう世界史レベルの超大物も子孫とか言っている。
後、悲劇の名称()李広・李陵とかも子孫らしいとのこと…全員家系図とか残っていない上にだいぶ後の資料なので某新田の子孫を名乗る神君並みに信用できないけど。
ただ、系譜を騙れるほど有名かつ有力な家であった可能性があるという証左ではあるので李信の家は秦の混乱や無事漢楚の戦乱を潜り抜けてそれなりに繁栄したかもしれない
>>11
李克強は安倍元総理と親密だったけど、習近平に負けちまったな。
まあ、経済音痴の習近平が牛耳って胡錦濤-李克強ラインを潰したから、中国経済覇権国家の可能性は消えた。
記録を見ると、かなりの生き証人がいたとされる・・・
まあ、秀吉逝去翌日に豊臣天領切り刻んで子飼い大名に配ってた家康を誰も止められない時点で話にならんからな
諸大名の窓口やって取りまとめてた一門衆の秀次秀勝の兄弟がいなくなったのが痛すぎる
>>114
東アジア圏では直系という。欧州では言わない。単にそれだけd
>>74
帰還した千姫への応対だけでも分かりやすいけどな
歓喜した家康と冷淡に突き放した秀忠で
>>121
秀次なら子沢山
木下からもう少し柱を作っておくべきだったような気もする
が、居ないか
>>126
つまり秀次一族を粛清した秀吉の自業自得
>>130
秀吉は可能な限り身内を登用してたよ
まあ世に出た家族以外の身内は始末したらしいけど
>>50
総大将はあくまで秀吉
因みに家康は秀吉渡海の際の先陣と決まってた
織田-豊臣-徳川は普通に継続性あるから
これ全部内部昇格だよ
後継者問題の一言に尽きる
>>3
まあそうだな
プーチン大統領もこれ
>>2
秀吉は何度か10万越えの大軍で少数の家康を攻めたり攻めようとしたりしたけど、全部失敗した。
滅ぼさなかったんじゃなくて、めちゃくちゃ大軍を用意して必勝の状況作ってさえ滅ぼせなかった。
だから諦めて懐柔へと切り替えた。
>>79
まあ朝鮮出兵は豊臣家の寿命を縮めたわな
>>55
秀忠が積極的なのは当たり前なのよな
将軍なんだから 家康はあくまで大御所という相談役でしかない
実権持ってて決断を下す立場の秀忠としては豊臣家はやりすぎたから滅ぼしますとかしかやりようがない
>>101
朱元璋は奥さんの実家丸々継承しているので秀吉より基盤は堅固だよ
劉邦(ついでに劉秀や劉備)は簡単に役人になれ、亡命した金持ちと結婚できるるほど有力な家だしね。
>>134
何なら足利義昭-信長も内部昇格だったりする
>>105
だな
何でもかんでも新しくすればいいってもんじゃない
>>113
一本化できなかったから豊臣家は滅んだのよ
後継者を1人にするのが一本化とは言わない
>>79
それは本末転倒
秀吉の内政は外征やるための基盤作り用だから
内政特化の徳川幕府がほぼそのまま流用できるくらいに完成度高かったけど
>>94
封建制度って根本的に独裁になれんしな
ある意味究極の地方自治ともいえる
>>128
現存する家康生涯最後の直筆文書が千姫宛なんだよね
可愛い孫娘を未亡人にしてしまった事を悔いてたんだろうなって
>>90
しゃーない
秀頼がアホすぎた
浪人10万集めて堺で狼藉させまくりって時点でもう滅ぼさないと他が困る
>>111
逆に復活した立花家もあるし、譜代だってやらかして改易された連中もたくさんおるからなあ
譜代とか外様とかあんま関係なくねと
>>113
一本化が悪いとは言わないが問題は根っこをおろして安定政権になりかけていた秀次政権を無理矢理引き抜いて捨てた事
そのせいで土台がぐちゃぐちゃ、その上に五大老五奉行みたいなその場しのぎの体制を置いても安定するわけがない
秀次を関白にしてしまった時点で秀頼を切り捨てるしかなかったのよ
>>87
ぶっちゃけ淀は同情の余地あるけどね
秀吉生前は一切政務に関われず、死後は家康に任せていた状況で徳川が独立した時急にやるしかなくなった
三成等の官僚系は皆いないから頼れるのが片桐且元、大野治長、織田信雄みたいなパッとしない連中しかいなかった
単純に後継者が若すぎた(まだ、幼児だったし)からだろ
普通に考えて、幼児に国家運営なんか無理
これは信長の与力制度から来ているのかもしれないけど
秀吉政権って家より属人的な志向が強いと思う
丹羽長秀や蒲生氏郷の後継者は領地を十分の一くらいに減らされている
直江兼続や片倉小十郎など陪臣に対する執着を見ても家という組織が分かってないと思う
何百年もかけて繁栄した一族を配下に持つ家康と決定的に違うハンデだと思う。
>>3
「老害」という言葉を口にするやつで有能なの見たことない
老人にすら抑えられて何もできない程度のくせに老人がいなかったら何かできると思ってるやつばかり
>>128
いくら秀忠でも実の娘をコロすはずないだろ
それだけじゃ証拠にならんわ
>>149
だからそれは結果論なのよ
実子の秀頼を斬り捨てられるはずがないだろ
>>143
いってることが意味不明だが?
>>127
いいえ東アジアでも直系とはいいません
兄弟間の相続は傍系といいますよく覚えときましょうね
スケベだったからでしょ
元が武家じゃないから支えてくれる武家の親戚や先代から縁がある有力勢力がなく
近い親戚のみ、それもにわか武士だらけで尚且つ団結心なく粛清してるし
やはり封建時代で農民から一代で天下人だと「家の継続」には無理があった
太閤検地っていってな
旧来の田んぼの面積を1反365町歩(米1年分)を
1反360町歩って五日分切り落としちまったんだよ
クソ官僚の言いなりになってな
それが農民の反乱の口実に出来るようにしちまったんだよ
東北から九州まで農民は豊臣政権に激怒しちまったんだ
激怒したのは二重取りや中抜きが出来なくなった国人領主とか半ば独立している譜代や一門であって
税の支払先が一本化した農民はもちろん、自身の権威強化につながる大名家大喜び。
で、お前さんのいう農民反乱はその国人や反抗的な家臣の差し金なので。
それがひと段落したら誰も文句は言わなくなった、具体的にはだいたい250年ほど
血筋は関係ないな、家康だって大した血筋じゃねーよ
>>154
その時の台詞が
秀忠「何故秀頼と一緒に自害してないんや?」
だから捨て駒にする気満々だったけど
>>155
結果論ではないよ
秀吉より前の時代に先の養子より後の実子を優先した結果家が没落した例は何個もある
あと秀頼を切り捨てないからといって秀次を一族ごと始末する必要はないのよ
秀次は親藩最大勢力だから崩せば豊臣も崩れるのは結果論関係なく分かる事
あくまで処分は秀次個人に留めて他は引き続き重用という道もあったはずだからな
>>122
家康「あれONLY江戸って意味ちゃうねん玊袋がかゆい」
>>17
源頼朝「一番協力してくれた奴も滅ぼさなあかんねんで玊袋がかゆい」
>>162
秀吉に比べたら親戚や譜代が多いし源氏を名乗った事でそっち方面も親戚として扱える様になったから結構違うんだよ
豊臣という新姓はめでたいが周囲から浮いてしまう副作用もあった(だから秀吉と秀次は藤氏長者も兼任して藤原氏を身内扱いした)
秀次生存ルート:死後に現政権と秀頼派と別れて豊臣家分裂からの内乱
家康討伐ルート:徳川家との戦が一筋縄で行くわけも無く敵味方大打撃。運良く謀殺できても他の有力大名から猛反発。死後は政権崩壊
>>102
>楚攻略失敗
あれ、キングダムの若手トリオの責任ではなく秦の上層部(CV諏訪)の裏切り者が出たための敗北なので一概に若手トリオのせいとはいいがたいし、燕や斉攻略では活躍しているのでそこそこが取れるほどには有能だし、それで箔と年齢と経験が備われば少なくとも又潜りとかなんちゃって覇王よりかは立派な大将軍にはなれるよ
>>147
長宗我部盛親「いけますって!取り戻せますって!!玊袋がかゆい」
大野治房「いけますって!!いかんかったら…玊袋がかゆい」
秀頼「…もうワシ何もできひん玊袋がかゆい」
結局、秀吉は信長の作った環境の上に乗っていただけで、自身に天下人としての才覚はなかったのでは無いだろうか
>>78
単純に領地経営に集中したかったからだよ
岐阜城下に「幕政の案件を持ってくるな」という内容の高札設置してたくらいなんで初期は義昭のやり口に介入するつもりがなかった
1代で成り上がったから、難しいよね
「先祖代々の家臣」がいないから、家臣はどうしても「家」への忠誠じゃなく「秀吉個人」への忠誠となってしまう
秀吉が亡くなったら、家臣たちは忠誠を誓うべき存在が居なくなり、バラバラとなる
せめて秀吉が亡くなる前に跡継ぎが成人していたら、また違ったんだろうが
補佐役の弟の秀長が死んでからがアカン
>>157
だから国家や王室は別なの。よってお前さん曰くの傍系でも東アジアでは王朝名とか変わらないけど欧州では変わる。
そもそも中近世では家は当主だけではなくその家族の共同経営ないし共有物なので弟が継いでも直系扱いなの。
>>109
奔ってる新九郎「日頃の行いのせいじゃね?」
>>176
魔法使い管領「そもそも、室町幕府の意をくんだ形で関東を抑えのため堀越公方が率先して問題を起こすとかねーから」
>>164
>秀吉より前の時代に先の養子より後の実子を優先した結果家が没落した例は何個もある
で、その逆に南北朝や応仁の乱など結果家が没落した例は何個もある
>あと秀頼を切り捨てないからといって秀次を一族ごと始末する必要はないのよ
前期の事例を見たらその芽を摘もうとするのは別段珍しくもないが
というか家康含めて江戸時代初期までこんなことばっかしてるけど。
現代でもワンマン社長の大企業が退任したとたん経営悪化からの破綻とかざらにあるしな
秀吉は自らが言ってるが戦国時代にはとても珍しい「非殲滅主義」なんや。ゴメンナサイが言えるなら許してあげる主義。結果として甘すぎたってコトやな。
>>174
あとそれと前後して蜂須賀正勝(小六)もなくなっている。
で、家康など有力諸侯に対抗できそうな若手である蒲生氏郷や堀秀政も急死しているので…。
あと10年秀吉が長生きしたら三成が宰相格で頑張れたかもしれないが…才覚はともかく格的にはそれこそ10年早かったわなとしか。
なので天下統一前後から人材の空白=秀吉の最大の弱点である一門や譜代の不足が露骨に出てきたと
>>173
「家」への忠誠は徳川でも苦労してる
三代家光の「生まれながらの将軍」発言を諸大名が受け入れたのが一応の達成
>>180
根来寺「だがワイは焼かれた」
>>174
コレ未だに勘違いしてる奴が多いが、大軍あたえて総大将にしたら連戦連敗。秀吉本軍の出撃で圧勝。おまけに晩年は辻斬りしたり妊婦の腹を掻っ捌いたりしてるwって宣教師が本国に報告いれてるぐらいのマジキチや。更に謀反の疑いありってなったら弁明にも来ず勝手に切腹、妻子は秀長の書状から何から全て焼却し証拠隠滅。 そら全員、磔だろ。徳川秀忠の親戚にもマジキチおって処分したけどマジキチ度合いが違う
>>183
戦国時代の基準で やで。
>>184
秀長じゃなくて秀次の間違いでは?
>大軍あたえて総大将にしたら連戦連敗
秀次が負けたの家康ぐらいでのこりはかってるけど?
秀長はほぼ負けなし。単独でも但馬をほぼ独力で制圧しているし、秀吉の代理で長嶋攻めなどでは先鋒を務めている…というか信長公記にはちょくちょく名前が載っている。九州や四国攻めでは実質的に総大将として島津や長曾我部を文字通り蹂躙している。
>おまけに晩年は辻斬りしたり妊婦の腹を掻っ捌いたりしてるwっ
それ、古今東西の暴君扱いされる人物のテンプレ・・・なので秀長だか秀次込みで実際にあったかどうか極めて怪しい。更に言えば殺生関白・秀次にしても情報源が怪しい上にそういっている資料が少なすぎるのでウソ・大げさ、間際らしい類の可能性が高いし、秀長に至ってはそんな話すらない
>妻子は秀長の書状から何から全て焼却し証拠隠滅。 そら全員、磔だろ。
はい、ここでこの御仁が秀長と秀次の区別がついていないことが証明されました。
ちゃんとお勉強して出直してきましょう。
会津藩のやらかしによって豊臣を滅ぼし、会津藩のやらかしによって徳川家も滅んだ。ってことカナ
イキリ倒し余計な戦争を起こすくせにクッソ弱いからな。会津を味方に入れて計算しちゃダメ
>>183
小牧長久手でさんざん邪魔した挙句徹底抗戦すればそりゃそうなるかと。というか室町時代ですら守護の権威が入っていないのでそれを中央政権の傘下に置くためにはそりゃ焼き討ちでも何でもやるし、されても文句は言えないわなって。
>>68
そもそも、室町前期から中央に盾居てる癖にまとめきれていないとかいう修羅の国・関東を誰が統治するのかと。
実績や各的に言えば死病の床にある秀長除けば家康以外いないというね
>>184
大軍あたえて総大将にしたら連戦連敗?秀次の大将としての失態って長久手くらいしかないぞ
それ以外は大軍任せたら無難に仕事をこなしてくれる有能だし
秀吉擁護したいのか知らんが秀次が高野山で蟄居した時心配で書状出してくれた人が山ほどいたそうだからマジキチではないのは確か
>>6
後世の研究の資料のために、シンガーソングライターの今川了俊さんはたくさんの書物を残していたのだ。
そう、難太平記だ。
これで、太平記の研究が捗るね。
>>156
後継者を1人にするために政権の土台ひっくり返してたら本末転倒というお話よ
>>149
切り捨てるとは言わずともそのまんま秀次に任せておけば安泰だったわな
>>178
家康の場合は一族郎党撫で切りはしとらんし、家康本人もまだまだ若くて当分死にそうにもなかったからな
秀吉のまんま逆
>>164
だな
>>170
何もできないのが罪な立場だからなあ秀頼
>>163
しゃーない
親より将軍の立場を優先しなきゃならん立場だからな
>>21
その中だと真ん中のやつはまだやらかしてないから希望はあるな
>>162
血筋がどうこう以前の問題だしな
>>171
それはないよ
>>182
三河武士≒めんどくさい連中の集まりみたいな感じだしな
むしろ逆。
唐入り三度目が履行されていれば継続した。
関ケ原に至る道は唐入り中止による。
参戦したのも最前線で戦ったのも、
奥羽中山道以外は殆ど唐入り予定の諸将。
奥羽中山道は小規模戦闘。
その理由は大規模な兵站準備を伴わなかったから。
東海道から九州に掛けては、唐入り準備のための集積や唐入り予定諸将の備蓄があった。
浅野が筆頭となり東海道地方も豊臣側で押さえ、
徳川方の備蓄平坦もあくまでも東海道から最前線名護屋に送るためのもの。
前田が動けば、は成り立たない。
>>203
✕徳川方の備蓄平坦も→徳川方の備蓄兵站も
豊臣方は、秀吉夫婦の無防備と、親族筆頭浅野の不作為と、徳川方過信によって破綻した。
信ずべきでないものを信じた結果による。
>>103
英語表記なら「KOREA」以外無い。
それは、大日本帝国だろうが日本だろうが
「JAPAN」なのと同じ。
中国も清朝だろうが中華民国だろうが中華人民共和国だろうが「CHINA」なんだし。
今現在の欧米イスラエル湾岸諸国含む国々に、大きな示唆を与える。
特に秀吉の死
面従腹背は、一番恐ろしい。
>>113
後継者争いは、古くは壬申の乱から。
保元平治の乱もだし、鎌倉時代の大覚寺統・持明院統の両統迭立なんかも南北朝時代の原因。
最短政権とは?
政権なら1か月とかいるよ。
天皇でも1年とかいるよ。
最短とは?
政権とは?
なんかひどいよね。
>>106
だが朝廷から織田信長を超える官位官職貰ってないから、
単なる無本人でしかない。
>>111
林秀勝(秀貞)「譜代とは三代奉公したものをいう」
>>132
血族の小出(叔母の嫁ぎ先)は、冷遇してるんだよな。
外戚の浅野家や木下家(杉原家)も厚遇とは言えないし。
身内にはケチだよ。
秀次の弟の秀勝は岐阜13万石止まりだし、
秀保は100万石の大納言家を70万石に減封された。
>>151
伊勢宗瑞「幼い当主を立てるのが、叔父の仕事なんだがな」
>>160
国人一揆は起きたが、百姓一揆が起きた地方は無いぞ。
>>187
関ヶ原と幕末じゃ別物。それだけ影響力か有る土地と言う事。
>>206
イスラエルは何の関係もないな
あそこは戦争はしてないから
>>208
民主主義はそういうので派手に揉めないのが強いなと思わされる
>>213
その叔父ポジションがおらんかったからどうにもならん
ぶっちゃけ秀次一派殲滅した時点で豊臣の天下は終わったけど、豊臣家だけでも残すのであれば後継者は家康指名した方がマシだったわ
>>137
秀吉本人が屈服させられなかったんだから他の連中ができるわけないしな
秀吉ももう自分の先は長くない自覚はあったろうから懐柔策に切り替えたのだと思う
>>153
まあでも年老いてキチゲ開放する人は上から下までおるからな
お前さんの身の回りにもそういう人おらんか?
>>63
秀次がいたら豊臣政権が二分していた可能性があるし、秀頼の補佐として五大老・五奉行がいた。
文禄・慶長の役が原因で豊臣政権内で内紛が勃発し、家康が影響力を拡大できる隙を作ることになった。